傭兵が好む歌の1つに、「If I Die In A Combat Zone(もしも私が戦場で死んだら)」というのがある。
もしも私が戦場で死んだら、故郷の皆に、友人に、恋人に、伝えてほしい。どうか悲しまないでほしい、自分は名誉ある死を遂げ、そして悔いはなかったと。自分の墓に名前はいらない、ただ1人の人間が生き、戦い、そして死んでいったと書いてほしい。そういう歌詞だった。
わたしは、その歌がキライだった。大キライだった。
なぜならその歌は、「自分が死ぬと悲しむ人がいる」ことを前提にしているからだ。帰るべき故郷がある人間のための歌だからだ。
わたしには、そんなものはない。帰りたい故郷も、親しい友人も、恋人も、愛する家族さえも。
望まなかったわけじゃない。求めなかったわけでもない。
でも、わたしがどれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、誰もわたしを愛してはくれなかった。
わたしはただ、みんなのように、普通にしていたかっただけなのに。それだけなのに。
** ** **
「ところであの新人、使い物になるんですか?」
「さてな…帝都じゃあそれなりに活躍してたらしいから、まったくのグズってわけじゃあねーんだろうが。なにせああいう性格だしよ」
ちびのノルドが戦士ギルド長バーズ・グロ=カシュの執務室の戸を叩こうとしたとき、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
あの新人、っていうのは、たぶん、自分のことだ。
質問しているのは、島人のケルドと呼ばれている剣士だろうか。ここシロディールでは戦士や傭兵も源氏名ではなく本名を名乗ることが多いため、かえって印象に残ったせいかすぐに名前を憶えたのを思い出した。
それよりも、バーズが自分のことをハナから否定しなかったことに、ちびのノルドは驚いていた。前回たいした失敗をしていた自分のことを、手酷く批判するものと思っていたからだ。
これを喜んでいいものか、どうか。
多少なりと期待されているとわかると、それはそれでプレッシャーがかかるのも確かなわけで。
そんなことを考えていると、ガチャリ、島人のケルドが執務室から出てきた。
「よお、ちびちゃん。どうした?」
「え、あ、あの…バーズさんに呼ばれたので、ここに」
「あー、そう。入りなよ」
彼の態度からは、さっきまでバーズと何を話し合っていたのかはもとより、いま面と向かっている人物について話していたことさえ窺い知れなかった。
まるでトイレの順番待ちみたいな気のないやり取りをしたあと、ちびのノルドは島人のケルドと入れ替わりにバーズの執務室へと入っていった。
「ああ、お前か」
バーズは、そのでかい図体を事務机に押し込めるようにして座っていた。たぶん、先代はオークではなかったのだろう。ただ、バーズがそのことを気にしているようにも見えなかった。
とりあえず機嫌が悪いわけではなさそうなバーズを見て内心ホッとしつつ、ちびのノルドはたどたどしい口調で話しかけた。
「あ、あのっ。えーっと、わたしに仕事があるって、聞いたんですけど」
「ああ。どうやらブラヴィル城の地下牢に収監されていた犯罪者どもが脱獄したらしくてな、旅費は出してやるからお前、始末してこい」
「えっ、ブラヴィルに?え、でもあの、そういうときって衛兵とか、現地の戦士ギルドが動くはずじゃあ」
「それで事足りるならオメーには頼まねぇ。なにか問題でもあんのか?」
だんだん眉間にシワの寄ってきたバーズを警戒しつつ、ちびのノルドは慎重に質問した。
「えーっと…それで、その脱獄犯たちっていうのはどこに……」
「…… …… ……」
「あの?」
うつむいたまま質問に答えないバーズを、ちびのノルドは怪訝な表情で見つめる。
首を傾げつつ、もう1度質問しようと思ったそのとき、バーズが勢いよく立ち上がり、両手を振り上げた。さっきまで腰かけていた椅子が宙を舞う。
「テメエ、なにもかも俺様に訊くつもりか!?いいから早々(さっさ)と行って来いってんだよ、この脳無しウスノロ短小ボケがああぁぁぁーーーっ!!」
「はーいっ!行ってきまーすっ!」
バーズの怒鳴り声が戦士ギルドの建物中に響き渡り、ちびのノルドは殴られるよりも先に執務室を飛び出していく。
結局「旅費」とやらを貰わずに出てきてしまったが、現在手持ちに困っているわけでもないし、後で仕事の成功報酬と一緒に請求すればいいだろう。
そう思い、ちびのノルドはブルーマ行きの馬車へと乗り込んだ。
** ** **
ブルーマまでの道半ば、というところで、ちびのノルドは奇妙なものを目にした。
『もうちょっとスピード、スピード落としてぁぁああああああっっっ!』
『如何した小童、おい小童ーーーっ!?』
なにやら青年と、少女が言い争うような声が聞こえてくる。
だが御者とちびのノルドが目にしたのは、帯電しながら凄まじいスピードで走行する黒い塊と、それに振り落とされて路傍へと転がっていく青年の姿だった。
「なんなんだぁ、ありゃあ」
「さあ……」
あまりの異様な光景に御者は馬車を止め、事の成り行きを見届けようとする。
ほどなくして黒い塊はふたたび青年を乗せると、何処かへと走り去っていってしまった。
「…魔術師と使い魔?か何かかね?あれは」
「さあ…わたし、魔法のことはあんまりよく知らないんで…」
「そうか、お嬢ちゃんは戦士ギルドの所属だったっけか。今度誰かに訊いてみるかな」
そんなことを呟きながら、御者はふたたび馬車を走らせた。
** ** **
ブルーマへと到着したちびのノルドは、ひとまず戦士ギルドに立ち寄ることにした。
「お腹も空きましたし」
ギルド員であれば施設は無料で利用できるし、寝る場所や食事も無償で提供してもらえる。もちろん環境に甘んじて仕事をしなければ除名されてしまうが、逆に言えば、除名されない程度にきちんと仕事をこなしていれば、戦士ギルドのメンバーでいる限り寝食に困ることはないのだ。
フリーランスの傭兵だと、そうもいかない。そういう点では、「戦士ギルドに入って良かったかもなぁ」などと現金なことを考えてしまうちびのノルドであった。
戦士ギルドでの食事は、ちびのノルドが考えていたよりも質素なものだった。
「<ブラックウッド商会>が台頭してきてから、こちとらも台所事情が厳しくてねぇ」
そんなことを言いながら、ダンマー(ダークエルフ)のタッドローズがパンに手を伸ばす。
ちびのノルドはハチミツ酒を嗜みつつ、いまの言葉について訊ねた。
「ブラックウッド商会?って、なんですか?」
「あんた知らないのかい?」
「えぇーっと…わたし、最近スカイリムからシロディールに来たばっかりで。あんまり、そのへんの事情については詳しくないんですよ」
「そうかい。アンタ、良くないタイミングでギルドに入ったねぇ」
「おい、よさないか。そんな話」
タッドローズの言葉に、重装鎧姿のヴィンセントが口を濁す。
…良くないタイミング?
どうもシロディールの戦士ギルドは順風満帆というわけではないらしい、どこか活気に欠ける雰囲気にちびのノルドは困惑した。それに、自分だけ事情を知らないらしいのも気色の悪い話だ。
しん…と場が静まりかえったところで、カジートのナーシィが助け舟を出した。
「あのねぇ。いくら新人だからといっても、何も知らせないで良いわけはないだろう?いちおう、いまギルドが置かれている状況くらいは把握しておいて貰わないと」
「しかし…」
「それで新人が考えを変えるようなら、それも仕方のないことさ」
「え~と?」
どうやら状況はかなりシリアスらしい、浮かない顔つきをしているギルド員をぐるりと見回し、ちびのノルドは言葉に詰まる。
ちびのノルドが口を開くより先に、ナーシィが話の続きをはじめた。
「最近、戦士ギルドにライバル組織ができてね。レーヤウィンを拠点にしている、ブラックウッド商会っていう傭兵集団さ。このところ、あたし達は連中に仕事を奪われっぱなしでね、懐事情が苦しいのも、そういうわけさ」
「え…でも、戦士ギルドって昔からある組織ですよね?信頼もありますし、それがどうして新興の組織なんかに、そう安々と」
「連中はウチより安い賃金で、どんな仕事でも請け負う。それが理由さ、単純な話だろう?でもって最近、連中は規模を拡大しつつある。既に戦士ギルドからも、何人かブラックウッド商会に転身したやつがいるらしいね」
「ああ…」
さっきヴィンセントが口を濁したのはそういうわけか、とちびのノルドは納得した。
ナーシィが話を続ける。
「それでも、うちらに分がないわけじゃないさ。これは連中の規模が拡大してる、ってのにも関係してるけど。あいつらは人員を雇うのに基準を設けない。前科者だろうがなんだろうが、使えるなら誰でもいいって気風なのさ。だから仕事のやり方が荒っぽいって苦情が入ることもあるらしいよ。その点、うちらは真人間しか雇わないし、仕事も丁寧さ。だから昔気質の人達は、未だにうちを頼ってくれるんだけどね」
そこまで言って、ナーシィは笑った。葬式のときに親族に見せるような笑みを。
ブラックウッド商会が信用を落とすのが先か、戦士ギルドがジリ貧の末に店を畳むのが先か。あまり分の良い賭けではないな、とちびのノルドは思った。
組織にとって金は力だ。金があれば優れた人員を雇えるし、優れていない人員であれば、より沢山雇える。装備だって良いものが揃えられるし、宣伝に金をかければ客も増えるだろう。それが資本主義というやつだ。時代の先を行く思想だ。
戦士ギルドの現在の方針を見る限り、ブラックウッド商会の活動に何らかの対策を立てているようには見えない。結局は、依頼人の良心に任せるしかないということか。
ギルドに加入するには良くないタイミング、とはよく言ったものだが、それでもちびのノルドは今すぐブラックウッド商会に転身しようという気にはなれなかった。仕事が荒っぽい、ならず者でも平気で雇う、というその性質は、個人的にもやや気がかりだ。
それに、もし転身するのであれば、それこそ戦士ギルドが潰れてからでも遅くはないだろう…そんなことを考えながら、ちびのノルドは鹿肉のステーキに手を伸ばした。
** ** **
「でー…肝心の、犯罪者たちの情報については何もわからないままなんですけどー…」
後日。
戦士ギルドを出たちびのノルドは、たいしたあてもなくブラヴィルの街をふらついていた。
『連中はブラヴィルでもかなり悪名高いワルどもでね。脱獄後、どこに行ったか目撃している住民もいるはずだが、仕返しを恐れて誰も話そうとはしないんだ…特に、我々戦士ギルドの人間にはね。衛兵も無関心を決めこむようだし、連中の居所を探るのはかなり難しいな』
先日、食事のついでにヴィンセントが言ったことをちびのノルドは思い出す。
ただし幸いと言おうか、標的の素性と人数については把握ができた。
標的は4人。ノルドの戦士ホロフガル、レッドガードの戦士アシャンタ、アルゴニアンの弓兵ドリート=ライ、そしてアルトマー(ハイエルフ)の魔術師エンリオン。
この4人は同じグループに属する武装強盗で、これまでシロディール各地で暴れ回り、何人も殺してきたという。目撃情報を衛兵に提供した人間は執拗に追いかけて殺すという話もあり、現在ブラヴィルはかなりの緊張状態にあるようだ。
戦士ギルドが信頼されていないのは、ブラックウッド商会の台頭に伴う凋落が根底にあるのだろう(もちろん、戦士ギルドのメンバーはそんなこと言わないが)。そして、ブラックウッド商会を雇ってまで犯罪者達を討伐しようと考える人間も、ここブラヴィルにはいないようだ。
財政が苦しいのか、治安維持に対する意識が低いのか。
で、何故わざわざ余所の戦士ギルド会員であるちびのノルドが派遣されてきたのかというと。
『たぶん、戦士ギルドの人間だと信頼されないから、外部の人間だと思わせたかったんじゃないか?たんなる傭兵であれば、まだしも口を滑らせる住民がいるかもしれない』
ヴィンセントからそう聞いたとき、ちびのノルドは思わず頭を抱えた。
「…つまり、最初に戦士ギルドに入っちゃダメだったってことじゃないですか!やだー!」
ブラヴィルに到着して早々、ちびのノルドが戦士ギルドに入っていったのは、この街の住民が皆目撃している。つまり、既にちびのノルドの面は割れてしまっているということで。
戦士ギルドの人間だと判明してしまった以上、街の住民がちびのノルドに協力的な態度を取ってくれるとは思えない。
「あー。どうしよう…手ぶらじゃ帰れないし…かといって、手掛かりもないんじゃあなぁ~…」
こうしている間にも、もう標的は遠くまで逃げているかもしれない。バラバラに逃走していたとしたら、それこそお手上げである。
どんよりとした気分のまま彷徨うちびのノルドの目前で、突然、何者かが叫び声を上げた。
「ソイヤァーーーッ!」
「えっ!?」
ドッパァーーーン。
謎の声を上げながら、街の中心を流れる川にアルゴニアンの女性が飛び込んでいった。
「セイヤァーーーッ!」
ザッパァーーーン。
今度は凄まじい跳躍力で川から飛び出すと、スタッ、ちびのノルドの目前に見事着地した。両足はまったくふらつくことなく、ピタリと揃っている。
わけがわからずまごついているちびのノルドに向かって、アルゴニアンの女性は声を張り上げた。
「おぉ、君は知っているかッ!美しく輝く水面を跳躍し、建物の屋根から屋根へと飛び移り、街の影から影へと疾駆するその姿をッ!」
「え?あ、あのぅ…」
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、我こそは正義の使者トビウオ師匠ッ!この世にはびこる悪という悪は、この私が月にかわって仕置きするッ!ヘアッ!」
「あ、あのっ!」
ちびのノルドが呼び止めようとしたとき、トビウオ師匠を名乗る女性はふたたび川に飛び込んでいってしまった。
ドップゥーーーンッ!
ゴッパァーーーンッ!
驚くべき跳躍力で繰り返し川から岸へと移動を繰り返すトビウオ師匠。
その様子を観察していたちびのノルドはついに彼女の動きを見極めると、着地の瞬間を狙ってトビウオ師匠を捕まえ、関節技をキメた。
「ちょっと、お話を、聞いてください、ねっ!」
「ノーッ!オー、ノーーーッ!!ギブッ、ギブギブッ!ギブアップ!」
メキメキメキメキ。
降参するトビウオ師匠を放し、ちびのノルドはフーッと息をつく。
「ところで、あの。あなた、さっき『正義の使者』って言ってましたよね?」
「いっ…いかにもっ…!このトビウオ師匠、この世の悪を正すためにアカトシュから遣わされた正義の使者ナリよ……!」
ぶっ倒れて肩で息をしながら大言を吐いても、あまり説得力はないのだが。
ちょっとやり過ぎたかな、などと思いながら、ちびのノルドは質問を続けた。
「それじゃあ、最近ブラヴィル城の地下牢から脱獄した凶悪犯たちがどこに逃げたか、知りませんか?」
「もちろん知っているとも!しかし、それを言っては私の命が危ない…もとい、無辜の民を巻き込むわけにはいかないのだ」
ギリギリギリギリ。
口を濁すトビウオ師匠を、ちびのノルドはふたたび締め上げた。
「ノーッ!オー、ノーーーッ!!ギブアップ!ギブアップナリよッ!」
「で、彼らはどこにいるんですか?」
「連中は、ここから西にある<ブラッドマイン洞窟>に潜伏しているッ!しかし、私の口から聞いたとは誰にも言わないでほしい。私もまだ命が惜しいッ!もとい、正義の使者には秘密がつきものであるからして」
「言い訳になってないと思います、それ」
トビウオ師匠の言い訳はともかく、これで必要な情報は揃った。
あとは凶悪犯達が逃げる前に始末をつければ良いということだ。ブラヴィルの戦士ギルド員に協力を要請しようかとも考えたが、連中が歩哨を立てていた場合、大人数で向かうと事前に察知されて逃げられる恐れがある。
…単独で決着をつけるか。
そう決心し、立ち去ろうとしたとき。
ブラヴィル城の衛兵達が、凄い形相でちびのノルドに向かって来るのが見えた。
「あー…ひょっとして、往来で一般人をシメたのはまずかったでしょうか」
面倒なことになったなー…と思った矢先、衛兵達はちびのノルドを素通りして一目散にトビウオ師匠の元へと向かっていった。
やがて、衛兵達が叫ぶ。
「コラーッ、シティ=スイマー!川に飛び込んではいかんと、何度言ったらわかるんだ!?」
「今日こそは逮捕してやるッ!」
逮捕、という言葉を聞き、トビウオ師匠(どうやら本名はシティ=スイマーというらしい)はガバッと起き上がると、やはり人間離れしたジャンプを披露しその場から脱出した。その動きは、さながらセクシーコマンドー使いのようである。
「フハハハハーーーッ!我が名はトビウオ師匠、正義の使者は決して権力の横暴には屈しないのだァーッ!」
「なァにが正義だ、このオタンコナス(死語)!」
トビウオ師匠と衛兵と掛け合いを眺めながら、ちびのノルドは一言、呟いた。
「…楽しそうだなぁ……」
ちなみに、ブラヴィルの川(ラーシウス川)には各家庭の下水が流れ込んでいる。
** ** **
ゴトッ。
「うん?…いま、何か物音がしたような」
そんな死亡フラグ丸出しの台詞を口にしたのは、ブラヴィル城の地下牢から脱獄した武装強盗の1人ホロフガル。
ここブラッドマイン洞窟で、脱獄囚4人はふたたび活動を始めるための態勢を整えるために潜伏していた。はじめは協力者を見つけて国外へ脱出するつもりだったのだが、かつての仲間達がみな非協力的だったため、4人は独立せざるを得なくなったのである。
もともとこの4人の横暴さは武装強盗団の中でも抜きん出ていて、仲間内からもあまり快く思われてはいなかった。それが今回の脱獄劇で完全に表に出た形になる。
「チクショウ、あいつらめ。いままで、いったい誰のおかげで稼げてたと思ってんだ…」
そんなことを愚痴っていたとき、ホロフガルの背後に、ひらりと舞い降りる影があった。
「こ、こ、だ、よん」
「…え?な、ハッ!?」
ドキャアッ!
ちびのノルドの強烈な飛び後ろ回し蹴りが顔面に炸裂し、ホロフガルが涎を飛ばしながら吹っ飛んだ。
どう考えても無事には見えないホロフガルに近づき、ちびのノルドは脈を取る。
「…よし。死んでない」
最近どうも殺人技が板についてきたようで、本人にとってはそれがイヤで仕方なかったので、とりあえず1人目を殺さずに済んだのは良い兆候だった。
…そもそも徒手格闘は、剣なんかの刃物より生殺与奪に関する調整がききやすいはずなんだけどなー。
そんなことを考えながら、しかし実戦では力の加減が難しいことを、改めてちびのノルドは痛感していたのだ。
とりあえず、だらしなく倒れているホロフガルを縄で縛り上げるちびのノルド。
「あと…3人、ですか」
おそらく、他の連中にはまだこちらの存在を知られていないはずだ。
ちびのノルドはふたたび息を殺すと、ブラッドマイン洞窟の最奥へと進んでいった。
しばらく暗い道を歩くと、いったいどこから運んできたのか、木材が山積みにされているのが見えた。続けて、木材の向こうから物音がしたため、ちびのノルドは咄嗟に木材の陰に隠れる。
ちらりと顔を覗かせて物音がしたほうを見ると、周囲を警戒するように、斜面を動き回る人間の姿が見えた。
全身を皮製の装備で包み、手には鉄製のロングソードが握られている。
女性のようだ…おそらく、レッドガードのアシャンタだろう。
さて、どうやって無力化したものか。少しばかり思案してから、ちびのノルドはたったいま目の前にあるものを利用しようと考えた。
「ふ、ん…のぉおりゃあぁぁぁっ!」
腰を落とし、山積みにされた木材を持ち上げてひっくり返す。
大量の木材が斜面を転がり落ち、アシャンタが異音に気がついたときには既に逃げられない状況になっていた。
「え?あ、ああぁぁぁっ!?」
ドガッ、ガラガラガラ、ゴシャァーン!
自分よりも大きいサイズの、それも大量の木材にプレスされ、アシャンタが圧死する。
「あ、あやー…やりすぎちゃったかな……」
気絶さえさせれれば、と考えていたちびのノルドは、自分で思っていたよりも凶悪な攻撃をしてしまったことに後悔する。脈を確認するまでもなく、アシャンタがまだ生きているとは思えなかった。
残るは2人。
またしばらく進み、「この洞窟はどこまで続くんだろう…」と思いかけたところで、ちびのノルドの視線の先に明かりが見えた。
「焚き火…ですかね」
人の気配を感じ、ちびのノルドはおそるおそる歩を進める。
姿勢を低くして音を立てないように、そして立ち位置にも気をつけて(姿を見られていないつもりでも、光源がある場合は自分の影にも気をつけなければならない)移動していたはずだが、気がついたのは相手のほうが先だった。
「ほう…知らない気配だ。どうやらホロフガルとアシャンタは貴方に気付かなかった…いえ、違いますね。もう始末されてしまったとか?」
いかにも思慮深くて聡明な男が取るような態度でそう言ったのは、アルトマーの男だった。身軽な服装で、腰には青白く発光する(おそらく、何らかのエンチャントが付与されているのだろう)銀製のダガーがぶら下がっていた。
恐らく、彼が魔術師のエンリオンだろう。
なぜこちらが先に見つかってしまったのか、ちびのノルドには心当たりがあった。ついさっき、移動している最中に微かな違和感を覚えたのだ。薄い膜を突き破ったような感触、あるいは、結界か何かに触れたような感触を。
「魔法って厄介ですね。こっちがどんなに慎重に移動してても意味ないんですから」
「貴方も魔法が使えたなら、対策は立てれたでしょうけどね」
そう言って、エンリオンは腰のダガーを抜いた。
まさか、接近戦を挑むつもりか?ちびのノルドは拳をかまえながら、相手の真意を測れないでいた。
「フンッ!」
素早い動きで斬りかかってくるエンリオンを、ちびのノルドは拳で弾くように押しのける。
魔剣士…とでもいうのか、どうやらエンリオンは剣術も多少嗜んでいるらしく、動きに隙がなかった。もっとも、ちびのノルドのような近接格闘に特化した戦士を相手にするには少々役不足だったが。
いくら高価な武器を使っているとはいえ、あまりに考えが甘すぎやしないか。
そう思ったとき、ちびのノルドはハッとした。
…こいつは、わざとこちらの油断を誘おうとしている!
「悪いが、いただきだ。おちびちゃん」
そのとき、ちびのノルドの死角になっている影から声が聞こえてきた。
エンリオンの素早い動きにも対処しなければならないため、ちびのノルドは振り向くことはせず、少しだけ視線を動かして声の主の姿を追った。そこにいたのは、弓を引くアルゴニアン…ドリート=ライ。
タイミングを見計らったかのようにエンリオンが飛び退き、ドリート=ライが矢を放とうとする!
「やばいっ!」
ちびのノルドは咄嗟にドリート=ライのつがえる矢の角度と引きの強さを観察し、軌道を読もうと試みる。
飛来する矢を拳で叩き落とすのは、スカイリムで過ごした傭兵時代に何回かやったことがある。しかし、それらはいずれも見通しが良く距離の離れた平野での話で、今回は閉鎖空間、しかも互いの距離が近い。
果たして、やれるのかどうか。失敗すればただでは済まないだろう。
ドリート=ライが矢から指を離した、その瞬間。
ドガッ!
何処からか飛んできた謎の「影」が、ドリート=ライに飛び蹴りをかました!
突然の衝撃によって矢は大きく狙いを外し、天井に突き刺さる。
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、この世にはびこる悪は許しちゃおけねぇ、いつでも出番だ正義のヒーロー!ちょっと遅れて来るのはご愛嬌、終わり良ければすべて良しッ!」
「と、トビウオ師匠!?」
なんと、登場と同時にドリート=ライに蹴りを炸裂させたのは、ブラヴィルで出会ったトビウオ師匠ことシティ=スイマーだった!
あまりに突然の出来事に、ドリート=ライとエンリオンは呆気に取られている。
しかし、その隙を見逃す2人ではなかった。
「今だ、スキありっ!」
「ぐぼべらっ!」
ゴキャッ!
ちびのノルドがエンリオンの首筋に踵落としをキメ、昏倒させる。
そして……
「邪悪なる魔性の眷属よ、今こそ正義の鉄槌を受けるがよいっ!」
「ちょ、て、鉄槌っていうかそれ、木箱…うぉあああぁぁぁぁぁっっっ!?」
シティ=スイマーは脱獄囚達が逃走中にかき集めた武器の詰まっている重い木箱を軽々と持ち上げると、それをドリート=ライに向けて投げつけた!
ゴッシャァーーーン。
どうにか逃げようとしたものの、腰を抜かしてしまっていたドリート=ライは顔面からもろに木箱の直撃を受け、バタンと倒れる。大量の鼻血を出しているが、どうやら死んではいないようだ。
とりあえずエンリオンも死んではいないらしい、今回は割と平和的に問題を解決できたようだと満足しつつ、ちびのノルドはシティ=スイマーに向き直った。
「あ、あのっ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいやら…」
「よいのだ、勇敢なる市民よ。本来悪を滅ぼすのはこの正義の味方であるトビウオ師匠の役目、むしろ、こちらこそ礼を言いたいくらいだ」
「あ、はぁ…」
なにやらやたらとカッコ良いことを言うスティ=スイマー、ちゃんと行動が伴っているあたりは厨二病患者の鑑と言って差し支えないだろう。
まるでストレッチのような変なポーズを取っているのは、まあこの際無視するとして。
「しかし、この世にはまだまだ滅(メツ)さねばならない悪が存在している。トビウオ師匠に、安らぎの時はないのだ…!では、サラダバーッッ!」
「あ、あのっ!?」
ちびのノルドが止めるよりも早く、シティ=スイマーは忽然と姿を消してしまった。
泡を吹いてぶっ倒れている脱獄囚達を見つめながら、ちびのノルドはぽつんと、呟いた。
「…これ、手柄は全部わたしのものにしちゃっていいんですかねー……」