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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2014/09/01 (Mon)06:04

 あのとき…彼女は俺に助けを求めた。だが、俺には何もできなかった。
 あのときは。
 だが、今は?
 今なら、いや、今だからこそできることがある。だから俺は、ここに来たんだ。
 そろそろ、ふたたび現実と向き合うときだ。

  **  **  **  **



「おまえか、カイリウスを殺った傭兵ってのは」
 レーヤウィンを出て行こうとしたドレイクを呼び止めたのは、二人組の衛兵だった。
 豪雨のなかに身を晒した状態で剣を抜く衛兵たちに、ドレイクはただならぬ雰囲気を察知する。これは犯罪容疑者への対応ではない、殺気を隠そうともしない若き衛兵たちの態度は、端っから「生死問わず(Dead or Alive)」の凶悪犯に立ち向かうような…あるいは、自分たちにとって都合の悪い者を始末するときのような、それだ。
「官憲の恨みを買うような真似はしてないつもりだが。剣を向けるなら、その前に容疑の読み上げくらいしてくれてもいいんじゃないのか…たとえ、ここの女主人が亜人種を嫌ってたとしてもだ」
「口が立つな、傭兵。だが、言っておくが、法律に違反していなくても、俺たちが手を下さなきゃいけない案件はゴマンとあるんだぜ」
 居丈高な態度を崩さない衛兵の口ぶりに、しかしドレイクは奇妙な違和感を覚える。
 傭兵?俺たち?
 俺を傭兵と断定するような材料をこいつらが持っているのか、そしてこいつらは衛兵や城の名のもとに動いているのか、さもなくば独断で…仲間内だけで、所謂「俺たち」のために動いているのか?
 はじめに口に出した名、「カイリウス」というのは誰だ?
 ドレイクが推察を重ねる間もなく、衛兵の口から真実が語られる。
「いいかおのぼりさん、お前やリレクスのような正義漢気取りが好き勝手やってくれたおかげで、俺たちはものすげー迷惑してんだよ。いままでは、ただ口を閉じてるだけで大金が懐に入ってきたってのに、今じゃあ酒代にも困る有り様だ。お前がこっちの立場なら、我慢できねーだろうが、エェッ!?」
 カイリウス、リレクス、金。
 ああそうか、ドレイクはひとりごちた。
 これは、グレイランド…カイリウスとかいうドラッグ・ディーラーを始末するため、リレクスという名の衛兵隊長に雇われて汚れ仕事を引き受けた、あの案件だ。
 そういえばカイリウスは金で衛兵を買収していたと聞いた。なるほど、汚い金で私服を肥やしていたクズ野郎どもが逆恨みしてきても不思議はないということか。
 不穏なのは、奴らが他でもなくドレイクの元へ来た、そのタイミングだ。
 カチリ、カタナの鍔を指で鳴らしながら…ドレイクは、口を開いた。
「…リレクスはどうした」
「いまごろはトパル湾の底で寝ぼけてるぜ。お前もすぐに後を追わせてやるよ!」
「野郎…ッ!」
 こいつら、私怨で上司を殺しやがったのか!
 ドレイクはスッと腰を屈めると…目前の男たちを一閃で屠るべく精神を集中させた。
 …官憲に手をかけるようなリスクは、避けたかったが!
 衛兵たちが足を踏み出し、ドレイクがカタナを抜きかけた、その刹那!



 バシュウゥゥゥゥゥウウウッッッ!!
 青白い閃光とともに衛兵たちの足元が氷塊に覆われ、急激に冷却された空気中の水分が凝固。あられと化した雨粒が衛兵の顔面を叩く。
「ぐあッ、な、なんだ…魔法か!?」
「そこまでだ、ゴロツキども…この男に手を出したら、僕がタダじゃあおかない」
 足を取られ身動きが取れない衛兵たち、一方で魔法を繰り出した男…魔術師風のローブを羽織ったカジートの男は、あきらかにドレイクを庇う目的でいまの一撃を放った。しかしドレイクはこの男に見覚えは…少なくとも、命を助けられるような縁を持った覚えはない。
 こいつは、誰だ?
「貴様、魔術師ギルドのカジート!我々に手出しをしたらどうなるか、わかっているのか!?」
「お前たちこそ、いままでの悪事の証拠をアレッシア・カロに突き出されたら首くらいでは済まないぞ。こっちは証拠を握っているんだ…リレクスを『ただ殺した』のはまずかったな!」
「くそ、畜生この、クソッ、クソ猫め!」
「なんとでも言うがいい、金のために同族を裏切る畜生に何を言われようと心など痛むものか」
 やがて魔法の効果が切れ、身体が自由に動くようになった衛兵たちは一目散に退散しはじめる。
 それを見てふたたびカタナを抜こうとしたドレイクを、カジート…サ=ドラッサが止めた。
「あんな連中のために、君が手を汚す必要はない」
「まさか俺に殺させないために、わざとあのタイミングで魔法を使ったのか?お前、何者だ」
「紹介が遅れてすまない。僕はサ=ドラッサ…魔術師ギルドの一員だ。じつは君に、頼みたいことがある。一度ギルドまで来てくれないか」
「それは、いいが…これは魔術師ギルドが絡む仕事の話か?」
「いや、僕自身の個人的な依頼だ」

  **  **  **  **



「リレクスと僕は、ともにスクゥーマ撲滅を誓い合った同志だった」
 魔術師ギルド、レーヤウィン支部の一室。
 サ=ドラッサのオフィスにて、ドレイクは彼の話に耳を傾ける。
「そもそもスクゥーマはカジートがシロディールに持ち込んだ薬と聞いていたがな」
「その通りだよ。あれはカジートにとって『お菓子』みたいなものなのさ。もっとも、多くの人間にとっては極めて常習性の強い劇薬と成り得るが…信じ難いことに、そのことを知ってもなお、それについて深刻に考える仲間はいなかった。社会基盤そのものを破壊しかねない麻薬を、はじめは身内同士でやり取りしていた。原料のムーンシュガーを持ち込み、栽培し…しかし、『人間相手に商売すれば高く売れる』ということがわかってから、同志たちはこぞってスクゥーマ・ビジネスに手をだすようになった。やがて仲間だけではなく、ヒューマンやエルフまでもがシェアを奪い合い…最悪の結果だ」
「子供の教育によくないのは確かだな」
「まったくね。僕は仲間が招いたこの結果に責任を感じている、だからいままでの魔術師生命を賭してスクゥーマ中毒を治療できる薬の開発に心血を注いできた」
 そう言うサ=ドラッサのオフィスの本棚には、古今あらゆる種類の錬金術に関する本が並んでいた。中にはデイドラ言語で書かれたものと思しき書物、とうの昔に絶版となりプレミア価値のついた古書なども混じっている。
「そんなとき…僕は、リレクスと出会った。不正を許さず、スクゥーマ撲滅に尽力する彼とはすぐに意気投合したよ。だから、グレイランドでの一件も聞いている。その結果彼が不幸に遭ったのは…無念というほかない」
『私はね、正義があると信じたいんだよ。こんな世の中でも、善良な人間が幸せに暮らせる世界をね…罪人は、たとえどんな地位や権力や、あるいは金を持っていても、犯した罪を償わなければならない世界を信じたいんだ』
 サ=ドラッサの言葉を聞き、ドレイクはかつてリレクスが語った言葉を脳裏で反芻させる。
 あいつめ…だから、そんな台詞は死亡フラグだと言ったんだ。
「それで、俺に頼みっていうのはなんだ?リレクスから俺のことをどういうふうに聞いているかは知らんが、俺はあまり誠実なほうじゃないぜ」
「僕が君にこの仕事を依頼するのは、君が誠実だからじゃない。君が、腕の立つ戦士だからだ。君に依頼したいのは…さるアーティファクトの回収だ」
 そう言うと、サ=ドラッサは一冊の大判書籍をテーブルの上に広げた。タイトルは、「騎士の黄昏」。
「昔、あるところにガリダン・スタルラスという名の騎士がいた。ファーマントル・グレンズという地を治める領主だったガリダンは、大干ばつに見舞われた領民を救うために私財を投げ打って彼らのために尽くした。しかし状況が改善されないまま収穫の時期を迎え、このままでは…」
「ちょっと待ってくれ。この講釈はいつまで続くんだ?」
「…すまない、要点だけ話そう。あるとき彼のもとに一人の賢者が現れ、『永遠に水が溢れ出す水差し』と呼ばれる魔道具の存在を示唆した。ブルーマ地方の山中にある洞窟を越えてそれを見つけたガリダンは、領民を救うためそれを持ち帰ろうとした」
「だんだん話が読めてきたな。依頼っていうのはその、水差しの回収か?」
「いや、違う。水差しはもう、この世には残っていない…話を続けよう。ガリダンが水差しに手を触れたとき、氷の魔神…水差しを守護するガーディアンが目を醒ました。死闘の末ガリダンは魔神の一撃を水差しで庇い、破壊された水差しから溢れる大量の水でガリダンと魔神はもろとも凍りつき、戦いは決着した。いまでもその場所には、氷の中に閉じ込められたガリダンと魔神の姿が残っているそうだ」
「……それで?」
「凍りつく直前、ガリダンは自分の冒険が失敗し、領民を救うことが不可能になったと悟ったときに、幾許かの涙を流したそうだ。あくまで自分の命ではなく領民のために涙を流したガリダンを憐れんだ女神マーラの手によって、その涙は魔力を吹きこまれ結晶化した…それが、『ガリダンの涙』と呼ばれるアーティファクトにまつわる逸話のすべてだ」
「なるほどな。それで、依頼っていうのはその、ガリダンの涙っていうアーティファクトの回収ってわけか。しかし、逸話と言ったな?まさか本当は存在しないとかいうオチじゃないだろうな」
「いままで」
 話を続けながら、サ=ドラッサが小さな皮袋に手をかけた。口紐を緩め、中から小さな結晶のかけらを取り出す。
「幾人もの冒険者がこの伝説に挑み、そして帰ってこなかった。だが一人だけ、わずかなかけらのみを手にして帰ってきた者がいた…僕はそれを高額で買い取り、その構造、成分を分析した。その結果、このアーティファクトがスクゥーマ中毒に対し極めて効果的な中和作用があることを突き止めたんだ」
「なるほど。それが本当に涙からできてるかどうかはともかく、それらしいものは実存するってわけだ」
「僕はこれを複製したい。これと同じものを作りたいんだ、しかしこのかけらだけでは、ちょっとした実験に使うだけで無くなってしまう。そしてシロディール全域に中和薬を普及させるためには、おそらく現存するガリダンの涙だけでは数が圧倒的に足りないだろう」
「だから、研究のためにより多くのガリダンの涙が必要ってわけだ…その、ちっぽけなかけらだけじゃあなく」
「その通り」
 そこまで言って、サ=ドラッサは一枚の地図と、氷に似た粒…レンズのようなものをテーブルに乗せた。
「これがガリダンの元へ通じる洞窟の位置を記した地図と、魔法による結界に守られた扉を開くための精製されたフロストソルトだ。帝都の魔術大学から取り寄せた一級品さ」
「用意がいいんだな」
「ずっと準備はできていた。しかし、この仕事を任せられるだけの人材がいなかった…もっと君に早く会えていたらと思うよ」
「…ここまで話を進めておいて野暮だが、俺に得はあるのか、この話は?」
「ハハッ、さすが傭兵、しっかりしてるね。もちろん報酬は約束する、生きて帰ってきたときに後悔させないだけの額は用意できるつもりだ」
「縁起でもないこと言うな。それじゃあ…ボーナスを期待しても?」
「金かい?」
「情報だ。お前が魔術師ギルドの一員だってところを見込んで、ある情報を知りたい。特に錬金術師なら、その方法を知っているはずだ」
「僕にできることなら、何でもしてあげたいけど…」
 勿体つけて話すドレイクに、サ=ドラッサが困惑を隠せない表情で応える。
 しかしドレイクにとってもこれは、リスクを伴う提案だった。狂人と思われるかもしれない…しかし、いまさら後には引けなかった。少なくとも、目前のカジートは自分を信用してくれている。
「俺が知りたいのは…オブリビオンの領域に侵入する方法だ」
「!!」
 ドレイクの言葉に、サ=ドラッサが絶句する。
 しばし逡巡したのち、しかしサ=ドラッサは意を決したように顔を上げると、口を開いた。
「…わかった。それは魔術師ギルド、いや魔術大学が扱う部外秘の情報だから、本当はいけないことなんだけど…いいだろう、もしガリダンの涙を持ち帰ってくれたら、その方法を教えるよ」
「交渉成立だ」
 そう言って、ドレイクはテーブルの上にあった地図と精製済フロストソルトを掴む。
 部屋を出る直前、ドレイクはふと思い出したように立ち止まると、サ=ドラッサに問いかけた。
「…ところで。ガリダンの領地にいた人間はどうなった?」
「ガリダンの死と時を同じくして、大量の雨によってもたらされた豊作によって飢饉を乗り越えたそうだ。これをガリダンの徒労に対する皮肉と取るか、ガリダンのもたらした奇跡と取るかは人次第だけどね」
「ありきたりなハッピーエンドだ」
 面白くなさそうな口調でつぶやいたが、しかしドレイクの口許は、こころなしか微笑んでいた。

  **  **  **  **



 途中までの移動を馬車で済ませ(足代はサ=ドラッサが前払いで出してくれた。気前のいいやつだ)、ドレイクは地図で示された場所…「炎凍の洞窟」と呼ばれる場所までやって来た。
「どれ、幾多の冒険者が帰らぬ者となった魔窟…腕を試させてもらうか」
 すらりとカタナを抜き放ち、ドレイクは洞窟の入り口へと手をかける。
 ギィィィ…いまにも腐り落ちそうな木製の扉が軋みながら開いた、そのとき。
『キュイィィィィッ!』
「ムンッ!」
 ザシュッ!
 おもむろに顔面目掛けて飛び込んできた巨大なドブネズミを、ドレイクはカタナの一振りで両断する。
 洞窟の中でドレイクを出迎えたのは、ドブネズミの群れに野生の狼といった動物たち。こんな場所ではエサの確保もままならないのか、皆死に物狂いでドレイクに襲いかかってくる。
「とはいえ…難攻不落のダンジョンと言うには役不足だな。冒険者の死体も見当たらないし、これはただの前座か」
 やがてドレイクは、古びた洞窟の中にあって似つかわしくない白銀の扉を発見する。
 鍵らしきものはどこにも見当たらない、しかしハンドルを引いても扉はピクリとも動かず、まるでフェイクのように開く気配がなかった。
「なるほど、これが盗賊除けの魔術結界か」
 ドレイクは慌てることなく、腰のベルトに身につけていた革のポーチから精製済フロストソルトを取り出し、扉にピタリと当てる。
 すると…



「うおっ!?」
 精製済フロストソルトの特性に呼応した結界が閃光を放ち、ドレイクの目を眩ませる。
 しばらくしてその現象は収まり、やがて扉は何事もなかったかのように元の状態に戻る。しかし、先刻まで感じられた結界の気配は失せていた。
 ドレイクは幾度か瞬きしたのち、ドアのハンドルに手をかける。さっきまでは良家の子女の貞節のように固かった扉はすんなりと開き、目の前に雪が吹きすさぶ幻想的な光景が広がる。



「これがガリダンの領域…炎凍の大地、か」
 そうつぶやきながらも、ドレイクはこの場所のあまりの寒さに身を縮こまらせた。
「うぅ、くそ…俺は寒いのは苦手なんだぜ」
 身体が焼けつくほどの痛みを感じる凍土、すなわち炎凍…と呼ばれるだけのことはあるな。
 そんなことを考えながら、ドレイクは英雄ガリダンの亡骸と、彼が流したとされる涙の結晶を探すために周囲の散策をはじめた。



「こいつか?」
 遠目からでもわかるほど、ひときわに輝く宝石のようなものを発見したドレイクは、足早に駆け寄ったあと、それを拾った。
「なるほど、一目でわかる魔力を秘めたアイテムだ。これがガリダンの涙…」
 腰を屈め、涙滴状に結晶化したクリスタルを拾い上げるドレイクの目前には、巨大な氷塊に閉じ込められた英雄ガリダンと、拳を振るい永遠に水が沸き続ける水差しを破壊した姿で固まった氷の魔神の姿があった。
「ずっとこの姿のままで残っているのか…」
 極低温では細菌が繁殖することはできない、だからこそ腐敗すらしていないのだろう。
 しばらくその光景に目を奪われながらも、ふと我に返ったドレイクはガリダンの涙を早々に皮のポーチに仕舞い、その場から立ち去ろうとする。
「ガリダン…結果的に、あんたは領民だけじゃない。シロディールで苦しむ多くの人間を救うかもしれないんだぜ。英雄冥利に尽きるってもんだろう、なあ?」
 そう言って踵を返した、そのとき。
『卑しい人間どもめ、まだ諦めがつかんと見える。我が領域より、物を持ち出すことなど不可能。我が領域に存在するものは、すべて我のもの。つまり貴様も、すでに我が物となったのだ』
「なんだと?」
 どこからともなく聞こえてくる声に、ドレイクはカタナを抜き放ち周囲を警戒する。
 やがて…



 ドシャアァァァァアアッッッ!!
 氷塊が吹き飛び、閉じ込められていたガリダンもろとも粉砕する。
 そこから現れたのは、ガリダンとの戦いで氷塊に封じ込められていたはずの氷の魔神…炎凍のアトロナック、グレイド・ウォーデン!
「おいおい、冗談だろ!?」
 自分の数倍はある身の丈の魔神の威容に圧倒され、ドレイクは絶句する。
『ムウゥゥゥンッ!』
 グレイド・ウォーデンの繰り出す巨大な拳を、ドレイクは咄嗟の動作でかわす。
 しかしここで、ドレイクは新たな脅威の存在に気がついた。
 …さっきよりも寒くなっている!?
 すでに視界は極端に狭まり、十メートル先の様子さえ窺うことができない。呼吸をするたびに鼻と口腔内が凍りつき、地面に接地する足がトラバサミの罠のように氷で絡め取られる。
 そしてそれは、ドレイクにとって最悪の環境…そのことを理解したとき、ドレイクは自分がここで死ぬかもしれないことを認識した。
「くっ!…か…風詠(かぜよみ)が…コントロールできない…!」
 風詠。
 それはドレイクが習得した醒走奇梓薙陀流に伝わる独自の呼吸法であり、肉体と精神をコントロールするための基礎的な技術である。基礎でありながら、その習得には最低でも十年はかかると言われ、また風詠を自在に操れる者は百年に一度の逸材と言われる。
 師範代クラスでも風詠を完璧にコントロールできる者は稀である。しかし、ドレイクは風詠をマスターしていた。それは、ドレイクがかつて故郷で尊敬されていた理由の一つでもあった。
 だが並の呼吸すら困難であるこの環境で、ドレイクは風詠のコントロールができなくなっていた。
 そして、足場。
 醒走奇梓薙陀流の奥義は、そのほとんどが一歩踏み込んでからの一撃。しかし足が凍り地面に貼りつく最悪の足場では、理想の一撃を叩き込むために必要とされる踏み込みを困難なものにしていた。
「シィッ!」
 ガキ、ガギィンッ!
 劣悪な環境のなか、ドレイクはどうにかしてグレイド・ウォーデンに一撃を与えようとする。しかしカタナの一振りはまるで鋼鉄の塊を叩いたかのように弾かれ、些細な傷しか与えることができない!
「(…醒走奇梓薙陀流の奥義には、踏み込みを必要としない形もある。しかし、この氷の魔神をぶっ壊すための一撃を放つには、やはり踏み込みが必要…!)」
 やがてドレイクの皮膚までもが凍りはじめ、筋肉は思うように動かなくなり、目の奥に鋭い痛みが走る。まさか、眼球の水分までもが凍りはじめている…!?ドレイクは慌てて瞬きをしたが、今度は目を開けることすら困難になってしまった。
 ほとんど身動きが取れなくなったドレイクを攻撃するのは、おそらく容易であったのだろう。



 ガキィッ!
「ぐ、ほっ…」
『他愛もない、劣等種め。握り潰してくれよう』
 グレイド・ウォーデンの拳に捕らえられ、ドレイクは苦悶の表情を浮かべる。
 勝機はなかった。
「つ、強すぎる…!」
 おそらくはこの気候、この環境を作り出しているのも目前の魔神なのだろう。
 あつらえた狩場に呑気にやってきた無力な獲物、それがいまのドレイクを形容するに相応しい言葉だ。
 やがてグレイド・ウォーデンの拳に力が込められ、ドレイクの肉体を圧迫していく。握り潰されるのは時間の問題だった。
 だが、そのとき!



「イヤァーーーッッッ!」
 グガギンッ!
 突如飛来した何者かが見舞った鋭い蹴りが、ドレイクを拘束していたグレイド・ウォーデンの拳を一撃!開かれた拳からこぼれ落ちたドレイクは地面を転がり、苦しそうな呻き声を上げる。
「い、一体…」
「間に合ってよかった」
「…!?おまえは」
 たったいま命を救ってくれた者の姿を見て、ドレイクは驚きの声を上げる。
 見覚えがあるぞ、この小娘…たしか以前、ユンバカノの依頼でアイレイドの彫像を探していたとき、帝都南部のヴィルバーリン遺跡で遭遇した記憶がある。
 あのときはちょっとした行き違いから戦闘に発見したが、けっきょく、適当な理由で手打ちにして別れたのだったか。
 といっても彼女のほうはドレイクの正体に気づいていないらしく、ドレイクがここにいることを知ったうえで追ってきたわけではないらしいのだが…
「戦士さん、これを!」
 加勢してきた徒手格闘のファイター…ちびのノルドが、瓶入りのポーションをドレイクに投げ渡す。
「これは?」
「寒さに効くポーションだそうです。わたし、レーヤウィンで魔術師のカジートさんに頼まれたんですよ、これをあなたに届けるために」
「カジート…サ=ドラッサか!」
 状況が状況だけに早口で言葉を交わす両者、しかしいつまでもお喋りを許すほどグレイド・ウォーデンも気が長いわけではなかった。
 グン、巨大な拳が振りかぶられ、ちびのノルドに強烈な一撃を叩き込もうとする。
 咄嗟の動きをそれを回避するちびのノルド。
『おのれ小癪な、小娘!』
「シロディールではどうか知らないですけど、本場ノルドの寒さへの耐性を甘く見ないほうがいいですよ」
『抜かすか、ワシに向かって…このこわっぱが!』
 猛り狂うグレイド・ウォーデンの拳をかわし、重い一撃を繰り出し続けるちびのノルド。
 あいつ、ノルドだったのか…ドレイクはぼんやりとそんなことを考え、この人死にが出かねない過酷な環境で軽快に動く少女の姿にいたく感心する。
 しかし傍観者を気取っている場合ではない。ドレイクはさきほどちびのノルドに渡されたポーション…フロストウォードの媚薬と呼ばれる秘薬の封を乱暴にちぎると、一息に飲み干した。
「こ、これは…!」
 灼熱の液体を喉奥まで一滴残らず流しこんだとき、ドレイクは自分がまったく寒さを感じていないことに気がついた。
 目ははっきりと開き、筋肉の硬直はなくなり、血流が全身に行き渡る。自らの身体から発散される体温か、あるいは秘薬の力によって張られた魔法の皮膜によってか、いままでドレイクに纏わりついて動きを止めていた氷があっという間に融解していく。
 全身が、熱い!



「うわっ!?」
 ドガッ!
『小娘、ここまでだ!』
 寒さに強いとはいえさすがに実力差があったのか、攻撃を避けきれなかったちびのノルドがグレイド・ウォーデンの一撃で吹っ飛ばされる。
 だが。
『いまとどめを刺してやる!』
 だが、グレイド・ウォーデンは知らない。
 ドレイクのコンディションが、いまだかつてないベストな状況であることに!
「…いけるッ!」
 風詠によって全身のエネルギーをカタナに集中させ、ドレイクが腕(かいな)の一振りを放つ!



 ズドシャアァァアアアアッッッ!!
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、砕牙・弐式」
 ドレイクの一撃を受けたグレイド・ウォーデンが、断末魔をあげる間もなく粉砕される!
 粉々になった魔神の微粒子が宙を舞い、まるでダイヤモンドダストのような輝きを見せる。それはひどく幻想的な光景であり、まるでガリダンの無念が晴らされたことを祝福するかのようにしばらくの間降り注ぎつづけた。
 カチリ、カタナを鞘に戻すドレイクに、どうやら無事だったらしいちびのノルドが声をかけてきた。
「いやー、すごいですね…いまの技」
「お嬢ちゃん、怪我は平気なのか?」
「ええ、幸いヤバイところにはもらわなかったので」
「それは良かっ…!?」
 おそらく自分の命を救ってくれたことになるのだろう少女の無事に安堵しかけたドレイクは、彼女の姿を見て絶句する。
「いったいどうし…あ、あなた!いつか古代遺跡で会った剣士のひと!?」
 どうやらちびのノルドはようやくドレイクと面識があったことを思い出したようだが、ドレイクが驚いているのはまた別の理由だった。
「(…お、俺は人間の女には興味はない!だから問題ない、なにも問題はない…はずだが…!)」
 そんなことをあれこれ考えながらも、思わず目を背け掌で顔を覆うドレイク。
 なぜかというと…



「どうしたんですか?」
 おそらく、さっきグレイド・ウォーデンの一撃を受けたときにプロテクターが破損したのだろう。
 たったいま、ちびのノルドはお尻が丸出しだった!
「(こいつ、自分で気がついていないのか!?雪に肌がついてるってのに…それとも、これもノルド特有の耐寒性ってやつなのか?)」
「なに、ぼーっとしてるんです?」
 やがてちびのノルドは立ち上がり、ぽんぽんと身体の雪を払うと、ドレイクに駆け寄ってきた。下が丸出しのままで。
「(こ、こいつ恐ろしいヤツっ!まだ気づいてないのか、それとも羞恥心ってやつが一切ないのか?いくら俺がアルゴニアンだからって、どう反応すりゃあいいんだ…ケツが丸出しだぞって言うのか?)」
「ひょっとして具合でも悪いんですか?怪我をしたとか…」
 ドレイクの葛藤など知る由もなく、ちびのノルドはドレイクに身体を密着させ、せわしなく視線をきょろきょろと動かす。
 やがて…ぽん、ドレイクはちびのノルドの肩に手を置くと、努めて平静を装って、言った。
「いいか、ちょっと聞いてくれ」
「なんです?」
「いまから俺がなにを言おうと、決して動揺するな。いいな?」
「動揺なんかしませんよ、いったいどうしたっていうんです?」
「おまえ、ケツ丸出しだぞ」
「…… …… …… ……」
 ドレイクの一言で、ちびのノルドがピタリと動きを止める。
 視線を下に向け、やがて。
「あ、ゎ…ゎぁあぎゃぎゃぎぐがぎゃぐゃげぎゃぎゃぎゃ!!!!」
 ちびのノルドは、およそ女の子が出してはいけない叫び声を上げ、顔を真っ赤にして暴れた。

  **  **  **  **



「無事に帰ってきてくれて何よりだ、しかし…君たちにそういう倒錯した性癖があるとは知らなかったよ」
「うるせぇシバくぞこの野郎」
 魔術師ギルド・レーヤウィン支部、サ=ドラッサのオフィスにて。
 ドレイクのズボンを履いたちびのノルドと、哀しい目つきでブリーフ姿を晒しているドレイクを前に、サ=ドラッサは驚きの声を上げていた。
「ガリダンの涙を持って来てくれたのは嬉しいけど、そんな姿を見たら君のご両親も涙を流してしまうよ」
「息子のために流した涙にマーラ様がくそったれの加護を授けてくれりゃあいいよな、畜生め。おっと失礼、不信心な発言だった。でもな、この格好でハートランドからレーヤウィンまで移動するのは大層な拷問だったぞ」
「女の子を下半身丸出しのまま連れ歩くよりましだと思いません?」
「…テメェのつるつるの股なんか見たって、誰も欲情しねえよ」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ!見たんじゃないですか!見でだんじゃないでずがっっっ!」
 ドレイクの失言を耳にしたちびのノルドが、ドレイクの膝をガシガシと殴り続ける。
「痛ぇ痛え痛ぇ痛ぇ!」
「剃ってるだけですから!剃ってるだけですから!」
「あの…ここ、いちおう公共施設だから、あまり騒がないでほしいんだけど…」
 狭い空間のなかで暴れる二人に向かって、サ=ドラッサがばつが悪そうにつぶやく。
 周囲のギルド会員たちの視線に気がつくと、ドレイクとちびのノルドは誤魔化すように咳払いをした。
「と、ともかくっ!これからもどうか、戦士ギルドを贔屓にしてくださいねってことで!」
 ピッ、人差し指を突きつけながら、ちびのノルドがセールストークをぶちまける。
 それに対し苦笑しながら、サ=ドラッサが返答した。
「商魂たくましいね、しかし君のおかげで助かったのも事実だ」
「わざわざ戦士を雇って魔道具を届けてくれるとはな。あのポーションは効いたぜ、口にした途端、全身に力が漲ってきたからな」
 おそらく正当な報酬を払ってちびのノルドを雇ったのだろうサ=ドラッサに対し、ドレイクは感心したようにつぶやく。
 しかし、それに対する反応は驚愕だった。
「…飲んだのかい?」
「え?」
「あれ、塗布用の薬剤なんだけど…少なくとも、ヒューマンが飲んだら身体に負荷がかかりすぎて、最悪死ぬ危険もある薬だよ?」
「おいおいおいおい!」
「でもまあ後を引くような代物じゃないし、ここまで無事なら悪影響も残っていないだろう。サンプルとしては特殊すぎて参考にならないけど…アルゴニアンの特性か…それとも特異体質?」
 極度の興奮作用を誘発するポーションの毒性は、じつは風詠によって身体に悪影響を及ぼす前に中和・分散されたのだが、そのことはサ=ドラッサには知る由もない。
「まあ、早めに尿を排出しておいたほうがいいと忠告しておくよ。まだならね」
「ハートランドからここまで小便せずに移動したら膀胱が保たねぇよ」
「そりゃそうだ」
 そこまで言ったとき…ズドン!
 遠くから爆発音が響き、地鳴りとともに建物全体が揺れた。
 いったい何が起きたのかと訝る三人の耳に、建物の外で叫ぶ声が聞こえる。
『爆発だ!元帝国軍総司令官のアダムス・フィリダが襲撃された!』
「なんだ?」
「そういえば、帝都のお偉いさん…もう引退したらしいけど…この街にある別荘で隠居生活送ってるって聞いたな。いつも護衛を引き連れてて目立つし、新聞にも書いてあったから有名だったけど」
「へー」
 おそらくは深刻な事態が発生したのだろうが、蚊帳の外にいる三人はどこか他人事のように言葉を交わす。
 その後一人の暗殺者が教会の尖塔から身を投げ込まれることになるが、ドレイクがそのことを知る機会はなかった。





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グレアム・カーライル
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