主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。
http://reverend.sessya.net/
2012/11/27 (Tue)06:08
「魔術師ギルドでトラブルがあったそうだな」
「え?え、あぁ…いや~さすが、耳がお早い」
「耳が痛い、の間違いじゃないのか?それに、部下の管理は上に立つ者の務めだからな」
帝都港湾地区。
貧民街のとある一軒家にミレニアは来ていた。
アルマンド・クリストフは、表向きは善良な市民だ。しかし裏では盗賊ギルドの幹部として暗躍している。そしてミレニアが会いに来たのは善良な市民のほうではなく、盗賊ギルドの幹部としてのアルマンドだった。
「死霊術師が徒党を組んで魔術師を襲撃、か。気になる話だが、それは俺たちの領分じゃないな」
「ええ、まあ」
「それよりも、ギルドのために一つ、仕事をしてみる気はないか?グレイ・フォックスの勅命だ」
グレイ・フォックスの勅命。
アルマンドの口から飛び出したその言葉に、ミレニアは無意識に息を呑んだ。
グレイ・フォックス。盗賊ギルドの創始者にして、謎多き人物。性別不詳、出身地不詳、年齢不詳。顔は常にマスクで覆われており、決して人前に姿を見せることはない。
御伽噺の登場人物か、もとより実在しないのではないか…盗賊ギルドのメンバーですら、そのように語る人物である。一説によると、300年前からまったく姿形を変えずに存在を続けているとか。
かくいうミレニアも、グレイ・フォックスの実在性については懐疑的だった。尾鰭のついた噂話ばかりが広まっているせいもあるが、それでも盗賊ギルドがシンボル的に存在をでっち上げているだけなのでは、と考えていたのだ。
しかしグレイ・フォックスの名を出したアルマンドの表情は真面目そのものだった。
「最近、この貧民街で納税が義務付けられたのは知っているか?」
「え、いえ。っていうか、それって…」
「そう。いままで、帝国は貧民街からは税を徴収してこなかった。こう貧乏人ばかりでは、取立てにかかる費用のほうが高くつくからな。しかし、赤字になってでも貧乏人から税金を巻き上げようとする者が現れた」
そこまで言って、アルマンドはため息混じりに一つの名前を出した。
「ヒエロニムス・レックス」
帝国騎士にして、すべての衛兵を束ねる衛兵隊長。誰もがグレイ・フォックスの実在性に懐疑的なここ帝都において唯一その存在を信じ、グレイ・フォックスの捕縛に人生を捧げる正義漢である。
「富める者から奪い、貧しい者に与える…そんなグレイ・フォックスの信条が、ヤツには許せんらしい。偽善だ、とな。ま、義賊ってのは民衆受けはいいが、衛兵どもの給料になる税金を払ってるのは、被害者の富豪どもだからな」
そう言って、アルマンドは笑い声を上げた。
「そんなわけだから、衛兵どもが俺たち盗賊ギルドを目の敵にするのは、わからんじゃない。しかしレックスが厄介なのは、そう…あいつは、純粋に正義漢からグレイ・フォックスを捕まえようとしていることだ。バカなやつだよ…賄賂は絶対に受け取らないし、目的のためなら手段を選ばない」
「それで、貧民街の住民から税の取り立てなんて、無茶な真似を?」
「そういうことだ。今回おまえに頼みたいのは、貧民街から取り立てられた税金と、納税記録の奪取だ。それらはレックスの執務室にあるだろう」
レックス…帝都衛兵隊長の執務室といえば、警備塔の上階にある。警備塔は衛兵の詰め所にもなっており、まさに衛兵の巣窟。
「かなり難しい任務になるだろう。もし無理だと思うなら、やめても…」
「大丈夫です、全部このミレニアちゃんに任せてくださいッスよ!」
語尾を濁すアルマンドに、ミレニアは一点の曇りもない表情で言った。
「このわたしの手にかかれば、衛兵隊長の執務室だろうが、王様の寝室だろうが、ちょちょいのちょいで侵入してやりますよ!」
「(…本当にこいつで大丈夫かなあ……)」
能天気に答えるミレニアを見つめ、アルマンドは一抹の不安を覚えつつ、任務に送り出すのだった。
「とはいえ、やっぱり目の前まで来ると、緊張するなあ」
安請け負いをしたものの、警備塔は誰でもやすやすと侵入できる場所ではない。
すでに夜は更け、この時間に外を出歩く者といえば衛兵か、戸締りの無用心な家の戸を探して回る泥棒くらいのものである。
「で、わたしは泥棒なわけで。しっかし、特例の仕事も久々なのだわさ」
通常、盗賊ギルドのメンバーは「命令によって特定のものを盗む」というようなことはしない。
各々が金持ちの家に入り、決して見つかったり、人を傷つけたりすることなく金目のものを持ち帰り、それをギルド専属の故売屋が買い取る、というのが普遍的な活動内容である。もちろん盗品であるうえ、利益の一部が上納金として差し引かれることもあり、かなりのマージンを取られることになるのだが。
それでも普通の故売屋は盗品を扱いたがらないし、単独で盗品の販売ルートの開拓など画策しようものなら、それこそ盗賊ギルドと敵対する破目になる。
「貧しい者から盗むなかれ、仲間から盗むなかれ、何者も殺めることなかれ。ま、盗賊家業ってのは制約が多くて大変なのだわ」
ミレニアは頭の中で盗賊ギルドの掟に関する説明を反芻しながら、人目につかない岩陰を見つけると、そこにいつも背負っているバックパックを下ろした。
「やっぱり、特別な仕事のときは、コレじゃないとダメだよねー」
そう言って、ミレニアは漆黒の盗賊衣装を取り出しはじめる。
特別な仕事とは…優秀なギルド会員のみに与えられる任務のことであり、それはギルドの幹部を通して与えられる、グレイ・フォックスからの密命である。
「稀代の大泥棒、天下の義賊から与えられた特別任務。こりゃあ、ハリキらないワケにはいかんでしょ」
着替えを済ませたミレニアは、バックパックを目立たないように隠匿し、すっくと立ち上がった。
「ジャーン!大盗賊ミレニアちゃんの完成なのだー!」
普段の冒険者姿とはまったく違う衣装に着替え、ミレニアは不適に微笑んだ。
じつはこの衣装、盗賊ギルドから与えられたものでもなんでもなく、また特別任務のときに衣装を着替えなければならないという決まりもない。この衣装はミレニアが自前で用意したものであり、わざわざ着替えたのは、たんに「気分の問題」でしかなかった。
だからといって、この衣装が機能的であり、隠密任務に適していることを疑う余地はない。
「さーて問題は、この警備塔には入り口から堂々と入るしかないって点なわけですが」
ミレニアは頭を捻った。
通常の建物であれば上階の窓から侵入するなり、天井から侵入するなり、とにかく正面入り口から入るなどという手は使わない。がしかし、この警備塔はそういった「第二の侵入口」と成り得る箇所がまったく見当たらないのである。
「あんまり気が進まないけど、まあ、仕方ないか」
ミレニアは警備塔の入り口近くの茂みに隠れると、大きく息を吸い、悲鳴を上げた。
「きゃあーひとさらいー!だれかたすけてー、あーれー!(←棒読み)」
最初のほうは大きな声で、そしてだんだん遠ざかっていくように聞こえるよう、序々に声のボリュームを落としながら、ミレニアはまるで大根役者丸出しな演技で声を張り上げる。
ややもせず入り口が開き、数人の衛兵が飛び出してきた。
「いったいなにごとだ!?」
飛び出してきた衛兵に紛れるように、ミレニアは見つからないよう姿勢を低くしたまま入れ違いに警備塔へと侵入する。
帝都衛兵の被る鉄製ヘルメットは、視界を大きく狭める。そのことを知っていれば、たとえ魔法など使わなくとも、透明人間であるかのように振舞うことは可能だ。
警備塔の1階にはまだ衛兵が残っていたが、ミレニアは手近にあった小物を投げて注意を逸らし、衛兵が余所見をしている隙に上階へと続く階段を上がっていった。
「2階は寝室になっているのかぁ。しっかし、みなさん、お疲れのようで」
チ、ン…ゴーグルの暗視機能をオンにし、周囲をざっと見回してから、ミレニアが小さな声でつぶやいた。
重苦しい全鉄製の鎧から開放され、リラックスしきった様子で睡眠を取る衛兵たちは油断のかたまりだった。おまけに鼾や歯軋りがひどく、これなら多少の物音を立てても階下の衛兵たちには気づかれないだろう。
ベッドの手前には個人用のチェストが置いてあり、その中身が気になったりもしたが…
「フツーの盗みなら、いつでもできるしね。いまは任務に集中、集中っと」
わずかに沸き起こった欲求を振り払うと、ミレニアはさらに上の階へと進んでいった。
やがて、目標であるレックスの執務室へと到着する。
「それにしても、よく寝とるなー。こんなんなら暗殺も簡単にできるんじゃなかろうか」
でも、殺気を向けたらさすがに起きるかな?などと考えながら、ミレニアはレックスの寝顔を一瞥する。
「なんか絵描き道具とか置いてあるし。ツラに似合わないなー。キモイなー」
そういえば、最近もなんか絵画絡みの事件に遭遇したような?
たぶんこの趣味は公のものではないだろうから、この部屋にある絵を何枚か失敬して帝都中にばら撒けば、それはそれで楽しいことになりそうだが…
「ま、余計なオプションを考えてミスしたら、それこそ目も当てられないし。ここは任務に集中、っと」
カタブツの衛兵隊長だというから、たぶん、納税記録を凝った場所に隠したりなんかはしていないだろう。身内を疑うのでなければ、執務室に盗みが入るなどとは思わないはずだ。
「あった。これだ」
机の中をさっと調べ、ミレニアは目的のものを発見する。
「えー、なになに…アダンレルから金貨3枚、アムゼイから金貨1枚、カルウェンから金貨2枚、エトセトラ、エトセトラ…うわー、ホンットーにせこい数字だわこれ」
おそらくは義に固いグレイ・フォックスを誘い出すための挑発なのだろうが、それにしたって、もうちょっとやりようはあるんじゃないかと思う。
「貧民街の住民から取り上げた税金の入った袋も、あんまし重みがないしなー」
そう言いながら、ミレニアは金貨の入った麻袋全体に紐を巻いてガチガチに縛り上げる。
金貨の入った袋をそのままの状態で持ち歩くと、金属同士が擦れ合う「ジャラジャラ」という音がかなりやかましくなる。紐を巻いて音を立てないようにするのは、ミレニア流の対処法だった。
「さーて、用は済んだことだし、さっさと帰るとしますかな」
そう言って、階段を下りようとしたとき。
スルッ。
「…う、えっ?」
目的を達成した、という安堵からの油断か。
ドシーーーン!
階段から足を踏み外したミレニアは、眠っている衛兵の上に落っこちてしまった。
「(…や、ややややややヤバイっ!?)」
体重が軽いとはいえ、さすがに人が倒れこんできたら、目を醒ますに違いない。
滝のような汗を流すミレニア。一方、ミレニアの下敷きになった衛兵は一つ寝返りをうつと、妙にはっきりした声で言った。
「…よせよ、こんなところで。みんなが見てるだろ」
どうやら、寝言のようだった。
「よかった…」
気を取り直し、ミレニアはそっと衛兵から離れてベッドから降りると、誰にも見つかることなく警備塔から脱出した。
後日。
「なるほど、たしかにコイツで間違いない。よくやってくれた」
ミレニアから納税記録を受け取ったアルマンドは、満足した様子で頷いた。
「あとで、グレイ・フォックスが貧民街の皆に然るべき額を返納することになるだろう。ちなみにそれらはグレイ・フォックスからのポケット・マネーから支払われるので、おまえが盗んできた金は、そのままおまえが報酬代わりに受け取っていいそうだ」
「え、えぇっ?」
「仕事内容に見合った額じゃないかもしれんが、金額以上に貧民街の皆のハートが詰まってる。大事に使うんだぞ」
冗談ともつかない笑みを浮かべ、アルマンドは言った。
ミレニアは乞食や泥棒の、あまり衛生的でないポケットに入っていたであろう金貨をつまみ、微妙な表情で見つめる。あんまり嬉しくない、とは、言えなかった。
[ to be continued... ]
「え?え、あぁ…いや~さすが、耳がお早い」
「耳が痛い、の間違いじゃないのか?それに、部下の管理は上に立つ者の務めだからな」
帝都港湾地区。
貧民街のとある一軒家にミレニアは来ていた。
アルマンド・クリストフは、表向きは善良な市民だ。しかし裏では盗賊ギルドの幹部として暗躍している。そしてミレニアが会いに来たのは善良な市民のほうではなく、盗賊ギルドの幹部としてのアルマンドだった。
「死霊術師が徒党を組んで魔術師を襲撃、か。気になる話だが、それは俺たちの領分じゃないな」
「ええ、まあ」
「それよりも、ギルドのために一つ、仕事をしてみる気はないか?グレイ・フォックスの勅命だ」
グレイ・フォックスの勅命。
アルマンドの口から飛び出したその言葉に、ミレニアは無意識に息を呑んだ。
グレイ・フォックス。盗賊ギルドの創始者にして、謎多き人物。性別不詳、出身地不詳、年齢不詳。顔は常にマスクで覆われており、決して人前に姿を見せることはない。
御伽噺の登場人物か、もとより実在しないのではないか…盗賊ギルドのメンバーですら、そのように語る人物である。一説によると、300年前からまったく姿形を変えずに存在を続けているとか。
かくいうミレニアも、グレイ・フォックスの実在性については懐疑的だった。尾鰭のついた噂話ばかりが広まっているせいもあるが、それでも盗賊ギルドがシンボル的に存在をでっち上げているだけなのでは、と考えていたのだ。
しかしグレイ・フォックスの名を出したアルマンドの表情は真面目そのものだった。
「最近、この貧民街で納税が義務付けられたのは知っているか?」
「え、いえ。っていうか、それって…」
「そう。いままで、帝国は貧民街からは税を徴収してこなかった。こう貧乏人ばかりでは、取立てにかかる費用のほうが高くつくからな。しかし、赤字になってでも貧乏人から税金を巻き上げようとする者が現れた」
そこまで言って、アルマンドはため息混じりに一つの名前を出した。
「ヒエロニムス・レックス」
帝国騎士にして、すべての衛兵を束ねる衛兵隊長。誰もがグレイ・フォックスの実在性に懐疑的なここ帝都において唯一その存在を信じ、グレイ・フォックスの捕縛に人生を捧げる正義漢である。
「富める者から奪い、貧しい者に与える…そんなグレイ・フォックスの信条が、ヤツには許せんらしい。偽善だ、とな。ま、義賊ってのは民衆受けはいいが、衛兵どもの給料になる税金を払ってるのは、被害者の富豪どもだからな」
そう言って、アルマンドは笑い声を上げた。
「そんなわけだから、衛兵どもが俺たち盗賊ギルドを目の敵にするのは、わからんじゃない。しかしレックスが厄介なのは、そう…あいつは、純粋に正義漢からグレイ・フォックスを捕まえようとしていることだ。バカなやつだよ…賄賂は絶対に受け取らないし、目的のためなら手段を選ばない」
「それで、貧民街の住民から税の取り立てなんて、無茶な真似を?」
「そういうことだ。今回おまえに頼みたいのは、貧民街から取り立てられた税金と、納税記録の奪取だ。それらはレックスの執務室にあるだろう」
レックス…帝都衛兵隊長の執務室といえば、警備塔の上階にある。警備塔は衛兵の詰め所にもなっており、まさに衛兵の巣窟。
「かなり難しい任務になるだろう。もし無理だと思うなら、やめても…」
「大丈夫です、全部このミレニアちゃんに任せてくださいッスよ!」
語尾を濁すアルマンドに、ミレニアは一点の曇りもない表情で言った。
「このわたしの手にかかれば、衛兵隊長の執務室だろうが、王様の寝室だろうが、ちょちょいのちょいで侵入してやりますよ!」
「(…本当にこいつで大丈夫かなあ……)」
能天気に答えるミレニアを見つめ、アルマンドは一抹の不安を覚えつつ、任務に送り出すのだった。
「とはいえ、やっぱり目の前まで来ると、緊張するなあ」
安請け負いをしたものの、警備塔は誰でもやすやすと侵入できる場所ではない。
すでに夜は更け、この時間に外を出歩く者といえば衛兵か、戸締りの無用心な家の戸を探して回る泥棒くらいのものである。
「で、わたしは泥棒なわけで。しっかし、特例の仕事も久々なのだわさ」
通常、盗賊ギルドのメンバーは「命令によって特定のものを盗む」というようなことはしない。
各々が金持ちの家に入り、決して見つかったり、人を傷つけたりすることなく金目のものを持ち帰り、それをギルド専属の故売屋が買い取る、というのが普遍的な活動内容である。もちろん盗品であるうえ、利益の一部が上納金として差し引かれることもあり、かなりのマージンを取られることになるのだが。
それでも普通の故売屋は盗品を扱いたがらないし、単独で盗品の販売ルートの開拓など画策しようものなら、それこそ盗賊ギルドと敵対する破目になる。
「貧しい者から盗むなかれ、仲間から盗むなかれ、何者も殺めることなかれ。ま、盗賊家業ってのは制約が多くて大変なのだわ」
ミレニアは頭の中で盗賊ギルドの掟に関する説明を反芻しながら、人目につかない岩陰を見つけると、そこにいつも背負っているバックパックを下ろした。
「やっぱり、特別な仕事のときは、コレじゃないとダメだよねー」
そう言って、ミレニアは漆黒の盗賊衣装を取り出しはじめる。
特別な仕事とは…優秀なギルド会員のみに与えられる任務のことであり、それはギルドの幹部を通して与えられる、グレイ・フォックスからの密命である。
「稀代の大泥棒、天下の義賊から与えられた特別任務。こりゃあ、ハリキらないワケにはいかんでしょ」
着替えを済ませたミレニアは、バックパックを目立たないように隠匿し、すっくと立ち上がった。
「ジャーン!大盗賊ミレニアちゃんの完成なのだー!」
普段の冒険者姿とはまったく違う衣装に着替え、ミレニアは不適に微笑んだ。
じつはこの衣装、盗賊ギルドから与えられたものでもなんでもなく、また特別任務のときに衣装を着替えなければならないという決まりもない。この衣装はミレニアが自前で用意したものであり、わざわざ着替えたのは、たんに「気分の問題」でしかなかった。
だからといって、この衣装が機能的であり、隠密任務に適していることを疑う余地はない。
「さーて問題は、この警備塔には入り口から堂々と入るしかないって点なわけですが」
ミレニアは頭を捻った。
通常の建物であれば上階の窓から侵入するなり、天井から侵入するなり、とにかく正面入り口から入るなどという手は使わない。がしかし、この警備塔はそういった「第二の侵入口」と成り得る箇所がまったく見当たらないのである。
「あんまり気が進まないけど、まあ、仕方ないか」
ミレニアは警備塔の入り口近くの茂みに隠れると、大きく息を吸い、悲鳴を上げた。
「きゃあーひとさらいー!だれかたすけてー、あーれー!(←棒読み)」
最初のほうは大きな声で、そしてだんだん遠ざかっていくように聞こえるよう、序々に声のボリュームを落としながら、ミレニアはまるで大根役者丸出しな演技で声を張り上げる。
ややもせず入り口が開き、数人の衛兵が飛び出してきた。
「いったいなにごとだ!?」
飛び出してきた衛兵に紛れるように、ミレニアは見つからないよう姿勢を低くしたまま入れ違いに警備塔へと侵入する。
帝都衛兵の被る鉄製ヘルメットは、視界を大きく狭める。そのことを知っていれば、たとえ魔法など使わなくとも、透明人間であるかのように振舞うことは可能だ。
警備塔の1階にはまだ衛兵が残っていたが、ミレニアは手近にあった小物を投げて注意を逸らし、衛兵が余所見をしている隙に上階へと続く階段を上がっていった。
「2階は寝室になっているのかぁ。しっかし、みなさん、お疲れのようで」
チ、ン…ゴーグルの暗視機能をオンにし、周囲をざっと見回してから、ミレニアが小さな声でつぶやいた。
重苦しい全鉄製の鎧から開放され、リラックスしきった様子で睡眠を取る衛兵たちは油断のかたまりだった。おまけに鼾や歯軋りがひどく、これなら多少の物音を立てても階下の衛兵たちには気づかれないだろう。
ベッドの手前には個人用のチェストが置いてあり、その中身が気になったりもしたが…
「フツーの盗みなら、いつでもできるしね。いまは任務に集中、集中っと」
わずかに沸き起こった欲求を振り払うと、ミレニアはさらに上の階へと進んでいった。
やがて、目標であるレックスの執務室へと到着する。
「それにしても、よく寝とるなー。こんなんなら暗殺も簡単にできるんじゃなかろうか」
でも、殺気を向けたらさすがに起きるかな?などと考えながら、ミレニアはレックスの寝顔を一瞥する。
「なんか絵描き道具とか置いてあるし。ツラに似合わないなー。キモイなー」
そういえば、最近もなんか絵画絡みの事件に遭遇したような?
たぶんこの趣味は公のものではないだろうから、この部屋にある絵を何枚か失敬して帝都中にばら撒けば、それはそれで楽しいことになりそうだが…
「ま、余計なオプションを考えてミスしたら、それこそ目も当てられないし。ここは任務に集中、っと」
カタブツの衛兵隊長だというから、たぶん、納税記録を凝った場所に隠したりなんかはしていないだろう。身内を疑うのでなければ、執務室に盗みが入るなどとは思わないはずだ。
「あった。これだ」
机の中をさっと調べ、ミレニアは目的のものを発見する。
「えー、なになに…アダンレルから金貨3枚、アムゼイから金貨1枚、カルウェンから金貨2枚、エトセトラ、エトセトラ…うわー、ホンットーにせこい数字だわこれ」
おそらくは義に固いグレイ・フォックスを誘い出すための挑発なのだろうが、それにしたって、もうちょっとやりようはあるんじゃないかと思う。
「貧民街の住民から取り上げた税金の入った袋も、あんまし重みがないしなー」
そう言いながら、ミレニアは金貨の入った麻袋全体に紐を巻いてガチガチに縛り上げる。
金貨の入った袋をそのままの状態で持ち歩くと、金属同士が擦れ合う「ジャラジャラ」という音がかなりやかましくなる。紐を巻いて音を立てないようにするのは、ミレニア流の対処法だった。
「さーて、用は済んだことだし、さっさと帰るとしますかな」
そう言って、階段を下りようとしたとき。
スルッ。
「…う、えっ?」
目的を達成した、という安堵からの油断か。
ドシーーーン!
階段から足を踏み外したミレニアは、眠っている衛兵の上に落っこちてしまった。
「(…や、ややややややヤバイっ!?)」
体重が軽いとはいえ、さすがに人が倒れこんできたら、目を醒ますに違いない。
滝のような汗を流すミレニア。一方、ミレニアの下敷きになった衛兵は一つ寝返りをうつと、妙にはっきりした声で言った。
「…よせよ、こんなところで。みんなが見てるだろ」
どうやら、寝言のようだった。
「よかった…」
気を取り直し、ミレニアはそっと衛兵から離れてベッドから降りると、誰にも見つかることなく警備塔から脱出した。
後日。
「なるほど、たしかにコイツで間違いない。よくやってくれた」
ミレニアから納税記録を受け取ったアルマンドは、満足した様子で頷いた。
「あとで、グレイ・フォックスが貧民街の皆に然るべき額を返納することになるだろう。ちなみにそれらはグレイ・フォックスからのポケット・マネーから支払われるので、おまえが盗んできた金は、そのままおまえが報酬代わりに受け取っていいそうだ」
「え、えぇっ?」
「仕事内容に見合った額じゃないかもしれんが、金額以上に貧民街の皆のハートが詰まってる。大事に使うんだぞ」
冗談ともつかない笑みを浮かべ、アルマンドは言った。
ミレニアは乞食や泥棒の、あまり衛生的でないポケットに入っていたであろう金貨をつまみ、微妙な表情で見つめる。あんまり嬉しくない、とは、言えなかった。
[ to be continued... ]
PR
Comment