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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2013/06/05 (Wed)12:33
「よくやったな!まさか、本当にやってのけるとは思わなかったぜ」
「あ、はぁ…」



 バーズ・グロ=カシュの賞賛は、ちびのノルドを困惑させた。
 シェイディンハルの戦士ギルド2階、支部長の執務室にて。
 ブラヴィルでの仕事を終えたちびのノルドを待っていたのは、バーズ・グロ=カシュの気味の悪い笑顔だった。普段滅多に見ることのないオークの笑顔を見て卒倒しそうになりつつも、ちびのノルドはたったいまのバーズの台詞に引っかかりを覚える。
「え~と…ひょっとして、あまり期待してませんでした?」
「まあな。というか、今回のはテストみたいなもんだった。そこそこ腕が立つヤツの中途採用ってのは、結構気を遣うもんでな…ときどき、こうやって難題を吹っかけちゃあ、失敗したときの反応を見て評価を決めるようにしてるんだが」
 つまり、最初から失敗することを前提に…というより、失敗することを期待して任務に送り出したのか、とちびのノルドは理解した。
 もちろん、そんなことをぶっちゃけられたところで嬉しいはずがない。組織の体裁や部下の士気などを考えての行為だったことは理解できるが、それでもそういうことは普通、本人には言わないんじゃあ…ここは怒るべきか、あるいは素直に打ち明けたバーズに関心すべきか、ちびのノルドには判断がつかなかった。
「とにかく、これでお前が信頼に足る人材だってことが証明されたわけだ。方法が手荒かったのは謝るが、こっちも慈善事業じゃないからな」
「はぁ…」
「そこで、お前に1つ頼みがある。これは正式な仕事の依頼だが、信頼できる部下にしか頼めない代物だ」
「なんでしょう?」
 なんというわかりやすいアメとムチ。
 さんざん相手を持ち上げるということは、それだけ仕事が困難なものであるか、面倒なものであるかのどちらかである可能性が高い。いずれにせよ、「ロクな仕事ではなさそうだ」とちびのノルドは思った。
 一方でバーズも諸々の件に関して、ちびのノルドが素直に喜んでいないことを理解しているようで、回りくどい言い方はせず簡潔に内容を口にした。
「シェイディンハルの北に邸宅を構えているラグダンフ・グロ=シャーガク卿の一人娘が行方不明になった。ラグダンフ卿の屋敷に行って事情を聞き、一人娘のログバト嬢を探し出してきてくれ」
「わかりました」
 …他に返答の仕様があるだろうか?
 極めてありきたりな言葉を返すちびのノルドを一瞥し、バーズはため息をついた。
「…本来なら、俺が自分で行きたいところだがな。立場上、そうそう身軽に動くこともできやしねぇ」
「なにか、特別な事情でもあるんですか?」
 口を挟むちびのノルドを、じろり、バーズが睨みつける。
 ああ、また余計なことを口にしてしまった…ちびのノルドが早くも後悔したところで、バーズはいつものように罵声を浴びせるでもなく、ぷいと背中を向けて言った。
「くだらんことを気にするな。いいから早く行け、行ってこい」

  **  **  **

 どうも、バーズが「できるなら自分自身で」と言ったのはまんざら嘘でもなさそうな気がする、とちびのノルドは考えた。べつに根拠がある考えではなかったが。
 もちろん、それが本当なら「支部長が本来自力で解決したかった仕事を代行する」というので名誉に感じてもいいはずだが、半ば仕事の失敗を強制させられそうになった手前、素直に喜ぶことはできなかった。
 バーズは口にこそ出さなかったが、悪党狩りに失敗することを予測していた、というのはつまり目標を見失う可能性が高かったことを示唆していただけに留まらず、返り討ちに遭い、最悪命を落とすことすら思慮の範囲内であったことを意味している。
 それは、言うなれば使い捨てと変わらない行為だ。
 使える人材であるかどうかを判断するために、こういった危険な賭けのチップとしてベットされるのは不快の極みだったが、結果として職場の信頼を勝ち得たのだから、当のちびのノルドとしては複雑な気持ちだった。
「少なくとも、怒ったところで状況が良くなるわけじゃありませんしねー…」
 すぐに職を変える、というのでもなければ、割り切るしかないだろう。
 そんなことを考えながら…ちびのノルドは、ラグダンフ卿の屋敷の門を目の前にしていた。



「わ、すっごいなぁ」
 いかにも金持ちらしい広大な敷地を前に、ちびのノルドは感嘆の声を上げる。
「…この格好のまま行っても、大丈夫…ですよね?」
 バーズは服装に気を遣え、などとは言わなかったが、もし「そんなのは言うまでもないことだ」と考えていたとしたら…いやいや、考え過ぎだろうか。
 もとより戦士ギルドの使者が礼服で来ることを期待するのは、場末の安酒場の客にテーブルマナーを要求するくらい酔狂なことだから、あまり気にする必要はないだろう。

  **  **  **

「よく来てくださった。新人の方ですかな?はじめて見かける顔だったもので、違っていたら謝りますよ。いやなに、私は戦士ギルドとはそれなりに懇意にしているものでしてな」



 ラグダンフ・グロ=シャーガク卿は気さくな人物だった。あるいは相手がオークだったから、そのように見えただけかもしれないが。
 貴族といえば高慢ちきなインペリアルかアルトマー(ハイエルフ)と相場が決まっており、オークといえば口の悪い無精者というイメージが強い。そのどちらでもなければ、それだけで好人物と評価してしまいそうになるのは無理もないことだ。
 ただし、そういうひねくれた物の見方を抜きにしても、ラグダンフ卿は貴族にしては親しみやすい人柄に見えた。
「てっきり、島人のケルドあたりが来るものだと思っていたが」
「なぜです?」
「彼は、あのギルドの中じゃあ一番バーズに信頼されているからね。君はまだ知らないかもしれないが、あの気難しいバーズの信頼を勝ち得るのは容易なことじゃあない。たんに腕が立つだけなら、他に幾らもいるのだろうけど」
 そう言って、ラグダンフ卿はカップの中のミード(はちみつ酒)をくゆらせた。
「貴女も一杯いかがです?うちで醸造した、自家製ハーブ入りの特別なミードですよ」
「あ、いえ。仕事に支障が出るので」
「おや、珍しい。ノルドはみな酒豪だと聞きましたが…いや、口が過ぎましたかな?」
 笑みを漏らすラグダンフ卿に、ちびのノルドは申し訳ばかりの愛想笑いを浮かべた。
 こういうときほど、平素から顔を隠していることに安堵を覚えることはない。表情からこちらの感情を判断されない、というだけで、ちびのノルドは常に平静でいられるのである。
 ラグダンフ卿の丁寧な物言いは不快でこそないものの、いささか肩が凝るものではあったので、ちびのノルドは早々に話を切り上げるべく、本題に入った。
「ところで、えー…娘さんが行方不明になったと聞いたんですが」
「ああ、ログバトのことですな。ああ、我が愛しの娘よ。彼女は我が屋敷の敷地内で花を摘んでいたところ…隠語ではありませんぞ…トロールの集団に襲われたのです。娘に付き添っていた使用人はみな殺され、娘はここから北に向かったところにある王紋洞窟へと連れ去られてしまったのです」
「トロールですか」
 トロール、類人猿に似た緑色の怪物のことだ。とても力が強く、頑丈で、凶暴。
 毎年、かなりの数の冒険者がトロールの犠牲になっているはずだ。ゴブリンと比べると数が少なく、知能も低いが、戦闘能力は桁外れに高く、おまけに多少の傷はすぐに再生してしまう能力(というか、生物的特徴)を持っている。
 捕食目的で人間を襲うこともあるらしく、個体によっては光りモノを好む者もいるため、巣に餌(となる人間)や宝飾品を持ち帰っていた例が討伐隊によってしばしば報告されている。
 いずれにせよ、ログバト嬢がまだ生きている可能性は限りなく低いように思えるが…ちびのノルドの思考を余所に、ラグダンフ卿が話を続ける。
「王紋洞窟にトロールが居を構えていることは、以前から把握しておりました。かねてよりバーズが討伐の許可を求めてきていたのですが、私は承認しませんでした。無益な殺生は好みませんし、トロールといえど、人に害を成す存在でなければ、あえて手を出す必要もないと考えていましたからな。しかし、それはどうやら思い違いだったようだ」
 そう言って、ラグダンフ卿は一旦言葉を切った。
 ラグダンフ卿がトロールの生態について堪能だったとは思えないが、それでも、オークの娘と一緒に花を摘むような存在でないことは、今では充分理解しているだろう。
 人間に誘拐されたときのように複雑怪奇な動向を考えなくても済むぶん、絶望もまた深いに違いなかった。
 なにせ、トロールにはログバト嬢を生かしておく理由がないのだ。
 どう慰めの言葉をかけていいやら…ちびのノルドが口を開きかけたとき、突然、ラグダンフ卿が立ち上がった。
「頼む、あのバケモノどもを1匹残らず始末してきてくれ!もう人間に悪さをしようなんて考えないよう、徹底的に殲滅してきてくれ!血の一滴も残さない完全なる粛清を敢行し、そしてできることなら、ログバトぅをっ…!?」
 そこまで大声でがなり散らしたところで、ラグダンフ卿は苦しそうに咳き込んだ。
 たぶんミードが喉に詰まったのだろう、ちびのノルドはラグダンフ卿の背をさすりながら、いままでは一切手を出さなかったトロールを全滅させろというラグダンフ卿の極端な思考に少々呆れていた。
 幾分気持ちが落ち着いたところで、ラグダンフ卿は咳払いをすると、改めて話を続けた。
「…まぁ、とにかく。貴女には、王紋洞窟に巣食うトロールどもを1匹残らず始末し、そして可能ならログバトを救出してきて頂きたい。本来なら、バーズが自ら敢行したかったことでしょうが、彼にも立場というものがありますからな」
「えーと、その。バーズさんとは親しいんですか?」
 ちびのノルドがそう言ったとき、ラグダンフ卿は目を丸くした。まるで、泥ガニと徒競走したことがあるかどうかを訊かれたように。
 帝都はシェイディンハルの西にあります、と言うのと同じような口調で、ラグダンフ卿は答えた。
「バーズはログバトの婚約者なのですよ。少々、予定が先延ばしになってはいますが」
「え…うぇえっ!?」
 婚約者。
 あまりに想定外だった単語を耳にして、ちびのノルドは思わず素っ頓狂な声を上げる。
 このときようやく、自分に対するバーズの「信頼」というのがどれほどのものか、ちびのノルドには理解できたような気がした。
 もちろんそれに対しては、「光栄」というよりもむしろ「勘弁してくれ」という思いのほうが強かったが。

  **  **  **

 ラグダンフ卿の屋敷から王紋洞窟まではそれほど離れてはいなかった。
 ご近所付き合いができるほどではないが、通常考え得るトロールの行動半径にはばっちり収まっている。
「いままで何の問題もなかったことが、むしろ不思議ですよねぇ」
 無益な殺生は好まない…ラグダンフ卿の言葉を、ちびのノルドは反芻する。
 たしかに立派な思想だ、ただしトロールには通用しなかったようだが。逆に、今回の件でラグダンフ卿はトロールをすべて駆除しろと言ったが、そのことに対してトロール達が異議を申し立てることはないだろう。
 なんという皮肉。
 そもそも人間的な倫理観やモラルというのは、自然の摂理に反することなのだ。
 虎が鹿を狩るのにいちいち言い訳をしないのと同様、鹿が虎を糾弾するための権利団体を設立することはない。よしんば鹿の数が減りすぎたとして、そのことを憂慮した一部の虎が鹿の保護を同族に訴えるようなこともない。少し匙加減を間違えればただ滅びゆく、自然とはそうした摂理で回っているのだ。
 もちろんそれは虎や鹿が人間のような知能を持っていないからだが、もし彼らが人間と同等の知能を持っていたとして、世界がより良い方向に向かうことなど有り得るだろうか?
 目には目を、やられたらやり返す。シンプルな話、けっこうなことだ。
「けっこうなことなんですけど…」
 王紋洞窟までやって来たちびのノルドは、たったいま自分が考えたことを早くも否定したくなっていた。



「オガアアァァァァアアアアッッッ!!」
 やられたらやり返す、けっこう。ちびのノルドはここへピクニックに来たわけではない。
 ちびのノルドはここへ、トロールを殲滅しにやって来た。もちろん、トロールには殺されないよう全力で反撃する権利がある。そのために頭数を揃える権利がある。フェアではないが、そのことについて神は文句を言わないだろうし、人間の法に照らし合わせても、「殺意のある人間を数人がかりで撃退する」ことに違法性を説くことはあるまい。
 ただ、そう、それでも…この状況が、えらく理不尽で、アンフェアなものに見えるのはなぜだろう?
「え~と…1匹づつ相手に、っていうわけには、いきませんかねぇ…」
 どういうわけか、ちびのノルドは王紋洞窟を根城にしているトロールどもが、わざわざ倒されるために1匹づつ現れるものだと思い込んでいた。
 しかし現実はこの有り様である。
 いきなり囲まれた。相手が人間の犯罪者だったら幾らでも撹乱する方法はあっただろうが、だいたいが食欲と破壊欲求を満たすことにしか興味がない怪物が相手では、実力で捻じ伏せるしかなかった。
 本気で戦うしかないようだ。少なくとも、トロールどもに手を抜く気はないようだった。目には目を。けっこう。
「グアアァァァァァアアッ!」
 唸り声を上げながら突進してきたトロールの顎を爪先で蹴り上げ、宙で一回転してから着地する。
 鋼鉄製のプロテクターに覆われたブーツの一撃は、さながら斧の一振りのようにトロールの顎を引き裂き、鋭い歯列を滅茶苦茶に弾き飛ばしながら、脳を直撃した。吹き飛んだ歯が散弾のように口内に喰い込み、皮膚を千切り、頭部を貫通して目をえぐる。
 クリティカルなダメージを受けたトロールは意識を失うと、突進していた勢いのまま壁に激突した。頭部が潰れたスイカのようにひしゃげ、ピクリとも動かなくなる。
「フゥッ!」
 1体目のトロールを屠ったちびのノルドは一息つくと同時に横へ飛び跳ね、別のトロールが放ったかぎ爪の一撃を避けた。
 あと2体。
 2体のトロールの立ち位置が常に直線上に並ぶよう意識しながら、ちびのノルドは距離を保ちつつ相手の動向を窺う。
 格闘戦のセオリーは、常に「一対一」の状態を保つことだ。いかに強健な武闘家といえど、異なる角度から繰り出される複数の攻撃を同時に捌くことはできない。そうならないよう状況をコントロールする必要がある、つまり、対戦相手が常に一直線上に並ぶよう立ち回るのだ。
 トロールは確かに危険な相手だ。だが彼らには知能がない。単調な動きを繰り返す木偶の坊、そういう相手は、こちらが「殺す手段」さえ持っていれば、屠るのは容易い。
「グフッ、グフッ、ギョ、ギョアッ、ギョァェエエエエッ!!」
 唾を吐きながら迫り来るトロールの脚を払い、倒れこみそうになったトロールの顔面を掴むと、ちびのノルドは壁の尖った部分にこめかみを叩きつけた。
 グシャア、肉が裂け骨が砕ける生々しい音とともに、トロールの複眼がポンと勢いよく飛び出す。
 ほんの小さい、ちっぽけな人間に次々と殺されていく仲間の姿に恐怖したのか、最後に残ったトロールが勢いをつけて飛びかかってきた。
 しかしちびのノルドはそれを避けることはせず、逆に自らも地面を蹴飛ばし、トロールに向かって飛翔した!



「っっせぇやああぁぁぁぁぁッッ!!」
 グゴキャッ!!
 ちびのノルドの鋭い蹴りが炸裂し、トロールの顎が砕け、首の骨が捻じ切れる派手な音が響く。
 ギュン、トロールは空中でスピンすると、勢いよく地面に激突した。どす黒い血が床一面に広がる。
「…っはぁー。でかいの相手は疲れるからイヤなんですよねー……」
 地面に着地したちびのノルドは荒い息をつきながら、誰に言うでもなく呟く。
 とはいえ人間相手にこれほど全力で攻撃することもそうそうないので、ある意味では快感だったりもするのだが。ちびのノルドの極限まで鍛え抜かれた肉体はまさに全身凶器とも呼べるもので、軽々しく人間相手に振るえるものではない。
 ひとまず戦闘を終えたところで、周囲を捜索しなければならない。
 トロールの殲滅はもとより、今回の任務はログバト嬢の捜索が最優先事項だ。いまのところログバト嬢の姿も、あるいはトロールがログバト嬢を喰い散らかした痕跡も見当たらない。
 だいぶ歩き回ったところで、ちびのノルドは床が浸水しているエリアへと足を踏み入れていた。既に地上からはかなり離れているはずだ。
「こういうときって、御伽噺では大抵、悪の親玉がいたりするんですよね」
 そのちびのノルドの一言に反応したかのように、暗闇の奥から、ひときわでかい唸り声が聞こえてきた。
「!?」
 咄嗟にちびのノルドが身構える。なぜならその声は、かなり近くから発せられたものだったからだ。
 やがてちびのノルドが「暗闇だと思っていたもの」がうごめき、波打ち、揺れて、紅い光が発せられる。
「ガフッ……」
 やがてそれを「トロールの変種」だとちびのノルドが把握したとき、通常のトロールの2、3倍はあろうかという巨体を揺すりながら、漆黒の怪物…通称<ナイトメア・トロール>がちびのノルドの姿を捉えた。



「ゲー…ドン引きですこれ……」
 目の前にいる、まさしく「御伽噺の悪の親玉」然とした怪物を見上げ、ちびのノルドは気の抜けた声を漏らす。
 一方でナイトメア・トロールはやる気満々のようで、ちびのノルドを軽く捻り潰せそうな巨大な拳でドラミングしながら立ち向かってきた。
「殺(ヤ)るしかない、ってわけですか…!」
 ちびのノルドは決心を固めたように身構えると、ドスドスと地鳴りを伴いながら突っ走ってくるナイトメア・トロールに向かって跳躍した。



「ホアッチャァァアーーーッ!」
 怪鳥音を叫びながら、ちびのノルドが空中で鋭い蹴りを放つ。
 かなりの高度から繰り出されたそれは、まるで吸い込まれるようにナイトメア・トロールの額に向けて一直線に叩きつけられた。頭骨がメリメリと裂ける音がし、衝撃が脳にまで達したと思われたそのとき……
 ガツッ!
 ナイトメア・トロールが横薙ぎに振るった拳がちびのノルドの脇腹を直撃し、ちびのノルドはピンポン玉のように軽々と吹っ飛ばされてしまった。
「がふっ!?」
 背中から地面に激突したちびのノルドは瞬間的に呼吸困難に陥り、激しく咳き込んだ。
 ナイトメア・トロールは複眼から血の涙を流しながらも、致命傷を負ったようには見えなかった。ボコ、ボコと額が隆起し、早くも損壊した頭骨の修復がはじまっているらしいことが窺える。
「っ…!こいつ、手ごわい」
 どうやら多少のダメージなどものともしないらしい、目の前に聳え立つ漆黒の巨体を前に、ちびのノルドは挫けそうになる。
 しかし動揺している暇はない、それは人生の無駄というものだ。まさしく…もたもたしていたら、次の一撃で本当に人生そのものをフイにされかねない。
 考えるべきことは、ただ1つ。この怪物に、どうやって有効打を与えるか。
「グアァガアアアァァァァァッッッ!!!」
 いまふたたびナイトメア・トロールが咆哮し、両の腕を振り下ろそうとする。
 ちびのノルドが慌ててその一撃を回避しようとした、そのとき!
 ザシャアッ!
 ナイトメア・トロールの肩口が切り裂かれ、おびただしい量の鮮血がほとばしる!



「フギャアアアァァァアアッ!?」
 驚くべきことに、傷口は再生することなく徐々に凍りついていった。ここがスカイリムなら話は別だが、通常、傷口が凍りついたまま体温や血の温度で溶けないということはまず有り得ない。
 つまり、この氷は魔法の力…おそらく、エンチャントが付与された武器によって生成されたものであることが予想された。
「ちょっと、大丈夫、あんた?」
 勇敢にもナイトメア・トロールの背後から飛びかかり、柄の両端に刃がついた槍で斬りかかったのは、高級なローブを身に纏ったオークの女性だった。
「ま…まさか、ログバト嬢?」
 てっきり命を落としたものとばかり思っていた貴族の娘が生きていたことに、ちびのノルドは驚きを隠せなかった。まして彼女は精神的なショックを受けた様子もなく、極めて平静を保っている。
 しかしまず、ログバト嬢の身柄を確保する前にやるべきことがあった。
 傷が再生しないとはいえ、ナイトメア・トロールはまだ致命傷を負ったわけではない。
 ちびのノルドはナイトメア・トロールの身体を駆け上がると、頭部から伸びる禍々しい角を叩き折った。呻き声を上げるナイトメア・トロールの切り裂かれた肩口を滑り降り、若干凍りつきながらもしぶとく脈打っている心臓を見つけ、先程折り取った角を突き刺した。
「グルェアアアァァァァッッ!!??」
「往生、してくださいッ!!」
 ワイン樽ほどもある心臓に、ちびのノルドとほとんど大きさの変わらない角を突き刺されてもまだ死ぬ気はないらしいナイトメア・トロールの生命力の高さにちびのノルドはほとほと呆れながらも、駄目押しの一撃を加えた。
 全力で角を蹴り飛ばしたのだ。
 推進力を得た角は心臓を突き破り、腎臓を貫通し、腰から先端が飛び出したところで動きを止めた。
 ちびのノルドの熱意に負けたのか、あるいは角の物理的ダメージに負けたのかはわからないが、ナイトメア・トロールはこれ以上生命活動を続けることを断念したようだ。いままでのやかましさが嘘のようにぐったりすると、地面に突っ伏して動かなくなった。



「まるで手のかかる赤ん坊ね。まぁ、みだりに殺したりできないぶん、赤ん坊のほうが性質が悪いけど」
 そう言ったのは、ログバト嬢だった。
 この怪物より、赤ん坊のほうが性質が悪いって?ちびのノルドは耳を疑ったが、すぐに考えるのをやめた。たぶん、今のはオーク流のジョークなんだろう。
「ところでそれ、どこで手に入れたんです?」
「ああ、これ」
 ログバト嬢は手にした槍を見つめ、こともなげに言った。
「ここのトロールども、光りモノを貯めるのが好きみたいね。宝石だけじゃなくて、エンチャントつきの武具なんかもお気に入りみたい。ほら、こういうのって微かに光を帯びているじゃない?使い方も知らないくせに、豚に真珠とはこのことだわ」
「貴女は使い方を知っていましたね」
「誰が豚だって?」
 ギロリ、ログバト嬢に睨みつけられ、ちびのノルドは萎縮してしまった。
 そんなつもりで言ったわけではないのだが……
 ちびのノルドに他意はなかったと理解したのか、ログバト嬢は表情を緩めると、ふたたび口を開いた。
「こう見えても、武道には堪能なのよ。葡萄とは縁がないけどね…うちはミード専門だから。それはともかく、父はそのことにあまり好意的ではなかったみたい。淑女のイメージに合わないからって、でも、父が今回の外出に斧の持ち出しを許可してくれたら、こんな連中に遅れを取ることなんかなかったんだけど」
「あー…」
 ちびのノルドは何かを言いかけたが、結局、何も言わなかった。
 どうやらログバト嬢はトロールに誘拐されたことも、トロールに使用人を殺されたことも、あまり気にしてはいないらしい。
 ログバト嬢が今も五体満足なのは、彼女が決してトロールを自分に近づけなかったからだろう。だが、自力で脱出できるほど易しい状況でもなかった。そんなところか。
「父や、バーズがこの状況を放っておくなんてことは考えられなかったから、私としては飛び出す機会を窺っていれば良かったと思ったのだけど」
「その判断は正しかったと思います」
 現にちびのノルドは窮地をログバト嬢に助けられ、結果として洞窟内のトロールの殲滅に成功したのだから、まったく理想的な結末と言って差し支えない。
 なにより、ログバト嬢のしたたかさは助けになった。戦士ギルドに所属する女性の中にも、これほど肉体的・精神的にタフな者がいるかどうかはわからない。たとえ貴族の娘が死んでいなくとも、恐慌状態に陥った女性をなだめるのがどれだけ大変か、ちびのノルドが考えていなかったわけではない。
 王紋洞窟から出るとき、ログバト嬢がたいして感情を表に出さない口調で言った。
「私さっき言ったわね、トロールどもは光りモノが好きだったって」
「ええ…持ってきたんですか?」
 ちびのノルドの言葉に、ログバト嬢は「いけないかしら」と首を傾げた。ちびのノルドは首を横に振った。どのみち、ログバト嬢を責めるために言ったわけではない。
「使用人は殺されてしまったけれど、いま私の手元には新しい使用人を雇っても十分に余るほどの値打ちの宝飾品があるのよね。これって、かえって得をしたってことになるのかしら?もちろん、死んだ人間が生き返ることなんてないけど…あなた、どう思う?」
「使用人は亡くなった、あなたの手元には多くの金品が残った、それを関連付けて考える必要ってあるんでしょうか?」
 ちびのノルドはそっけなく答えた。その言葉にログバト嬢が満足したのかどうかまではわからなかった。

  **  **  **

「いやはや、まさか万事上手くやってのけるとは、大したものですなぁ!」
 ラグダンフ卿はこれ以上ないくらい上機嫌な態度でそう言った。



 王紋洞窟に巣食っていたトロールを「すべて自分が」排除し、ログバト嬢を救出した…そう報告するとき、ちびのノルドはいささか居心地の悪さを覚えたが、それでも他に言い様はなかったし、その点についてラグダンフ卿が疑いを持つことはなかった。
 「私が加勢したことは父に言わないように」というログバト嬢の提案を受けてのものだったが、娘の評判を気にするラグダンフ卿の心情はともかく、ログバト嬢自身はそれで本当に良いのかと念を押して確認はしたのだ。
「そりゃあ、武勇伝を胸の内に秘めておくのは心苦しいけど。かといって、戦士ギルドの表彰状なんか貰っても嬉しくもなんともないし、ちっぽけな謝礼を貰ったところで、ねぇ…」
 だったら全部あなたの功績にしてしまうほうが良いんじゃない、とログバト嬢は答えた。どのみち、あなたに命を救われたことに変わりはないんだし、とも。
 しかしブラヴィルでの一件といい、独力では成し得なかったことをすべて自分の手柄のように話すことに、ちびのノルドは心苦しさを感じていた。ただ、ログバト嬢はその悩みを「無意味なもの」と一蹴したが。
「戦士ギルドで成果の水増し報告なんて珍しいものでもなんでもないわよ、いまどき。もちろん幹部もそのことは知っているし、幹部がそのことを知ってることも、会員は知ってる。それでも誰も、何も文句を言わないんだから、それでいいじゃない」と。
 調和が肝心なのよ、とログバト嬢は言った。
「例えそれが、虚飾されたものの上に成り立っていても?」
「碌でもない真実よりはましなんじゃない?」
 その見識はいささか斜視に過ぎるものだったが、なるほど、世の中はそういう風に成り立っているものだと、ちびのノルドは一応納得した。そもそも、普段そういったことにあまり頓着しない自分がどうこう言ったことが、今では不思議だった。
 ひとまず気持ちに整理がついたところで、あとはシェイディンハルのバーズに報告すれば終了なのだが…
「礼と言っては難ですが、是非この剣を受け取ってください」
「…え~と……」
 テーブルの上に差し出された一振りの長剣を前に、ちびのノルドは頭を掻いた。
「これは我が一族に代々伝わる宝剣でしてな、今後の活動に必ずや役立つでしょう」
 そう自信満々に言ってのけるラグダンフ卿に対し、ちびのノルドはどう返答していいかわからなかった。辞去が許されるような雰囲気でもなかった。
 エンチャントが付与されたクレイモア、華美な装飾もさることながら、実用性も見た目に引けを取らない立派な剣であることが窺える。問題は、ちびのノルドは剣をまったく使わないということだったが。
「…売ったら絶対に足がつきますよね、これ」
 無碍に断ることもできない手前、バーズに報告に行く前にこの剣の処遇をどうすべきか、ちびのノルドは頭を悩ませなければならなかった。






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