主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。
http://reverend.sessya.net/
2012/12/05 (Wed)07:40
「ハックダートでは大変だったそうだな」
コロールからの出立を決意した翌日、ドレイクは戦士ギルドからの出頭要請を受けて事務所へと来ていた。
未だドレイクはシロディールの慣習に聡いわけではないので、もし無意識に何らかの不都合を犯していた場合、戦士ギルドからの出頭要請を断ることは反逆行為と見做されかねない。
そう思っての行動だったが、それはどうやら杞憂だったようで。
「まったく、耳が早いな…オーレイン」
「何を言ってる、いまやコロールでおまえを知らんやつはいないぞ?若き姫君が吹聴してるのを知らんか、『私の英雄』の冒険譚を」
「…迂闊だったな。考えたこともなかった」
コロールの戦士ギルド長ヴィレーナ・ドントンの右腕であるモドリン・オーレインは、ドレイクに親しみのある笑みを向けた。
常に厳しい態度で仕事に向かうことから、部下に「暴言オヤジ」などと揶揄されることもあるモドリンだが、ドレイクとはブラックマーシュの<センセイ>を通じて知り合った旧知の仲なので、態度が軟化していた。
もっとも、モドリンの笑顔ほど不気味なものもそうないので、ドレイクは内心居心地の悪さを感じていたが。
「それ、で…シロディールに来たのなら、挨拶の一つくらい、くれても罰は当たらないんじゃないか?」
「今回は野暮用でな、ゆっくりする予定はなかったんだが。すまなかった」
本当は、あまり顔馴染みと接触したくなかったのだが…ドレイクは自戒した。今後はあまり目立つような行動を取るべきではない。
そんなドレイクの心中を知ってか知らずか、モドリンはおもむろに言った。
「じつはな…」
「ほらな」
「なんだ?」
「いや、なんでも?」
最早テンプレと化した会話の切り口にドレイクは閉口しながらも、先を促した。
「なにか俺に頼みでもあるのか」
「ああ。じつは、ちょっとした困り事があってな。ガルトゥス・フレヴィアというギルド員が、活動中に行方不明になってな」
「そいつを探してこいって?戦士ギルドは人手不足かなにかか」
ちなみに、ドレイク自身は戦士ギルドの会員ではない。モドリンとは個人的な知人というだけで、戦士ギルドのために働く義理などないのだが。
「いや、たんに行方不明者の捜索ならおまえに頼んだりはしない。じつは、この話にはオプションがつくんだ」
「そんなことだろうと思ったよ。…厄介ごとだな?」
「まぁ、な。このところ、ギルドマスターが表に姿を見せないのは知っているか?」
「ヴィレーナ女史?そういえば、ここでも姿を見ないな」
「じつは最近、ヴィレーナの長男が任務中に命を落としてな。そのことを気に病んで、ヴィレーナは近頃自宅から外に出ようとしない」
「キナ臭い展開になってきたな?」
「そう警戒するな。それで、亡くなった息子…ヴィテルスには弟がいて、それもまたギルド会員なんだが、先の不幸があってか、ヴィレーナは彼をまともに任務につけようとしなくなった」
「まあ、そりゃあな。心情は察するに余りあるが」
「しかしヴィラヌス…弟のほうだ…彼にはやる気があって、現状を快く思っていない。俺もそうだ」
「つまり、行方不明者の捜索にギルドマスターの愛息子を同行させろ、と?」
「そういうわけだ」
「断る。ままごとなら余所に頼みな…どんな些細な任務にも命の危険はつきものだと、おまえはよく知っているだろうに」
「だが、このままヴィラヌスが腐っていくのを黙殺するわけにはいかん」
決して意見を曲げそうにないモドリンを、ドレイクは爬虫類特有の冷たい目つきでじろりと睨みつける。
しばらく睨み合っていた2人だが、やがてドレイクはため息をつくと、妥協点を探ろうとした。
「で、その頼みごとを受けて、俺が得るものは?」
「おまえ、なにか目的があってシロディールに滞在しているらしいな。もし今回の仕事を滞りなくこなしてくれれば。戦士ギルドは可能な限りおまえをバックアップする。どうだ?」
「…フン」
ドレイクは不快そうに鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「これは友人への義理立てだ」
「貴方が、オーレインの言っていた剣士ですか。…想像していたのとは、ちょっと違いますね」
「どんなのを想像していた?」
「剣を自在に操るというので、大剣を軽々と振るう筋骨隆々の大男、オークでも連れてくるのかと」
「ちょっとどころか、それが」
ギルドマスターの息子ヴィラヌス・ドントンの物怖じしない台詞に、ドレイクは脱力して言葉を返した。
ヴィレーナ・ドントン邸の客間にて。いい加減に待ちくたびれた、とでも言うかのように、銀製のマグを傾けるヴィラヌスをドレイクは見咎める。
「それ、アルコールか」
「まさか。ミルクですよ、貴方も如何です?」
「遠慮しておくよ。乳糖不耐症なんでね」
「おや、珍しい」
「そうかね?」
「少なくとも、僕の周りにはいませんね」
戦士ギルドの会員にしては珍しいことだが、ヴィラヌスの立ち居振る舞いや言動からは、確かな知性と教養が感じられた。
これが親の教育の賜物なのか、あるいは本人の素質なのかは、ドレイクには判断がつかなかった。
「モドリンから話を聞いている、ということは、これからどうすべきかはわかっているという前提で話を進めてもいいんだな?」
「もちろん。危険を覚悟で承諾してくれた貴方には感謝していますよ」
「危険、ね…洞窟に潜む化け物とか?」
「その他諸々、です」
たとえば、万が一僕が死んだときにモドリンやヴィレーナにどう言い訳をするのか、など…もちろん口には出さなかったが、ヴィラヌスの言葉にはそういう意味が含まれていることをドレイクは感じ取った。
つまり、この青年は現状を正確に把握している、ということだ。
「それじゃあ、行くか。任務中は細心の注意を払うことだ」
「安心してください。貴方を困らせるために死ぬつもりはありませんから」
「こいつめ…」
ヴィラヌスの台詞にドレイクは苦笑し、コロールを出立した。
間もなく日が完全に沈もうとしている。
ノンウィル洞窟の前まで来たドレイクたちは、各々装備を確認した。
「準備はいいか?」
「そちらのペースでどうぞ」
「…口の減らんやつだ」
ドレイクは言い返したが、出会った当初ほどヴィラヌスに嫌悪感は抱いていなかった。
こいつは頼りになりそうだ、少なくとも足を引っ張ることはない、そう直感が告げていたのだ。
申し訳程度に取りつけられた、立てつけの悪い戸を開け、2人は洞窟へと侵入する。間もなく、こちらの存在に気がついた巨大ネズミとインプ(いずれもシロディール各地でよく見られる)が襲いかかってきた。
ドレイクが口を開くよりも早く、ヴィラヌスが剣を抜いて素早く目前の巨大ネズミに斬りかかる。
「イヤーーーッ!!」
飛びかかってきた巨大ネズミをヴィラヌスは両断、しかし真っ二つに割れたネズミの背後から、インプの放った冷撃スペルが飛来する!
だがヴィラヌスは慌てることなく盾でそれを防ぐと、足を止めることなくその場で一回転し、横薙ぎにインプを叩き斬った。
「フウ」
一息ついたヴィラヌスだったが、すぐに警戒を解くには早すぎたと悟る。死角にいた巨大ネズミの残党が牙を剥いて襲いかかってくる、避けられない…!
鋭利な前歯をヴィラヌスに突き立てようとしたネズミはしかし、目的を果たすことはなかった。
滞空したまま宙に浮くネズミを、ヴィラヌスは訝しげに見つめる。やがてネズミの背後にドレイクの姿が見え、ネズミの喉元にアカヴィリ刀の刃先がちらりと覗いているのが確認できた。
巨大ネズミの尻に突き刺したアカヴィリ刀を引っ込めると、ドレイクはヴィラヌスを咎めるように言う。
「功を急くな。俺はバーズやモドリンと違って、気は長いほうなんだ」
「それを聞いて安心しました。いやなに、戦士ギルドの面子っていうのは気が短いやつしかいないもので」
「命の恩人に礼の言葉は?」
「バックアップがあることは期待してましたよ?貴方はモドリンが望んでいた通りの働きをしたということです」
「おまえねー。そのうち背中から斬られるぞ、マジで」
「ご冗談を。誰に対してもこんなに歯に衣を着せず物を言うわけではありません、ご心配なく」
「俺に斬られるとは思わんのか」
「まさか。そんなことはしないでしょう?」
ヴィラヌスの、若き戦士には不相応ともいえる不適な笑みを見て、ドレイクは肩をすくめる。
しかし、奥に進んでいくにつれてヴィラヌスの軽口も数が少なくなっていった。
巨大ネズミやインプ、あるいはゴブリンであれば、この2人にとってさほどの脅威にはならなかったに違いない。階層を下りてしばらく歩を進めたとき、突然魔物の集団に囲まれたドレイクは、思わず舌打ちをした。
「インプの集団に、亜種もいるな、スプリガンとハイイログマ?まったく野生の王国もいいところだよ、こいつは!」
「貴方も服を脱いで混ざればいい、案外仲間だと思われるかも」
「おまえな!インペリアルでも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「アルゴニアンは毒沼で寒中水泳するって聞きましたよ?ところで、ウォーヒン・ジャースの<アルゴニアン・リポート>に書かれているブラック・マーシュの描写はどこまで正しいんですかね」
「くだらんゴシップ本ばかり読むんじゃない!」
ほとんどヤケクソになりながら、ドレイクは返事をする。
もちろん、延々と漫談をしていられるほど余裕をかましていられるような状況ではない。さらに悪いことに、モンスターどもは攻撃をヴィラヌスに集中させていた。
『グオオォォォォォォォッッッ!!』
ドレイクの目前に立ちはだかるハイイログマが咆哮し、巨大な拳を叩きつけようとする。
「チッ、ウドの大木に関わってるヒマはないんだよ…!」
ドレイクは舌打ちすると、ハイイログマが拳を振り下ろすよりも早く、アカヴィリ刀を剛毛で覆われた首に突き刺した。しかしハイイログマはこたえた様子を見せず、ドレイクを凄まじい形相で見下ろす。
クマは丈夫な皮膚と体毛、そして銃弾ですらはじく防御性能を誇る脂肪と筋肉の積層体である。
剣など突き刺そうものなら(突き刺せるだけでも大したものだが)、ちょっとやそっと力を入れたくらいでは抜くことができないだろう。
刀を引き抜くのに手こずっている隙に、このちびのトカゲを叩き潰す…!
どす黒い殺気を放ちながらハイイログマが拳を振りかぶった瞬間、ドレイクはアカヴィリ刀から手を離したかと思うと、素早く姿勢を変えて両手でグリップを握りなおし、アカヴィリ刀を振り抜いた!
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、憂鬼把菜(ユキハナ)!」
ゴシャアッ!!
西瓜が爆ぜたような破砕音とともに、ハイイログマの頭部がはじけ飛ぶ!
「ウオオオーーーッ!」
一方では、ヴィラヌスがドレイクに劣らず果敢な奮闘を見せていた。
あらかたインプの群れを片付けると、魔法による攻撃を試みようとしたスプリガンに向かって盾を投げつけ、よろめくスプリガンを盾ごと刺し貫く。
「見かけによらず荒っぽい剣を使いやがるなぁ。しかし、いいのか?盾に穴を空けちまって」
「ギルドマスターの息子が、多少の小遣い銭を持っていないとでも?」
ヴィラヌスの自虐交じりのジョークに、ドレイクは苦笑する。
「それ、仲間の前では言わないほうがいいぞ。それに、いつもそんな戦い方をしてたら商売にならん」
「心得ておきますよ」
どうやら、洞窟内の魔物は一掃されたらしかった。
「しかし、気になるな…あのモンスターども、最近この洞窟に居ついたようだが」
そんなことをつぶやきながら、ドレイクは先へと進む。
やがて洞窟の最奥で、2人は男の死体を見つけた。
「こいつは…」
「行方不明になっていたガルトゥス・フレヴィアです、間違いありません」
ドレイクは火を灯した松明を片手に屈みこむと、死体を検分する。
「どうやら、この洞窟は一度物取りに荒らされているらしいな。戦士ギルドの会員が、こんな洞窟の奥地で普段着のまま死に様を晒すはずがない」
「ええ。ですが、物取りも戦闘中に破壊された盾には興味を示さなかったようですね」
そう言うと、ヴィラヌスはガルトゥスの傍らに無造作に放置されていた盾を手に取る。
「これは持ち帰るべきでしょう。遺族にとって形見の品となるはずです」
「果敢に戦い、命を落とした戦士の象徴か。こいつを見るたびに涙を流す家族の姿なんぞ想像したくもないが、何もないよりはマシなんだろうな」
「そうですよ」
2人はボロボロになった盾を手に取り、ノンウィル洞窟を後にする。
コロールへと帰る道すがら、ヴィラヌスはだしぬけに口を開いた。
「貴方と一緒に戦えて光栄でした」
「どうした、いきなり」
「じつは、ずっと心配だったんです。実戦経験は少なかったので、そのことで足を引っ張るんじゃないか、とね。母は過保護なので、僕に万一のことがあれば容赦なく貴方を追及するでしょう。そんなことには、なってほしくなかった」
「ならなかったじゃないか」
「そうですね」
ヴィラヌスは笑みをこぼした。
ドレイクはヴィラヌスの肩を叩くと、元気づけるように言った。
「心配するな、おまえさんは自分で考えてるよりも優秀だ。それに、母上のことも理解はできる。いずれ…時が解決するさ」
「そうですね」
ヴィラヌスは、今度は笑わなかった。
煌々と点るコロールの灯を遠目に見つめながら、ヴィラヌスは複雑な表情で、もう一度だけ、つぶやいた。
「そうですね…」
[ to be continued... ]
コロールからの出立を決意した翌日、ドレイクは戦士ギルドからの出頭要請を受けて事務所へと来ていた。
未だドレイクはシロディールの慣習に聡いわけではないので、もし無意識に何らかの不都合を犯していた場合、戦士ギルドからの出頭要請を断ることは反逆行為と見做されかねない。
そう思っての行動だったが、それはどうやら杞憂だったようで。
「まったく、耳が早いな…オーレイン」
「何を言ってる、いまやコロールでおまえを知らんやつはいないぞ?若き姫君が吹聴してるのを知らんか、『私の英雄』の冒険譚を」
「…迂闊だったな。考えたこともなかった」
コロールの戦士ギルド長ヴィレーナ・ドントンの右腕であるモドリン・オーレインは、ドレイクに親しみのある笑みを向けた。
常に厳しい態度で仕事に向かうことから、部下に「暴言オヤジ」などと揶揄されることもあるモドリンだが、ドレイクとはブラックマーシュの<センセイ>を通じて知り合った旧知の仲なので、態度が軟化していた。
もっとも、モドリンの笑顔ほど不気味なものもそうないので、ドレイクは内心居心地の悪さを感じていたが。
「それ、で…シロディールに来たのなら、挨拶の一つくらい、くれても罰は当たらないんじゃないか?」
「今回は野暮用でな、ゆっくりする予定はなかったんだが。すまなかった」
本当は、あまり顔馴染みと接触したくなかったのだが…ドレイクは自戒した。今後はあまり目立つような行動を取るべきではない。
そんなドレイクの心中を知ってか知らずか、モドリンはおもむろに言った。
「じつはな…」
「ほらな」
「なんだ?」
「いや、なんでも?」
最早テンプレと化した会話の切り口にドレイクは閉口しながらも、先を促した。
「なにか俺に頼みでもあるのか」
「ああ。じつは、ちょっとした困り事があってな。ガルトゥス・フレヴィアというギルド員が、活動中に行方不明になってな」
「そいつを探してこいって?戦士ギルドは人手不足かなにかか」
ちなみに、ドレイク自身は戦士ギルドの会員ではない。モドリンとは個人的な知人というだけで、戦士ギルドのために働く義理などないのだが。
「いや、たんに行方不明者の捜索ならおまえに頼んだりはしない。じつは、この話にはオプションがつくんだ」
「そんなことだろうと思ったよ。…厄介ごとだな?」
「まぁ、な。このところ、ギルドマスターが表に姿を見せないのは知っているか?」
「ヴィレーナ女史?そういえば、ここでも姿を見ないな」
「じつは最近、ヴィレーナの長男が任務中に命を落としてな。そのことを気に病んで、ヴィレーナは近頃自宅から外に出ようとしない」
「キナ臭い展開になってきたな?」
「そう警戒するな。それで、亡くなった息子…ヴィテルスには弟がいて、それもまたギルド会員なんだが、先の不幸があってか、ヴィレーナは彼をまともに任務につけようとしなくなった」
「まあ、そりゃあな。心情は察するに余りあるが」
「しかしヴィラヌス…弟のほうだ…彼にはやる気があって、現状を快く思っていない。俺もそうだ」
「つまり、行方不明者の捜索にギルドマスターの愛息子を同行させろ、と?」
「そういうわけだ」
「断る。ままごとなら余所に頼みな…どんな些細な任務にも命の危険はつきものだと、おまえはよく知っているだろうに」
「だが、このままヴィラヌスが腐っていくのを黙殺するわけにはいかん」
決して意見を曲げそうにないモドリンを、ドレイクは爬虫類特有の冷たい目つきでじろりと睨みつける。
しばらく睨み合っていた2人だが、やがてドレイクはため息をつくと、妥協点を探ろうとした。
「で、その頼みごとを受けて、俺が得るものは?」
「おまえ、なにか目的があってシロディールに滞在しているらしいな。もし今回の仕事を滞りなくこなしてくれれば。戦士ギルドは可能な限りおまえをバックアップする。どうだ?」
「…フン」
ドレイクは不快そうに鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「これは友人への義理立てだ」
「貴方が、オーレインの言っていた剣士ですか。…想像していたのとは、ちょっと違いますね」
「どんなのを想像していた?」
「剣を自在に操るというので、大剣を軽々と振るう筋骨隆々の大男、オークでも連れてくるのかと」
「ちょっとどころか、それが」
ギルドマスターの息子ヴィラヌス・ドントンの物怖じしない台詞に、ドレイクは脱力して言葉を返した。
ヴィレーナ・ドントン邸の客間にて。いい加減に待ちくたびれた、とでも言うかのように、銀製のマグを傾けるヴィラヌスをドレイクは見咎める。
「それ、アルコールか」
「まさか。ミルクですよ、貴方も如何です?」
「遠慮しておくよ。乳糖不耐症なんでね」
「おや、珍しい」
「そうかね?」
「少なくとも、僕の周りにはいませんね」
戦士ギルドの会員にしては珍しいことだが、ヴィラヌスの立ち居振る舞いや言動からは、確かな知性と教養が感じられた。
これが親の教育の賜物なのか、あるいは本人の素質なのかは、ドレイクには判断がつかなかった。
「モドリンから話を聞いている、ということは、これからどうすべきかはわかっているという前提で話を進めてもいいんだな?」
「もちろん。危険を覚悟で承諾してくれた貴方には感謝していますよ」
「危険、ね…洞窟に潜む化け物とか?」
「その他諸々、です」
たとえば、万が一僕が死んだときにモドリンやヴィレーナにどう言い訳をするのか、など…もちろん口には出さなかったが、ヴィラヌスの言葉にはそういう意味が含まれていることをドレイクは感じ取った。
つまり、この青年は現状を正確に把握している、ということだ。
「それじゃあ、行くか。任務中は細心の注意を払うことだ」
「安心してください。貴方を困らせるために死ぬつもりはありませんから」
「こいつめ…」
ヴィラヌスの台詞にドレイクは苦笑し、コロールを出立した。
間もなく日が完全に沈もうとしている。
ノンウィル洞窟の前まで来たドレイクたちは、各々装備を確認した。
「準備はいいか?」
「そちらのペースでどうぞ」
「…口の減らんやつだ」
ドレイクは言い返したが、出会った当初ほどヴィラヌスに嫌悪感は抱いていなかった。
こいつは頼りになりそうだ、少なくとも足を引っ張ることはない、そう直感が告げていたのだ。
申し訳程度に取りつけられた、立てつけの悪い戸を開け、2人は洞窟へと侵入する。間もなく、こちらの存在に気がついた巨大ネズミとインプ(いずれもシロディール各地でよく見られる)が襲いかかってきた。
ドレイクが口を開くよりも早く、ヴィラヌスが剣を抜いて素早く目前の巨大ネズミに斬りかかる。
「イヤーーーッ!!」
飛びかかってきた巨大ネズミをヴィラヌスは両断、しかし真っ二つに割れたネズミの背後から、インプの放った冷撃スペルが飛来する!
だがヴィラヌスは慌てることなく盾でそれを防ぐと、足を止めることなくその場で一回転し、横薙ぎにインプを叩き斬った。
「フウ」
一息ついたヴィラヌスだったが、すぐに警戒を解くには早すぎたと悟る。死角にいた巨大ネズミの残党が牙を剥いて襲いかかってくる、避けられない…!
鋭利な前歯をヴィラヌスに突き立てようとしたネズミはしかし、目的を果たすことはなかった。
滞空したまま宙に浮くネズミを、ヴィラヌスは訝しげに見つめる。やがてネズミの背後にドレイクの姿が見え、ネズミの喉元にアカヴィリ刀の刃先がちらりと覗いているのが確認できた。
巨大ネズミの尻に突き刺したアカヴィリ刀を引っ込めると、ドレイクはヴィラヌスを咎めるように言う。
「功を急くな。俺はバーズやモドリンと違って、気は長いほうなんだ」
「それを聞いて安心しました。いやなに、戦士ギルドの面子っていうのは気が短いやつしかいないもので」
「命の恩人に礼の言葉は?」
「バックアップがあることは期待してましたよ?貴方はモドリンが望んでいた通りの働きをしたということです」
「おまえねー。そのうち背中から斬られるぞ、マジで」
「ご冗談を。誰に対してもこんなに歯に衣を着せず物を言うわけではありません、ご心配なく」
「俺に斬られるとは思わんのか」
「まさか。そんなことはしないでしょう?」
ヴィラヌスの、若き戦士には不相応ともいえる不適な笑みを見て、ドレイクは肩をすくめる。
しかし、奥に進んでいくにつれてヴィラヌスの軽口も数が少なくなっていった。
巨大ネズミやインプ、あるいはゴブリンであれば、この2人にとってさほどの脅威にはならなかったに違いない。階層を下りてしばらく歩を進めたとき、突然魔物の集団に囲まれたドレイクは、思わず舌打ちをした。
「インプの集団に、亜種もいるな、スプリガンとハイイログマ?まったく野生の王国もいいところだよ、こいつは!」
「貴方も服を脱いで混ざればいい、案外仲間だと思われるかも」
「おまえな!インペリアルでも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「アルゴニアンは毒沼で寒中水泳するって聞きましたよ?ところで、ウォーヒン・ジャースの<アルゴニアン・リポート>に書かれているブラック・マーシュの描写はどこまで正しいんですかね」
「くだらんゴシップ本ばかり読むんじゃない!」
ほとんどヤケクソになりながら、ドレイクは返事をする。
もちろん、延々と漫談をしていられるほど余裕をかましていられるような状況ではない。さらに悪いことに、モンスターどもは攻撃をヴィラヌスに集中させていた。
『グオオォォォォォォォッッッ!!』
ドレイクの目前に立ちはだかるハイイログマが咆哮し、巨大な拳を叩きつけようとする。
「チッ、ウドの大木に関わってるヒマはないんだよ…!」
ドレイクは舌打ちすると、ハイイログマが拳を振り下ろすよりも早く、アカヴィリ刀を剛毛で覆われた首に突き刺した。しかしハイイログマはこたえた様子を見せず、ドレイクを凄まじい形相で見下ろす。
クマは丈夫な皮膚と体毛、そして銃弾ですらはじく防御性能を誇る脂肪と筋肉の積層体である。
剣など突き刺そうものなら(突き刺せるだけでも大したものだが)、ちょっとやそっと力を入れたくらいでは抜くことができないだろう。
刀を引き抜くのに手こずっている隙に、このちびのトカゲを叩き潰す…!
どす黒い殺気を放ちながらハイイログマが拳を振りかぶった瞬間、ドレイクはアカヴィリ刀から手を離したかと思うと、素早く姿勢を変えて両手でグリップを握りなおし、アカヴィリ刀を振り抜いた!
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、憂鬼把菜(ユキハナ)!」
ゴシャアッ!!
西瓜が爆ぜたような破砕音とともに、ハイイログマの頭部がはじけ飛ぶ!
「ウオオオーーーッ!」
一方では、ヴィラヌスがドレイクに劣らず果敢な奮闘を見せていた。
あらかたインプの群れを片付けると、魔法による攻撃を試みようとしたスプリガンに向かって盾を投げつけ、よろめくスプリガンを盾ごと刺し貫く。
「見かけによらず荒っぽい剣を使いやがるなぁ。しかし、いいのか?盾に穴を空けちまって」
「ギルドマスターの息子が、多少の小遣い銭を持っていないとでも?」
ヴィラヌスの自虐交じりのジョークに、ドレイクは苦笑する。
「それ、仲間の前では言わないほうがいいぞ。それに、いつもそんな戦い方をしてたら商売にならん」
「心得ておきますよ」
どうやら、洞窟内の魔物は一掃されたらしかった。
「しかし、気になるな…あのモンスターども、最近この洞窟に居ついたようだが」
そんなことをつぶやきながら、ドレイクは先へと進む。
やがて洞窟の最奥で、2人は男の死体を見つけた。
「こいつは…」
「行方不明になっていたガルトゥス・フレヴィアです、間違いありません」
ドレイクは火を灯した松明を片手に屈みこむと、死体を検分する。
「どうやら、この洞窟は一度物取りに荒らされているらしいな。戦士ギルドの会員が、こんな洞窟の奥地で普段着のまま死に様を晒すはずがない」
「ええ。ですが、物取りも戦闘中に破壊された盾には興味を示さなかったようですね」
そう言うと、ヴィラヌスはガルトゥスの傍らに無造作に放置されていた盾を手に取る。
「これは持ち帰るべきでしょう。遺族にとって形見の品となるはずです」
「果敢に戦い、命を落とした戦士の象徴か。こいつを見るたびに涙を流す家族の姿なんぞ想像したくもないが、何もないよりはマシなんだろうな」
「そうですよ」
2人はボロボロになった盾を手に取り、ノンウィル洞窟を後にする。
コロールへと帰る道すがら、ヴィラヌスはだしぬけに口を開いた。
「貴方と一緒に戦えて光栄でした」
「どうした、いきなり」
「じつは、ずっと心配だったんです。実戦経験は少なかったので、そのことで足を引っ張るんじゃないか、とね。母は過保護なので、僕に万一のことがあれば容赦なく貴方を追及するでしょう。そんなことには、なってほしくなかった」
「ならなかったじゃないか」
「そうですね」
ヴィラヌスは笑みをこぼした。
ドレイクはヴィラヌスの肩を叩くと、元気づけるように言った。
「心配するな、おまえさんは自分で考えてるよりも優秀だ。それに、母上のことも理解はできる。いずれ…時が解決するさ」
「そうですね」
ヴィラヌスは、今度は笑わなかった。
煌々と点るコロールの灯を遠目に見つめながら、ヴィラヌスは複雑な表情で、もう一度だけ、つぶやいた。
「そうですね…」
[ to be continued... ]
PR