主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
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2015/12/08 (Tue)18:10
「やめてください、はっ、放してください!」
「放すわけねーだろヴォケが!逃げてみろよ、どうした、ホラッ!」
リッジフィールド…奴隷商人の襲撃によって人々が連れ去られ、ゴーストタウンと化した、静かな…そして、哀れな街。
廃墟の静寂を破ったのは、女の悲鳴と、レイダーの下卑た挑発の言葉だった。
悪漢に襲われる、哀れな娘…おそらくは、誰の目から見てもそのように写る光景であったろう。この無法の地ウェイストランドにあって、女は腰に拳銃一挺、ナイフの一振りも下げてはいない。
荒廃したワシントンで、丸腰でいるのは物知らずか自殺志願者だけだ。
もっとも、レイダーに襲われている女はそのどちらにも見えない。たまたま武器を携帯していないときに襲われたのか、あるいは抵抗空しく取り上げられたか。
そもそもなぜ、このような人気のない場所に女がいるのか。女はここに住んでいたのか。それともレイダーに襲われ、たまたまこの場所に逃げ込んだのか。それは誰にもわからなかった。
レイダーの手によって女の服は容易く引き裂かれ、瞬く間にテーブルの上へ組み伏せられてしまう。女の細腕と、筋骨隆々たる男の体格の、見た目だけではっきりそれとわかる、残酷なほど明確な力の差。
もし女にこのような所業を受ける謂れはないと、彼女がこれまで些細な悪行一つすら手を染めなかった真に善良な人間であったとすれば、あるいはこれを「理不尽」と呼ぶこともできるのかもしれない。
しかし力のない者が、自由や安全を得ることなどはできない。
人間の摂理や、あるいは神の摂理がどうであるかは知らないが、少なくともそれが自然の摂理ではあった。
ウェイストランドは、力の弱い者を救ったりはしない。
弱いことに責任があるわけではない。ただ、目の前の残酷な現実を受け入れるしかない。抵抗する力を持たぬ者に与えられる慈悲や救済は、ここにはなかった。
この世界には。ウェイストランドには。
数時間に渡り、幾度も女を強姦したレイダーたちは、やがて充足した表情で建物から出てきた。
「やっぱり生きた肉穴は最高だな!」
「ここいらへんは地雷が大量に埋まってるし、幽霊が出るってウワサもあるんで、誰も近づこうとしねぇんだ。つまり、こういうお楽しみのときに、背中を心配する必要はねぇってわけだ」
感情の赴くまま奪い、殺し、弱者の肉を喰らい生きる猛獣たち。
しかし、彼らは知らない。
彼らもまた、「狩られる側の人間」であることを。
俺の名はクレイブ、ヴォールト脱走者だ。
モイラの依頼でスーパーマーケットの調査を終えた俺は、メガトンを襲撃したレイダーたちと戦い街を守ることに成功した。その後、数人の住民を誘拐し逃走したレイダーの残党を討伐するため、ジェリコやマルコムといった腕の立つ男たちとともにスプリングベール小学校を奇襲する。
建物内のレイダーをすべて退治し、メガトンへ戻ろうとしたとき、俺たちは外で待ち伏せしていたレイダーたちの攻撃を受け、苦境に立たされる。そのときに俺たちを助けてくれたのは、俺とほぼ同じ時期にメガトンへ流れついた、カーチャという女だった。
「あなた、このところ随分とご活躍だそうね」
「え?あぁ、いや、まあ」
仕事の話をするためクレーターサイド雑貨店へ向かおうとしていた俺を呼び止めたのは、見覚えのないアフリカ系の中年女だった。
このところご活躍、という主語のない言葉に戸惑い、俺は半端な生返事をかえす。
女は自らを「ヴィクトリア・ワッツ」と名乗った。他人の活躍を賞賛する言動を口にしたわりに、不快そうな態度を隠そうともしていない。まるで御札のかわりに「厄ネタ」と書かれた紙を額に貼って飛び回るキョンシーのようだと、俺は直感的にそう思った。
「探偵ゴッコで余計なことを嗅ぎまわっているそうじゃない。いったい、なにさまのつもり?あなたのせいで平穏な生活が壊される者がいるということを考えたことがないの?」
「ハァ?」
探偵ゴッコ?嗅ぎまわる?いったい、なんのことだ?
このところ俺はモイラの執筆するサバイバルガイドのための調査にかかりきりで、先日のメガトン防衛のためにレイダーと戦った以外は、余計なことは一切していない。
まさか人体の治癒能力を調べるための自傷行為や、スーパーマーケットの調査のことを指して言っているわけではあるまい。
そう思った俺は理性が止めるよりも早く、こう口走っていた。
「あんた、いかれてるんじゃないのか?」
「まだ自分がしていることに自覚がないようね。いい、彼は人間じゃないかもしれない、だけど平穏な人生を望む善良な存在なのよ。だから無闇に引っかき回さず、そっとしておいてあげたらどうなの」
「頼むから…わかるように話してくれないか?壁と話すより性質(タチ)が悪いぞ、あんた」
「レプリカントよ。連邦から脱走した…そう言えば、もうわかるでしょ?」
「レプリ…」
耳馴染みのない言葉にしばらく戸惑ってから、俺はようやく女が言わんとしていたことを理解した。
そういえばクレーターサイド雑貨店や、ドクター・チャーチの診療所で物珍しいホロテープを発見したんで、当人の了承を得てピップボーイで音声ログを再生したことがあった。それがたしか、連邦(どこだ?)から脱走した人造人間、レプリカントの独白だった。
その後何人かとそのことについて話をしたが、いずれも信憑性のないウワサ、あるいはヤラセだと語っていた。俺もそれほど熱心に尋ねたわけではないし、世間話のついでに水を向けただけだから、特に記憶に残っていたわけでもなかったのだが。
しかし目の前の女、ヴィクトリア・ワッツは俺がそのことで「あちこち嗅ぎまわっている」と言い、あまつさえ「レプリカントを放っておけ」と言う。これはなんだ、冗談か?
「あのな、いいか…べつに俺は、そのレプなんちゃらに大層な興味を抱いちゃあいない。珍しい噂を聞いたんで、ちょっとまわりの人間に話を聞いてみただけだ。実際、そんなのが存在するなんて信じてもいなかった。俺がなにかを『やらかす』ってんなら、あんた、取り越し苦労だよ、そりゃあ」
「ふぅん、いつもそうやって他人を煙に巻いているわけ?随分と誤魔化しが上手なのね」
「…… …… ……」
駄目だ、頭痛くなってきた。
こいつは知能が低いのか、それとも、それっぽいことを言って会話を成立していると錯覚させたい「言葉のわからない外国人」なのか?
こういうときは、どうすればいいか。
まだ俺が小さな子供だったとき、親父がウォリー・マックの父親と言い争いをしていたときのことだ。そのとき、親父が俺に語ってくれた金言を思い出した。
『ああいう、他人の話を聞く気がない相手とマトモに喧嘩しちゃあ駄目だ。とりあえず相手が言いたいことを好きなだけ言わせてやるんだ、そうすれば多少落ち着く』
「…で、あんた誰だ。何が言いたい?俺にどうしてほしいんだ?」
俺の問いかけに、ヴィクトリア・ワッツは「待ってました」と言わんばかりのドヤ顔を見せ、いやに得意げな表情で語りはじめた。
「私はレイルロードという組織の者よ。自由を求め持ち主から逃げ出した人造人間の、安全と権利を保護するための正義の組織。あなたは、我々の保護対象の安全を脅かそうとしているの」
「人造人間の…保護組織だって?」
まったく誇らしい顔で語るヴィクトリアの顔を、俺は宇宙人でも見るような目で見つめた。
人間が満足に生きられない、人間の最低限の権利ですら保障されないようなこの世界で、レプリカントの権利の保護だって?
こんな世界で、そんな行為に利権が絡むとは思えない。純粋な正義感から行動しているのだろう。それが、だからこそ、余計に性質(タチ)が悪かった。
「…まったく素敵な発想だな。トムリアンデが泣いて喜ぶぜ」
「はぁ?」
俺に言わせれば、人造人間はあくまで機械だ。どれだけ姿形が人間に似ようと、あるいは仕草が人間と変わりなくても…それは、機械だ。人間とは本質的に違う。「たとえ、どれだけ似ようとも」、だ。
人間と寸分違わぬレプリカント、というものが仮に存在したとしても、それはクオリアを持たない哲学的ゾンビに過ぎない。クオリアの有無で優劣を決めようというのではないが、区別は必要だろう、というのが俺の持論だった。
もっとも、そんなことを目の前の女に言ったところで、理解などしてはくれまいが…
「いまの言葉は忘れてくれ。で、俺に何の望みがある?」
「あなたが追ってるレプリカント(ここで俺はため息をついた)は、連邦の科学者ドクター・ジマーが探しているものよ。もし今後彼に会うことがあったら、これを渡して」
そう言って、ヴィクトリアは俺に機械の部品らしきものを差し出した。受け取れ、ということなのだろうか?
黙ってそれを見つめる俺の手に、ヴィクトリアはそれを半ば強引に押しつけてくる。
「それはレプリカントの身体のパーツの一部よ。これを渡して、彼は死んだと言うの。そうすれば、ジマーは黙って引き下がるわ。いいわね、正しい行動を取ってちょうだい」
一方的にそう言ってから、ヴィクトリアは足早にどこかへ行ってしまった。
それ単体では何の使い途のない機械部品を手にした俺は、いまだにこれがシリアスな現実なのか、あるいはろくでもないジョーク、ヤラセ、ドッキリじゃないかと判断しかねていた。
しかしよく考えれば、理不尽な展開などというのはウェイストランドでは日常茶飯事なのだということに思い至り、俺はその機械部品をそのへんに積まれたガラクタの山に放り出すと、独り言をつぶやいた。
「これもウェイストランド、か…」
やれやれとかぶりを振り、ヴィクトリアが近くにいないことを確認すると、俺は当初の目的だったクレーターサイド雑貨店へと足を運んだ。
今回のモイラの依頼は、地雷原の調査だった。
「やってきましたわね」
「やってきたねぇー」
半日かけて歩き通し、到着した場所。俺の傍らには、スプリングベール小学校でのレイダー退治で共闘した女カーチャが立っている。
どうやらメガトンでの彼女の仕事はもう残っていないようで(レイダーの襲撃で破損した副官ウェルドの修理もさっさとこなしてしまった、という話だ。メカニックとしての腕が相当良いのだろう)、今回から、共同でウェイストランド・サバイバルガイド執筆の協力者として一緒に仕事をすることになったというわけだ。
先日のレイダー退治でルーカス・シムズから支払われた報酬で、俺は服を新調していた。いつまでも薄汚れたジャンプスーツ姿(それも背中にデカデカと数字が書かれたみっともない仕様)ではいられない。
スーパーマーケットでの戦闘で、俺と重いアーマーは相性が悪いということがわかったので、軽さと動きやすさ(そして見た目)を重視したスタイルである。
またカーチャも服を買い替えたようで、機械油に汚れた姿から一転、清潔感漂う白衣を纏っている。野暮ったい黒縁眼鏡と相まって、いかにも科学者然とした風貌だ。
そして金めっきのトカレフ一挺では心許ないためか、先日までは見かけなかった短機関銃を手にしているが…
「シュマイツァー?骨董品だ」
「ウェイストランドでは現役ですわ!」
ドイツ製の古いモデルを目にした俺は、思わず眉に皺を寄せる。
もっともデザインの設計で言えば、俺がサイドアームに下げているM1911のほうが古いので、たんに古さを揶揄してどうこう言うのも野暮な話ではあるんだが…
今回の依頼内容は地雷原周辺の調査と、地雷の回収だ。
このあたりは大量の地雷が埋められている場所として知られているらしいが、誰が、何の目的でこんな場所に地雷を設置したのかはわかっていない。それも地雷は、明らかに戦後に何者かが埋設したものだ、という話だ。
そんなわけで、今回の調査はほとんどゴシップの裏づけのようなものだった。「ウェイストランドに存在する地雷原の謎を追え!」てなノリである。まぁ、教本にも賑やかしのページが必要なんだろう。
地雷の回収というのも、安全確保というよりはサンプル収集といった意味合いが強い。
さらに、このへんには幽霊が出るとかで、モイラは夜間の探索を提案したのだが、これにはカーチャが強く反発した。
「まったく、地雷が仕掛けてある場所で、それもウェイストランドの夜を歩くなんて、冗談じゃありませんわ。危険すぎます」
「ああ、幽霊が苦手ってわけじゃないんだ」
いまこの場においても文句を言い続けるカーチャに、俺が軽口を叩く。
「俺は苦手なんだよね、幽霊。銃で殺せないヤツは嫌いなんだ」
「そういえばあなた、えぇと、クレイブさん?レイダーとの戦いでは随分と手馴れた様子でしたけれど、いったいどちらで訓練をなさったんですか?」
「ああ、ヴォールトのレクリエーション用フィルムでね」
「…それって、もしかして、映画?」
「そ」
「ヴォールトで戦闘訓練を受けたわけではないのですか!?」
「まさか。実弾を撃ったのなんかつい最近さ。ここまで上手くやれるとは、正直思ってなかったけどな」
テキストなら頭に入ってるんだぜ、と言う俺に、カーチャが盛大なため息をつく。
そう、俺の戦闘知識といえば映画の猿真似か、伝記やウォーノグラフィ(戦争小説)の受け売りがほとんどだ。それにV.A.T.S.という、ヴォールト・テック謹製の戦闘補助システムがあってこそのいままでの戦績だったが、こいつがなければ俺はとっくに死んでいただろう。
深刻そうな顔を見せるカーチャを余所に、俺は目の前の光景に違和感をおぼえ、話題を切り替えた。
「ところでさ、アレ…死体じゃないか?」
「そこ、地雷がありましてよ。動体感知センサーで、近づいただけで信管が作動するタイプです。よくよく注意して行動なさってくださいまし」
「うわお。軍用地雷か…モイラが興味を持つはずだ」
カーチャに注意を促され、俺は慎重な足取りで死体へと近づく。
ふつう、ウェイストランドで用いられる地雷というのは手製のものが主流だ。高性能爆薬を充填した軍用地雷というのは、そうそうお目にかかれるものではない。
もちろん軍用地雷は高価で、ウェイストランドでは高値で取り引きされる。カーチャが言ったように近づいただけで信管が作動するため持ち帰るのは容易ではないが、うまく信管の作動を停止させることができれば、ちょっとした儲けになるはずだ。
「この死体は…レイダーだな」
「そのようですわね」
「地雷に吹っ飛ばされたか、それとも…幽霊にでもやられたかな?」
「まさか。よく見てくださいまし…この傷跡、銃創ですわ」
遠巻きに見つめる俺とは逆に、カーチャは物怖じせず死体のすぐ近くに屈み、頭部を持ち上げ、状態を検分する。怖くないのだろうか?
いや、俺も本当は死体は怖くもなんともない、というのはわかっている。この恐怖はあくまで生理的な嫌悪からくるもので、死体は人間を襲ったりしない以上、生きている人間より怖くなりようもない、ということはわかっている(もっとも、このウェイストランドじゃあ例外はあるかもしれないが)。
ただ、そのことを女が理解している、というのが妙に引っかかった。
このカーチャという女について、ウェイストランドを放浪していた、という以外のことは誰も知らない。出身地、その半生、語りたくないのか、たんに語る機会がなかったのかは知らないが…
「幽霊が銃を持ってたのかもな」
「ナンセンスはお止めになさって。死体は腐敗がはじまってません、つい最近撃たれたようですわ」
「血の跡が続いてるみたいだが…」
そう言って、俺は近くの建物に目をやった。
一軒家の扉に、血まみれの手形がスタンプされている。俺はライフルを肩にかけ、拳銃を抜くと、カーチャに言った。
「俺が入るよ、なにか手がかりがあるかもしれない…」
「わかりました。それでは、私は別の建物を調べますわ」
いったん二手に分かれ、俺は扉のノブに手をかける。が、開かない。鍵がかかっているのだ。
フゥ、俺はため息をつき、腰にぶら下げていたロックピッキング・ツールを手に鍵穴を覗きこむ。単純なシリンダー錠だ、この程度なら開けることはわけない。
たいした時間もかからず鍵をこじ開けると、俺は建物の中に入った。
ガチャリ、扉を開けると同時に銃をかまえる。
.45口径の照星越しに見えたのは、血溜まりの上でぐったりと倒れているレイダーの姿だった。
念のため銃口を外さないようにしながら、俺はゆっくりとレイダーに近づく。相手は微動だにしていない、呼吸音も聞こえない。胸は上下していない。たとえ気絶していても、人間は呼吸くらいはするものだ。
そっと首筋に触れ、脈を測る。指先に感じたのは冷たく、固い皮膚の感触だった。
「…死んでるのか……」
死後硬直している、ということは、死んでからそれほど時間が経っていない、ということだ。筋肉が崩れ、腐敗するほど時間が経っていない、ということだ。
どうやら外で見たレイダーと同様の死因…何者かに銃で撃たれたようだ。
こいつはすぐには死なず、どうにか建物の中まで逃れ、ドアに鍵をかけたのだろう。襲撃者の侵入を防ぐために。
しかし、それで終わりだった。鍵をかけ、ソファにもたれかかり、それっきり、気を失ったに違いない。そしてその後、目を醒ますことはなかったのだろう。
「傷が深いな。ライフル弾…それも、狩猟用のホローポイント弾で撃たれたのか?」
射入孔付近の損壊具合、射出孔の広さを見て、おそらくこの傷は大口径ライフル弾で撃たれたものだろうと俺は推測する。
少なくとも、拳銃では有り得ない。たとえ薬量の多いマグナム弾だろうと、拳銃弾とライフル弾では威力の桁が違うためだ。
解剖すればもっと詳しくわかるだろうが、そんな時間も、道具もないし、そこまでしてレイダーの死亡原因を詳しく調べたいとも思わない。気になる点があるのは確かだが…
丁寧に鍵がかかっていたということは、この建物の中に襲撃者がいる、ということはまず有り得ないだろう。しかし、油断は禁物だ。
俺は汗ばむ手をコートの裾で拭い、拳銃をしっかりと握りなおしてから、隣のキッチンへと向かった。
「…これは……」
来るべきではなかったと、入ってすぐに思った。
生臭い匂いが鼻を突き、死体に感じたものとはまた違う生理的嫌悪が俺の神経を逆撫でした。
それも死体には違いなかった。ただ、レイダーの死体ではなかった。女の死体だった。女の、裸の死体だった。四肢を広げ、男の体液にまみれた女の死体だった。
出血はしていたが、それは殴打によるもので、銃で撃たれた形跡はない。
見てはいけない、近づいてはいけないと思いながらも、俺は憑かれたようにゆっくりと足を動かし、テーブルの上で絶命している女の死体にそっと触れる。
全身の殴打跡に触れると、死後硬直しているにも関わらず、はっきりとそこが凹んでいることがわかる。骨折しているのだ。それだけでも、女が同意のうえで性行為を許したとは思えなかった。
無駄だとわかっていても脈を取るため首筋に触れたとき、俺は女の首が不自然な曲がりかたをしていることに気がついた。どうやら直接の死因はこいつのようだ。女は、首を折られていた。
「…… …フーッ…」
ゆっくりと息を吐き出し、額に浮かんだ汗を拭う。
これも、レイダーたちを殺した襲撃者によってやられたものだろうか?
おそらく死んだ時間はレイダーたちとほぼ同じだ。だが、どちらかといえば女に暴行したレイダーが建物から出てきたときに撃たれた、と考えたほうが自然なような気がしていた。
「こんな場所に長居しても、仕方がないな」
そう言って離れようとしたが、俺はすぐには動くことができなかった。
ふたたび女の死体を見下ろし、ごくりと息を呑む。ゆっくりと目を閉じ、俺は自身の胸の内に生じた葛藤と戦った。
女の白い肌から目を離せなかった。もっと女を見ていたい、触れていたいという生理的欲求が膨らみつつあることを自覚していた。
俺は…自分で、自分のことが信じられなかった。俺は死体に欲情しているのか!?
どうも、そうらしかった。死体であろうと見た目は女であることに変わりないからか、それとも俺にネクロフィリアの気があるのかはわからなかったし、追求したいとも思わなかった。
ふたたび大きく深呼吸し、死臭をたっぷりと体内に取り込んでから、俺はその場を離れた。
その後建物の中を捜索したが、これといって手がかりになりそうなもの、あるいは地雷原の調査の一環としてモイラを喜ばせることができそうなものは、何一つ見つからなかった。
女の死体についてカーチャにどう説明したものかと考えながら外に出ようとしたとき、あるものが俺の目に止まった。
テーブルの上に置かれた、ミニチュアの家の模型。
精巧でよく出来ていた、だけならすぐに興味を失ったところだが、その模型は台座が外れるようになっていて、しかも、そこに鍵がかけられていた。それもちゃちなオモチャの鍵ではなく、錠前破りが頭を抱えるような高級品だ。
「…なにか、あるな」
ためしに模型を持ち上げて見ると、ずしりと重い感覚が腕に伝わる。2kgほどあるだろうか。
振ってみると、ゴトッ、ゴトッと重量物が模型の内側を叩く音がする。
俺は唇を舐めると、模型をふたたびテーブルの上に置き、鍵の開錠に取りかかることにした。
こういうタイプの鍵は正攻法で対決してもしょうがない。初めから、まともにピッキングで開ける気はない。
俺は鍵穴にチェリーボムを詰め、ライターで導線に点火した。
ボンッ!
炸裂音とともに火花が散り、破損した鍵がユニットごと、ごろりと転がり落ちる。
「オーケイ、うまくいったな」
模型の側面を両手で掴み、ゆっくりと台座から外す。
果たして、そこに現れたのは…
「これは…!」
台座の上に鎮座していたのは、一挺の拳銃だった。俺が扱うM1911とほぼ同型のモデルだったが、それは太陽の光を反射して金色に輝いていた。
「これはめっきじゃないな…窒化チタンコーティングか。ベースはスプリングフィールド・アーモリー社製のM1911A1、V-12モデル。素材は…ステンレスだったか?スケルトン・タイプのハンマーに、サイトはヘイニー・タイプ。中身もかなり手を入れてある…派手な見た目に反した実戦的なカスタムだ、グリップのドラゴンのエンブレムはちょっと悪趣味だが…」
一目見た瞬間、さっきまで抱えていた人間的な悩みも吹き飛び、俺はそいつに心を奪われてしまった。
弾倉や弾薬は俺が使っていたM1911と共用できる。いますぐにでも相棒として振り回すことが可能だ。とはいえ、カーチャやモイラにこのことは言わないほうがいいだろうが…なんたって、こいつは誰の目からも一目見てわかる「お宝」だ。
「…今日のところは…こいつを使うか」
V-12カスタムを腰のベルトに挟み、コートで隠れるよう外から見えない位置に調整してから、俺はふたたびM1911を抜き、周囲を見回した。
さて、そろそろ本当にここを出たほうがいいだろう。
そう思ったとき、どこからか女の悲鳴が聞こえてきた。
建物の外…カーチャ!
「まさか、彼女の身になにかが…!?」
俺は銃の装弾を確認すると、慌てて外へ飛び出した。
< ⇒Wait for feeding next bullet... >
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