忍者ブログ
主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2018/07/18 (Wed)06:03







 人が死ぬから残酷なのではない。血や臓物が出るから残酷なのではない。
 努力した人間、善良な人間が報われないから残酷なのだ。
 残酷時代劇/歴史ロマンポルノ大作、奇跡の映像化ッ!!




出来る、出来るのだ



 というわけでですね。どうも、グレアムです。
 先日シグルイのTVアニメ版を全話視聴したので、その感想なぞを。てっきり最近の作品かと思ってたんですが、エッ、これ10年前…?最近アニメは全然見てないからなーなどと思っていたが、どんだけ見ていなかったのか。近年のアニメの技術革新的なことがまるでわからなくてちょっとこれはマジでヤヴァイんではないかと思いはじめる昨今。個人的な感覚では10年前っていうと原色がドギツかったり、3Dが異様に浮いてるデジタル作画黎明期っていう気がしてたんですが、それ下手したら20年くらい前になりますか。マジすか。
 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。そんなことよりシグルイですよ。
 まずもってあの原作をマトモに映像化できるのか、日和すぎて別モノになっちゃわないか、などという懸念は当然のようにあったのですが、民放ではなくWOWOWスクランブル放送枠ということもあってかドギツイ描写を一切隠すことなく描き、かつ黒い影に覆われていたり謎の光が鉄壁のガードを固めることなく直接的に見せるという「原作への誠意」を見せて頂きました。
 作画レヴェルの高さはさすがマッドハウスといったところ。
 「この絵が動くの!?」「作画崩れねぇな!」という驚きが常にありまして、まあ動くといったところで、あんまり動いてないシーンが多いのですが、きっちり動かすところは動かしているし(アクションものを多く手がけているスタジオではあるし)、動いてないシーンも「静の演出」として落とし込んでいるところがさすがだなァと思いましたね。
 マッドハウスといえば「ユーモラスな作品も無闇に全編シリアスにしてしまう悪癖がある」という認識があったのですが、シグルイの場合はそのあたりが良い方向に作用していたと思います。原作の明らかにネタっぽい部分も、(多分わかってて)生真面目に描き切ることでシグルイ特有のイビツなユーモアを表現できていたのではないかと。
 声優陣の配役や演技も見事でしたね。時代劇らしく抑制のきいた演技ながら、ときおり感情を爆発させるシーンとの対比、静と動。本作はあらゆる面において、この「静」と「動」の書き分けに重点が置かれていたのではないかと思います。
 まあ若輩のワタクシがアニメについて語れるのはこの程度なので、あとは各登場人物の雑感などを記していきたいと思います。ここからはあまりアニメ関係ないというか、アニメ化されていない原作後半部分の言及もあります。スイマセン。




 【藤木源之助】
 主体性がなく流されやすい、ギャルゲー主人公のような男。別名虎眼流ターミネーター。
 命令されれば火箸も素手で掴むし、想い人が目前で犯されようと鼻血を噴いて我慢するけど、社会生物としての藤木源之助はともかく、個としての藤木源之助ってどういう人間なの?って考えた場合に、その正体がまったく見えてこない不気味なキャラクターだと思います。まあ、藤木の場合はたんに「個」という概念が存在しないだけなんだと思いますが…
 これを例えてなんとする、と問われれば、それはもう、現代ニッポンの社会人そっくりなんじゃないかと思います。武士社会と現代の会社社会の構造ってそっくりなんですよね。日本人の精神構造って、チョンマゲ結ってた頃とそう変わってないんですよ。
 そんな藤木が主体性を発揮する(周囲の意図に反して我を通す)のが、前髪相手に加減しなかったり、殿中しちゃったりするときだったりするので、いちおう作中では誠実な青年というような描写をされてると思うんですが、この男、伊良子よりよっぽど危険なやつだと思うんですよね。
 虎眼流の門下生ってのは皆一様に剣一筋で、虎眼流という概念の体現者たらんとする者たちなんだけど、ただそれだけの存在でしかないってのがなんとも。
 剣の腕は一流だけど、それ以外はからっきしという部分は師匠である虎眼先生クリソツなので、そういう意味では岩本家次期当主として藤木ほど相応しい存在はなかったのではないかと。それが虎眼流のためになるかどうかはともかく…藤木の場合、たんに岩本虎眼の思想を継承するという以外のことはやらないだろうからなあ。



 【伊良子清玄】
 いちおう策士っぽい描写はされてるんだけど、本来は知略より感情を優先して動く「信念」の人なんじゃないかと思います。ただ、中途半端に頭が回り、中途半端に弄した策が中途半端に功を奏してしまうせいで色々と勘違いしてヤバイ方向にズルズル行ってしまった感じが。なにより、毎度、肝心なところで読みを外して地雷を踏み抜いてしまうところがヤバイ。
 だってこの人、虎眼流を攻略するのに、いくに手を出す必然性がまったくなかったんですよ。伊良子が当主に選ばれたのはいくの助力があったからではないし、むしろいくと密通(姦通?)することで自らの足場を危うくしていた(結果、むーざんなことになってしまった)。それでもいくに手を出したのは、何らかの形で利用できると判断したというより、純粋に自らのポリシーから童歌を否定したかっただけなのだろうし、虎眼流を踏み台にのし上がるという目標があったにも関わらず、危険を顧みることなくちんちんに正直になってしまったのは、策士としては致命的である。
 まず虎眼流に入門すること自体がわりと致命的なミスな気がしないでもないし、剣の道に足を踏み入れずともそこそこ成功しそうではあるのだが、彼の場合は「卑賎の身の上でありながら、武士社会でのし上がることで権力に復讐する」というルサンチマン思考が行動の原動力になっているので、なんというか、詰みである。
 卑しい身分の生まれ、過剰な上昇志向、そして格下と判断した相手を見下さずにはおれないプライドの高さなどを見るに、この男、ディオ・ブランドーにそっくりなのではという気がします。違いがあるとすれば、ちんちんに正直すぎる部分か。



 【岩本三重】
 あの環境で傀儡とならず、一人の女として生きるプライドを保ち続けていられたのは正直にスゴイと思う。さすが女は強いというべきか。まあ、それで幸せになれるとは限らないわけだが…
 結局最後はああなってしまうわけだけど、変わらない男を変えるのは女の役目でもあるわけで、三重は自分自身がもっと藤木を変えようとする努力をすべきだったのではないかという気もする。
 とは言ってみるものの、三重自身も虎眼の名に固執しているような部分があり、最終的に「憎い伊良子を斬ってくださいまし」とか言っちゃうので、やっぱり詰んでいるような気がする。
 それほど出番が多くないので根の性格がどんなのもか見えてこない部分もあるのだが、三重は三重でわりと地雷女の素養がある気がする。この娘、なんだかんだで虎眼の人間なのである。



 【いく】
 伊良子さえ余計な手出しをしなければトラブルに巻き込まれることもなかったろうに、それでも伊良子を恨む素振りすら見せず最期まで献身的に付き添うあたり、おそらくは三重よりも格上であろう。たいした女である。あるいは、惚れた弱み(orミラクルチンポの魔力)か。
 そういえば、伊良子はどこで七丁念仏の話を仕入れたのだろう?言及あったっけ…?



 【岩本虎眼】
 みんなだいすきこがんせんせぇ。
 剣は達者だけどそれ以外がまるで駄目、という、おそらくは乱世にあっても割と疎まれる種類の人間。少なくとも人の上に立っちゃいけないタイプなのだが、岩本虎眼ファンクラブたる虎眼流門下生にとってはどうでもいいらしい。
 正気に戻った僅かな時間で託宣を告げる、と書くとなにやら大層な感じがするものの、その内容が、誰も得しないようなキチガイ発言だったりするので、もうどうしようもない。それをなんだかんだ忠実に実行してしまうあたり、虎眼流、ワンマン会長に振り回されるサラリーマンの如しである。ただのブラック企業だこれ。
 どんなキチガイであれトップの人間には逆らえない、という虎眼流の性質を考えたら、伊良子は当主の座が決まった時点でさっさと虎眼先生を謀殺しておくべきだったよね。そこまで悪辣になれなかったのが伊良子という人間の限界でもあったのだろうけど。



 【牛股権左衛門】
 上司の無茶に振り回される中間管理職。所謂、利根川である。
 んんっ、虎眼先生を兵藤会長、虎眼流を帝愛グループに見立てれば、これに挑戦する伊良子はポストカイジということになり、すなわちシグルイの主人公は伊良子だったのだよ!(錯乱)
 スターサイドホテルで敗北したあと、帝愛グループの幹部を次々と闇討ちしていくカイジとかイヤだなあ…
 利根川が焼き土下座をしたり、はたまた南波照間に左遷(トバ)されたように、たとえ口を切り裂かれたとしても、サラリーマンは上司の命令には絶対なのである。それが男の世界なのである。まあ、女の目から見て「傀儡」とか言われてもしゃーない。うん。
 藤木に負けず劣らず剣一筋な男であり、現代的視点から見れば「ワーカホリック」と称すべきパーソナリティであろう。
 あと、俺は屋良有作ファンなので、アニメ版の配役は非常に美味しかったです。



 【興津三十郎】
 小山力也。抑えのきいた演技で、洋画のチョイ役の吹き替えをしている若本規夫のような清涼感を与えてくれる。個人的には主役級より脇役を演じているときのほうが輝いていると思う。
 「虎眼流に明日はあると思うか?」というのは、所詮は裏切り者の言葉でしかないが、懸念そのものはまったく疑う余地のないものであったろう。ブラック企業で正義感を発揮しようとも、ただ同僚に討たれるのみである。



 【近藤涼之介】
 個人的には、少年役に女性声優をあてるという日本アニメ界の通例があまり好きではないんですよね。まだ声変わりをしてないから、という理屈はいちおうわかるんですが、それを考慮に入れたとしても、違和感しかないというのが率直な感想です。
 端的に言うと、日本アニメ界はもっと男性声優にショタ声の演技をさせるべき。



 【山崎九郎右衛門】
 ネタ抜きにしても割と気に入ってるキャラなんだけども。
 アニメ版で生前の涼之介を想うシーンの演出(背景とキャラの立ち絵をスライドさせる)が、なんというか、もろにギャルゲーのオープニングの手法そのもので、たんに作画の労力を減ずるための工夫だったのか、狙ってやったのかについては俺の脳では判断できなかった。





















PR
2014/11/03 (Mon)14:48



 1971年公開の映画「黒いジャガー」のリメイク(原題はともに「Shaft」)。
 不動産王の息子ウォルター・ウェイドが黒人の若者を殺害した。それはウェイドの差別的発言に端を発するトラブルの結果によるもので、現場に乗り込んだNYPDの刑事ジョン・シャフトはウェイドを逮捕する。しかしウェイドは父の権力と財産を背景に保護観察つきの保釈を許され、さらに保護観察をも無視して国外逃亡してしまう。
 一方ウェイド逮捕の際の暴力行為がもとで麻薬課に転属させられていたシャフトは、地元ギャングのボスである売人ピープルズ・ヘルナンデスを挑発した末に公務執行妨害で逮捕。また秘密裏に帰国していたウェイドを飛行場で取り押さえ再逮捕したシャフトは今度こそ有罪判決が下ることを期待し、また検察官らも「差別的殺人」として大きな関心を集めていたこの事件に対し「今度無罪放免になったら暴動が起きる」と裁判長に進言するも、結局は保釈金による解決で終わってしまう。
 腐敗した体制に憤慨したシャフトはバッジと銃を返上し、独力でウェイドに裁きを下すことを決意。殺人事件があった夜に姿を消して以来、行方をくらませている目撃者の捜索をはじめる。一方ピープルズと接触していたウェイドは彼に目撃者の暗殺を依頼し、自らの有罪に繋がる糸口を断とうとしていた。



 この映画、悪役がひたすら酷い目に遭ってるだけなんですけど…なんというか、評価が難しい作品だ。
 黒人が白人と肩を並べて映画館に行くなんてことが考えられなかった時代に作られた、黒人のための映画(所謂ブラックムービー)のリメイク。そのせいか随所に黒人特有の被害者意識が垣間見えるのは気のせいだろうか。

 破天荒な主人公が型破りな捜査で悪を追い詰める、というプロットは典型的なダーティハリー・タイプなのだが、本作主人公のシャフトはあまりにも恵まれている。
 ふつう、このテの映画では主人公は同僚や上司から疎んじられ、敵役の卑劣な手段に苦しみ、時として味方であるはずの司法機関や法律でさえも障害となり、ボロボロに傷つきまくったところで最後の最後に逆転する…というのがセオリーなのだが、シャフトは基本的に同僚からは好かれているし、上司から妨害を受けることも、敵の策略に苦しめられることもなく、ただひたすらに好き勝手やりまくるのである。
 そもそも刑事が主役の映画で、端っからバッジを捨ててしまうのが、おかしいといえばおかいしいのだが…そして刑事を辞めたシャフトが不便を被るかといえば、まったくそんなことはない。法の楔から解き放たれたシャフトは仲間を使って敵を陥れ、チンピラをボコボコにしているところを元同僚に見られてもお咎めなし。銃だって自前のがあるし、閑静な住宅街で派手にドンパチやらかしても誰も文句を言わない。

 で、そうまでして主人公が目の敵にしているのが、たった一人殺しただけ(という言い方に語弊があるのはわかっているが…)の金持ちのボンボンだってのがなんというか、なんというか…なのだよな。
 これが巨大な犯罪の一端だとか、特別な背景があるとかならまだしも、これ、本当に突発的な犯行なんである。しかもウェイドは殺人癖があるとかそういうんではなく、本当にただの身の程知らずな若者ってだけ。それを「差別的発言の末に殺した」という理由から「差別的殺人」と大きく取り上げ、あまつさえ「法で裁けないなら俺が裁く!」とばかりに追い詰めるのは、ちょっと、かなりやり過ぎなんじゃあないかと思うのだ。

 金と権力にモノを言わせて無罪を勝ち取るなんで汚い!という論調でストーリーは進むのだが、そもそもこの、支払われた額ってのが尋常ではない。
 まず初回の裁判では20万ドル、本来なら必要なかったと思われる二回目の裁判では100万ドル(!)、そしてピープルズへの暗殺依頼の報酬に4万ドル相当の宝飾品、そしてこれはネタバレになるが、じつは目撃者にも5万ドルを渡しているのだ。しめて130万ドル近く、さらに有能な弁護士を雇って裁判官も買収していたとなればもう、幾らになるのかなぁ。
 たった一人殺してこの額だぜ!?むしろなんで示談にしねーんだよ!とか思ってしまうんだが、とにかくそんだけの大金を(対価として)出してるにも関わらず、一方的に悪者扱いなのはどうなんだろーなと思ってしまうのだが。
 そしてそれだけの大金を払ったウェイドの父親っていうのが、ストーリーにまったく絡んでこない。これが他の映画なら、殺し屋を雇ってシャフトを襲うなり、警察組織に圧力をかけてシャフトの動きを封じたりとかするだろうに。

 あとはもう、とにかくシャフトが一方的に敵役を翻弄し、運悪くシャフトに目をつけられたウェイドとピープルズはひたすら酷い目に遭わされるのだ。彼ら、登場時にはなかなかのゲスっぷりを見せつけてくれるおかげで最初だけ「やったぜざまぁみろ!」と思うのだが、だんだん、すっごく、可哀相になってくるのです。
 そして劇中でのシャフトの英雄扱いぶりも鼻につく。特典映像なんかを観ると製作者側は一貫して「シャフトはクールなヒーロー」と言っているのですが、その(原作ありきの)思い入れが強過ぎるのか、劇中では行動を正当化するだけの葛藤や正義の定義を描かず行動ばかり先行するため、俺の目からは法も規範も無視して無双するシャフトは単なる危険人物にしか写らなかったんですよね。少なくとも俺が住む界隈にこんな人間は居て欲しくない!

 で、俺が冒頭で「評価が難しい」と言ったのは…上の要素を「悪い部分」と言ってしまっていいのかどうか、ということです。
 たとえばダーティハリー・タイプの映画を観ていると、「なんでもっと主人公の好き勝手にさせてやらないんだ!」「悪党なんか法を無視してとっとと鉛弾ブチ込んじまえばいいだろ!」と思うことが多々あると思うんですよ。
 でも、いざ本当にそれをやられると、やっぱり「溜め」とか、「序盤のフラストレーションが終盤のカタルシスに変換される」ってセオリー通りの過程は大事なんだなぁと再認識させられる、これはそんな映画でした。






2014/08/18 (Mon)08:12



 せっかくなので慣れないペンタブでルビー・ローズちゃんを描いてみた。さらりと。強くてカワイイけど授業中にハ○クソほじくったりする残念な娘。

 そんな感じでどうも、グレアムです。
 以前RWBYの感想記事を書いたりしたわけですが、今回はRWBYを初めて観たときの純粋な感想なんかを思い出しながら書きたいと思った次第で。なんとなく。

 いちおう、Red Trailer公開前に出てたシルエットのみの画像で存在だけは最初から知ってたんですよね。たしか「童話をモチーフにした、四人の少女が主人公のアニメ」っていうコンセプトも同時に発表されてて、そのときはどんなアニメになるのかがまったくわからなかった。
 でまあ、Red Trailerが公開される前にその存在をすっかり忘れてしまって、Episode1の終了直後あたり?にYouTubeでなんかまったく関係ない動画を観たとき、なぜか関連動画の候補にRWBYのTrailerが表示されてて存在を思い出したという。あればっかりはどういう巡り合わせだったのかまったくわからん。

 それで最初にRed Trailerを観ることにしたんですけども、俺はてっきり、観る前はアート系のアニメだと思ってたんですよ。ていうか、ルビーが銃をぶっ放す直前までそう思ってた。もっとも製作がRooster Teethで、最初にMonty Oumの名前がハッキリでかく出てた時点で、それこそRed VS Blueからのファンなんかは「そういうアニメだ」とわかってたと思いますけどね。
 で、Trailer公開前のキャラ情報はシルエットのみだったんで、女の子の造型についてはほとんど、まったく全然期待してなかった。「どうせケバイ顔の、オバサン声が出てくるんだろ。ハイハイワロスワロス」って感じだった。




↑この時点でも「どうせ素顔は残念なんだろうな…」とか思ってた。
 あるいは、最後まで顔出さないのかな、とか。




↑グリム初登場。「物語のモチーフはどう見ても赤頭巾だけど、狼多いな!」と思った。さっきから画面を横切ったり飛んでたりしてたのはこいつか、みたいな。
 まさかバトル物だとは思ってなかったから、この怪物から逃げる展開か、でなければ惨殺→場面転換って流れだと予想してたんですけどね。というかアレだ、赤頭巾モチーフの物語っていうと「The Path」の印象が強かったから、ああいう話だとばかり思い込んでた。




↑「えっ、避けた?」からの、まさかの素顔公開。
「え、うそメッチャ可愛いじゃん」と思いましたともさ、ええ。この憂いを帯びた表情なんか最高じゃないですか、まさか本編だと典型的な落ちこぼれ系主人公だとは思いませんでしたが。
もっとも、予想外のキャラ造型を目の当たりにした直後にその上を行く衝撃的な展開が待っているわけで。




↑このシーンを見たときの衝撃といったら、もう。唖然とするほかなかった。
脳の理解が追いつかなかったですもの、「…へ?」と、でまあ米製なので当然欠損表現もありますよと、エグイ破砕音とともにグリムの頭部が半壊するという。



 あとはもう、呆然としながらずっと眺めてましたね。いやまあ実際は途中から外人四コマみたくハッスルしましたけど。この後で銃が鎌に変形するとかいう超絶ギミックが炸裂して、さらに衝撃を受けたりはするんですが(本当はあのときが衝撃度MAXだったり)。
 初見の感想はもうとにかく、「オイオイオイオイちょっと待て。これってアリなのか!?」という、それに尽きます。いやもちろん、そういう作品だと最初からわかってて観たなら、また違った感想も出たかと思いますが、俺これ直前までずっとアート系の作品だと思って観てたからね!?そりゃ、「パリより愛をこめて」の日本版予告と本国版予告くらいの認識の差があるってもんです。ちなみにあの映画、日本版の予告では「ヒロインの夫(=リース・マイヤーズ)は見かけは一般人。しかしその正体は…彼は本当は何者なのか?」みたいな、ミステリーっぽいというかあからさまに女性客を意識したものになってるんですが、本国版ではトラボルタが無双してたっていう。日本版の予告はもうほとんど詐欺だなアレ。

 あとこれはYellow Trailerまで観たあとの感想なんですが、声がちゃんとアニメ声だ!と感動しました。
 この、「アニメ声」ってものに対する認識はアメリカは諸外国に比べて一歩先んじてますね。いやたとえばアジア圏の事情なんかはまったく知らないんで、ひょっとしたらそっちのほうが進んでるのかもしれませんが。

 そんな感じで、まあかなり得したというか、ほぼ理想的な形でエンジョイしまくったってことは理解して頂けたかと思います。これはRooster Teeth(というかRed VS Blue)の知名度が低い日本ならではの楽しみかたなのかもしれんなー、などと思いつつ。Haloidは公開当時日本でもそれなりに話題になった気はするんですが、それでも製作者の名前がクローズアップされることはなかったので(まあ、ふつうMAD動画の作者に興味は持たんわな)。
 そんなことを思い返しながら、以前書いた自分のレビュー読んでみると、けっこう偉そうというかヒデーこと書いてるな俺。なんかもう悪い癖が出まくってる。自重しなきゃ。

 賛否あるとは思いますが、やっぱりこの四本のTrailerはアクションがメインの短編としてはトップクラスに出来がいいなと俺は思いますね。商業作品と比べても。「やりたいことをやった結果」ってのが大きい。コンセプトがブレてないって意味でね。







2014/07/19 (Sat)16:05

 いたちごっこ、という言葉がある。
 スーパーヒーローの登場によって犯罪の指向がより過激化してしまったら?
 これはなにも、スクリーンの中の絵空事の話ではない。日本でも暴対法が制定されてからこっち、ヤクザや暴力団の犯罪はより巧妙になり、あるいは締めつけの強化による困窮で自棄的な凶悪犯罪が増加した。している。現在進行形である。
 ゴッサムシティでは「それでも俺は活動をやめられない!」とバットマンが日夜頑張っているわけであるが、さて現実世界に生きる我々はどう犯罪に立ち向かうべきだろうか?という、一考の価値ある疑問をこの映画は投げかけてくれる。所謂、社会派ドラマなんである。
 そういう大人なドラマであるから、アメコミ映画でありながらアメコミ的な不自然さが足を引っ張ってしまっているという本末転倒さは、これまたアメコミの宿命みたいなものなので仕方がないと割り切るしかない。もっともヒーローの存在の是非を問う内容であるから、ある意味ではアメコミでしかできない話なのだが。

 ユーモア欠乏症患者と化したジョーカーのキャラクター造型には原作ファンに賛否あると思う、綺麗に纏まってはいるが、綺麗に纏まりすぎているのだ。とはいえ、あまり狂気とコミカル成分が増えても収集がつかなくなるので、妥当な落としどころではある。
 ジョーカーの影に隠れていまいち存在感のないトゥーフェイスは俺のお気に入りヴィランだ。出番が今作限りなのは残念である。

 さていままでに「ヒーロー」という単語を何回か使ったが、じつのところ、バットマンにはヒーローという呼称はあまり相応しくないと思っている。
 バットマンの行動原理は性悪説であり、彼の目的は犯罪者との戦いだ。そして彼が犯罪抑止のために用いるのは、力と恐怖である。彼はヴィジランテであり、クライム・ファイターである。が、そこには「人を助ける」という根源的な欲求がどこか抜け落ちているため、ヒーローと呼ぶにはいささか不適格と考える次第である(といっても、これはエピソードによるけど)。
 そしてバットマンと対極の位置にいるヒーローというのが、何を隠そうDC二大看板のもう一方を担う鋼鉄の男、スーパーマンなのだな。
 スーパーマンについての考察は今後に譲るとして、ではバットマンをヒーロー不適格と呼ぶのであれば、何と呼ぶべきか?
 その疑問の答えがこの映画に集約されている。鋼鉄の男(マン・オブ・スティール)と対極を成す男、その名は暗黒の騎士(ダーク・ナイト)。




2014/07/13 (Sun)16:52

 地球にいきなり宇宙人が攻めてきた!ボッコボコにやられて軍は壊滅状態、だけど主人公率いる部隊の活躍で敵の司令塔を一つ破壊!さあ俺たちの戦いはこれからだ!第一部完!

 …とまぁ、内容を要約すればめっちゃくちゃ頭の悪い作品なんであるが、アクションの水準は及第点であるので見れないこともない。
 目新しい要素なんか一個もないし、軍事関係の描写一つ取ってもシリアスに突っ込みを入れればキリがないんだが(核爆弾みたいな超威力の手榴弾の在庫はまだハリウッドに大量に残っているらしい)、たぶんこれはそういう映画じゃないんで、リアルさに関してはケチをつけるだけ野暮ってもんだろう。そういうわけだから、巷でよく言われる「宇宙人を敵に据えたブラックホークダウン」なんて評価ははっきり言ってBHDに失礼にも程があるとは言っておく。

 最近の映画のご他聞に漏れず、カメラは揺れまくりで見にくい。アクションシーンで何をやっているのかわからない、というほど酷くはないものの、あらゆるシーンで「とりあえず揺らしとけばリアルに見えるだろ」という単純思考が透けて見えるようだ。
 宇宙人の、身体に機械が埋め込まれているという設定は悪くないが造型はお世辞にも良いとは言えない(スタイリッシュではないがダサカッコイイというほどでもなく、非常に中途半端)。そして動きがあまりに人間的すぎる。これは第九地区のときも書いたが、俺は人間の代用品みたいな宇宙人は評価しないのだ。こういう部分こそ想像力の働かせどころだろうに…せっかく「宇宙人が有無を言わさず武力行使してきた!話も通じない!得体の知れない相手だ!コワイ!」ってシチュエーションなんだから、もっと得体の知れない恐怖、威圧感みたいなのを感じさせてほしい。戦い方や兵器の運用思想まで人間そっくりだし。ハンドサインまで出すし。こんなならDOOMの悪魔のほうが百億万倍はマシだぞ。

 ストーリーも…まぁ…ヒロイックな話だよなぁ。アメリカ的マッチョ主義万歳というか。なにもかもが予定調和で進むので、途中で展開が読めるとか、誰が死んで誰が生き残るのかとかが丸わかりだ(ファミリー向けの映画で子供が死ぬわけないだろうって?その通りさ!)。そのうえ映像に見所があるわけでも…ううん、この映画のVFXってなんか安っぽいんだよな。本当に低予算なのか、演出の問題かはわからないが…とにかく、悪い意味で予想通りの展開が続くんだ。
 登場人物の設定も日本のラノベばりにテンプレ設定を切り貼りしたような感じで、どこかで見たようなやり取り、どこかで見たような演出、展開を工夫もせずにくどくどと…こんなので愛国心やら戦友との絆なんてテーマを持ち出されても、ゲップしか出ないんだぜ。まったく薄味のアメリカン・コーヒーだ。
 アクションも軍人がマニュアル通りの動きをするだけで、「ここぞ!」という見せ場がないのはキツイ(銃剣ブッ刺してそのまま撃ちまくるのはちょっと良かった)。良いアクション映画の条件ってのは「観たあとに思わず真似したくなるような動作が最低一つあること」と個人的に定義しているので、そういう観点からもこの映画は弱い。
 あと、これは完全に個人的なわがままなんだが、戦争映画気取るなら政治的な話の一つは出してくれよな!大事な要素なんだぜ!(あれはエンタメとして楽しむ要素、だと俺は思ってるよ?)

 とにかく歯切れの悪い今回のレビュー、統括すると、あんまり面白くなかった!
 俺はいちおうB級映画大好きを自認してはいるが、見所がない映画っていうのは本当に評価に困る。クソ映画と違ってネタにもなりゃしない、せめて一つでも「この映画ならでは!」って要素があればいいんだけどね。
 難しいこと考えずに頭カラッポにして楽しむジャンクフード・ムービーだってのはわかってるんだが、そうだとしてもわざわざこの映画を選ぶ必要はない、な…うん。ひさびさに観て後悔した映画だった。アドレナリンのかわりにため息が出っぱなしだったZE。
 まぁあとアレだ、女性パイロットのキャラだけは悪くなかった。




1  2  3  4  5  6 
忍者ブログ [PR]