主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
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2013/05/21 (Tue)14:18
ドガァンッ!!
「な、なんだテメェはっ!?」
扉を蹴り開けて侵入してきたドレイクに、ダンマー(ダークエルフ)の男が驚きの声を上げた。その傍らで、オークの戦士が銀製のクレイモアに手をかける。
問答無用で戦闘態勢に入る男達を前に、ドレイクは躊躇なくアカヴィリ刀を一閃させた。
ガヂッ、バチ、バチンッ!
アカヴィリ刀の刃先が光の軌跡を描き、2人の男の首が瞬時に飛ぶ。
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、凱燕(ガイエン)」
パチリ、アカヴィリ刀を鞘に収めるのと同時に、男達の首が地面に転がる。続いて、銀製のロングソードが「ゴト、ゴトッ」とやかましい音を立てて落下した。
オークの傭兵の身体は、しばらく自分の首がなくなったのに気付いていないかのように棒立ちだったが、やがて膝を折ると、ゴトン、横着な姿勢のまま床に伏せた。首の断面から血が溢れ出し、鉄の匂いが周囲に充満する。
「肌の色が何色でも…血の色は変わらんな」
そう言って、ドレイクは<グレイランド>と呼ばれるこの小屋を後にした。
** ** **
「まさか、もう終わったのか?」
ドレイクがグレイランドから出てきたとき、レーヤウィンの衛兵長リレクス・カリドゥスは彼のあまりの手際の速さに驚きを隠せないでいた。
グレイランドに潜伏していたダンマーの男の名は、カイリウス・ロナヴォ。
現在シロディールに蔓延している麻薬スクゥーマの売人で、グレイランドは彼の私有地だった。公権力の追求を逃れるため衛兵のほぼすべてを買収し、「グレイランド内で行なわれる、いかなる行為も法の追及を受けない(グレイゾーンとして扱われる=グレイランドの名称の由来)」という確約を取り付けたやり手でもある。
そんな状況を憂慮したリレクスは、超法規的措置を取る決断をした。すなわち、「腕利きの傭兵を雇ってグレイランドを襲撃する」という決断を。
「うちの衛兵がグレイランドに手を出せなかったのは、もちろん賄賂を受け取っていたこともあるが、カイリウスが腕の立つ用心棒を雇っていたせいもあった。それを、こうもあっさりと倒してくるとは」
「たしかに、ドラッグ・マネーで装備は良い物を身につけてたな。あとは頭数が揃ってたら、多少は苦戦したかもしれん」
軽口を叩くドレイクに、リレクスは苦笑しながらも報酬の金貨を渡した。
小さな袋に入った僅かばかりの金貨の重みを確かめ、ドレイクはそれを懐にしまう。
「もし、俺を最初に見つけたのがあんたじゃなくてカイリウスの方だったら…どうなってたろうな?」
「君の懐にはもっと大金が入り、私が雇ったかもしれない別の傭兵が細切れになっていたかもしれない。そういう意味で言ったのか?勘弁してくれ、いま君に渡した報酬はたしかに仕事の内容に見合わない額だったかもしれんが、それでも私が支払えるぎりぎりの額なんだ」
「わかってるよ」
申し訳なさと図々しさとが半々に混じった態度で言い添えるリレクスに、ドレイクは「冗談だ」というふうに返す。
おそらくリレクスがドレイクを雇ったのは、彼の独断だろう。衛兵が傭兵を雇うのに(それも、ドラッグのディーラーを始末するために)公的な予算など下りるはずがないし、第一、カイリウスを見逃すだけで小遣い銭を得ることができた他の衛兵達が了承するはずがない。
今回ドレイクに支払われた報酬は、リレクスのポケット・マネーから出たものだろう。カイリウスからの賄賂を断っていたリレクスにとって、かなりシリアスな出費であるに違いない。
貧乏な衛兵は良い衛兵、とはよく言ったものだが……
別れる直前、リレクスはドレイクに言った。
「グレイランドの後処理は私がやっておくよ。ご苦労だった」
「ああ。それよりもあんた、背中に気をつけたほうがいいぞ」
「なぜだね?」
「今回の件で、あんた、お仲間からかなり恨まれるんじゃないのか」
「そういうことか」
リレクスは笑みを浮かべた。それは穏やかな笑みだったが、どこか空虚だった。
「私はね、正義があると信じたいんだよ。こんな世の中でも、善良な人間が幸せに暮らせる世界をね…罪人は、たとえどんな地位や権力や、あるいは金を持っていても、犯した罪を償わなければならない世界を信じたいんだ」
「よせよ。死亡フラグだぜ、そういう台詞は」
「そうだな。それじゃあ、またな。もう会うこともないだろうが」
陽気さを装って手を振りながら立ち去るリレクスの背を、ドレイクは黙って見守っていた。
他人に人殺しを金で代行させる正義も随分と血生臭い話だと思ったが、それは口には出さなかった。その二律背半に、もっとも悩んでいるのは本人だろうとわかっていたからだ。坊主に説教を聞かせるほど野暮な行為はない。それも、生臭(ナマグサ)でないなら。
** ** **
もうドレイクがリレクスにしてやれることは何もない。今度は自分のことについて考える番だった。
「手際、か」
早くも馴染みと化しつつある<ファイブ・クロウ旅館>のカウンターで、ウィスキーに満たされたシロメのタンカードをちびり、ちびりと傾けながら、ドレイクは昔自分自身が抱いていたセルフ・イメージと大分かけ離れた今の自分の姿について、考えを巡らせた。
実のところ、ドレイクはグレイランドでの自分の手際の良さについて、自分自身でも驚いていた。
もともとドレイクは殺し屋や、まして<シャドウ・スケイル>でもなく、兵隊ですらなかった。つい最近まで、人を殺したことすらなかったのだ。まして、自分の剣の腕を殺人に使うことすら考えたことがなかった。
それが、どうしてこうなってしまったのか。こうなってしまうのか。
ドレイクは波打つウィスキーの表面に映る、自分自身の鏡像に問いかけた。
おまえ、一体どうしちまったんだ。なにやってんだよ?
もちろん、影は何も答えない。ドレイクがタンカードの中身を一気に干すと、影はいなくなってしまった。そのとき、ドレイクはふと寂しさを覚えた。今欲しいのは対話相手だった。
ドレイクは店主に頼んで2杯目を注いでもらい、ふたたびタンカードに目を落とした。影はまたそこにいた。よし、いいだろう、ドレイクは自身の影に向かって問いかけた。
おまえは、何を憶えている?
** ** **
ドレイクは故郷ブラックマーシュで、醒走奇梓薙陀流剣術の師範として道場を持っていた。
清廉潔白にして気高く、優しくて誠実な男。彼は門下生から慕われるだけでなく、一族にとっての誇りでもあった。
そう、弟のファングがシャドウスケイルから脱走するまでは。
「国のために組織に忠を尽くすことがいかに誉れ高きことか、知らぬではあるまい。シャドウスケイルは長年アルゴニア王国を支えてきた名誉ある組織なのだ、それを貴様の弟は裏切ったのだぞ!?」
ファング失踪の報を聞いて、怒り狂ったのは族長だった。
ドレイクの一族は代々「義と名誉」を重んじており、国のために尽くすことこそ至上の幸福であり名誉であると信じられてきた。そのため、ファングの行為は一族そのものへの裏切りと取られ、その紛糾の矛先は唯一の肉親であるドレイクへと向けられたのである。
それまで「一族きっての誇り」と言われてきたドレイクは、一昼夜ののちに「背信者の血族」として軽蔑される存在へと貶められた。
族長の、一族の怒りを一身に受ける破目になったドレイクは、ただ一言、問いかけた。
「それで…俺に、一体なにをしろと?」
「ファングを殺すのだ、貴様自身の手で!そうすることによってのみ貴様の不名誉は取り除かれ、穢れは祓われる」
その族長の言葉は、ドレイクを動揺させた。
およそドレイクとは正反対の性格で、問題を起こしてはドレイクの手を煩わせたファングだったが、それでも唯一の肉親で、愛する弟であったことに変わりはない。
なにより、いままでの人生を剣術の鍛錬一筋に打ち込んできたドレイクにとって「自分の剣術を殺人のために使う」ことなど想定外であり、まして最初に殺す相手が実の弟だなどというのは、それこそ理不尽な命令以外の何物にも思えなかった。
しかし…ドレイクは族長に一言「了解しました」と伝えると、うっすらと埃をかぶったアカヴィリ刀を手に、ファングが潜伏しているという川のほとりへと向かったのである。
ドレイクが半日歩き通したのち、ファングが潜伏している場所に辿り着いたときには、もう陽が傾きはじめていた。
果たして、ファングはそこにいた…傍らに、美しい女性を連れて。
これこそが、族長を怒り狂わせた最大の原因でもあった。
女の色香に惑わされた、もちろん、そういう見方もある。だが何よりまずかったのは、ファングが連れている女性は、他の部族出身の娘であったことだ。
ドレイクの一族は原則として他部族との血の交わりを禁じている。厳密に言えば交際そのものを禁じているわけではなかったが、婚姻を伴わない異性との付き合いこそ不名誉であるとも信じられており、事実上、他部族との異性との親密な付き合いはタブー視されていた。
とはいえ、ドレイクとしてはファングに対し「怒り」よりも「同情」の念のほうが強かったため、もしファングと戦うことになった場合、自分に弟が斬れるのか、自信が持てないでいた。
一方で、処刑人が背後に迫っていることなど知る由もないファングは、天使のように穏やかな、優しい表情で女性と言葉を交わしていた。
「シロディールはいいところだぜ、<ダーク・ブラザーフッド>との交流会のために1度行ったことがあるんだけどな。そこじゃあ、一族の誇りだのなんだの、くだらないことに思想を束縛されることなんかない。金さえあれば、好きなように生きれる。殺しの仕事なんか幾らでもあるってさ、だから俺が生きかたを変える必要なんかないんだ。いままで通りに人を殺してればいい、それで手に入るのは名誉なんて何の役にも立たないクソじゃあなく、大金が懐に飛び込んでくる。いい生活ができるんだぜ、俺も、お前も」
「でも、そのために一族を裏切るなんて…」
「いいんだよ、一族が俺のために何かをしてくれたことなんか1度だってありゃあしないんだし。それに、シロディールは綺麗な場所だよ。ニクバエもハックウィングもいない、植物が腐ってもいない。緑色の草木、花…美しいところだ。君にはぴったりの」
ドレイクは、弟の言葉に微かに疑問を抱いた。
彼が語る「美しい」という言葉、その美的感覚は、標準的なアルゴニアンとは異なるものだ。それに女性のほうが疑問を挟むことなく頷いているところを見ると、どうやら彼女も同じ感覚を共有しているらしい。
シロディール的な美的感覚でものを話すファングの姿は、肉親であるドレイクですら知らない彼の素顔だった。
ひょっとしたら、彼がシャドウスケイルを脱走したのは、たんに「愛のため」などという単純な理由だけではなく、もっと根が深いものがあるのかもしれない…ドレイクはふと、そんなことを思った、
だがしかし、だからといって、ドレイクがやるべきことは何も変わらない。
「どうやら、シャドウスケイルの訓示に『亡命はスピードが肝心』という項目はなかったらしいな」
「……兄貴か」
ドレイクの言葉に、ファングが反応する。
怯える女性を庇うように抱きしめながら、ファングはゆっくり振り返った。
「その様子だと、シャドウスケイルに俺の始末でも命じられたか。あるいは、あの頭でっかちの族長か?どっちでもいいけどな」
「脱走の理由は訊かない。ただ…こうなることは、わかっていたはずだ」
「ならなんで声なんか掛けた?なぜ早々(さっさ)と背中を刺さねェ?まったく、兄貴のそういうバカなところは変わらねェな…シャドウスケイルに正面から戦いを挑むなんてよ」
そう言って、ファングは背にかけていた2刀をかまえる。
ドレイクも使い慣れない真剣を抜きながら、ファングに向かって言った。
「お前、試合で俺に勝てたことないだろう」
「試合じゃあ、な。だが、アンタじゃ俺には勝てねェ。アンタじゃあ、俺は殺せねェ」
「なぜそう思う」
「アンタの剣は、殺すためのモンじゃないからさ。アンタの剣は、所詮見世物のための剣に過ぎねェ。木刀を持った相手とはしゃぐだけしか能がない、そういう剣だと言ってるんだよ」
そう言って、ファングは目を細めた。
ファングの言葉に、ドレイクはショックを受けた。実の弟に、自分がこれまでの一生をかけて打ち込んできた剣術を否定されたことのみならず、同時に、弟が自分を軽蔑していたことに気付いてしまったからである。
怒りや羞恥、そして悲しみなどの感情がないまぜになり、それが剣を握る手の震えとなってドレイクを襲う。
一方で、ファングは一片の迷いもないぎらついた瞳で兄を直視し、自信たっぷりに言い放った。
「俺はシャドウスケイルだぜ?いままで、何人も殺してきた。汚ェ仕事も沢山押しつけられてきたよ、国の名誉とやらのためにな。だから、いまさら身内を殺すのに躊躇なんかないぜ」
そしてファングは、ドレイクが気持ちに整理をつけるのを待たず、両手に握った剣を振るった。
両者の戦いは、火花散る壮絶なものになった。
ドレイクは、自らの剣術がファングの実戦的な殺人術に対応できていることに驚きを隠せなかった。最初は長年の訓練による無意識の反応でファングの剣を返していたが、やがて自分の目で、意思でファングの攻撃を見極め、反撃をはじめる。
最初ファングは意外そうな表情でドレイクの戦いぶりを観察していたが、やがて調子に乗っている場合ではないとわかると、一転して獰猛な顔つきになった。
それはもう、兄弟同士での相手の腹を探り合いながらの戦いではなくなっていた。
醒走奇梓薙陀流の師範代ドレイクと、シャドウスケイルの暗殺者ファングとの、互いのプライドを賭けた殺し合いになっていた。そこには肉親への手加減や容赦といったものは存在しなかった。
「醒走奇梓薙陀富嶽二刀流奥義、不雨牙腐(ブレインガロット)!!」
さながら舞いのような軌道を描いていたファングの双剣が、衝撃波を伴ってドレイクの眉間に振り下ろされる!
ガキイィンッ!
激しい金属音が周囲一体に響き、双剣を振り抜いたファングの動きが「ぴたり」と止まった。
一見してファングの技を一身に受けたように見えるドレイクが、静かにアカヴィリ刀を持つ手を動かし、低く呟く。
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、來閃・零式(ライセン・ゼロシキ)」
ドレイクが技の名を言い終わらないうちに、ごふっ、ファングが口から血を吐く。ドレイクの一撃はファングの技をはじき返し、且つ、ファングの心臓を正確に射抜いていたのだ。
そして、勝敗は決した。
「さすがだな、やるじゃねェか…正直、見くびってたよ」
ドレイクに抱えられたファングは、だらしなく両腕を垂らしながら、力なくそう言った。
「手なんか抜かなかったってのにな。俺は本気で兄貴を殺すつもりで技を放った、でも、勝てなかった…ああ、畜生」
ごほ、ごほと咳き込み、ファングはおびただしい量の血を吐き出す。
しかしファング自身はそんなことを気にもしていないようで、無言のまま真っ直ぐに自分を見つめるドレイクに向かって笑いかけると、最後に呟いた。
「なぁんだ、アンタ、ちゃんと殺せるんじゃねェか…あんたは、俺の…自慢の…兄貴だ…ぜ……」
そして、ファングはこと切れた。
物言わぬ亡骸となったファングの身体を地面に横たえると、ドレイクは泣きながら2人の様子を見守っていた女性に向き直り、ふたたびアカヴィリ刀を抜く。
族長の言葉を思い出しながら、ドレイクは感情をなくしてしまったかのような無表情のまま、怯えて身体を抱きすくめる女性に向かって、アカヴィリ刀を振り下ろした。
『いいかドレイク。ファングと、そして女を殺せ。一族の汚名はそそがねばならん、それが唯一の方法だ』
2人の死体を見下ろしながら、ドレイクは自分が一体何をしたのか、何をしてしまったのか、わからなくなっていた。
実の弟を殺し、無抵抗な女を斬り捨てた。事実だけを述べれば、そうなる。
もちろん、そうすべき理由はあった。目的が、大義名分が。だからそうした、他でもなく周囲に求められてやったのだ。本来ならば胸を張れるはず、誇れることをしたはずだった。
だが、ドレイクの胸中を満たすのは喪失感、ただそれだけだった。
なにか大切なものを失ってしまったかのような、自分がいままで大事にしてきた「何か」を置いてきてしまったかのような、そんな感覚。しかし、それが具体的に「何」であるか、それがドレイクにはわからなかった。
「俺は、いったい何をしてしまったんだろう」
そのとき、ドレイクは初めて自分の生き方に疑問を抱いた。
一族のため、国のため、誇りのため。
それを尊重し、周囲に求められるまま生きる自分の人生に、いままでは何の疑念も、一点の曇りもなかった、そのはずなのに。
しかし救いはあった。希望の光が。ドレイクはまだ、孤独ではなかった。
「あなたはやるべきことをやっただけ。あなたは何も悪くない」
そう言って、ドレイクの傍らに佇む存在があった。
「私は、あなたを信じる。あなた自身がそうでなくても、私はあなたのしたことが過ちではないと信じている。私は、あなたを愛しているから」
皮製の鎧に身を包んだ、美しき狩人。ドレイクの恋人。
シレーヌ。
「俺はもう、昔の俺には戻れない。俺の手は血で汚れてしまった、それも、罪のない人間の血で」
闇の中で、ドレイクは叫ぶ。ウィスキーの表面に映った自分の影、人殺しの影が自分の精神を苛む。
「俺達が恋人同士になったのは、俺がまだ人殺しでなかったときだ。ちっぽけな金のために、俺が人を殺すことなんてなかった頃の話だ。お前が愛した俺は、多くの人間の血で汚れた卑しい殺人者なんかじゃない、それでも、お前は……!」
「それでも」
遠い過去の幻影の中で、シレーヌは言った。
「それでも私は、あなたを愛している」
そう。
そうだ。
おそらく、シレーヌならそう言うはずだ。
だ が 、 も う 彼 女 は
** ** **
「お客さん、もうこれで最後にしなさいよ」
店主のウィッセイドゥトセイの言葉で、ドレイクは意識を取り戻した。
虚ろな目つきのまま、自分の傍らに5~6本ほど転がっているウィスキーのボトルに目をやり、漠然と思考を巡らせる。
…もうちょっと、早く止めてくれても良かったんじゃないのか。
もともと酒に強いほうではないドレイクは、自分がこれだけの量を飲んでいたことに驚き、そしてまだ胃の内容物をカウンターに戻していないことに、いっそう驚いていた。
何も言ってないのにタンカードに注がれたウィスキーのおかわりを見つめながら、ドレイクはふたたび考える。
ファングを殺してから、人を殺すのにまったく抵抗がなくなった。それまでは、自分にとって殺人という行為はむしろ忌避すべきものだったはずだが、あの日を境に何もかもが変わってしまった。
そしてシレーヌは忽然と姿を消してしまった。自分の目の前で、助けを求めながら。
もう彼女はいない、そう考えるたびに、自分は、自分自身でそれを否定してきた。
まだ生きているはずだ。どこかで。
シロディールに手掛かりがあるかもしれない、そのセンセイの助言をもとに、ドレイクは醒走奇梓薙陀流師範代としての地位も、周囲からの敬意もなにもかもかなぐり捨てて、この場所にやって来たのだ。
だが、そうやって自分が得たもの、自分がしたことといえば、なんだ?
ドレイクはふたたび、タンカードの中で波打つウィスキーに目を凝らす。
そこには、自分の顔が反射して映っていた。くたびれ疲れきってはいるが、それはたしかに自分の顔だった。邪悪な幻影でも過去の亡霊でもなんでもない、ただの顔だった。
ふと、ドレイクは自嘲の笑みを漏らす。
…シレーヌ。俺はどうやら、お前がいないと、間違った判断しかできないようだ。
「シレーヌ……」
「あたしゃシレーヌじゃないよ」
遠い記憶の向こう側にいる女の名を呼ぶドレイクに、ウィッセイドゥトセイが無粋なボケをかます。
…突っ込まないぞ。
ドレイクは妙に固い意志でそう決心すると、最後のウィスキーを一気に飲み干した。
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