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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2024/04/20 (Sat)19:20
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2014/12/04 (Thu)22:29

 シロディール東部に栄える商業都市、シェイディンハル。
 ダンマー(ダークエルフ)が統治する国モロウィンドとの国境沿いに存在し、領主以下住民の多くがダンマーやオークで占められている。
 リサンダス夫妻のトラブルを解決したミレニアはシェイディンハルを出立する前に、ディベーラの魔法の筆を抜きに今回の事件の報告を済ませるにはどうすればいいかを考えていた。
「もう報酬は貰っちゃったしなぁ…ラミナスを誤魔化すのは簡単じゃないぞー」
 帝都魔術大学の要請で動いていたミレニアは、もとより金目当てではなく依頼人のプライバシーのために虚偽の報告をせざるを得なくなったのだが、ラミナス…通称「ミスター中間管理職」の慧眼を曇らせる自信はあまりなかった。
 あるいは正直に報告して、余剰の報酬金を口止めがわりに渡す手もあったが…相手が俗人なら喜んで口を閉じるだろうが、魔術的な脅威に対する危機回避をそもそもの目的とするラミナスが人情話に流されるとは思えない。
「…どうしよう……」
 魔術師ギルドと戦士ギルドの支部が並んで建つ裏手の広場、灯火を手にした老人の石像が見下ろす先のベンチで頭を抱えるミレニアに、一人の女性が声をかけてきた。



「ご活躍のようね、小さな同志」
「メスレデル?帝都から離れるなんて珍しいね」
 ミレニアの前に現れたのは、レザー装備に身を包んだボズマー(ウッドエルフ)だった。
 彼女の名はメスレデル。帝都を拠点に活動する盗賊ギルドの会員で、ミレニアの同期である。魔術大学の要請で各地を飛び回るミレニアとはたびたび協力し合う仲だ。
 盗賊ギルドの会員同士は互いの関係に無用な詮索が入るのを厭うため、戯れに声をかけ合うことはまずない。つまりこれは、仕事の話か。
「アルマンドから、あなたがいまシェイディンハルにいることを聞いてね。私は別件のついでに寄っただけだから、このまま帝都に戻るけど、あなた向けに仕事が一つあるそうよ」
「うぇ、あたしもあんまし長居できないんだけどなー。で、仕事って?」
「以前シェイディンハルで盗みをやった同志が、この街で衛兵の汚職が横行してるって話をアルマンドの耳に入れたらしくてね。あなた、なにか聞いてる?」
「それらしいことは聞いたけど…まだ深く突っ込みは入れてないけど、あたしもあとでアルマンドに聞こうとは思ってたんだ」
「ああ、関心があったなら話は早いわ。アルマンドがグレイフォックスに意見を求めたところ、早急な真実の解明を指示したらしいわね。あなたの仕事は事実関係の調査と、可能なら物証を押収することよ」
 淡々と仕事内容を言い渡すメスレデルに、うーん、ミレニアは低い声で唸った。
 盗賊ギルドにおける、こういった仕事に強制力はない。もとより盗品の扱いに一定のルールをもたらすために組織された組合であるから、命令で特定の品を盗むといった行動は本来イレギュラーなものなのだ。
 もっとも、こういった特殊な任務の達成はギルド内での地位を高めるのに大いに役立ち、そして仕事を断るということは、その機会をみすみす他人に譲るということに他ならない。
 ミレニアが危険を犯して盗賊ギルドに籍を置いているのは理由があり、ギルド内での地位の向上は目的達成のために不可欠なものだ。
 おそらく今回の仕事がミレニアに振られたのは、たまたま近くにいたという以上に、前回の帝都での任務成功によるところが大きいのだろう。
 こめかみを指で揉みながら、ミレニアはつぶやいた。
「…それで、オプションは?」
「殺傷行為の禁止、そして盗賊ギルドの関与を悟られないこと。以上よ、納得した( Accept )?」
「たしかに( I agree )」

  **  **  **  **

 はじめ、ミレニアがこの街にはびこる汚職問題を耳にしたのは、魔術大学に問題の解決を要請したティベラ・リサンダス夫人の口からだった。彼女ら夫婦には貸しがあることだし、調査のスタート地点に設定するには悪くないだろうとミレニアは判断する。



「あらあら、まあ。たったいま夫はアトリエで作業中なので、お会いさせることはできませんが…宜しければお茶でもいかがです?」
 よもや別件で訪ねてきたとは思っていないのだろう、ミレニアの訪問を受けたティベラ・リサンダスは少し驚いたような表情を見せてから、パタパタとキッチンへ駆け込んでいった。
 うやうやしく一礼し、ミレニアは案内されるまま居間の椅子に腰掛ける。やがて小さな茶会の準備を整えたティベラが向かいの席に座ると、瀟洒な作りのティーカップに紅茶を注ぎながら口を開いた。
「まさか、こんなに早く訪ねてくださるとは思いませんでしたわ。本当に、夫を助けていただいたことに対しては何とお礼を言ったらいいのか」
「そ、そんなに気を遣わなくていいっすよー?それに今日はちょっと、聞きたいことがあったんで」
「?なにか問題でもあったのですか」
「あの、旦那様が行方不明になったとき、衛兵じゃなくて魔術大学に助けを求めたと言ってたじゃないですか。いまこの街の衛兵の間では汚職が横行してて、とてもじゃないけど頼れる状況じゃないって。そのことについて、もうちょっと詳しく話が聞きたいんですけど」
「…ひょっとして魔術大学や帝都が関心を?」
「あーいや、これはその、個人的な興味というか。仕事じゃないんですけど」
 まさか盗賊ギルドの仕事だと言うわけにもいかず、かといって迂闊に帝都の関与を匂わせるようなことを言って話を大きくされても困る。今回の行動を魔術大学に追及されたら、最悪の場合ラミナス以外に盗賊ギルドへの所属が露見し追放されかねない。
 とはいえ個人的な行為だというミレニアの言葉に失望を隠しきれなかったのか、ティベラはいささか落胆したような表情を見せる。
「…まあ、帝都が一地方都市の醜聞に関心を持つことはないのでしょうね」
「すいません、期待させるようなこと言っちゃって…でも、だからといって誰も問題の解決を望んでないわけじゃ、ないっすよ?ここだけの話、あたしも野次馬で済ませるつもりじゃありませんし」
 そう言いながら、これはあまり上手くない綱渡りだぞ、とミレニアは思った。
 第三者の関与を匂わせ、自身も問題解決のために尽力するというその言葉に嘘はない。しかし思わせぶりな台詞はときに相手を警戒させ、また不快にさせることが往々にしてある。
 もっともティベラはミレニアに恩義があるからか、躊躇いながらもシェイディンハルの内情について語りはじめた。
「こんなこと、私の口から聞いたなんて言わないでくださいね?数年前まで住民と衛兵隊の間で問題が生じることなど、なかったのですが…オーリック・オーランドが衛兵隊長に就任してから、状況が一変してしまいました。彼は次から次へと新しい法を作っては重い罰金を設定し、住民から金を巻き上げているのです」
「新しい法?」
「ゴミのポイ捨て、通りでの喧嘩、川での遊泳、それから封を開けたアルコール瓶の携帯だったかしら?そういったあれこれを禁止したの、言葉だけ聞けば他愛のないものだと思うでしょう?でも衛兵隊は私たちのあらゆる行為に難癖をつけて、どの違法行為にあたると罪をでっち上げては罰金を取っているのよ。最近では怖くて通りを歩くこともできないわ」
「わかりやすいなぁ…」
 話を聞く限り、衛兵の汚職が横行していることは事実らしい。
 とはいえ盗賊ギルドの仕事は一般人への聞き込みだけで済ませられるものではない。直接「問題を解決しろ」と言われたわけではないが、可能ならばそうすることが…実力を証明するためにも…望ましいことは確かである。
 ただの情報伝達員なら誰にでもできる仕事だからだ。
「それで、誰か問題を解決しようって人はいないんですか?まさか皆が皆、見て見ぬふりをしているわけじゃないでしょう?」
「そうね…とはいっても、衛兵を敵に回すことは誰にとっても避けたいことですから。生きていけなくなります…そういえば、レヴァナ・ネダレンが問題解決のために活動しているような話を聞いたことがあります。この街に住むダンマーです、勇気のある人ですよ」
 ティベラの口から出てきた名前をしっかり頭の中に留めておいてから、ミレニアは少しでも活動的な人間がいたことに感謝した。
 もし批判的な活動をする者が一人も出てこないほど圧政が凄まじいものだとしたら、まさに八方ふさがり。本当に独力で問題に対処しなければならないところだったが、味方として利用できる人間がいるなら、幾らでもやりようはある。
 その後はしばらく茶菓子をつまみながらティベラと談笑し、紅茶のおかわりを断ってからミレニアはリサンダス邸を出た。
 レヴァナ・ネダレンに会いに行こう。

  **  **  **  **




「おおっ、なんと美味しそうなキノコが!キャプチャー開始ッ!」
「オルドス、それは毒キノコよ!ベニテングタケ、食べたら死んじゃうわよ!?」
「なにぃ~、毒キノコ…だいじょうぶへーきへーき、一機減るだけだから…」
「なに言ってんの!あなたはマリヲでもルーイヂでもないのよ!?」
 なにやら騒がしいダンマーの男女の姿を目にして、ミレニアは低い声でつぶやいた。
「なんだろ、あれ…」
 ちなみにベニテングタケの毒はそれほど強力なわけではなく、命に関わることは滅多にない(よほど大量に食さなければ、だが)。毒を抜いて調理する方法もあり、国や地方によっては普通に食材として用いられることもあるという。
 ミレニアも錬金術の勉強をしていたときに、錬金材料としてこのキノコの研究をしたことがある。錬金材料としてはともかく食用に用いる場合は、「あくまで自己責任で。過量摂取、常食はしないこと」というのが彼女の下した結論だった。死ななければいいというもんでもない。
 おそらく男女の片割れが、ミレニアの探していたレヴァナ・ネダレンだろう。事前にティベラから聞いた人相風体に一致している。もう一方の男のほうは誰だかわからないが…
「あの、レヴァナ・ネダレンさん?」
「あなた誰、なんで私の名前を知ってるの…それよりこの、彼を止めて頂戴!あーっ、た、食べちゃ駄目だってばさ!」
「うますぎる!」
 女性…レヴァナが目を反らした隙に男はベニテングタケを口の中に放り込み、野太い咆哮を上げた。その直後、ダウン。
 あー、とか、うー、とか唸りながら倒れている男を、レヴァナが揺り起こそうとした。
「オルドス、死なないで!お願い死んじゃ駄目よ!?」
「あー、命に別状はないと思うッスよ。こんなに早く中毒症状が出るのは珍しいけど…大抵は吐き気を催すとか消化器系に影響が出たり、一時的な情緒不安定に陥る程度で…たまに幻覚を見る人もいるらしいけど。一日もすれば収まるから、医者に見せる必要もないと思うな」
「あなた詳しいのね。植物学者かなにか?」
「ちょいと錬金術をかじってるってカンジ」
 あえて魔術大学への在籍は伝えない、そのことが裏目に出ない保証はまだないからだ。
「ふら~いん、ふら~いんざすか~い、くりふれーさーふらいぞんは~い…ふら~い♪」
「なにその歌」
 どうやら中毒症状が酩酊に似た効果を引き起こしたらしい、ちょっとヤバイ目つきで歌いはじめた男にミレニアは思わず警戒してしまう。
「あの…え~と、あたし、この街で衛兵の汚職が横行してるって聞いて…ある機関からの依頼で調査してるんですけど。ところでこの人、誰なんですか」
「彼はオルドス・オスラン、つい最近衛兵から不当に家を接収されて宿無しになってしまったのよ。酷い話よね」
「あー…ご愁傷様です」
「ところで、衛兵の汚職の調査と言った?それで、なんで私に会いに来たの?」
「ある人から、この街で積極的に反対活動をしているのがあなただと聞いて」
「その、ある人って誰かしら」
「言えません。この件とは無関係な情報提供者なので」
「ある機関からの依頼と言ったわね。それ、どこ」
「それも言えません、申し訳ないですけど」
「信用できないわね。たとえば、あなたが反対勢力を潰すために衛兵に雇われた工作員じゃないって証拠がどこにあるというの?私はただの一般人よ、協力はできないわ」
「現状で衛兵側は工作員を雇うより、正面から潰しに来るほうが手間がない…って言い訳は意味ないですよね、この場合」
 レヴァナが言っているのは個人的な信用の問題であって、衛兵側が工作員を送ってくる可能性についての推量ではない。
 どうしたものか…少し考えてから、ミレニアは「ちょっと待っててください」と言ってその場を離れた。
 いったい何をするつもりなのか、と見守るレヴァナの前で、ミレニアは通りを巡回していた衛兵を呼び止めると、他愛のない雑談をはじめた。しばらくして二人は別れたが、戻ってきたミレニアの手には金貨が詰まった皮袋が握られていた。
 さっき話をしていた衛兵の腰にぶら下がっていたものだ。
「これ、いま衛兵から盗んだものです。あたしが信用できないなら、いまここであたしを告発することもできますよ」
「なんとまあ」
 おそらく今日も不運な誰かから罰金を徴収していたのだろう、若干重みのある皮袋を手渡されたレヴァナは、しばらくミレニアの顔をじっと見つめると、目を細めて言った。
「…あなたには影の加護がついてるように見えるけど。どうかしら、私の思い違いかしら?」
「あ、それ!」
 影の加護、というキーワードにミレニアが耳をぴんと立たせる。
 なぜならそれは盗賊ギルドの一員や、その協力者たちが好んで使う単語だからだ。
「あなた、ひょっとして…」
「もう引退した身だけどね。といっても脱退したわけじゃなくて、たんに活動してないだけだけれども。ひょっとしてこれはギルドからの仕事の依頼なの?」
「言えません」
「あ、そ。まあいいわ」
 たとえ相手が敵ではない…味方かもしれない…とわかっても、途端にお喋りになるようでは盗賊失格だ。
 それをわかっているのか、ミレニアが「正体を明かせない」という態度を崩さなくとも、レヴァナの警戒心はさっきまでと比べて随分と薄れていた。
「いいわ、協力してあげる。といっても、本当は私のほうこそ協力者を必要としていたのだけどね。だから、実際は私がしてあげられることって、そんなにないのだけれど」
「いや、協力してくれるってだけで心強いッスよ。それで、現状はどうなってるんです?伯爵はこの件について関知してないんですか?」
「伯爵?知らないことはないでしょう、といっても不正の確実な証拠が挙がらない限り、動くことはないでしょうけどね。あの人は自分の台所に影響がなければ、市民の暮らしになど興味を持たないのです。シェイディンハルの恥さらし、まったくどうしようもない」
「ぐえー。伯爵の協力は望めない、と。なにか具体的な対策って用意してあります?」
「対策というか…衛兵も、誰も彼もが堕落してるわけではないわ。特に副隊長のガルースという男はオーリックの横暴にかなり批判的だとか。なんとか彼と接触したいんだけど、私は衛兵隊長のオーリックから目をつけられているせいで城へは門前払いを喰らって入れないし、ガルースもオーリックの指示でパトロールを禁じられているらしく、城に閉じ込められているのよ。なんとか彼と連絡を取ることができれば、少しは前進できると思うのだけどね」
「つまり、あたしが城に入ってガルースさんと話をしてくればいいんですかねー。とりのあえずは」
「できるの?というのもいま、城への謁見には厳しい制限が課せられていて、普通の身分の人は入れないのよ」
「そりゃー、まあ。任せてくださいッスよ」
 ミレニアには城に潜り込むための秘策があったが、それをレヴァナには言わず、ただ唇に人差し指をあてて不敵な笑みを浮かべた。

  **  **  **  **

「帝都魔術大学からわざわざお越しくださったとか。たいしたもてなしもできませんが、どうかお寛ぎください」
「やや、そんな気を遣わないでくださいって」



 副隊長ガルース・ダレリアンは見た目からして誠実そうな青年だった。
 門衛から「いま伯爵は誰とも会わない、出直してくれ」と言われたものの、「城に入るだけ!入るだけでいいから!」とミレニアは無理を押し、なんとか彼と会うことができたのであった。魔術大学の会員という身分はなかなかどうして、役に立つことがある。濫用は禁物だが。
「隊長と、部下たちの汚職については私も聞いている。伯爵が何も対策を講じないのも事実だ。しかし、伯爵は…奥様を亡くされてから、ずっと心を病んでおられるのだよ。可哀想なお方だ…もちろん、それが市民への何の慰めにもならないことはわかっている。だが、伯爵とて好んで享楽に身を任せているわけではないのだ。そのことは、理解してほしい」
「…はい……」
 今は亡き伯爵夫人の席に献花を捧げるガルースの姿に、ミレニアは心苦しさを覚える。
 まるで、伯爵夫人が今もまだどこかで生きているかのように。まるでいつの日か、ひょっこりと…何事もなかったかのように戻ってくるのではないか。そんな伯爵の期待が、生前と同じく残されたままの伯爵夫人の椅子を通して見えるようだ。
 もちろん、傷心から政治に支障をきたすようでは統治者失格だ。衛兵隊長のオーリックとその部下も、伯爵の政治への無関心を利用して横暴を働いているのは明らかだった。
 それでも大切な人を亡くしたその想いを、ミレニアは無視できなかった。
 悲しそうな表情をするミレニアにガルースは驚き、そんなつもりはなかったと前置きして笑みを浮かべた。あからさまに作り笑いっぽかったが。
「早々に湿っぽい話をして申し訳なかったですね。ところで、魔術大学からの要件とは?宜しければ、私が伯爵にお伝えしておきますが」
「やや、いや、その。じつはあたしが用があるのって、伯爵じゃなくてあなたなんですよ」
「私に?」
 目を丸くするガルースに、ミレニアは「こうなったら一か八かだ」と危ない綱渡りをはじめることを決心する。
「じつはシェイディンハルの、衛兵による罰金の過剰な徴収に魔術ギルドの支部から苦情が報告されてきまして。このままでは活動に支障をきたすからと…そこで大学が、内密に問題解決のための人員を、まあ、あたしなんですが、派遣することに決めたってことで」
「帝都がこの街の政治に関心を持っているとは思いませんでしたが、まさか魔術大学が…」
「あくまで密命で、このことはギルドのシェイディンハル支部にも知らされていないので、他言は無用なんですが…街で情報を集めたところ、あなたが隊長の横暴に批判的だと聞いたので、どうにか協力してもらえないかと思って来たんですが」
 ここで無関係な魔術大学やギルドの名前を出すのはかなり危険な行為だったが、そういったバックグラウンドを持たずに協力を仰ぐことは不可能だろうとミレニアは考えていた。
 たとえガルースが市民の置かれた状況に同情的だとしても、たんなる一市民に問題解決を任せることはないだろう。逆に彼の正義感がそれを拒むはずだ、重い責任と危険を負わせるわけにはいかないと…
「魔術大学が動いているなら、こちらとしても静観を続けるわけにはいかないですね。伯爵の名誉にも関わりますし、問題解決のために尽力しましょう」
 どうやらミレニアの嘘を信用したらしいガルースは、一本の鍵を腰のベルトから取り出した。
「これはオーリック隊長の寝室の鍵です。どうにか複製するところまではいったんですが、その後に他の衛兵を使った監視の目が厳しくなりまして。もし寝室に忍び込むことができれば、不正の証拠となるものが見つかると思ったのですが」
「…警戒云々を言うなら、余所者のあたしのほうが目はないと思うんだけど」
「もちろん。ただ、魔法の中には姿を消したり、人の目を撹乱するといった術があると聞きます。もしあなたにそういった術の心得があるとすれば、あるいは」
「まぁねー」
 実際のところミレニアは錬金術専門であって、魔法はほとんど使えない。つい最近ラミナスに急かされるまで、魔術師の杖すら作ろうとしなかったほどだ。
 もっとも魔法を行使しない「盗みの術」そのものについての心得があるミレニアにとっては、ここでガルースの提案を断る理由はない。もちろん、本当のことを話す意味もない。
「できるだけ寝室に侵入しやすいようセッティングしておきます。夕暮れ過ぎに部下たちが酒盛りをはじめますので、そのときに入るのが一番いいでしょう」
「了解了解。それじゃああとは、成果が挙がったあとにまたここで会うってことで。あんまし頻繁に連絡を取り合って、関係を疑われるのもまずいしねー」
 ガルースから鍵を受け取りながら、ミレニアは軽い口調で会話を流す。
 頻繁な接触を避ける本当の理由は、ガルースに始終つきまとわれると仕事がやりにくくなるからだ。特に盗賊としての、盗みの仕事をするならなおさらだ。
「ところで主犯格…て言い方でいいかどうかはわかんないけど、隊長のオーリックってどんなヤツなの?」
「勤勉な男…でした。伯爵が彼を隊長に任命したのは、戦いの実力も勿論でしたが、純粋に仕事への誠実さからでした。同僚からの信望も厚く、それがどうしてああなってしまったのか…私にはわかりません。ただ」
「ただ?」
「以前から、ダンマーに対して差別意識のようなものがあったような気はします。それに彼が執拗に罰金を取り立てるのはダンマーに対してのみで、オークや他の種族に対してはそれほど厳しく科料を迫らないのです。これが何を意味するのかは、わかりませんが」
 もちろん、理由があったからといって行為が正当化されるわけではない。
 そう言うガルースに対し、ミレニアは肯定とも否定とも取れぬ曖昧な返事しかできなかった。

  **  **  **  **

 ガルースが指定した夕刻過ぎ、ミレニアはオーリックの寝室がある衛兵の詰め所へと侵入していた。



「いやー、めいっぱい飲んでるねぇー。こんな酒やご馳走に自分たちの金が使われてると知れば、そりゃあ市民のミナサマも激怒するわさ」
 仕事用の盗賊装束に身を包み、部屋の影に身を潜めながら、ミレニアはそんな独り言をつぶやいた。
 どうやらガルースが事前に細工したらしい、部屋の照明が減らされ暗くなった室内で衛兵たちが歯に衣を着せぬ言葉で駄弁りはじめる。



「しかし、まさか蝋燭の搬入が遅れたせいで部屋の照明がつけられねーとはな。ガルースが注文書で手違いをやらかしたらしいが、あいつもけっこう抜けてるところあるよな。蝋燭の在庫が残ってないってのも変な話だが」
「ま、そういうこともあるんだろうよ」
 それとなく会話に耳を傾けながら、ミレニアは暗視装置のスイッチを入れ、アクティヴ・ヒートシーカーをオンにした。緑一色になった世界の中で、酒の影響かやや体温が高くなった衛兵たちの姿がくっきりと赤く浮かび上がる。
 この暗視装置はミレニアの両親が遺したもので、どうやらシロディールの技術で作られたものではないらしい。といっても、その詳細を両親に聞く機会はなかったが。
「ところで隊長はどこ行ったんだ?飲みの席に主役がいないんじゃあ、仕方ねーだろうに」
「パトロールだとよ、いつものことだろ。熱心だよな、あんだけガッツリ稼いでんのに、酒はほとんど飲まねーし、贅沢してるようには見えないんだ。おまえら隊長の部屋を見たことあるか?ビックリするぜ、ありゃあ安給取りの下っ端と変わらんよ」
「そのくせ俺たちへの気前はいいときたもんだ、有り難い話じゃねぇか…なあ、隊長が貯めた金を何に使ってるか予想してみないか?俺はなんか、ヒトには言えない趣味でも持ってんじゃあねーかと思うが」
「麻薬かな?」
「いやー女だろ!ありゃあ女に貢いだ挙句、身を持ち崩す性格だぜ」
「違ぇねえ!」
 ガッハハハハハハハ!
 下品な笑い声を上げ、こちらの様子にはまるで注意を払うこともない衛兵たちをジト目で睨みつけながら、ミレニアはそっとオーリックの寝室に侵入した。
 さっき衛兵が言っていた通り、オーリックの部屋は至って簡素で、不正に金を稼ぐ者にありがちな贅沢品や華美な装飾などはまったく見当たらなかった。何の変哲もない焼き物の壷、金属製の食器は金銀ではなく安物の合金製、タペストリーは木綿で編まれたものだ。唯一ベッドは豪華だったが、これはもともと城が要職に就く者のためにあてがったものだろう。
「うーん…盗賊の目で見ても、あえて盗もうって思えるようなものが一ッつもないんだよねー」
 そのくせ部下への気前はいいという、まさかすべて部下への酒代に費やしているわけではないだろうが…それにしては稼いだ額が大きすぎる、必ず「何か」に使っているはずなのだ。あるいは、目的もなく金を貯めるのが趣味の拝金主義者だろうか?
 しばらく部屋を漁っていたミレニアは、やがて目当てのものを発見した。



「これは…帳簿?」
 まさか外部から盗みが入るなどとは思っていなかったのだろう、棚の上に無造作に置かれた一冊のノートには、いままで市民から取り立てた罰金の額が仔細に記されていた。
 事務的に書かれたそれは、あるいはたんなる悪趣味で作られたものかもしれないが…それとも彼にとって、徴収した金額の把握が重要なことだったのだろうか。
 そして帳簿の下には、一冊の日記が置かれていた。
 何気なくページを捲ったミレニアの目に飛び込んできたのは、苛烈な言葉だった。
『あいつらに復讐してやる』

  **  **  **  **

 誰にも見つかることなく詰め所から飛び出し、帳簿と日記をバックパックに詰めたミレニアは、このあとどうするかを考えていた。
 ふたたびガルースと会うのは翌日の午後と約束している、それまで特にやるべきことはない。
 おそらく帳簿を渡せば伯爵も動くだろう、さすがのオーリックも無事では済むまい。
 ただ…オーリックの日記を読んだミレニアは、悩んでいた。
 彼女も復讐のために行動している。盗賊ギルドと魔術大学の間で危ない綱渡りをしているのも、すべては復讐のための下準備に過ぎない。いままで汚いことも、人に自慢できないようなことも平気でしてきた。
 その自分が、復讐のために行動するオーリックを罰する資格があるのか。
 だが…
『もちろん、それが市民への何の慰めにもならないことはわかっている』
 伯爵を評するガルースの言葉を、ミレニアは思い出す。
 理由がある、というのは、免罪符にはならない。たとえ本人にどれだけ重い理由があろうと、あるいは自分の行為が間違っているとわかっていても、そう理解してもなお行動してしまう、それを納得できるだけの「何か」があったとしても。
 それは他人にとって何の価値もないものだ。他人には。
 そんなことを考えながら街を歩いていると…ミレニアは、教会前の広場で言い争う声を耳にした。
 衛兵二人に向かって罵詈雑言を吐き散らすのは、昼間レヴァナと一緒にいたダンマーの男オルドス・オスランだった。
 たしか、度重なる科料を支払いきれずに家を差し押さえられたと聞いていたが…
「オーリック、このクソ野郎!ここは俺さまの家だ、誰がなんと言おうとだ!ちくしょうめ、なにがあっても帰らせてもらうぞ…自分の家に帰れないなんて、そんな馬鹿げた話があるかってんだ」
「ふざけるな薄汚い酔っ払いのダンマーが、今ので名誉毀損と公務執行妨害がつく。50Gの罰金だ、といっても今の貴様には1Gぽっちも支払えんだろうがな」
「おまえが俺さまのケツの穴までほじくり返して何もかもぶん取ったからだろうが!これ以上邪魔すると、衛兵隊長だろうとなんだろうと容赦しないぞ!ぶっ殺してやる!」
 おそらく衛兵のうち一人は差し押さえたオルドスの家を監視するために常駐している見張りだろう。もう一人の黒髪の男、会話の内容からすると、彼があの悪名高い衛兵隊長のオーリックらしいが。
 事態はどうもまずいほうに転がっているようだ、酒に酔っているのか、あるいは昼間のベニテングタケがキマッているのかはわからないが、オルドスは明らかに素面ではない様子で、おもむろに腰のショートソードを抜き衛兵二人を威嚇している。
 止めなければ!
「…脅迫に威力業務妨害も追加して、投獄すれば何日の服役刑になるかな?」
「地獄でずっと同じこと言ってやがれ、このクソったれ野郎がぁーーーッ!!」
 ミレニアが現場へ駆け寄ろうとした直後、オルドスが短剣をオーリックに向けて振りかぶる!
 だが、いままで両腕を組んで微動だにしなかったオーリックが右手を一閃!素早く抜き放った銀製の斧の一振りで短剣をはじき飛ばし、続けざまに斧の柄をオルドスの首筋に叩き込んで昏倒させる!
「ぅぐあふっ!?」
「殺人未遂、衛兵へ刃を向ける行為は国家反逆罪にも該当するな。死罪だ…緊急時における自衛権の行使と衛兵隊長の権限をもって、私はそれを即時実行する」
 石畳の上に両膝をつくオルドス、オーリックはもはや無抵抗になった彼に向かって斧を振りかぶり…



「…な……!?」
 首を、切断した。
 首の切断面から血が洪水のように溢れだし、オルドスの青ざめた頭部がミレニアの足元に転がる。
 絶句するミレニアの姿に気づき、オーリックは斧にべっとりとこびりついた血を布で拭いながら、厳しい口調で迫ってくる。
「貴様、見ない顔だな。余所者か?見た通り、いまのは正当防衛であり衛兵としての通常業務だ。市民の命が失われたことは悲しむべきことだが。いや、こんな恥晒しの命知らずがシェイディンハル市民を名乗っていたことに悲しみを覚えるべきなのだ」
「だからって、殺すなんて…!」
「犯罪は犯罪、罰則は罰則だ。ルールが守られない社会など畜生道も同然、なにか問題があるのか」
 厳しい目つきで睨みつけるミレニアに平然と言い放つオーリック。
 そのとき傍らにいた衛兵が、オーリックになにやら耳打ちする。小声ではあったが、ミレニアのハーフ・メトセラの聴覚はそれを正確に聞き取ることができた。
『彼女は昼間、城への謁見に臨んでいた娘です』
『なに、あの小娘が?何者だ』
『魔術大学の遣いであるとか。であれば、無用なトラブルは避けるべきかと…』
 どうやら衛兵たちの間での情報伝達は早いらしい、たぶんガルースと話し込んでいる間に伝わったのだろう。
 ミレニアの正体を把握したオーリックは「フン」と鼻を鳴らすと、斧を下げて言った。
「帝都からの客人か。ここはいい街だ、くつろいでいくといい。ただし騒ぎを起こすなよ、あるいは妙な噂を聞きつけて犯罪者に加担などしてみろ。この街の法律は犯罪者に甘くはないぞ」
「それで、この街から人がいなくなるまで同じことを繰り返すわけ?」
「あるいはな。とはいえ勘違いしてもらっては困るが、虐殺は本意ではない。貴様は見たところアルトマー(ハイエルフ)のようだが…無用な詮索はするな」
 そう言って、オーリックは立ち去っていった。
 その背中に、あるいは皮肉の一つでも言ってやれたのかもしれない。あるいは、正義の一太刀を浴びせることができたのかもしれない。オーリックは腕の立つ戦士だったが、不意討ちならば可能であったろうか。
 しかしミレニアは何もせず、ただじっとオーリックの後ろ姿を睨みつけるだけだった。
 殺すだけなら、いつでもできる。負け惜しみではなく、ミレニアはそう考えていた。その判断を下すのにはまだ早い。
 ミレニアは目の前にいる衛兵の目を盗んでオルドスが落とした短剣を拾い上げると、その場を立ち去った。すくなくとも、ガルースと連絡を取る前にやるべきことが一つ、できた。







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