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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
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2020/05/03 (Sun)00:56


 
 
 
 
 

 

ATOM RPG Replay

【 Twenty Years In One Gasp 】

Part.4

*本プレイ記には若干の創作や脚色が含まれます。
 
 
 

 
 
 
"同志ナターシャ、戦前のテクノロジー収集のために我々ATOMがウェイストランドへ頻繁に部隊を派遣しているのは知っていることと思う。そう、アルフの部隊が君を保護したようにね。
そして先日、ウェイストランドへ派遣されたモロゾフ将軍率いる部隊がバンカー317の調査中に消息を絶った。何が起きたのかを調査しなければならないが、我々の人的資源は限られており、大規模な追跡隊を編成することができない。損耗を最小限に抑えるため、我々は極少数の精鋭をモロゾフ将軍の追跡に充てることを決定した。
そう、君だ。
バンカー317はオトラドノエ村近郊に存在するものと思われる。目的地へ向かうより先に、クラスノズナメニー市に潜伏しているエージェントと接触し協力を要請せよ。
エージェントの名はフィデル。彼は現地の情報収集要員として、表向きはクラスノズナメニーのバーの店主として活動している。
報告書を纏めた封筒にエージェントと接触するための暗号を同封しておいた。内容を確認次第、即刻焼却処分するように。
言うまでもないが、君の任務は消息を絶ったモロゾフ将軍と彼が率いる部隊の追跡だけだ。外界で余計な気を起こすことのないよう願いたい。
ウェイストランドは危険な場所だ。幸運を祈る、ATOMと共にあれ!"
 
 
 
 
 
 
 水を確保するため、川の近くに野営地を設置しての真夜中のキャンプ。
 煌々と周囲をオレンジ色に照らす焚き火に向かって丸めた書類を放り込み、上層部の指示通りに指令書を焼き捨てたとき、ナターシャは周囲に人の気配を感じ取った。
 彼女が近くに立てかけてある銃器に手を伸ばすのと、擦り切れた軍服姿の男が姿を現したのはほぼ同時だった。
「これはこれは、女一人で夜のキャンプとは無用心なことだ!それも、こんなにも大量の荷物を抱えて!」
「…… …… ……」
「病気のおばあちゃんへ荷物を届けにいく赤ずきんちゃんかな?そんなに荷物を抱えていては、狼に襲われたときに100mと逃げられず捕まって食べられてしまうだろうよ!」
 男が手にナックルを嵌める、と同時に、物陰から仲間と思しき人相の悪い男たちが続々と姿を現した。全部で五人ほどだろうか。
「なんなら、俺たちが荷物を運ぶのを手伝ってやろうか?もちろん、タダ(無料)とは言わないが…格安だ!なあ、そうだな?おまえたち?」
 親切そうな口調と裏腹に、男は指に嵌めたナックルを隠そうともせず、むしろ見せびらかすようにしてナターシャを威嚇している。
 他の男たちもめいめい武器を手にしており、釘バットやバール、手斧などを握り締めている。
 リーダー各らしき男がナックルを見せびらかしているのは、仲間たちに意識を向けさせないための視線誘導だな、とナターシャは気づく。見た目や振る舞いから受ける印象とは裏腹に、それほど頭の悪い連中ではないかもしれない。
 彼らは何者だろう?強盗か?あるいは、そうではない何かか?
 ナターシャが心配しているのは、目の前の男たちが強盗ではなかった場合だ。
 こいつらはいつから私に目をつけていた?いつから追跡していた?私の正体を知っているのか?ATOMのエージェントと知ったうえで声をかけてきたのか?
 もし連中がATOMと敵対している、ATOMと同等の規模を持つ組織の一員か何かだとしたら?物を奪われるだけでは済むまい、過酷な拷問を受け、考えることも憚られる無残な死を遂げることになるだろう。
 そこまで考えて、いまいちど目の前の連中の正体を推察するに…
「(ただの強盗だろう)」ナターシャはそう結論づけた。
 余計な抵抗はしないほうがいい。相手がただの犯罪者なら、迂闊に反撃して逆鱗に触れるような真似さえしなければ、せいぜい物を盗られたり、暴行を受ける程度で済むだろう。彼らの目的はあくまで荷物の奪取であり、殺人ではない。職業的な犯罪者ほど、無闇に相手の命を奪ったりはしないものだ。
 どのみち、武装した男たちを相手に、これだけ距離を詰められた状態で、全員を纏めて無力化するのは不可能だった。悪いことに背は切り立った丘に阻まれており、逃げるという選択肢もあまり現実的ではない。
 結果がどうなろうと…すくなくとも、アフガンで戦ったイスラム原理主義者よりはマシな相手だ。そう思い、ナターシャはため息をつくと、力なくつぶやいた。
「あの…抵抗はしません。お好きなように荷物を持っていっても構いませんが、ええと、私のようにか弱い女性を荒野で野垂れ死にさせないために、多少は物を残しておいてもらえると、その、助かるのですけれど」
 たどたどしく語るナターシャに、強盗たちは顔を見合わせる。
 やがて、心外だ、とでも言うかのように、リーダー格の男が真顔になって言った。
「何を言いたいのか、よくわからないな。とにかく、君には少し休息が必要だ。眠るといい、起きたときには、心配事は無くなっているさ…」
 おそらくは、ナターシャの物言いが何らかの燗に障ったのだろう(それが何なのかはナターシャにはわからなかったが)。男はナターシャに近づき、ナックルを嵌めた拳を振り上げた。
 まったくのわかりやすいテレフォンパンチだった。避けようとしたとき、ナターシャの足元がぐらりとふらつく。あろうことか、基地でアルフと殴りあったときの疲労が今になって悪影響を及ぼしたのであった。
 鈍い破裂音と同時に皮膚が裂け、ナターシャは昏倒する。男の言葉にも幾許かの真実は含まれていた。ナターシャは休息を必要としていた。強盗に眠らされることは望んでいなかったが。
 起きて抵抗しなければ、という思いは、あっという間に深い闇に沈み込んでいった。
 
 
 

 
 
 
 目覚めたときには、すっかり太陽が真上にのぼっていた。酷い頭痛がする。
「痛…ぁ~~……」
 むっくりと身体を起こし、ナターシャは周囲を見回す。人の気配はなかった。強盗たちは既に姿を消した後だろう。ナターシャの荷物ともども。
 バックパックとライフルは持ち去られ、テント内の荷物もすべて消えていた。残されていたのは、切り株の上に投げ捨てられた水筒のみだ。中身は空になっていた。
 
 
 
 
 
 
 続いて、自らのボディをチェックする。頭部の怪我は後遺症を心配しなければならないようなものではなく、気絶してから過度に暴力を振るわれた形跡もない。性的暴行を受けた様子もないのは、彼らが見た目よりも紳士だったか、あるいはゲイやインポの集団だったのか。
「はぁ…」ナターシャはため息をつく。
 あの強盗たちを恨んでも仕方がない。すべては自分の責任だ。
 単独任務で、夜中に焚き火?銃を手元にも置かず?おそらく、自分の周囲は昼間のように明るかったことだろう。1km先からでも、獲物はここだと宣伝する馬鹿の姿を観察できたに違いない。
 気が緩んでいたと言うほかなかった。
 ただし、ここが敵地ではなく、愛すべき祖国であるという認識が判断を鈍らせていたことも確かだった。
 ロシア人は核戦争で世界が滅んでも、同胞同士、手を取り合って祖国の復興に努める、という発想には至らなかったらしい、ということを身をもって体験した形になる。あるいはATOMの秘密主義は、たんにああした賊を近づけないための予防措置なのかもしれない、とナターシャは思った。
 今後は敵地での単独潜入任務と同等の警戒をすべきだろう。
 
(通常のプレイで強盗たちを全滅させるのはまず不可能であり…そうプログラムが組まれているわけではなく、単純に状況が不利に過ぎる…また交渉系ステータスが高くても、説得で戦闘を回避するのは不可能。では、チート等を使って強盗を全滅させるとどうなるのか、というと…別に、どうもなりはしない。普通に戦闘が終了し、強盗の死体やテント等からアイテムを回収したあと、マップを出れば通常通りにシナリオが進行する。ラングリッサーIIIのように強制ゲームオーバーくらいは覚悟していたのだが、特典も嫌がらせも用意しないATOM Teamのドライな作風に感心する次第であった)
 
 
 

 
 
 
 12時間ほど歩き通したろうか。月の明るさを頼りに道を進むと、草陰に埋もれるようにして看板が倒れているのが見える。"Отрадное(オトラドノエ)"、と読めた。
 道の先には明かりが見えた。ドラム缶の焚き火だけでなく、電灯の光で周囲が明るく照らされている。村だ、規模は小さいが、それなりに環境が整っているように見える。入り口の前に、番犬を連れた歩哨が立っていた。
 あちこちに立っている電柱、電線を辿っていくと、どうやら村に発電機があるようだ。ガソリンで稼動するやかましい音がここまで聞こえてくる。
 耳を澄ませると、雑音に混じって誰かが明るく喋っている声が聞こえてきた。一方的にベラベラと捲くし立てているさまを聞いて、それがTVショーの音声であることにナターシャは気づく。ビデオテープの再生でなければ、どこかに存在する放送局から電波を受信しているものと思われた。
 
 
 
 
 
 
 さて、不用意に村へ近づいたものだろうか?
 つい半日前に強盗に襲われたこともあり、ナターシャは歩哨が来客を歓迎する以外のリアクションを取ることを警戒しなければならなかった。あるいは、ここがただの村ではなく、強盗団の集落である可能性もあるのだ。
 村へ近づくのをためらっているうちに番犬が吼え、歩哨の顔がこちらに向いた。犬は嫌いだ。アフガンでの特殊作戦からの撤退中、ムジャヒディンが放った猟犬に追い回された記憶が蘇った。犬には良い思い出がない。
 こそこそしていても仕方がないだろう、と、ナターシャは片手をあげて歩哨に近づいた。
 葉っぱを噛んでいた歩哨…煙草か、大麻グラスだろうか?…は咳払いとともに草を吐き出すと、愛想のよい笑顔をこちらに向けてきた。手製のスリングで吊ったPPS-43、手入れの行き届いた古式の短機関銃から手を放し、陽気に声をかけてくる。
「こんばんわ、同志!村に何か御用かな?随分とお疲れのご様子だ」
「たまたま通りがかっただけです。その、知人を追っていたのですが。道中で強盗に遭ってしまって」
「それはまた、災難だったな。俺はヤン、見ての通り、この村の警備を担当している。なにか手伝えることは?」
 ヤンと名乗った歩哨はほとんどナターシャを警戒していなかった。あるいは、額に痣をつけた丸腰の女に脅威を感じていないだけかもしれなかったが。
 ナターシャは言った。
「さっきも言ったように、人を探しているんです。軍服、そう、私と同じような服装の一団を見かけませんでしたか?このあたりを通ったはずなのですが」
「そういえば、数日前にそんなことがあったな」自らの記憶を呼び起こすように、ヤンは宙を見つめた。「クールな連中だった。良い装備を持ってて、口数が少なかった。水を買って、しばらく休憩したあとでまた出発していったんだが、あれはただのギャングや軍隊マニアじゃないな。本物の兵隊のようだった…戦前の。強いて言えばキャラバン・ガードがあんな感じだが、ここを通った連中は物を売っているようには見えなかった。えぇ、そんなことってあるだろうかね?」
「彼らが村を出たあとにどこへ向かったか、わかりますか?」
「北東へ、道なりに移動したようだ。詳しい位置まではわからないが」
 情報通りだ、とナターシャは思った。もしここがオトラドノエ村なら、消息を絶ったモロゾフ将軍の部隊はここで小休止したあと、まっすぐバンカー317へ向かったと考えていいだろう。
 しかし、オトラドノエか…ナターシャは内心でため息をつく。本来はエージェント・フィデルと連絡を取るべく、先にクラスノズナメニーへ向かう予定だったのだが。おそらく、どこかで方向を間違えたのだろう。
 ここからならクラスノズナメニーよりもバンカー317のほうが距離的に近いが、しかし、組織の協力を得ず丸腰のままモロゾフ将軍を追うべきだろうか?強盗に襲われさえしなければ、その選択肢も有り得たが…
「ところで」ナターシャが思案に暮れていたところへ、ヤンが好奇心を隠そうともしない表情で訊ねてきた。「君は、あのクールな連中とどういう関係なんだい?仲間か何かかい?」
「すいません、私の、えー、一存で答えることは。その、とても個人的な事情が関わるので」
「そうか。まあ、無理に問いただしたりはしないさ」
「ありがとうございます。それと、その、私が村へ着いて早々に妙な質問をしてきた、身元の怪しい女だってことは、あまり村の人たちに言い触らさないでいただけると助かるのですけど」
「オーケイ、これは二人だけの秘密だ、旅人さん?秘密を守るために、一つ、頼みを聞いてくれると助かるんだが」
「なんでしょう?」
「俺はこの仕事を嫌っているわけじゃない、むしろ誇りに思ってる。ただ、そのことと、この仕事が、えー、ときに酷く退屈だってことは、両立し得る。だろ?気つけが欲しくなることもある。だから、身元の怪しいどこかのお嬢さんが、この献身的な男のためにビールを一本持ってきてくれると、俺は大変に感謝いたす所存なのだが?」
「ビール?警備任務中に?」
「村の連中は良い顔をしないだろうな。村のルールでも、当直中の飲酒は禁止してる。つまり…」
「私とあなたで、互いに知られては困る秘密を持つということ?」
「そういうこと」ヤンはナターシャにウィンクをしてみせた。
 呆れた、とナターシャは嘆息する。つい先日、ATOMの基地で居眠りしていた兵士に悪感情を抱いたばかりだ。それを、任務中の飲酒?
 まあいい、私はこの村の住人ではない。ヤンが酔っていたせいでギャングの奇襲を受け、そのせいで村が壊滅したとしても、それは私の知ったことではない。彼らはATOMの同志とは違う。
 それに、村の警備が酒に酔っているというのは、ことによると自分の活動に有利に働くかもしれない、とナターシャは考えた。ヤンと個人的な信頼を築いておくのも、何の役に立つだろう。
 そういった打算を踏まえつつ、ナターシャは一つの障害にぶち当たっていた。
「あの、私、文無しなんですけど」
「どうやってビールを調達するかは任せるよ。たとえば、そう、バーの酒棚からビールが一本無くなってたからって、どうして俺がそんなことを気にする必要がある?まあ、そんなことをしなくても、バーの経理をやってるカーチャに頼めば、ビールを買って釣りがくる程度の仕事の一つでも見繕ってくれるかもしれない」
「仕事?」
「こんなことは言いたくないが、たとえ村の人々がどれだけ善良で、俺が世界でも指折りのナイスガイだったとしても、今にも餓死しそうな哀れな娘に無償で食事を提供するような善意は期待しないでほしい。その歳まで死なずに生きれたのなら、そのことは理解してくれるよな?」
「その歳…あの、私が何歳に見えます?」
「そうだな、16…いや、18くらいかな?まだ若いが、ウェイストランドの厳しさを知らないほど愚かな年齢でもないだろう」
 ウェイストランドの厳しさは知らないかもしれないが、おそらくはあなたよりも年上だろう、などと言ったものだろうか?ナターシャは首をかしげたあと、結局、自分の年齢については真実を告げずにおいた。
 
(NPCの反応はプレイヤーのステータスや性別によって変化する。基本的にはPersonalityの値が高いほど有利になるが、中には特定ステータスが低いプレイヤーにしか関心を示さないNPCがいる等、一筋縄ではいかない例がある点を留意しておきたい)
 
 
 
 
 
 
 村の住民のほとんどが寝静まっているなかで、幾つかの店舗から明かりが漏れていた。バーはともかく、こんな時間に客など来ないだろう他の店が営業している意味はあるのだろうか、とナターシャは疑問を抱く。
 
 
 
 
 
 
 酒場の屋根の上にはカラフルな電球で彩られ、スプレーで殴り書きされたトタン看板が設置されており、これ以上なく場末の安酒場らしさをアピールしている。おそらく字の読めない子供か外国人が訪れても、店の種類を紛うことはないだろう。"Харчевню(居酒屋)"…洒落た店名とかはないのだろうか?"鎌とハンマー"という雰囲気でもないが。
 カウンターではバーテンのバシャ(たくましい髭にでっぷりとした体躯だが、これでヤンよりも若いらしい、なんとも…)がテーブルを磨いており、客席の丸テーブルには会計士のカーチャがそろばんを頼りに一心に古びたノートへ何事かを書きつけている。二人は兄妹だということだった。
 毎日千人の客を扱っているわけでもなかろうに、何をそんなに書くことがあるのだろう?
 そんな疑問を抱きながら、ナターシャはバーテンダーに話しかけた。
「ハイ」
「やあ、お客さん!旅のお方かな?つい最近も、そんな格好をした一団にお目にかかったよ」
「へぇ?どんな人たちでした?」
「随分と物々しく武装していたな。武器を持った集団ってのは、このあたりじゃあトラブルの種を意味するが、彼らはそんな感じではなかったな。まるで軍隊のように統率が取れていた」
「戦前の軍隊のように?」
「ああ、まさしくそんな感じだ。村長は村が抱えている問題について彼らに相談しようとしたが、彼らのほうは聞く耳を持たなかった。きっと、何か大事な仕事があるのだろう」
「たぶん、そうでしょう。ところで、村が抱えている問題っていうのは?」
「こういう小さな村が、武装した軍隊の協力を必要とするってのは、これはもう、地元のギャング団に悩まされているとか、そういうありがちな問題さ。西部劇のようにね」
「なるほど…」
「それで、旅のお方、なにかご注文は?」
「ビールを一杯、と言いたいところですが…じつは私、文無しなんです。それで、何か仕事の一つでも紹介してもらえればと考えているんですが」
「なるほど」明らかにナターシャの言葉を歓迎していない様子で、バーテンは難しい顔をした。「正直に言って、いま君に頼めるような仕事を私自身は持っていないんだ。しかし、妹のカーチャなら…いやいや、経理の手伝いをしろというわけじゃない。彼女は自前の蒸留酒やフレーバーのレシピを研究するのに凝っていてね。本人はより店を繁盛させるためだと言ってるが、実際はたんなる趣味だな、ありゃ。最近また新しいレシピを考案したとかで、実験だ…いやいや、試飲してくれる人を探しているんだと」
 ところどころ歯切れが悪くなるバーテンの物言いに、ナターシャはどことなく不安を覚えた。
 実験台?そう言いかけたか?
 そもそも、新しいレシピを試してくれる相手を探しているなら…もし彼女のレシピが村でも評判なら、わざわざ余所者を捕まえなくても誰かが先に試しているはずだ。そうでないということは…そういうことだ。
 まあいい、金のためだ。どんなに味が酷かろうと、死ぬことはないだろう…
 そんなふうに思いながら、ナターシャは別世界にいるように熱心に帳簿と向かい合っているカーチャに話しかけた。
「あのー、すいません。あなたのお兄さんから、あなたの新しいレシピを試すよう言われたんですけども」
 てっきり無視されるものかと思っていたが、カーチャはすぐにこちらへ顔を向けると、意外にも愛想の良い笑みを浮かべて言った。「あら、それは素晴らしい提案だわ!これは長い間存在を忘れられていた、伝統のフレーバーよ」
 うきうきした表情で、カーチャは戸棚から朱色の陶器のボトルを取り出した。紙のラベルに、ただ三文字、"XXX"とだけ書かれている。嫌な予感しかしなかった。
 ボトルを手に取り、ナターシャは考える…そもそも、何がどうなれば成功なのだ?味を見ればいいのか?それとも、特別な効能があるのか?
 一口煽り、酸味の強い液体にすこし顔をしかめる。アルコールではなさそうだった。美味ではないが、吐き気をもよおすような代物でもない。
 もう一口、二口と飲んでいるうちに、ナターシャは身体が宙に浮いているような感覚にとらわれ、気がつくと床の上に倒れていた。カーチャとバーテンが慌てて駆け寄ってくるが、彼らが呼ぶ声に返事をかえすこともなく、ナターシャは意識を失った。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 いったい自分は何を飲んだのだ?何が起きたというのか?
 諸々の疑問に答えを見出すこともないまま、ナターシャは遠くで反響している雷鳴に耳を傾けていた。その音は次第に近づき、やがて足音となってナターシャの近くで立ち止まった。
 奇妙な空白のなかで、どこかで見たような男がナターシャの前に立っていた。最近見たような…実際に、ではない。モノクロの写真のなかで、派手な礼装に身を包んでいた男。モロゾフ将軍。
『私を探しているのはおまえか?』
 モロゾフ将軍の声が数百のエコーとなってナターシャの脳に直接響いてくる。
『さあ、来るがいい…』
 いま、なんと言った?
 死の灰に満ちた空間を、まるで赤絨毯を歩くように堂々たる足取りで進むモロゾフ将軍に、ナターシャは朦朧とした意識でついていく。
 ぼんやりとした歌声が、ナターシャの口を突いて出た。
「さあ、来い…来い…さあ、来い、呼び声に誘われて…戦友たち、どこへ行ってしまったの?」
 どうやら、二人は森の中を歩いているようだった。オークのかわりにキノコが生えている、異様な光景だ。そのさまは幻想的ですらあった。グロテスクなファンタジーだ。
「ともに寄り添い…弾薬を分け合い…ともに砲火をくぐり抜け…どこからか呼び声に誘われて…さあ、来い…来い…」
 巨大なキノコに囲まれて、モロゾフ将軍の先導のもと、ナターシャは歩き続ける。
「ため息一つに詰まった20年( Twenty Years In One Gasp )、吹雪のように過ぎ去って…頭の中が灰色に染まっても…その言葉を忘れない…」
 アフガン。
 やがて二人は山のように巨大なキノコの前で立ち止まった。
『これぞ神だ!』
 感歎たる声で目前のオブジェを讃えるモロゾフ将軍。しかし、ナターシャが彼の感動を共有することはなかった。彼女には別の声が聞こえていた。
 この無神論者め!
 共産主義者だ、殺せ!
「機関銃の音は消えることなく…弾丸の掠める音は消えることなく…ヘリコプターが近づく音さえ…何一つ、私から過ぎ去ることはない…」
 かの地を想う詩を聖句のように唱えるナターシャの前で、巨大なキノコがその形を変えていく。
 地鳴りとともに大地が揺れるなか、いまや人の顔となったキノコは、尊大な口調でナターシャに命じた。
『我に跪くがいい!』
「神のお導きがありますように」
 もし、こいつが本物の神様だというのなら…かの地で迷った戦友たちを、こいつが導いてくれるとでもいうのだろうか?
 裂けた地面に呑み込まれ、永遠の奈落へと落ちながら、ナターシャはなおも歌い続ける。
「ため息ばかりが出てしまうわ。かつて、祖先がそうしたように…軍旗をあなたの墓碑に捧げます…神の、お導きがありますように」
 たとえこの奈落が地獄へ続いていようとも、ナターシャに恐怖はなかった。ただ、どうしようもなくやり場のない悲しみと、怒りだけがあった。
「みんな、どこへ行ってしまったの?」
 
 
 
 
 
 [次回へつづく]
 
 
 

 
 
 
 どうも、グレアムです。更新速度が遅いのではなく話の展開が遅いことに俺自身が一番驚いております。多分これチュートリアル飛ばしたら五分くらいで到達できる場面ですよ。
 じつは酒場でナゾの薬飲んで倒れるイベント、今回はじめて遭遇したんですよね。いままではストレートに妹さんに話しかけてキノコ採集をスピーチチャレンジでパスして紹介状もらってたので。本作は開発側がどういう手順で進むのを正統派ルートと考えてるのかちょっとよくわからない部分があって、そこいらへんの試行錯誤もあります。
 幻覚を見ているシーンでのナターシャの歌は実際にアフガン帰還兵が書いた詩を元にしています。元にしているというか、意訳が過ぎてほとんど別物になっているというか。で、「ため息一つに詰まった20年( Twenty Years In One Gasp )」というのが一応のサブタイトル回収になります。本来、ニュアンス的には"Gasp"より"Sigh"のほうが近いんですが、韻を踏むにあたっての語のチョイスとかそのへんを考慮して現在の形に。まあ英文と和訳でアレンジが異なるなんてのは、よくある話ですし。
 ATOM RPG自体、原語(ロシア語)と英訳版でわりとニュアンスが異なるテキストがありますし。徹頭徹尾忠実な訳ではないので、たとえば日本語訳版が出るにしても、おそらくはアレンジされた英訳版がベースになると思うので、あんまり英訳に忠実に、というような気の遣い方をする必要はないと思いますね。本当に本気でやるなら原語と英訳を比較しつつ、みたいな作業が必要になりますが、誰がやるんだそこまで、という話であって。いちいち翻訳版にケチつけるような輩は自分で作業すればいいと思うよ。マジで。(ダイアログの分量に卒倒しながら)
 オークの木も厳密に和訳するならナラとでも表記すべきだろうけど、あちらで言うオークと日本で言うナラが同じものかっていうと、それもまた別物になってしまうしね…オーク材って言葉自体は日本でも普及していることだし、まあ、うん。
 
 それにしても、あのバーテンが25歳は無理があるだろう…
 
 
 
 
 


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