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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
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2020/05/27 (Wed)03:02


 
 
 
 
 

 

ATOM RPG Replay

【 Twenty Years In One Gasp 】

Part.11

*本プレイ記には若干の創作や脚色が含まれます。
 
 
 

 
 
 
 我が人生に幸多からんことを。
 
 
 
 
 
 
「ついに見つかってしまったか!私は細心の注意を払っていたというのに、しかしなぜ!?ええい貴様、私の言葉が理解できているな!?一族の裏切り者が、ふたたび血の歴史に刃を振るおうというのか!その悪しき計画を遂げさせるとでも思うか、私にはすべてお見通しなのだ!」
 全身に銃弾を喰らって意識が朦朧としているところへ、アルミホイル製の帽子をかぶった狂人がわけのわからないことをわめきながらこちらへ近づいてきたとき、他にどういう単語を思い浮かべればいいというのか?
「どうした、なぜ何も言わぬ?この私を恐れているのか?いや、そんなはずはない!なぜなら貴様は大罪者、極悪人なのだから!罪悪感や恐れなど抱くはずもない、そうではないかね?この、悪魔の化身め!」
 酔ってんのか?
 少し離れた距離からでも男の口から芬々と漂うウォッカの臭いが鼻を突いたが、男の態度はたんに酔っ払っているというより、それ以前になにか、偏った思想に傾倒していると思わせる奇妙な一貫性があった。
 つまり、酔っ払った狂人というわけだ。
 そんなやつは相手にせず無視して通り過ぎればいいのだが、ナターシャがそうしなかったのは、男の手に錆びついたカラシニコフが握られていたからで、おまけにその銃口がナターシャに向けられていたからだった。
 さらに言えば、男の態度はトリガーを引く理由を探しているかのようで、それをこけおどしと侮るのは少々危険なように思えた。
「さあかかってこい、地球の裏側からやってきた爬虫類のオリオン星人め!にっくきヒュペルボレオスのアーリア軍団長めが!隕石を降らせて地球を破滅させようったって、そうは…」
 バン。
 偉大なるD.D.から授かったモーゼルの神聖なる銃弾が男の頭部を奇妙な帽子ごと貫き、狂人はぐらりと背中から地面に倒れた。名前すら尋ねる機会がなかったが、こんなやつの名前など、どうでもいい。戯言に付き合っていられるような気分ではなかった。
 どうやら男は道路脇にキャンプを設営していたようで、テントには大量の食料品(なんとコンデンスミルクの缶まで!)が保管されていた。自分で集めたのか、あついは道行く旅人から略奪していたのかはわからないが、ありがたく頂戴していこう。
 
 
 

 
 
 
 オトラドノエ村へ戻り、ナターシャは村長のコバレフへ事の次第を報告に行った。
 
 
 
 
 
 
 内側に"D.D."と彫られた高価そうな指輪…デニス・デニソビッチの遺品とともにエンジニアの生還を告げられたコバレフは、信じられないようなものを見る目つきで指輪とナターシャを交互に見つめ、やがて口を開いた。
「なんてことだ…こんな結末になるとは予想もしていなかった。君は本当にやり遂げたのだな?この地域にのさばる強盗どもを一掃した、というわけか!なんと言ったらいいか…私は口が達者なほうではないが、ただ…ただ、"ありがとう"。君の村に対する献身を、私は誇りに思う。こんな時代でも、正義の心は決して滅びてはいないのだな」
 苦言の一つでも言われるかと覚悟していたが、コバレフの口から飛び出したのは純粋な感謝の言葉だった。
 ナターシャとしては、廃工場のギャングを滅ぼしたのは正義や献身とは無縁の動機だったが、余計な反論をしてコバレフの心証を害することもないだろうと思い、口を閉ざしていた。
 誰の得にもならない余計な口はきくな、というのは、いつの時代、どこにいても変わらない鉄則だ。それにコバレフのような人間がこのような賛辞と、敬意の混じった微笑を他人に向けることは滅多にないだろうということを考えると、そのことが少し誇らしくもあった。
 合計で3503ルーブルの成功報酬を渡され(なぜ端数が余るのかと疑問が湧いたが、おそらく3ルーブルは余分な善意だろうと思うことにした)、少し欲が出たナターシャは賃上げの要求を試みる。
「犯罪組織を一つ、壊滅させたという英雄的行為に対して、その、相場からするとですね。もうすこし、報酬に色があっても…」
「いや。かつての刑事として言わせてもらえば、今回のこの報酬額はまったく正当なものだ。たとえ村の金庫にもっと多くの蓄えがあったとしても、私の意見は変わらなかったろう。理解してくれるね?」
「あ、はい」
 駄目だった。
「ところで」だしぬけにコバレフが言いかける。
「なんですか?」
「その傷は早いところ診てもらったほうがいいんじゃないのかね?」
 そうコバレフに言われ、ナターシャは自分の身体を見下ろした。
 薬の影響で何も感じなくなっていたが、ほとんど治療らしい治療もせず放ってある傷跡からは未だに出血が続いている。自分がスプラッター映画の被害者のような"なり"でいることに、ナターシャはようやく気づいたのだった。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
「ふぅむ。君はミュータントでもなければ、背中からキノコが生えているわけでもないが、いままで私が診たなかでも、もっとも面白い患者であることは確かなのだな」
「あ、はぁ…」
 ドクター・ミコヤン、あるいはコンスタンティン、またあるいはミコやんと呼ばれる村の医師は、自らを吟遊詩人と称する風変わりな男だ。変わった人間だということは、なぜかコック帽をかぶっていることからも察せられるだろう。
 それでも医師としての腕前は確かで、手が空いている限りは無料で診察してくれる善良な男であり、村にとってなくてはならない存在なのだった。
 体内に埋まった銃弾を摘出し、止血処置を施したのち、ヒマシ脂と鯨油を主成分とする特製の混合薬を飲まされる…それらは古来より万能薬として用いられてきたとナターシャは何かの本で読んだことがあったが、はじめ、ミコヤンが塗り薬と飲み薬を取り違えているのではないかと本気で思った。あまりにもまずかった、というか、およそ人間が口に通すことを想定していない味と喉越しだったからだ。
 それでもしばらく経つと痛みがひいていき、覚醒剤の効果が切れた直後の禁断症状も現れなかったので、薬の効果は確かだったのだろうとナターシャは思った。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 おそらくはナターシャよりも先にドク・ミコヤンに診察してもらったのだろうが、あんな環境にいたにしては後遺症を負った様子もなく給水ポンプの点検をしているエンジニアを発見し、ナターシャは彼に声をかけた。
「もう働いて大丈夫なんですか?」
「ああ」一瞬だけ怯えるように肩を震わせてから、エンジニアはナターシャの顔をまじまじと見つめた。美貌に見とれているというよりは、独房でシシャクのマカロフを向けてきたときの真性のギャングとしての佇まいと、ギャングどもを皆殺しにしたときの鬼気迫る殺人狂ぶりを見せた女が、たったいま目の当たりにしているのと同一人物だとは信じられない様子だった。「おかげさまで、助かったよ。あとは残り少ない寿命を数えるだけだと思ってたが、自分の人生を生きるうえで、あんな光景を目にする瞬間があるなどとは考えたこともなかったな」
「どうしてギャングなんかに捕まってしまったんです?」
「アルコールがそうさせた、というほかないな。恥ずかしながら!もう酒はやめることにしたよ…少なくとも、控えるようにはなるだろう。飲むたびにあの独房で過ごした日々を思い出すようじゃなぁ」
「私もお酒は好きなので、その悲しみは共有できます…」
「おう、ありがとうよ。それにしても、コバレフが君を送ったのか?独房で銃を向けられたときは、本当に撃たれるかと思ったよ。君はあの銃に弾が入ってないことに気づいてたのか?」
 その質問にナターシャは答えず、ただニッコリと笑っただけだった。
 まるで貯氷室に閉じ込められたようにエンジニアの表情が凍りついたが、すぐに控え目な愛想笑いを浮かべた。たんに性質の悪い冗談だと気づいたのだろう。
 そのお返しというわけでもないだろうが、エンジニアが次に発した言葉は、ナターシャの背筋を凍りつかせた。
「ところで、君はATOMなのか?」
「…なぜ、そう思われます?」
 口では平然と流したが、ATOMの名をエンジニアの口から聞いたとき、動揺しなかったと言えば嘘になる。
 なぜ彼がATOMを知っている?というより、彼はATOMの何を知っているのだ?そして、私をATOMのメンバーだと判断した根拠はなんだ?
 ATOMは秘密結社であり、外界での活動で自らの身分や組織については口外無用だ、とナターシャは教えられてきた。一方で、ウェイストランドにおけるATOMへの認知度、認識といったようなものは何一つ知らない。
 そういう場合、余計なことを言うまえに相手の出方を窺うべきだ、とナターシャは判断した。
 エンジニアが言った。
「数日前、村に兵隊の一団が来たことは聞いてるかい?俺は、その連中から話を聞いたんだ。なんでも自分たちはATOMのメンバーで、東にあるバンカーへ戦前のテクノロジーを回収するために向かっているんだと。そのときの彼らはひどく酔っていたが、それ以上のことは何も話してくれなかった」
 ほんの僅かな手がかりしか得られなかった、というふうにエンジニアはつぶやいたが、ナターシャとしては、調査団のなかに致命的に口が軽いやつがいたものだと判断せざるを得なかった。
 エンジニアが話を続ける。
「じつは、俺が億万長者になれるとかいうホラを吹いて回ってたのは、今回に限ってはまんざら根拠がないことでもないんだ。もし兵隊たちの後についてって、バンカーから貴重品の一つでも持ち帰れれば、金持ちになれるんじゃないかと思ってね。実際はそれ以前の問題だったけど」
「それは…災難でしたね」
 つまりは口の軽い誰かさんのせいで、この哀れなエンジニアはシシャクのようなちんぴらの暴力の捌け口として利用される運命を辿ったわけだ、とナターシャは思った。自分がやったのは、その尻拭いだ。頭の痛い話だった。
 だが、そのことをエンジニアに知らせる必要はないだろう…そんなふうに考えるナターシャの表情を読むことなく、エンジニアはたんに自分の胸の内にある言葉を吐き出した。
「君の持つ雰囲気が、あの連中に似ていたからね。ひょっとしたら、仲間なんじゃないかと」
「そう?」
「でもまあ、そんなことはどうでもいいな。所詮、ATOMなんて御伽噺の中の存在に過ぎない。たぶん、あの兵隊たちは俺をからかってたんだろう、酔った勢いで。それはそうと、命の恩人に対して何か礼をしなくっちゃあな。村の外れに廃屋があるのは知ってるかい?」
「あの、地下室がある?」
「なんだ、地下室のことまで知ってるのか。偶然見つけたのかい?そこに金庫があったろう」
「ええ。私には開けられませんでしたが」
「それは良かった。でなければ、結果として金庫の中身を手に入れるのに、泥棒のそしりを受けずに済むわけだからね…あそこには俺のちょっとした蓄えが入ってるんだ。すべて持っていっていい、ナンバーは"7891"だ。覚えやすいだろう?」
「7からの連番、ですね。でも、いいんですか?」
「生きてれば金は稼げる。もしギャングどもに殺されてたら、金庫の中身と一緒に墓に入ることすらできなかったんだ」そう言って、エンジニアは肩をすくめた。
 彼はギャングに捕まったのを自分の過失だと考えているようだが、それが間違っていないにしろ、いささか自罰的すぎやしないだろうかとナターシャは思った。彼女にしてみれば、エンジニアがあんな目に遭ったのは、巡り合わせの悪さがそうさせたように思えたからだ。
 もちろん、そんなことをわざわざ口には出さなかったが。お調子者が素直に反省しているとき、あえて図に乗らせるようなことを言う必要はない。
 
 
 

 
 
 
 ふたたび廃屋の地下室へ下りていったとき、ナターシャは電気が消しっぱなしであることに気がついた。これではダイヤル錠の数字を読むことも、金庫の中身を確かめることもままならない。
 そう思って地上の電気スイッチを操作しようと思ったとき、村のほうから銃声がした。
 いまとなっては聞きなれたPPSの連射音が響き、男たちの怒声や女の悲鳴、家畜の鳴き声が一帯を覆う。暴発事故や射撃練習などでは有り得なかった。ナターシャはいまやダンに代わって新たな主人を見つけたモーゼルを抜き、銃声がしたほうを…村の入り口に向かって駆け出した。
 
 
 
 
 
 
 しかしながら、パーティに参加するにはいささか距離が遠過ぎた。
 ナターシャが辿り着いたときには、すでに闖入者たちは弾丸を全身に浴びて血の海に沈んでいた。負傷したヤンが、心配顔を向けるナターシャに手を振る。
「村の警備なんて退屈な仕事だが、ときにはこういう役目を果たさなくっちゃあならないこともあってね」
「あなた、怪我してる…!」
「心配ない、かすり傷だ。いや手を貸してくれなくても結構、べつに痩せ我慢をしてるわけじゃない。後でちゃんとドク・ミコヤンに診てもらうさ。もっとも、俺の相棒はそうはいかないがね」
 そう言って、ヤンは傍らでぴくりとも動かなくなった番犬のほうを見た。
 襲撃者のなかには銃弾とは違う、酷い咬傷を受けている者がいた。おそらく番犬は勇気をもって、自分の役割を果たしたのだろう。死を恐れずに。
 犬には良い思い出がない…
 
「どうやらリーダーを失ったギャングの残党どもが、短絡的な復讐を企てたらしい」
 事の次第をコバレフに報告したナターシャは、老人の苦悩の表情と直面することになった。先刻まで、村にとっての全ての障害が取り除かれたようだと確信していたコバレフの肩には、いまふたたび重荷がのしかかっているようだった。
「あのとき工場にいなかったギャングの生き残りどもは、行き場を無くした獣のように無軌道な暴力に走っている。すでに戦前の文明というものを頭からすっかり消し去っている彼らは、そういう生き方しか知らんのだ。なんとも嘆かわしい」
「私のせいで…」
「いや、君が責任を感じる必要はない。どのみち、充分な武力さえあれば廃工場のギャングどもの殲滅は私自身が指揮していたことだろう。なるべくしてなったことだ、気にするな」
 コバレフはそう言ってナターシャを励ましたが、それでもナターシャの気が完全に晴れることはなかった。
 無論ナターシャとて、廃工場のギャングどもを始末すれば全ての問題が解決するなどという短絡的な楽観視をしていたわけではない。以前よりも状況が悪化したり、ダンに代わる新たな犯罪勢力が登場する可能性も視野には入っていた。たんに、それがギャングどもを滅ぼさない理由にはならなかっただけだ。あるいは、そうまでして村の未来を考えてやらなければならない理由がなかった、とも。
 しかし、そういう打算と、実際に自分の行為が生み出した結果と直面することは、まったくの別問題だった。
 
 
 

 
 
 
 そろそろ村を出てクラスノズナメニーへ向かう頃合いだろう、と思い、最後に一杯ひっかけるために酒場に立ち寄った。アレクサンダーの姿はすでになく、おそらくはバンカー317の調査のために彼なりに気張って出かけていったのだろうと思われた。
「このお店にちゃんとした名前はつけないんですか?」戦前のビールを飲みながら、ナターシャは屋根の上に飾ってあるトタンの看板を指して言う。
 バーテンは言った。
「あえてシンプルに留めてるんだ。もし西洋風の洒落た名前なんてつけたら、ここが酒場なのか、それとも美容院なのか、誰にもわからなくなってしまうだろう?もともと、ここは食堂でね。俺が酒場にするまでは、ちゃんとそれらしい名前もついてたんだが」
「なんて名前だったんです?」
「"Питание Трудящимся(労働者のための栄養)"」
「うわっ…」
「あ、いまドン引きしたね?期待通りの反応だよ、ハハッ。ところで、君はクラスノズナメニーへ向かうんだって?せっかくだから、ついでにお遣いを頼みたいんだが」
「内容にもよりますが」
「いやなに、本屋に注文した品を受け取りに行ってもらいたいだけだ。キャラバンを通して先払いで予約したんだが、取りに行く暇がなくってね。この受領証を持っていけば、無料で引き換えてくれるはずだ」
 そう言って、バーテンは一枚の紙片をナターシャに渡した。すさまじく読みにくい筆記体で、空挺学校に入ってからようやく文字の勉強をはじめたナターシャにとっては外国語に等しい難解な代物だったが(それは実技試験をトップの成績で修めた彼女の階級が兵長留まりであることと大きく関係している)、かろうじて"エイブラハム書店"、"指輪物語(ロシア語訳版)"といった単語が判別できた。
 どのみちエージェント・フィデルと接触したあとに再びここへ戻ってくるだろうし(なにせバンカー317との中継地点なのだ)、そのときに渡せば手間はないだろう。
 
 
 
 
 
 
 酒場を出て村から出発するとき、ナターシャはピーターに一声かけていくことにした。
「さっき、ギャングの生き残りが村を襲ったと聞いたけど。大丈夫だった?」
 ナターシャの質問に、なんてことはない、というふうにピーターはPPS短機関銃を肩にかけた。
「何も問題はないさ、一人か二人始末してやったよ!それよりナターシャ、君こそ怪我はないかい?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
「それはそうと、君に渡したいものがあるんだ。いや、花じゃないよ!箱入りの9mm拳銃弾だ、たまたま手に入れたんだけど、僕の銃とは口径が合わないからね。バックアップ用の拳銃を持っているわけでもなし。だから、君に使ってほしいんだ」
「本当に?」
 純粋な親切心というよりは多分に下心があっての申し出だったのだろうが、それでもナターシャとしては、それを素直に感謝して受け取る以外の行動を取る理由がなかった。
 自分はこの若い男の純情を弄んでいるのだろうか?
 いっときの火遊びに付き合う程度の好意は持っていたが、おそらくピーターはそれ以上の関係を望んでいるだろう、というのが彼の態度からそれとなく感じられた。そういうたぐいの若さゆえの情熱は、時として非常に危険なトラブルを招く恐れがある。
 すこし慎重になったほうがいいかもしれない、とナターシャは考えた。
 
 
 

 
 
 
 最後に、元パイロットであったという羊飼いの老人と一緒に茶でも飲もうかと、村の外れにあるキャンプに立ち寄ったのだが、それはまったく余計な行動だったと言わざるを得なかった。
 そう、まったく余計な行動だった。
 
 
 
 
 
 
『村に金を取り立てにきたギャングが、クリーチャーどもに襲われる危険を犯してまで、こんな離れた場所にいる年寄り一人から余分な金を巻き上げるなどという発想を持つことは考え難い』
 たしか、そんな話をしたのだったか。
 ある一定の水準において、その考えは合理的だったのだろう。しかし、リーダーとともに分別までもを失ったギャングの残党にとっては、必ずしもその限りではなかったようだ。
 はじめはたんなる来客があったのかと思ったが、当の老人と、彼の飼っている羊が死体となって転がっていることに気づいたとき、ナターシャは犯人たちがこちらの存在に気づくのと同時にモーゼルを撃っていた。
 おそらくは自分が廃工場のギャングたちを全滅させなければ、老人と羊たちは今も生きていたのだろう。
 すでにこういうことが起きてしまった後でそんなことを考えるのは、それ自体が無駄以外の何物でもなかったが、それでも、ナターシャは自分の行動が引き起こした結果について、考えざるを得なかった。
 
 
 
 
 
 [次回へつづく]
 
 
 

 
 
 
 どうも、グレアムです。ギャングを壊滅させたあともどこか不穏な空気が漂う感じですが、ATOM RPG自体がわりと「理想的な解決手段」的なものを廃する作風で、どのような行動を取るにせよ、えーと…陳腐な言い方をするなら、「後味の悪さが残る」作りになっています。そのあたりはまさしくロシア文学的というか、ゲームのシナリオに落とし込んだ場合に賛否のある部分だとは思いますが、個人的にはけっこう気に入ってるところです。うまく説明はできませんが…
 エンジニアの身柄については、多くのプレイヤーがDanに金を払って解放するものと思いますが、じつはOtradnoyeの選挙クエストまで待てば無料で解放することができます(曰く、これ以上無駄飯食らいを置いておきたくないのと、村に返せば選挙での投票操作に役立つだろうという論拠から)。とはいえ、Roaring Forestの調査を終えるまでエンジニアを放置するプレイヤーは稀だと思いますが…
 
 
 
 
 


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2020/05/24 (Sun)02:20


 
 
 
 
 

 

ATOM RPG Replay

【 Twenty Years In One Gasp 】

Part.10

*本プレイ記には若干の創作や脚色が含まれます。
 
 
 

 
 
 
 ひとまずギャングたちの仲間に潜りこんだことで、敷地内を自由に動き回ることが可能になった。調査や下準備をするには充分だ。
 これからどうすべきか…ナターシャはダンに言われた通り、密造酒の製造グループのところへ行って"みかじめ料"の取り立てをやる気は毛頭なかった。
 ATOMエージェントとして、消息を絶ったモロゾフ将軍率いる調査隊の捜索のためバンカー317へ向かうという任務のことを考えれば、こんな場所でグズグズとギャングどもの"ヤクザごっこ"に付き合わされる理由は何一つなかった。また、コバレフが望んだような"スパイごっこ"に従事するつもりもなかった。
 物事の優先順位を考える必要がある…第一に、ATOMの任務を遂行する。第二に、オトラドノエに対するギャングの脅威を排除する。第三に、ギャングに捕らえられた人質を救出する。
 おそらく交渉さえすれば、ダンはエンジニアを手放すだろう、という予感はあった。いつまでも無駄飯食らいを置いておけるほど、彼らも懐と気持ちに余裕があるわけではないはずだ。適当に金を掴ませればエンジニアの身柄を自由にすることは可能なはずだった。
 だが、それだけでは問題を解決したことにはならない。
 いずれまたギャングたちはオトラドノエへ金を取り立てに向かうだろう。可能な限り円満な形でそれを回避するには、コバレフの言った通り、潜入捜査官として村へ情報を送り続けるのが一番なのだろうが、ナターシャとしては、いつまでもこんな場所で足止めを食っているわけにはいかなかった。
 となれば、取れる手段は一つしかなかった。いますぐにギャングを殲滅し、人質とともに村へ戻る。
 取捨可能な選択肢のうち、もっとも危険な手段には違いなかった。そうまでしてオトラドノエに加担する必要があるのか、と問われれば、それもまた答えに窮するところだ。
 しかしナターシャとしては、モロゾフ将軍の部隊を発見した"あと"のことも考えなければならなかった。さらに言えば、今回の任務を終了した後のことも。
 今後もATOMエージェントとしてウェイストランドに派遣されるようなことが度々あるのであれば、その活動を円滑に進めるための地盤を作っておく必要があるように思われた。パートナーシップを結ぶなら、合法的な犯罪者よりも、こんな時代に畑を持っている村人のほうが、よって立つものとしては気兼ねがない。
 あるいは…出会う順番が違っていれば、また別の意見を持つこともあったかもしれないが。
 ギャングどもがクラスノズナメニーと関係を持っている点が唯一の気がかりだったが、だからといって、彼らの存続がよりオトラドノエのためになるとは思えなかった。
 ぼろぼろのナガンに装填された弾は四発。残る武器は自分の肉体だけだ。なんとかするしかないな、とナターシャは嘆息した。こんなところで死ぬ気はない。
 
「運の良い女だな。ダンから仕事を貰ったのか?まあ、せいぜい頑張るこった」
 門番のコソイの前を通りがかった直後で、ナターシャは足を止める。
 なにか地面に興味深いものが落ちているような仕草を見せるナターシャに、コソイは何事かと近づき…
「おい、いったい何を…」
 肩に手をかけられ、振り向いたナターシャの手には古ぼけたナガン・リボルバーが握られていた。その銃口はコソイの鼻先にまっすぐに向けられている。
 カチリ。
 シリンダーが回転し、ドライファイアの硬質な金属音がコソイの鼓膜を刺激した。もちろん、それが冗談や戯れではなく、ナターシャが実際に撃つつもりだったということはコソイにも理解できた。
「この、クソ女!」
 バン!立て続けにナガンから撃ち放たれた弾丸はコソイの耳元を掠め、コソイは手にしたPPS短機関銃のトリガーを引き絞った。
 数発の弾丸がナターシャの脇腹をえぐり、さらにナターシャの放った弾丸は今度こそコソイの急所を捉えていた。頭部から血と脳漿を噴き出し、倒れるコソイの手からナターシャがPPS短機関銃を奪い取る。それがあまり手入れの行き届いていない粗悪なコンディションであることに気づき、ナターシャは内心で舌打ちする。
 作動不良!
 初弾の不発にナターシャの脳は怒りで沸き返るようだった。
 弾は最初から四発しか装填されていなかったが、空の薬室を叩いたというような初歩的なミスを犯したはずはなかったので、おそらくは弾薬の雷管不良か、板バネや撃針の磨耗による打撃力不足が原因だと思われた。
 リボルバーでマルファンクションを気にする必要があるなんて!
 オートマチックよりも動作が確実で事故が起こりにくい、と枕詩のように語られる銃種での思わぬトラブルにナターシャは憤慨しながらも、そんなことに気を取られている場合ではないと思い直した。
 
 
 
 
 
 
 すでに数人のギャングたちが異常事態を察してナターシャのもとへ向かってきている。素手で殴りかかってくる者、手斧を片手に迫る者、拳銃をこちらに向けている者…ナターシャは拳銃をかまえている、上半身裸の男にPPSの短い掃射を浴びせた。
 相手の接近を許さぬよう後退しながら指きりの連射を続ける…しっかりと銃を保持しての射撃だったが、それでも一、二度ほど弾詰まりを起こし、そのたびに遊底を引き、弾倉を叩いて弾を正常に送り込んでやらなければならなかった。
 
 
 
 
 
 
 どうにか追っ手を始末したときには、ナターシャは自分が想定していたよりも酷い深手を負っていることに気がついた。もとより、はじめから想定などあってないようなものだったが。
 死んだギャングが所持していた赤い錠剤と(カスパラミドという戦前の薬で、何にでも効く…らしい。まさしく宇宙時代の薬だが、自分の記憶ではたんなるアルコールの中和剤だったはずだがとナターシャは首を傾げた)、"F.E.N."と呼ばれる軍用の覚醒剤を打ってどうにか気を取り留めたが、これ以上の被弾は避けたかった。
 拳やナイフで襲い掛かってくるようなのはどうとでもなるが、短機関銃を持っているやつは厄介だ。連中が銃の手入れに頓着していないのは朗報だが、それでも自分に銃口が向けられたときにちょうど弾詰まりを起こすというような都合の良い奇跡を期待するわけにはいかない。
 視界の開けた場所では不利だ。常に一対一になるよう心がけなければ…ナターシャは工場の建物に足を踏み入れる。
 
 
 
 
 
 
 狭い室内に敵を誘き寄せ、PPSの弾丸を撃ち込んでいく。
 
 
 
 
 
 
 あらかた敵を片づけ、独房周辺の安全を確保しようと足を踏み出したとき、弾丸がナターシャの肩を貫いた。
 シシャクだった。例のぴかぴかに磨かれたトカレフの銃口から硝煙がのぼっている。今度は紛れもなく弾が込められているようだった。そういえば姿を見ないと思っていたが、どうやら囚人相手にお楽しみの真っ最中だったらしい。独房の中にいたので気づけなかったのだ。
 さきほど殺した敵の手から奪った狩猟用ライフルをかまえ、アドレナリンに任せて弾丸を撃ち込む。AK-74に使われる5.45x39mm弾がシシャクのぶ厚い胸板を貫いた。どれだけ肉体を鍛えようと、人間の身体はライフル弾を止めるようにはできていない。
 
 
 
 
 
 
 その後も次々とギャングのメンバーを屠っていき、屈強なボディガードさえも始末して遂にダンのもとへと迫るナターシャ。一方のダンは、さきほど仕事を任せたばかりの新人が部下を皆殺しにして迫ってきたという現実に脳の理解が追いつかないようだった。
「貴様、一体…一体なにをしている!?」
 ホルスターから引き抜かれたダンのモーゼルと、ナターシャが握るシシャクのトカレフが同時に火を噴く。まったく同じ規格の弾頭が交差し、互いの胴体に命中した。
 もんどりうって壁に叩きつけられたダンの手からモーゼルが転がり落ちる。
「殺し屋か…いったい、誰に雇われた……!」
「すぐにわからない程度には大勢の恨みを買っているのでしょうね」
 がはっ、口から血を吐くダンの前に、身体中に穴をあけて血を流したナターシャが平然とした顔で立っていた。アドレナリンと覚醒剤の助けを借りてか、あるいはたんに、撃たれ慣れているせいで恐怖を感じなくなっているのか。
 とどめの弾丸を撃ち込むべく、ふたたび銃口を上げるナターシャに、ダンは朦朧とした意識のなかで毒づいた。
「正義の…執行人のつもりか。さぞかし、気分が良かろうな」
「率直に言って」ナターシャは片目を閉じたままつぶやいた。頭から流れる血が目に入ったからだった。「あなたの善性には関心がありません。今回のことは、すでに締結済みの契約の一部に過ぎませんので」
 バン。
 弾丸はダンの心臓を貫き、ダンは一瞬だけ痙攣したのち、ピクリとも動かなくなった。
 
 
 
 
 
 
 血に濡れたカーペットの上に転がるモーゼルを拾い上げ、ナターシャはダンの死体を検分する。指に嵌まっていた、プラスチックやガラスではない本物の宝石で彩られた指輪を抜き取る。おそらくはダンのトレードマークでもあったろうこの逸品は、自分の仕事が確かなものであったことを証明してくれるだろう、とナターシャは思った。
 
 
 
 
 
 
 シシャクの死体が転がる独房の前まで戻り、ナターシャは何が起きているかもわからず動揺している囚人の手を縛っている縄をナイフで切ると、血と涎でべとべとになっている猿轡を外してやった。
「立って歩けますか?ここから脱出しましょう」
「いったい、なにが…あんた、何者だ?」
「話は村へ戻ってから」
 疑問を口にするエンジニアを制し、ナターシャは周囲を警戒する。
 すでに工場内のギャングは全員始末したはずだが、銃声を聞きつけて、余計な連中が関心を示した可能性がある。控え目に言って、いまのナターシャはこれ以上の戦闘を継続できるコンディションにない。
 あるいはナターシャと同様にダンから仕事を与えられていたギャングのメンバーが戻ってくる可能性もある。いずれにせよ、ぐずぐずしている暇はなかった。
 
 そういえば…と、ナターシャはさっき倒したギャングの死体へ歩み寄る。
 一人だけ良い防具を身につけていたやつがいたはずだ。あれを頂ければ、今後の旅に役立つだろう。そう思い、ニットキャップをかぶったギャングの死体から革製の鎧を脱がせる。ライフル弾には効果がないだろうが、うまくすれば小口径の拳銃弾くらいは止めてくれるだろう。動物の噛みつきや、刃物による攻撃も防いでくれるはずだ。
 
 
 
 
 
 
 脱がせている途中で、ナターシャは違和感に気づいた。
 ニットキャップを脱がせ、ギャングの顔を見る。帽子の内側に纏められていた赤毛の長い髪がはらりと広がり、半分マスクに隠れていた顔はあまりに女性的だった。
「女か…?」エンジニアが遠巻きにつぶやく。
 さて、この工場にたむろしていたようなギャングに女が仲間入りをするというのは、今の時代にどれだけ有り得ることなのだろう?ナターシャは頭を捻った。
 顔を隠していたということは、自分の性別を隠していた可能性は高い。ボディラインが隠れるほど頑丈な鎧を着ていたのもそのためか。男を演じて"保護"を求めたか、あるいは秘密を共有する恋人でもいたのか。
 ふと隣を見て、いまとなっては名前もわからない女と一緒に襲ってきた、赤いジャケットの男のほうを見る。ライフル弾で顎から上が吹っ飛ばされ、すでに顔を思い出すこともできない。下準備も兼ねて施設を見て回っていたとき、二人で門の守備にあたっていたと記憶している。
 この二人はコンビだった可能性もあるが…しかし、いまさらそんなことを考えて何の意味がある?
 死の際にいるダンに対して言ったように、この二人の死もまた、ナターシャにとってはATOMの任務を遂行するための「締結済みの契約の一部」に過ぎないのだった。
 
 
 
 
 
 [次回へつづく]
 
 
 

 
 
 
 どうも、グレアムです。今回の更新はほぼ戦闘一色…なんですが、実のところ、敵を全滅させるまでにロードしまくりでした(汗)三桁余裕だったんじゃないかなあ。たんに全滅させるだけならともかく、今回はスクショ映えする構図とか余計なことを考えながらのプレイだったので、余計に。ダンをオフィスの席からほとんど動かさずに死なせるとか滅茶苦茶大変でしたもん。あんまり画面が暗いのは良くないと思って昼間に戦闘を仕掛けたのも、奇襲は夜間というセオリーを考えるとストーリー的にもちょっとどうなんだ、というセルフツッコミも。
 そもそも廃工場のギャングとはこの時点で戦うことを想定されてないというか、ダンの依頼はかなり先が長いうえにエンディングにも影響を与えるので、本来はプレイヤーが自発的に戦うということ自体が推奨されないプレイだと思います。ただ今回のプレイ記に関しては、あえて"理想的な攻略ルート"的スタイルを外しているので、気になる人は自分でプレイして確かめてくれ!という感じで。
 もとより本作は攻略のヒント自体が少ないというか、他の作品なら必須ルート的なものでさえ隠し要素ばりに見つけるのが難しかったりするので、実際のところ開発側がどういう攻略法を想定しているのかっていうのがユーザー視点で把握しづらかったりします。俺自身もまだセオリー的なものを把握しきれてないので、今後どうなるかは自分でもまだちょっとわかってないです。
 
 
 
 
 


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2020/05/21 (Thu)04:42


 
 
 
 
 

 

ATOM RPG Replay

【 Twenty Years In One Gasp 】

Part.9

*本プレイ記には若干の創作や脚色が含まれます。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
「それで…コソイが君をここへ送ったというんだな?うちとは関わりのない犯罪結社のパスポートを持っていたという理由で?まったく、あいつは!それで、お嬢さん、名前は?言っておくが、本名だぞ。カスみたいな偽名を使ってみろ、いますぐここから叩き出すからな」
「…ナターシャ・クロートキィ」
 廃工場へと到着したナターシャは、ギャング…彼らが言うには治安維持部隊…のボス、デニス・デニソビッチの事務所にいた。
 短機関銃をかまえた屈強なボディガードに背中を晒さざるを得ない無防備な状況で、ギャングというよりは工場勤務の中間管理職のような神経質な態度で接するダンを前に、ナターシャはこれから起こる事態がどういったものになるのか、いまひとつ想像力を働かせることができないでいた。
「それで、ミスター・デニス。なにか、私向けの仕事を…」
「仕事だ?お前向けの?殺し屋向けの"清掃業務"でも頼めというのか?冗談だろう!まったく…まあ、いい。人間、どういう取り得があるかわからんものだ。隣のでかい建物へ行け、かつての主要生産施設で、いまは兵舎として使っている。鍵のかかった扉の前にいる二人の男のうち、でかいほうと話せ。シシャクという名だ。然るべき役割をお前に与えてくれるだろう」
 それだけ言うと、ダンは蝿でも払うかのような仕草でナターシャを追い出した。
 
(Danに対して頑なに名乗るのを拒否した場合は、それ以降一切相手にされなくなり、クエストラインがストップする。実績には一度も本名を名乗らずにクリアするというものもあるが、それは本来推奨されたプレイスタイルというよりも、あくまで上級者向けの高難易度実績だろう)
 
 
 
 
 
 
 ここはかつて煉瓦工場であったとコソイは言っていた。はじめは何かの冗談かと思ったが、巨大な煙突の焼成窯や建物の脇に山と積まれた煉瓦を見ると、どうやら本当のことらしい。そういえば、工場へ続く道の途中で見かけたZILの荷台に大量の煉瓦が積まれていた気がする。
 現在は閉鎖されているトンネルの先ははじめ、鉱山か何かかと思ったが、おそらく煉瓦用の土の採掘が行われていたのだろうと思われる。
 建物内には戦前に使われていた機材が一切残されていなかったので、それ以上の推測はできなかった。そんなことをする意味もなかったが。
 
 
 
 
 
 
 厳重に施錠された鉄格子の前に、二人の男が立っている。向かって左側に立つ男はいやらしいニヤニヤ笑いを絶やさず、かたや右側に立つ男は顔面を抉るように大きくラインの入った傷跡を誇示するかのように厳めしい表情をしている。
 いずれもプライベートで付き合いたいと思う相手ではなかった。
 ナターシャは、二人のうち背が高いほう…右側にいる凶悪な顔つきの男に話しかける。
「あなたがシシャク?ダンに言われてここに来たのだけど」
「おまえ、見ない顔だな。新入りか、こいつはまた…随分と可愛らしい子豚ちゃんだな、えぇ?ダンが新入りを寄越してきたってことは、まあ、そういうことなんだろうな。ちょっと待ってろ、いまこの扉の鍵を開けてやるからな。子豚ちゃん」
 どうやら、このシシャクという男は"子豚ちゃん"という言葉を女性に対するもっとも有効な罵倒語だと考えているようだった。
 そんなくだらない挑発に乗ってやる義理もないだろう。ワルが相手だからといって、舐められないようタフガイぶるのが常に最善の手というわけではない。
 それよりも、これから何が行われようとしているのかに神経を集中させるべきだ。
 おそらくこのシシャクという男は新人教育か、新入りをテストするための試験官のような役割を担っているのだろう。彼の態度と、彼に接する他の者の反応から、シシャクがギャングの中でもそれなりに高い地位にあることは容易に察せられた。
 それはそれとして、シシャクは鍵を開けるのに随分と手こずっているようだった。鍵束にぶら下がった大量の鍵を一つ一つ順番に試しているように見える。これは忍耐力のテストか、それとも何かの冗談か?
 けっきょく一時間はたっぷりかけたあと、ようやく鉄格子の開錠に成功したシシャクは、ナターシャを伴って暴君然とした足取りで部屋の中へ入っていった。
 
 
 
 
 
 
「ゲストルームへようこそ、子豚ちゃん。俺たちの特別なお友達を紹介しよう!」そう言い、シシャクは鮫を思わせる残忍な笑みを浮かべた。
 そこは一種の独房のようだった。狭い空間にベッドと便所が置かれ、汚物に濡れた床の上に小太りの男が怯えた様子でこちらを見つめている。
 感情を表に出すことなく、ナターシャはシシャクに尋ねる。
「こいつは?」
「オトラドノエで捕まえたクソ野郎だ。なんでも、こいつは大金を持ってるとかでな。ちょいとばかり痛めつけて金の在り処を吐かせようと思ったんだが、なんとも口が固くて」
 そう言って、シシャクは囚人の頭をはたきはじめた。それほど力を入れてないはずだが、叩かれるたびに囚人は恐怖に身を震わせ、ぎゅっと目を閉じてこの瞬間が過ぎ去るのを待つために身を固くこわばらせた。
 おそらくはこの囚人がコバレフの言っていた村のエンジニアだろう。シシャクの言動とも一致する。
 それにしても、シシャクや、他のギャングたちは本当にこの目前の貧相な男が大金を持っていると考えているのか…そうは思わなかった。特にシシャクは、エンジニアが金を持っていないことを確信したうえで暴力を振るうことを楽しんでいるようだった。
「それで、私は何をすれば?」
「なに、簡単なことさ」
 シシャクはシャツの裾をひっぱりだすと、ベルトに挟んであった拳銃をナターシャに渡した。
 表面が丁寧に磨かれた、トカレフTT-33。ぴかぴかと光っているのは、特殊な表面処理を施しているのか、それとも塗装が剥がれて鉄の下地が見えているだけか。
「薬室に一発だけ弾が入ってる。そして、子豚ちゃん、お前の目の前に、それを使うのにあつらえ向けの羊の頭が用意されてるってわけだ。さあ、どうする?好きなようにそいつを使ってみろよ、さぁ、さぁ!」
 そう言って囃し立てながら、シシャクともう一人の男は出口を塞ぐようにナターシャの背後に立った。
「別に殺しても構わんぞ、どうせ、そいつはずっと同じことしか言わねぇ…"私はお金なんか持っていません、私は億万長者なんかじゃありません"てな!」
 その言葉を聞いて、エンジニアはがくりと身体を仰け反らせた。よくよく観察すると、両手は後ろ手にしばられ、口には猿轡が噛まされている。
 なんとも、ありきたりな…ギャングらしい"入団試験"だ、とナターシャは思う。
 かつてナターシャはこれとまったく同じような状況を経験したことがある。そのときも、握らされたのはトカレフだった。
 だからナターシャは拳銃をまっすぐエンジニアの頭に向け、カチリと音を立てて撃鉄を起こすと、躊躇なく引き金をひいた。
 パチン。
 乾いたドライファイアの音が響き、ナターシャは怪訝な表情でトカレフを見つめる。遊底を引き、薬室に弾が入っていないのを見た直後に、シシャクから乱暴に銃を取り上げられた。
「おいおい!お前、まさか本当に弾が入ってたなんて思ってないよな?まったく、豚野郎め。そのクソにはまだ利用価値がある、殺させやしねぇよ。それにしても、一切の躊躇なしとはな。ダンがなんと言うやら」
 口ほどには不快に思っていない様子でシシャクはそう吐き捨てると、相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべたまま部屋を出ていった。おそらく事の顛末をダンに報告しに行くのだろう。自分も後についていくべきだ。
 当たり前だが…ナターシャは、薬室に弾が入っていないことを確信していた。もし装填されていれば、エジェクターが出っ張っていたはずだ。わざわざ遊底を引いて確認するまでもない。空撃ちしたあと、困惑したような仕草を見せたのはちょっとした演技だった。
 昔おなじような状況に出くわしたときは、エジェクターが出っ張っていた。それどころか、弾倉一杯に弾が詰められてもいた。そのときの感触が今も手に残っている。
 
 
 
 
 
 
 少し遅れて事務所へ赴くと、いままさにシシャクがダンへの報告を終えたところだった。
 厳ついボディガードの脇を通り抜け、シシャクと入れ違いにダンと対面したナターシャは、ちょうど熱心になにごとかを書き留めたばかりの手帳をジャケットの内ポケットに入れたばかりだった。
「今回の件については、非常に興味深いケースの一つ…と言わざるを得ないだろうな」
「と、言いますと」思わせぶりな口調でつぶやくダンに、ナターシャは問いかける。
 ダンが言った。
「私の目で見た限りでは、さらに言えば初対面での印象と、そのときに君が取った態度からすれば、容赦なく人を殺そうとするような人物には見えなかったのでね。なぜあのような行動を取ったか説明してもらえるかね?」
「私は銃を渡され、それを使えと言われました。他に多くの選択肢があったとは思いませんが、あなたにとってはそれが意外だったというわけですか?」
「そうだ。確かに、君には殺す選択肢があった。しかし、本当にそれしか無かったかね?シシャクは、君に囚人を処刑しろとは言わなかったはずだ。殺しても構わない、とは言ったかもしれないが。そういう状況で、囚人の頭を撃ち抜くことを真っ先に選んだ理由を聞かせてほしいのだが」
 ダンはナターシャの反応を窺っていた。どうやらダンはナターシャに関心を抱いているようだ。"正確な疑念を抱いている"と言い替えてもいいが。
 さあ、どう答える?
 顔見知りでもない男の生死に関心などなかった、と言うか。それとも、本当は薬室に弾が入っていないのを知っていたと言うべきか。あるいは、たんに血が見たかっただけとでも言うか。
 周囲を見回し、今日はなんと良い天気だろう、などと無関係なことに少しのあいだだけ思考の処理能力を割いたのち、ナターシャはダンの顔をまっすぐに見つめ、声を潜めて言った。
「すこし、昔話をしても?」
「それが必要なら」あまり歓迎してはいない様子でダンが言った。
「私はかつて、とあるギャング団に所属していました。その入団試験で、私は拳銃を握らされたんです。今日と同じように。目の前には、椅子に縛りつけられた警官がいて…酷い暴行を受けて血まみれの警官が、命乞いをしていました。私は手渡された拳銃で、警官を撃てと言われました。できなければお前を殺す、と。それで…私は警官の頭を撃ち抜きました」
「…… …… ……」
「その行為を賞賛され、晴れて仲間の一人として迎えられた…一度そういうことを経験したあとで、別の選択肢があるなどと考えるのは、難しいものです」
「なるほどな。よくわかった」
「なにがわかりました?」
「その、君がかつて所属していたギャングについてだが。若い集団だったかね?」
「はい」
「乱暴な連中だったかね?その、意味もなく他人を傷つけたり、財布を盗むために人を殺したりといったような?」
「はい」
「だろうと思った。まさにそこだよ、私と君の間に横たわる認識の差、組織という物の見方に対するビジョンのズレというやつは」
 ふたたび手帳を取り出したダンはなにやら熱心に書きつけながら、言葉を続けた。
「ときにはコロシが金になることもある。それしか手段がない場合は、しかし、大抵の場合は無用なトラブルの元でしかない…ビジネスに殺人狂は不要だ。君は我々をただのギャングだと思っている、だから自身の過去と現在の状況を重ねて見ている、そうではないかね?しかし、それは大きな見当違いというものだ」
「なるほど」
「同意が得られたようなら、君に一つ仕事を与えよう。ここからそう遠くない場所に、密造酒の製造グループの拠点がある。そこへ行って、我々の庇護下へ入るよう説得するのだ。上納金を払うか…それとも、すべてを失うか」
「なるべく暴力はなしで、ですか?」
「もちろんだ!私が欲しいのは金だ、死体の山じゃない。すでに連中は多くの顧客を掴まえ、多額の利益をあげている。いわば、ビジネスチャンスだ。金の卵を産む雌鳥を、わざわざ踏む潰すような真似をする必要があるかね?それに、密造酒の製造法…そいつも手に入れられれば言うことはない」
「わかりました」
 
 事務所を出て、ナターシャは空を仰ぐ。
 自分の過去について、ダンには言わなかったことがある。
 入団試験を受けたのは七歳か八歳のときで、路地裏でゴミを漁っていたところを捕まってリンチに遭い、血まみれで意識朦朧としているところに無理矢理拳銃を握らされたこと。
 重い鋼鉄のかたまりの先に、涙を流しながら必死に助命を懇願する警察官の顔があり、躊躇した矢先、自分のこめかみにも銃口が突きつけられ…「撃てなければお前を殺す」そう言われて、どうしても警官を死なせたくなかったナターシャは、ぎゅっと目を閉じて、ただ、デタラメに引き金をひいた。
 誰かがヒュウと口笛を吹くのを聞き、ゆっくりを目を開けたとき、自分の顔が返り血に濡れていることに気がついた。銃弾は、警官の両目と鼻を結ぶ三角形のど真ん中に命中していた。即死だった。
 それ以来、欲しくもない金のために、やりたくもない殺しを山のように重ねてきた。対価は常に自分の命だった。逆らえば殺される、ただそれを避けるためにクズどものいいなりになっていた。
 軍に入隊したのも、そんな境遇から抜け出すためだ。ただどこかに逃げたというだけでは、ギャングたちはどこまでも追ってきて、ナターシャを、彼女に関わった人間ごとすべてを殺し尽くすだろう。だが、戦場まで追ってくるやつがいるだろうか?
 しかしまあ…軍に入隊したらしたで、また別の地獄に放り込まれる破目になったわけだが。
 この工場に集まっている連中は、どちらかといえばギャングというよりもマフィアに近いらしかった。あくまでも犯罪はビジネスであり、暴力や殺人はその手段に過ぎない、というわけだ。しかし、シシャクのような人間がいるのを見る限り、ダンが自分で言っているほど真っ当な連中であるとは思えなかった。
 行動を決断するときだった。
 
 
 
 
 
 [次回へつづく]
 
 
 

 
 
 
 どうも、グレアムです。えーと、今回はあんまり書くことがないです。たんに話がほとんど進んでいないだけとも言う。訳しながらプレイしているとどうしてもダイアログの内容をそのまま記事に持ってきてしまい、どうでもいい部分まで訳したのを「せっかくだから」と入れて文章量ばっかり多くなってしまうんですが、個人的な理想としては適当に意訳したうえで必要な部分だけ取り出しつつ創作を混ぜてごった煮にするというスタイルを目指しているので。
 スタンス的にはやる夫スレとかああいうのが近いので、徹頭徹尾原作に忠実ではない、という部分をどうにか自然に主張できたらな、とは思ってます。
 
 ちなみに入団試験でShishakに拳銃を渡されたときにどうリアクションを取るかで次にDanから引き受けるクエストが変化します。いずれにしても一筋縄ではいかないので、どっちが良いかは俺にはちょっと判断がつかないですね。個人的には撃たずに殴ったさいに分岐するもう一つのクエストのほうが好みですが。調査に向かったあと、廃工場に出現する荒事専門のギャングがいかにもプロっぽくてかっこいいんですよ。スピーチチャレンジに成功すればヘルメットのレシピも教えてもらえますし。
 
 
 
 
 


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2020/05/18 (Mon)02:10


 
 
 
 
 

 

ATOM RPG Replay

【 Twenty Years In One Gasp 】

Part.8

*本プレイ記には若干の創作や脚色が含まれます。
 
 
 

 
 
 
「…マジですか」
 オトラドノエのトレーダー、ヤシンのもとで銃を受け取ったナターシャは、唖然とした声をあげた。
 
 
 
 
 
 
 スパイとしてギャング団に潜入するという今回の仕事の危険性を鑑みて、コバレフがナターシャのために拳銃を一挺、無料で手配することを約束してくれたのだが…
 村のトレーダーであるヤシンから渡されたのは、まるで昨日土から掘り返してきたような、錆だらけのナガン・リボルバーだった。発砲したら弾だけでなく銃身まで吹っ飛んでいくんじゃないだろうか。トリガーガードが半分ほど欠けており、こうした加工はギャングお気に入りの改造の一つだったが、このナガンに限っては経年劣化で破損したようにしか見えなかった。
 本来は専用の7.62×38mmR弾を使用するはずだが、このナガンはトカレフ用の7.62x25mm弾を用いるようだ。ますますもって気に入らなかった。もしナガンが7.62x25mmをまともに撃てる構造なら、少なくとも銃の製造期間が半世紀は延びていただろう。
 まるっきりヤクザの鉄砲玉扱いだ、やめようかな…そんな考えが一瞬脳をよぎったが、一度引き受けると口にした手前、それを反故にするのも憚られる。
 せめて防具、簡単なプロテクター程度は身につけておく必要があるかと考えたが、生憎、いまは在庫に扱いがないとヤシンは首を横に降った。銃火器もこの古代のナガンより優れたものはなさそうで、どうやら嫌がらせではなく本当に現在用意できるなかで最もマシな商品をナターシャに提供したらしかった。
 これでは金を稼いだ意味がないな、とナターシャはため息をつく。本当はもっと丁寧な準備をしてから出発したかったが、仕方がない、貧相な装備でどうにかするしかないな、と判断した。
 
(実際にナガン用の7.62x25mm用シリンダーが販売されたことはあるらしい。しかし7.62x25mmは7.62×38mmRよりも初速が高く、銃の構造や強度と適合しないために銃身破裂やシリンダーが吹っ飛ぶといった事故が多発したという)
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 夜のうちにオトラドノエを出発したナターシャは地図を開き、ギャングたちが拠点に使っているという廃工場の位置を確認する。
 道路に沿って南下していたとき、ナターシャは遠方に明かりを見た。焚き火か何かのようだ。無用心な旅人か…昨日までの自分のような…あるいは、ギャングか何かか。確かめてみる必要があるな、とナターシャは思った。
 
 
 
 
 
 
 焚き火を囲み、三人の男たちが異様な雰囲気で互いを見つめ合っている。隙を見せないよう、観察…監視?まるで、背中を見せた瞬間に殺し合いでも始まりそうな雰囲気だ。
 張り詰めた空気のなかで、ナターシャはリーダー格の男に話しかける。成金かダンサー、さもなくばギャングの幹部のような派手ななりの中年男は、相当に苛立った様子でナターシャのほうを見やった。
「なんてこった、二匹のチンパンジーとこんな場所で立ち往生する破目になるとはな。あんた、地元の人間か?ちょっと助けが欲しいんだがね」
「いえ、私はただの旅人です。えっと、ここで何をしてらっしゃるんですか…?」
「俺はセヴォロッド・マーケロフ、名前くらいは聞いたことがあるだろう?あのマーケロフ・アンド・サン商会の頭取だ」
「申し訳ありませんが…」
「知らんだと?まったく、なんてクソ穴だここは…いいか、俺は商売のためにクラスノズナメニーへ向かってたんだ。あの有名な商工議会所の代表と話し合いをする、重要な商談だぞ!高級ブランド物のスーツをバッチリ着こなして、自慢の商品サンプルを抱えてだな、最高のガイドと最高のボディガード…言っておくが、今おまえさんの目の前に立ってるタワー・オブ・クソのことを言ってる…そして、クソ最高のクソ運転手を雇って、クソトラックでクソ荒野をクソドライブしてたってわけだ!」
 できれば"クソ"を省いて説明してほしいのだが、と言いかけたが、余計に激昂して口を閉ざしてしまっても困るので、ナターシャは彼が喋っているあいだは口を挟まないことにした。
 マーケロフが話を続ける。
「途中までは何の問題もなかったのさ。ゴキゲンでUAZをカッ飛ばして、昨晩は行きがかりに立ち寄ったガソリンスタンドの世話になった。バーリャっつう婆さんが経営してるところでな、一匹の猫と一緒に一人で暮らしてる。俺たちが晩飯を御馳走になってるあいだ、婆さんはスキンワームの伝承について話しはじめた」
「スキンワーム?」
「くだらん戯言だ!モロッコ人か、誰かの古女房か、あるいはプロレタリアのでっちあげか…なんだっていいさ。そいつは地元の沼地に生息していて、木の上に潜んでるんだと。人間が近くを通りがかった途端、頭上めがけて枝から落下し、口から体内に侵入する…そうやって人間の内側に潜りこんだあと、神経系を乗っ取って、人間の身体を意のままに操るんだ。元の人格を破壊してな」
「…… …… ……」
「ワームの肉人形になった人間は、生前の行動をトレスするらしい。誰もそいつがワームに乗っ取られたことに気づかない…判別する方法があるとすれば、ワームに乗っ取られた人間は記憶が曖昧で、言動の不一致…要するに、以前に言ったことと矛盾する言動が多くなるらしい」
 曖昧な記憶、言動の不一致、という言葉を聞いて、ナターシャは一瞬だけ、今朝がたオトラドノエの酒場で言葉を交わしたエージェント・アレクサンダーの顔を思い浮かべた。
 まさかな…
 そんなナターシャの懸念など知る由もなく、マーケロフが話を続ける。
「そして、ワーム人間は他の人間を罠に誘い…そいつの肉を食べる!ワーム人間は、人肉を食うんだよ!だが、いいや、こんなのは駄法螺さ。ババアの与太話だ」
 でたらめと言い切るには、マーケロフの話しぶりは真に迫っており、あまりに神経質になりすぎていた。
「それで、ガソリンスタンドから出発したあとは…」
「予定通りなら、今日の正午にはクラスノズナメニーへ到着してるはずだった。だが、途中で濃い霧が出てきて…クソ運転手、ボリスの野郎が運転を誤りやがった!ハンドルを切り損ねて何度も木に衝突したあと、クソトラックは沼に真っ逆さまに沈んでいった。俺とクソガイドのカスパロフ、クソガードのイワンはどうにか車の屋根伝いに脱出できたが、ボリスは助からなかった。もちろん、クソトラックに積んだ商品を回収する余裕もなかった」
「沼に沈んだんですか?」
「そうだ、沼だ!もうわかったろう、その沼こそまさに、バーリャ婆さんが話してたスキンワームの沼だったのさ!俺たちはどうにか沼から離れたが、しばらくの間、互いを見失ってた。もしスキンワームなんてものが、本当に存在したら…そんなはずはねぇが…誰かに取りついてたとしても、気づきようがねぇ」
 そこまで聞いて、ようやくナターシャは三人の男たちを縛りつけている膠着状態について合点がいった。
 要するに、三人は…自分たちのうちの誰かがスキンワームに操られていると考えているのだ!
「ワームに乗っ取られた人間は記憶や会話の内容が曖昧になる、と言いましたね?」ナターシャが確認するようにマーケロフに尋ねる。
「そう言ったろうが」
「だったら、他の二人から私が話を聞いてみます。もし二人のうち、どちらかがワームに乗っ取られているとしたら…他の人とは矛盾する内容を話すはず」
 そう言って、ナターシャはマーケロフが雇った二人の人間、ガイドのカスパロフとボディガードのイワンから今回の事故にまつわる話を聞きだすことにした。
 しかしながら、結果はナターシャが期待したものとは程遠かった。
 三人のうち一人の言動がおかしければ、疑う余地なくそいつがワームに乗っ取られていることを指し示すことができる。また、三人の言動が一致していれば、たんに事故のショックで混乱しているだけで、誰もワームになど襲われていないと説明できる。
 しかし実際は、三人全員の言動が一致しなかったのである。
 カスパロフはガソリンスタンドを経営している老婆の名をバーリャではなくジーナといい、飼っているのは猫ではなく犬だと言った。そしてトラックの横転の原因は霧ではなく大雨だと証言したのだ。
 またイワンは老婆の名をナディアといい、沼に住むモンスターの名をスキンワームではなくレザーワームと呼んだ。そしてトラック横転の原因は前日の大雨によるぬかるみだと言ったのだ。
 この状況をどう判断すべきだろう?
 ナターシャとしては、マーケロフが乗っ取られている可能性も考えなければならなかった。いや、ひょっとしたら三人全員がワームの操る肉人形であり、新鮮な肉を求めて獲物が罠にかかるのを待っていたのかもしれない。それはおそらく、目の前にいる愚かな旅人の女で…
 ごくり、と息を呑み、ナターシャはベルトに挟んであるナガンの感触を確かめる。三人の男たちは依然として互いを牽制するように睨み合っているが、それが演技ではないと、どうして信じられる?
「えぇと…同志マーケロフ」
「なんだ」
 遠慮がちに口を開くナターシャに、マーケロフが眼鏡ごしに鋭い視線を向ける。
 ナターシャは言った。
「おそらく、ですが…ここにいる人たちは、あなたも含めて、事故の影響で軽いショック症状に陥っています。それは軽度のPTSDとでも呼ぶべきもので、たとえばガソリンスタンドの老婆から余計な話を聞かなければ…このような事態にはなっていなかったはずです」
「つまり?」
「ワームなんて存在しません。でたらめです。あなたたちは全員、健康な、正常な人間です。ともに協力して、えぇと…旅を続けるべきでしょう」
 しばらくマーケロフはナターシャを睨んでいたが、やがてフッと笑みを浮かべると、不意に表情を和らげた。
「そう…だな。その通りだ。すまんな、きみ。あんな事故があって、気が立っていたんだ。わざわざ気を遣ってもらって、感謝しているよ」
「え、えぇ…どうか、皆様、お達者で」
 ナターシャはあとずさりながら、ゆっくりと三人から離れていった…決して背中を見せずに。
 おそらく自分は正しいことを言ったのだろう、疑心暗鬼からの仲間割れで殺し合う、などというのは、どの世界にでも有り得る話だ。あるいは、これはガソリンスタンドの老婆が三人を陥れるために仕組んだ罠なのかもしれない。
 だいいち、あの状況でどうやって真実を確かめろというのか?全員を殺して頭を割り、中身を確認するとでもいうのか?
 それでも、最後にマーケロフがナターシャに見せた、あの目つきは……
 
(残念ながら、このランダム・エンカウントに"正しい選択肢"は存在しない。誰に何を伝えても、彼らはプレイヤーの前でアクションを起こそうとはせず、どう報告したとしても、彼らのうち一人に攻撃を仕掛けた場合、三人全員と敵対することになる。戦闘能力は高くないため、全滅させてアイテムを回収するにはうってつけだが、たとえ殺しても、彼らからワームの痕跡を見ることはない…)
(スキンワームの存在については、他の場所でも言及がある。ATOM RPGのなかでも特にミステリアスな存在の一つである)
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 廃工場へと差し掛かる交差点。
 木に衝突した乗用車を点検する(モスクビッチだろうか?)、もし動くようならと思ったのだが、破損の状態が酷く、そもそもこんな目立つ場所に稼動する乗用車があるなら今に至るまで放置されているはずもないか、とナターシャはため息をついた。
 最低限の修理スキルはあるが、修理用の工具も部品もないでは手のつけようがない。
 道のど真ん中にはトラックが鎮座しており、ひょっとしてこれがあの三人の乗っていたトラックだろうか、などとも思ったが、そんなはずはないと首を振った。
 例のトラックは沼に沈んだのであり、だいいちいま目の前にあるのは貨物トラックではなく燃料トラックだ。それも、車種はUAZではなくZIL…おそらくZIL-130と思われた。
 そういえば三人の言動はいずれも食い違うものだったが、こと車種に関しては一環してUAZと説明していたな、ということに気づく。よほど記憶に残る三文字だったのか。
 トラックの運転席から投げ出されたらしい、コンクリートから突き出した鉄筋に胸を貫通され横たわるアクロバティックな死体を検分する。
 これといって役に立ちそうな物は持っていない、あるいは、既に何者かが持ち去ったあとか…強いて言えば仏の履いている使い古されたブーツくらいだが、さすがに靴を脱がして持ち去るのは良心とプライドが咎める。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 廃工場へ到着したのは明け方のことだった。
 遠目から観察するだけでも廃工場には多数のならず者たちが徘徊しており、拳銃や短機関銃といった武器を携帯したラフな服装の男たちがめいめい自らの役目についていた。
 すべての出入り口に警備がついており、それなりに統率が取れた集団であることが窺える。
 自分の任務は、あの連中に混じって情報を収集することだ…気が乗らないながらも、ナターシャは正面入り口に向かって歩きはじめた。例のカードに魔法が宿っていることを祈ろう。
 
 
 
 
 
 
 
「止まれ、女!ここは観光客の来るところじゃねえぞ」PPS短機関銃を携えたスキンヘッドの男が威嚇的に声を荒げる。
「プリヴェット、ドゥハリク!あなたが興味を持ちそうなビブリャを持ってきた」
「あぁ?」
 いまにも噛みつく猟犬のような面の先に、一枚の紙が名刺のように差し出された。トランプカード、スペードのエース…Фартовый(幸運)のスタンプが押されている。
 ナターシャの指先から乱暴に取り上げたそれをまじまじと見つめたあとも、警備の男は表情を一切緩めることなく質問する。
「俺はバデャーガ(無駄話)は好かねぇ。こいつをどこで手に入れた?クラスノズナメニーか?」
「ええ」
 嘘だった。
 グリシュカの紹介で預かった、という言い訳もできたが、いずれにせよ、結果はあまり変わらなかっただろう。警備の男の態度を見るに、カードに宿った魔法の力は効果を発揮しなかったらしい。
「なるほど。で、こいつが俺たちにとって何の意味があると思ったんだ?こいつは犯罪結社の証明書だ…で、俺たちは犯罪者じゃあねえ。知ってたか?そのことを」
 その言葉には答えず、ナターシャは肩をすくめてみせた。
 警備の男が話を続ける。
「俺たちはクラスノズナメニー商工議会所から正式な認可を受けた、いわば民間警備会社のようなものだ。俺たちは略奪者とは違う。ただ、税金を支払ってもらうだけだ。地域の、治安を…守る…ためのな。わかるか、えぇ?」
「残念です。ここなら自分のスキルを活かせる仕事を見つけられると思ったんですが…人手は足りているようですか?」
 その言葉に、警備の男は多少の興味を抱いたようだった。
 例のカードをナターシャに返し、男は舌打ちしてから、思わせぶりな態度で言った。
「俺たちのボスに会いに行け、ダン…デニス・デニソビッチに。事務所に行って、コソイが通したと伝えろ。運が良けりゃあ、仕事にありつけるかもな。そんな幸運を期待すべきじゃないが」
 そう言って、男…コソイというらしい…はナターシャに道を空けるため、脇に退いた。
 とりあえず第一関門は突破できたが、コソイの言う通り、これを幸運と捉えるべきではないだろう。彼の立場からすればナターシャを通す理由はなかったはずだが、それでも敷地内への立ち入りを許可したのは、決して親切心からではないだろう。
 ただコソイは、狼の群れに新鮮な肉を投げ込んだらどうなるのかを見たがっているのだ。
 まあいい、機会は機会だ。せいぜい利用させてもらおう…そう思いながらも、ナターシャは自分が当初想定していたよりも遥かに深い沼に足を突っ込んでいることを自覚せざるを得なかった。
 
 
 
 
 
 [次回へつづく]
 
 
 

 
 
 
 どうも、グレアムです。当初の予定ではランダム・エンカウントのイベントは無視する予定だったんですが、話の内容がわりと興味深いものだったので取り扱ってみました。
 今回のリプレイは割とラフなものになる、というか、プレイヤーの交渉系スキルがあまり高くないので(戦闘系キャラのくせにStrengthがそれほど高くないので、Kosoyとの会話でカードの入手先をKrasnoznamennyではないと答えた場合に発生するスピーチチャレンジに全部失敗します)、今後は理想的な解決から離れた行動も増えてくると思います。
 
 
 
 
 


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2020/05/12 (Tue)03:31


 
 
 
 
 

 

ATOM RPG Replay

【 Twenty Years In One Gasp 】

Part.7

*本プレイ記には若干の創作や脚色が含まれます。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
「コバレフと話をしてきたのか?」
「ええ。それで、今後について話し合っておきたいのですけれど…村の南東に、今は使われていない廃屋があるのを知っていますか?誰にも見られない場所で、二人だけで話をしたいのですが」
 そのナターシャの言葉に、グリシュカは警戒の目を向けた。銀の皿の上に乗せられるのが自分の首ではないかという疑いを容易に捨てないのは、彼のような立場にいる人間からすれば当然のことだった。
 内通者の正体とその処分についてコバレフと話し合ったあと、ナターシャは日が落ちるのを待ってからグリシュカに会いに行った。彼は昼間別れたときよりも警戒心が強く、幾分苛ついていた。自分の置かれている状況について考える時間は少なくなかったはずだ。
「ここじゃまずい理由でもあるのか?」
 当然の疑問を口にするグリシュカに、ナターシャは驚いたような表情を見せてから、腹を抱えてケタケタと笑いだした。
 もちろん、彼女がそんなふうに笑う理由をグリシュカがわかるはずもない。
「なにがおかしい?」
「いやだわ、もう!」ナターシャはなおも笑い続ける。
「あぁ?」
「だって、ねえ、アンバル(タフガイ)?女の子が、こんな夜中に男を誘う理由を、わざわざ説明しなければならないの?」
 そう言って、ナターシャはグリシュカの膝を優しくくすぐった。その手は舐めるように彼の内腿を這い、股間の近くで止まる。
 子猫のような上目遣いでグリシュカを見上げながら、ナターシャは艶っぽい吐息を漏らした。
「二人だけよ。誰もいない、誰にも見られない場所で、二人っきり。ねぇ、私があなたに声をかけたのは、ただギャングの仲間入りをしたいだけだと思うの?」
「何が…言いたい?」
「私はね、あなた"たち"の仲間になりたいんじゃないの。"あなた"の、仲間になりたいのよ。知ってました、そのこと?それとも…ガキみたいな女は、好みに合いませんか?」
「参ったな、おい。俺のはモンスターだぞ?お前に相手ができるか?」
「私、壊れるくらい激しいのが好きなんです。でも、ほら…ね?こんな場所では恥ずかしいわ」
「ハハハッ、いやらしい女め!」
 罵声とともに尻を叩かれ、ナターシャは「きゃあっ」と嬌声をあげて身をよじる。
 それから二人は建物を出て村の外れにある廃屋へと向かった。歩きながら、ナターシャはグリシュカの身体を撫で回したり、ときおり卑語を口にしては笑い声をあげる。
 二人の様子はまさしく仲睦まじい恋人同士のようであったが、それでも、ナターシャは決して道を先導したりはしなかった。グリシュカの前を歩こうとはしなかった。そのことをグリシュカが疑問に思うことはなかった。
 ナターシャはグリシュカを見下してなどいなかった。内心で馬鹿にするようなこともなかった。むしろ本気で愛情を抱いてさえいた。彼と話をしているとき、そして、廃屋に到着する直前までは。
 
 
 
 
 
 
 カチリ。
 これからの行為に妄想を巡らすグリシュカの背後で、ナターシャのスイッチが切り替わった。その顔からは一切の表情が消え、指にはめたナックルの感触を確かめると、一切の躊躇も容赦もなく、油断しているグリシュカにキドニーブローを見舞った。
「……ッ!?て、てめぇっ、最初から……!?」
 急所への一撃に悶絶しながら、その瞬間にすべてを把握したグリシュカは憎悪の表情をナターシャに向ける。その手がベルトのナイフに伸びた瞬間、首筋に鉄拳が叩き込まれた。
 首の骨が折れるような衝撃とともに倒れたグリシュカを見下ろし、ナターシャは軍用ブーツの踵をこめかみに振り下ろす。頭蓋の砕けるいやな音が響き、グリシュカは微動だにしなくなった。
 
 
 
 
 
 
 静かに荒い息を吐き、ナターシャはグリシュカの死体を見つめる。ふたたびスイッチが切り替わり、ソルジャーの世界から日常へと帰還したいま、若干の申し訳なさが胸をよぎった。
「(任務中の役得を楽しむにやぶさかではないですけども、残念ながら好みのタイプではなかったので)」
 グリシュカにとっては不運だったとしか言い様がないが、ナターシャには強面のワルも、マッチョも異性の好みに合わなかった。
 身を屈めてグリシュカの死体を改めたが、これといって珍しいものは見つからなかった。財布どころか現金すら持っていない。あるのはナターシャに向けて使い損ねた手製のナイフとサイコロ、そしてトランプのカードが一枚だけだ。
 トランプのカード、古く擦り切れたスペードのエースには、あまり丁寧とは言えない仕事で「Фартовый(幸運)」という文字がスタンプされていた。イカサマの道具でなければ、なんらかの証明書の類だろう。あるいは、お守りか何かか。コバレフはこれに何らかの価値を見出すかもしれない。
 それにしても、この大男の死体をこんな場所に放置したものだろうか?
 そもそも、この廃屋は何に使われていたのか?
 建物のなかにはスチール製のロッカーと二段ベッドが置かれており、壁に電灯のスイッチらしきものが埋め込まれていた。しかし、部屋には電灯に類するものが存在しない。
 なんの気もなしにスイッチを入れると、驚くべきことに、二段ベッドの下…つまり床下から明かりが漏れてきた。よく見ると、金属製の蓋の隙間から地下室への入り口が覗いている。
 興味深い。
 
 
 
 
 
 
(地下室への移動ポイントは壁のスイッチを入れたあとにベッドを調べることで出現する)
(クエスト進行中、村の中にいるGrishkaにいきなり攻撃を仕掛けると当然ながら村全体が敵に回ることになる。廃屋に連れ出すにはGanble、Strength、Speechcraftのいずれかの能力でスピーチチャレンジを成功させる必要があるが、プレイヤーキャラが女性の場合は専用の選択肢が追加され、確実に会話を成功させることができる。しかし、その方法だと経験値が入手できない)
(廃屋に到着した時点でGrishkaへの合法的な攻撃が可能になる。会話を発生させると罠を見抜かれて先制攻撃を受けてしまうので注意)
(Grishkaの始末を引き受けなかった場合、Kovalev自身がPeterを引き連れてGrishkaのもとへ向かい、この廃屋へ連行したのち抵抗の意志を見せたGrishkaをPeterが射殺する、という一連の動きを観察することができる。その後、ふたたびKovalevに話しかけることでクエストが進行する)
(Thief Passportの説明文に書かれているスタンプの文字は英訳版だと"crook=詐欺師"であり、ロシア原語版とはだいぶニュアンスが異なる。翻訳に際するアレンジの一端である)
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 ひんやりとした黴臭い地下室はあまり人の出入りがないようで、機械部品や工具が積まれている金属製のラックや作業台にはうっすらと埃がつもっていた。机には給水ポンプか発電機の制御回路と思われる基板が無造作に置かれている。
 ちょっとしたワークショップといったところだろうか。これらをあの狭い入り口から運び込むのは大変な手間だったはずだが、利用者は誰にも邪魔されない静かな作業スペースが欲しかったに違いない。
 おそらくは村の送電システムや給水設備を構築した技術者がかつて利用していたのだろう。あるいは、行方不明になっていると言われているエンジニアが使っていたか。
 ナターシャは部屋の隅に置かれている、ファンシーな人形に目を留めた。クルミ割り人形だ。空のビール瓶が散乱している作業場には似つかわしくない調度品だった。殻を砕くための口は閉じている。
 人形の右手が不自然に窪み、塗装の剥げ跡があるのが気になった。おそらく、元々は剣を握っていたのだろうが、何らかの事故で紛失してしまったのだろうか。これではネズミの軍隊と戦うときに格好がつかないだろう。
 機械部品や配線などに混じって棚に置かれていた、AK-47の木製の模型などを見るに、子供部屋ではないだろうが、この地下室の主は子供心を忘れぬ人物であったらしい。少なくとも、コレクターならもっと保管の仕方に配慮するだろうと思われた。
 
 地下室から地上へと戻ったナターシャは、明かりのスイッチを消した。それは習慣であり、こんな時代に電気の無駄遣いをすることもなかろうという配慮でもあり…
 明かりが消えた途端、地下室からガサゴソと何かが動き回るような音がした。
 錯覚だろう、とナターシャは思った。さっき地下室を見て回ったときには、自分以外に生物の気配などなかった。しかし、万が一ということもある…
 
 
 
 
 
 
 暗い地下室を下りていくと、部屋の中央に、目を赤く光らせた巨大なドブネズミの姿が見えた。こんなものがいったい、さっきまでどこに隠れていたというのか。
「えぇと…クルミ割り人形に出てくるのは、ハツカネズミではなかったですかね」
 スリッパのかわりに手製のナックルをかまえ、ナターシャは迫り来るネズミを叩きのめす。
 こんなのでも食料になるだろうか、寄生虫が怖いな…などと思いながら、ネズミの死骸を解体すべくナイフを握り手をのばすと、ネズミが何かを喉に詰まらせていることに気がついた。
 それは錫でできたサーベルのおもちゃだった。それが本来どこにあるべきものだったか、ナターシャはすぐに理解した。
 右手の空いたクルミ割り人形にサーベルを持たせる。おそらくはこれで、メーカーのカタログに載っている通りの姿になったはずだ。まあ、現実は御伽噺とは違うので、これで呪いの解けた王子様がお菓子の国へ連れていってくれる、などということにはならないだろうが…
 そんなことを考えつつも、人形から背を向けかけたナターシャの背後で、カタン、ゴロゴロ、と何かが転がるような音がした。
 さっきまで歯を食いしばるように閉じていた人形の口が開き、地面に金色のクルミが転がっている。
 クルミ割り人形自体はもともとドイツの工芸品であり、クリスマスの贈り物の定番だという(それこそ、チャイコフスキーのバレエで描かれていた通りに)。ドイツのクリスマスツリーの飾りには、金色の紙で包まれたクルミを使うらしいが…
 黄金のクルミを拾ってみて、ナターシャはその重さに驚いた。金紙に包まれた木の実なんてものではない、鉛の倍はある。
 
 
 
 
 
 
 その単純な重さから…ナターシャは、これが安い金属に塗装やめっきを施した粗悪な工芸品ではなく、本物の金でできているのではないか、という結論に至った。
 ウェイストランドにおける貴金属の相場がどうなっているのかはわからないが、現金とは別に価値のあるものを持っておくのは悪いことではない。現金を失ったとき、あるいは現金取引が通用しない相手との交渉に使えることがあるからだ。
「ありがとう、王子様。とっても素晴らしい贈り物だわ」
 そう言って微笑むナターシャの表情は、グリシュカを相手にしたときのように淫靡な、あるいは冷酷な表情からはほど遠い、純朴な少女のものだった。
 
(明かりを消してから地下室に入る、という隠しイベントあるあるな方法で入手できるにんぎょうのきんのたまGolden Walnutはゲーム中で0.1kgの重量を持つ。これはちょうど金がクルミ大の大きさになる数値で、それなりに正しい考証と言えるだろう)
(金100gというと核戦争当時の1986年の相場でも1万ルーブル以上の価値は確実にあったはずだが、さすがに終末世界では大幅に価値が下落しているのか、ベース価格は500ルーブルという相当に控えめな数値になっている。無論、Barterスキルが低ければもっと安い値段で売ることになるだろう。あくまで実績解除用の小ネタか、序盤の金策という以上のものではない…ひょっとしたら、純金ではないのかもしれないが)
 
 
 

 
 
 
 
 
 
「ヤツを始末できたのか?」
 身を乗り出すコバレフに答えるかわり、ナターシャは例のトランプカードを投げてよこした。
「これは何かね?」
「彼の持ち物です。あなたは何か心あたりがあるのではと思って」
 それは質問の答えになってない、と言いかけたが、コバレフは思い留まった。渡されたカードを中華料理屋のメニューみたいにじろじろと眺め、表と裏を交互に見返し、見落としがないことを確かめると、フム、と頷いた。
「これは一種のパスポートのようなものだな。私にはあまり冴えたアイデアとは思えないが…ともかく、ギャング連中がそういったものを発行して、仲間の分別をつけているという噂は聞いたことがある」
「つまりギャングにそれを見せれば、私も無条件に仲間と認識してもらえるってことですかね」
 その言葉はたんに、今後の旅先でトラブルを回避するのに役立つかもしれない、という以上の含みを持たなかったが、コバレフは別のアイデアを持っているようだった。
 引き出しから紙幣の束を取り出し、350ルーブルを数えてナターシャに手渡してから、コバレフは声を潜めて言った。
「それは今回の件の報酬だ。それで、君は旅をしていると言ったな?そのための資金が必要だと。もっと稼いでみる気はないかね」
 控えめな物言いだったが、それが相手を警戒させないためのものだとわかっていれば、かえって警戒せざるを得なくなるものだ。
 そのときのコバレフの態度は、かつてアフガンで幾度も目にした類のものだ。困難な任務に送り出すときの上官と同じ目をしていた。自らの昇進のために部下をクソ壷に落とすときの目つきと同じだった。
 それでもナターシャは、「つづきを」とコバレフに話を促したのだった。
 コバレフは言った。
「ギャングどもは、スパイを私の村に送り込んでいた。スパイから情報を得て、自分たちの利益のために最適な手段を常にとることができた。この、カードがあれば…我々は、まったく同じことを連中に対してやり返せる、と考えている」
「ギャングのなかにスパイを送り込む、と。それを私に?」
「グリシュカの調査と処分、その手法について、君は実に優れた能力を発揮してくれた。君にならできる、などと無責任なことを言うつもりはないが、いま村にいる人材のなかで君がもっとも適任なのは揺るがぬ事実だ。私には潜入捜査の経験はないが、アンダーカバーの危険性については、よく理解しているつもりだ。相応の支援と報酬は用意する、その言葉に紛いはない」
「具体的には、何をすれば?」
「やつらの計画を…何かを計画していれば、だが…その情報を得られたら、私に報せてほしい。それと、やつらに捕まっている人質を解放してほしいのだ」
「人質?」
「ああ。君は村の給水ポンプを修理してくれたそうだな?なら、村のエンジニアが行方不明になっているという噂も耳にしているはずだ」
「まさか、ギャングに?」
「愚かな話さ。通常、ギャングは人質を取ったりはしないのだ、特別な理由でもなければ。連中は人質のことを我々に報せもしなければ、身代金の要求をしてくることもない。だのに、エンジニアは未だに帰ってこない。殺されもせずに」
「特別な理由が?」
「あの太っちょのエンジニアがホラ吹きだという話は聞いているか?しょっちゅう、自分のことを億万長者だのなんだのと吹聴して回っているんだ。おそらく、そのことをグリシュカが悪いふうに誤解して仲間に報せたのだろうよ。なあ、言ったろう、愚かな話だと」
「ええ。まったく…」
「それでも、村に必要な男であることは確かなのだ。頼めるか?」
 今度の件に関しては、すぐに首を縦に振るわけにはいかなかった。
 まず第一に…ナターシャの任務はATOMエージェントとして、消息を絶ったモロゾフ将軍率いる調査部隊の行方を追うことであり、オトラドノエ村を救ったり、ウェイストランドに降り立った守護天使として善なる者のための救世を行うためではない。そんなつもりはない。
 第二に、この村で仕事を請け負っているのは、ただ単純に金のためだ。それも、バンカー317へ向かうために、なるべく短期間で装備を揃えるために、だ。
 "短期間で"…これまで請け負ってきた仕事はどれも、その条件に適うものだ。たった一日で1000ルーブル近く稼ぐことができたのだから、この終末世界の貨幣価値に換算すれば、上等と言ってもいいだろう。
 しかし今回の依頼はナターシャの予定に適合しないものだった。
 ただでさえギャングの内部にスパイとして潜入するという、危険極まりない行動を強いられるうえ、何をすべきか、何をもってゴールとするか等、内容に不明瞭な部分が多過ぎた。
 ためらいがちにナターシャは口を開く。
「…そこまで私を信頼できますか?」
「今のままでは、この村は滅びるだろう」コバレフは淡々と、まるで書類の文字を読みあげるように言った。「干ばつで作物の収穫量は減るばかりだ。家畜も病気で数が少なくなり、子供もいない。そこへギャングどもの徴収だ、オトラドノエが地図から姿を消すのも時間の問題だろう」
「…… …… ……」
「年寄りは死に、生き残った者たちは不毛な荒野に放り出される。あるいは、何人かはギャングへと合流するだろう。自分の村を滅ぼした連中のもとへな。そんな末路だけは避けたいのだ」
 なんてことだ、とナターシャは頭を抱える。
 ATOM上層部からの指令書には、"君は英雄ではない。任務とは無関係な行動は慎むように"という注意書きが添えてあった。いまとなっては、その意味がよくわかっていた。
 この仕事は引き受けるべきではない、という警鐘が頭のなかで鳴りっぱなしだった。
 しかし結局、ナターシャはこう言ってしまったのだ。
「やれるだけやってみます」と。
 
 
 
 
 
 [次回へつづく]
 
 
 

 
 
 
 どうも、グレアムです。前半のアダルティな描写はほとんど趣味の産物ですが、直接的な表現や単語は使ってないので、まあ大丈夫だろう多分(規約的な意味で)。ナターシャはスパイではなく兵隊なので、ハニートラップの訓練を受けたわけではないんですが、任務のためなら恥やプライドは根こそぎ捨てれる性格なのと、わりとノリがいいというか、憑依型の演技ができるタイプなので、ああいったアプローチになりました。
 人質に関する話題は本来ここでは発生せず、Abandoned Factoryで人質を発見したことをKovalevに報告することで聞けるんですが、今回はナターシャが仕事を引き受ける動機を強くするために早めに話題に出しました。
 このペースだとバンカー317に到着するのがいつになるやら…
 
 
 
 
 


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