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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2016/11/22 (Tue)18:21





 吸血病の治療薬を作るため、強力な吸血鬼の灰とアルゴニアンの血を求めてスキングラードを発ったちびのノルドだったが、これといってアテがあるわけではなかった。
「どうしよう…」
 このまま何の目処もなく森の中をふらついて、目当てのものが見つかるだろうか?
 吸血鬼は廃坑や洞窟を根城にしていることがあるので、そうした場所を探せば見つかることもあるだろう。治療薬の製造に必要な力を満たしているかはともかく…アルゴニアンも同様に、そうした場所にたむろしている山賊を狙うという手がある。
 しかし、なんとも途方のない話だ。本当に一晩でこなさなければならないのか?
 暗澹たる気持ちを抱えるちびのノルドの前に、聖堂が見える。ゴトルズフォント修道院というらしい、せっかくなので探索の成功を祈願するために立ち寄ってみようか。






 聖堂には先客がいた。
 賊の類には見えないが、さりとて修道女というわけでもない。何者だろうか?
 眼帯で片目を覆った銀髪の女性はちびのノルドを一瞥すると、静かに口を開いた。
「どなた?」
「あー、えーっと、旅の者です。ちょっとお祈りに…あなたは、ここの人ですか?」
「いいえ、私も旅の途中で立ち寄っただけよ」
 旅人を名乗る女性は物腰こそ柔らかかったものの、その口調はどこか冷たいものを感じる。
 戦士には見えないが、ただの旅行者ではないはずだ。商人?あるいはやはり、山賊か何かだろうか?
 どことなく異様な空気を感じ取ったちびのノルドは、考えるよりも先に口を滑らせてしまう。
「あの、もしかすると、ですが…吸血鬼の遺灰とか、持ってませんか?」
「吸血鬼の遺灰?私が?…なぜ?」
「いえ、その、特に深い理由はないんですが。じつはわたし、強力な吸血鬼の遺灰を探してて、それで…」
「そんなもの、何に使うの?」
「く、薬を作るんです。錬金術で」
「あなた、錬金術師?」
「やや、ち、違います。知り合いに、ですね。頼まれて。というか、頼んで、というか」
「ふうん…」
 どこか値踏みするような目つきの女を前にして、ちびのノルドはいささかたじろぐ。
 吸血鬼になってしまった動揺がずっと尾を引いているせいもあるが、どういうわけかこの女性に対して、苦手意識のようなものが生まれている。それがなぜなのかは、自分でもわからなかった。
 やがて女が言った。
「幾ら出せる?」
「え?」
「強力な吸血鬼の遺灰。幾らで買う?」
「持ってるんですか!?」
「おそらく、ね」
 そう言って、女は腰のベルトに下がっていたポーチから帆布製の袋を取り出した。
「ヴィセンテ・ヴァルティエリっていう…暗殺者の遺灰よ。ずっと人間社会に溶け込み、決して正体を明かさなかった…まあ、強力な吸血鬼と言えるのではないかしら?信じるかどうかは、あなたの勝手だけれどね…」
 どこか物憂げ、けだるげな表情で女は訥々と語りだす。
 本物だろうか?新手の詐欺商法という可能性も、もちろん考えられた。
 たまたま遺灰を持って教会へ祈りに来たら、吸血鬼の灰などというけったいなものを求めている変人に出会ったので、適当にふっかけて大金をせしめようと思いついたのかもしれない。本来は位牌とともに飾るか、墓に埋められるはずだったイシュトヴァーンおじさんの遺灰に感謝、というわけだ。
 もちろん、遺灰は本当に強力な吸血鬼のものだという可能性もある。
 これから山の中を駆けずり回って、あるかどうかもわからないものを探すか?それともここで金を払って手打ちにするか?時間のないちびのノルドにとっては考えるまでもなかった。
「…500G、で、足りますかね?」
「市価の十倍ね。よほど急いでるのね…いいわよ、それで」
 ちびのノルドが金貨の入った皮袋を渡すと、引き換えに女は遺灰の入った帆布袋を差し出してきた。驚いたことに、女は金貨の数を数えようともしない。そもそも、金に興味がないふうな態度だった。
 またしても疑問が頭をもたげる。彼女は何者なんだろう…
 しかし、それを詮索している暇はない。
「あ、あのっ、ありがとうございます」
 ちびのノルドは頭を下げると、小走りに教会を出ていった。







 残るはアルゴニアンの血液だが、これがまた厄介だった。
 第一、こんな夜中にそうそうアルゴニアンが出歩いていることなどない。彼らは寒さを苦手としているため、理由もなく夜に散歩するような習慣を持っていなかった。
 しばらく歩き通していると、ポツポツと雪が降りはじめ、自分がかなり山の深い部分まで来てしまったことに気づく。
 ひょっとしてジュラル山地のあたりまで到達してしまったのか?
 引き返すべきか…そう思ったとき、ちびのノルドは見覚えのある影を発見した。黒いコートを着た、アルゴニアンの剣士。






「あなたは…」
「またおまえか!相変わらず、そんな格好でよく寒いなかをうろつけるな、ええ?」
 アルゴニアンの剣士ドレイクはちびのノルドを見るなり、露骨に嫌そうな顔をして言い放った。どうやら以前、ズボンを奪われたことを根に持っているらしい。
 本来なら血液はそのへんの野盗や山賊の類を殺し、その死体から抜き取る予定だったのだが、ここで知り合いに出会ったのは運が良かったのか、あるいは…
 望みが望みだけに、ちびのノルドはおそるおそる訊ねる。
「あの、じつは頼み事があるんですけど…」
「ああ?もうズボンは貸さねーぞ」
「いえ、そうではなくて。その…少し、血を頂けたらなー、と」
「血だと?そんなもの、おいそれとくれてやるわけにいくか。どういう事情だよ、いったい…」
 ドレイクはすっかり呆れ顔で、当然ながら、拒否反応を示した。
 本当のことを話して良いものだろうか…ちびのノルドはしばし逡巡する。
 このドレイクという男は、少々ガラの悪いところはあるが、かつて共に仕事をした限りでは実直さを取り得としているようだった。一か八かだが、素直に白状するしかない。
「じつは…わたし、吸血鬼と戦って。病気を移されたんです。吸血鬼に、なっちゃったらしいです…」
「吸血鬼?おまえがか?」
「それで、いま、シンデリオンっていう錬金術師のひとに、治療薬を作ってもらってるんですけど…材料に、アルゴニアンの血が必要らしくて、それで」
「シンデリオンだと?なるほど、あいつがな…ヤツの言うことなら、まあ、デタラメじゃあないんだろうさ」
「お知り合いですか?」
「師匠筋のな。それで、血と言ったって、どれだけ必要なんだ?」
「えっと…」
 聞いていなかった。
 シンデリオンは何と言っていただろう?アルゴニアンの血がどれだけ必要かと?
 必死に思い出そうとしたが、なんのことはない、シンデリオンは血の分量については一言も口にしなかった。どうしようもなかった。わかりません、と素直に言うか?
「エート…2Lくらい?」
「死ぬわ」
「じゃあ、あの、インク瓶くらいの量で」
「少なかぁねーが、事情が事情だ。しょうがねえなあ…」
 そうつぶやき、ドレイクが渋々銀製のダガーを抜き、刃を左手の母指球のあたりにあてがう。
 そのまま柄の部分を引き、手に傷をつけようとして…ドレイクは動きを止めた。血が噴き出す瞬間を待ち侘びるかのように、ちびのノルドが食い入るように見つめていたからである。
 素早くダガーを鞘におさめ、ドレイクは首を振った。
「やめた」
「えっ?」
「おまえ、飲むだろ?」
「飲みませんよ!」
「ウソつけ、いま、自分がどんな顔してたか、自分でわかってねーだろ。どうやら相当症状が進んでるみたいだな…ダメだ、ここで血を渡すわけにはいかない」
「そんな!無茶なお願いだってわかってますけど、でも、わたし…!」
「だからよ、フウ…俺がついていってやるよ、シンデリオンのところまで。どうせおまえ、ちゃんと分量も聞いてなかったんだろう?」
 血は渡せない、と言われたショックから、ちびのノルドはドレイクの言葉の意味をしばらく理解できなかった。
 だが彼の好意を理解すると、ちびのノルドはふらふらと膝をつき、その場で泣き出してしまった。ドレイクが彼女の扱いに困ったのは言うまでもない。







 吸血鬼の遺灰と、アルゴニアンの血…の保有者を連れたちびのノルドが研究室に戻ったときには、すでにシンデリオンとミレニアが他の材料をすべて揃えて待っていた。






「おやドレイク、グラアシアの件以来だね」
「またここに来ることになるとは思ってなかったぜ。相変わらず酷い臭いの部屋だな…ところで、エリクサーとやらは完成したのか?」
 どうやらシンデリオンとドレイクが顔見知りなのは本当らしい。顔を合わせるなり、挨拶も抜きに二言、三言雑談を交わす。
 またドレイクとミレニアも見知った仲らしく、それもたんにシンデリオンを通じての知人というより、また別の事情があるらしかった。
「セリデュールは…」
「終わったよ。なにもかも」
「そうですか」
 二人は短い言葉でやり取りしたのち、意味ありげな目配せを交わす。
 いったい、なんだろう?シンデリオンは二人の話を聞いていたはずだが、これといって突っ込みを入れたりはしない。事情を知っているというより、我関せずといった態度を取っているように見える。
 弟子と知人の内密のやり取りに興味を抱かない、なんてことがあるだろうか?
 まあ、自分には関係のないことだ…と、ちびのノルドは考え直す。なによりいまは、薬が無事に完成することを祈るしかない。

 半日ほどかかり、ついに完成した薬をちびのノルドが口にする。
 味があまりにも酷く、思わずちびのノルドは吐き出しかけたが、どうにか我慢して一気に全部飲み干した。異臭と喉越しの悪さも相まって、あとから涙が溢れてくる。
 どうもそれらの特徴はニルンルート由来の滋養成分によるものらしい、吸血鬼化が原因で衰弱した身体の調子を整えるためのものらしいが…






「体内の毒素が中和されるまで、すこし時間がかかる。一日ほど安静にしていたほうがいい」
 シンデリオンの忠告に従い、ちびのノルドは研究室のベッドを借りて目を閉じる。
 肉体的疲労はもちろんあったが、それ以上に心労が祟っていたのか、ベッドの上で横になると同時にちびのノルドはあっという間に意識を失った。それは、信頼できる知人…仲間たち、と言えるほど深い仲ではない…に見守られ、安心したせいもあるかもしれない。







 ほぼ丸一日のあいだ、一度も目を醒まさずに眠り続けていたちびのノルドは、帝都闘技場のグランド・チャンピオン決定戦当日の朝に意識を取り戻した。
 どうやら吸血病の影響はすっかり抜けたらしく、だいぶ衰弱してはいたものの、気分は悪くなかった。






「どうやら薬がちゃんと効いたようだね」
「ありがとうございます、シンデリオン先生!ところで、他の二人は…」
「君が眠ったあと、すぐに出発してしまったよ。皆、いろいろと事情を抱えているからね。もしまた旅先で出会うようなことがあれば、そのときは改めて礼を言っておくといい」
 大変な借りを作ってしまったと思ったが、悪い気はしなかった。
 利用できるものはなんでも利用する、偉大なクソ野郎に対して作る借りは大変な負債になるが、今回のような…口の悪いアルゴニアンの剣士、風変わりなアルトマーの錬金術師弟に対しての借りは、むしろ、そういう形で繋がりを持てたことに感謝すらしていた。
 ちびのノルドにとって、相手の悪意を気にせず付き合える相手というのは本当に珍しかったのだ。
 吸血病治療の対価としてシンデリオンは謝礼を受け取るかわり、ニルンルートの収集を依頼してきた。現在研究中の、エリクサーというポーションを作るために必要らしい。今すぐというわけではなく、旅の途中で見かけたら持ってきて欲しい、という程度のものだった。
 吸血病治療の対価としては破格の良心的提案だ。断る理由はなかった。
 若干ふらつきながら、外に出ようとするちびのノルドをシンデリオンが制す。
「病気が治ったとはいえ、すぐに激しく動き回らないほうがいい。二、三日は休養を取って、栄養をつけたほうがいいだろう」
「あの、そう言ってくれるのは有り難いんですけど…ちょっと、先延ばしにできない用事があるので」
 そこでちびのノルドは、自分がアリーナの闘士であること、グランド・チャンピオンへ挑戦する権利を獲得したことを話し、今日の夕方までには帝都闘技場まで戻らねばならないことを説明した。
 また、吸血鬼に襲われたのはグランド・チャンピオンであるグレイ・プリンスからの依頼を遂行する過程での出来事だったことも話した。
 それを聞いたシンデリオンは驚いた表情を見せ、なぜそれを早く言わなかったのかと問い詰めようとしたが、けっきょく、そうする意味もないことに気づき、それは諦めた。
 そのかわり、言うべきことがあった。
「なあ…君は、嵌められたんじゃないのかい?その、グレイなんとかいうチャンピオンに」
「え?」
「だってそうだろう、これから対戦する相手に重要な頼み事をするってこと自体がまず怪しいし、彼が吸血鬼の存在を知ってて君を死の穴に送り込んだと考えるほうが自然だ。そいつが無敗のチャンピオンでいられたのも、そういう卑劣な手を使ってきたからじゃないのかい」
「違っ、彼はそんな人じゃあ…」
 臆面もなくそう言い放つシンデリオンに、ちびのノルドは反論しようとしたが、すぐに口を閉ざした。
 一見誰にでも愛想が良く、自分の身分を鼻にかけない好漢。
 それが実際は卑怯な手を惜しみなく使う悪党だったなんてパターンは、故郷のスカイリムで、このシロディールで、呆れるほど目にしてきた。
 だからこそ、グレイ・プリンスに会ったことすらないシンデリオンの言葉が、逆に納得できるのだ。相手を油断させる懐柔術、愛想の良さといった「目くらまし」の影響を一切受けていない部外者の言葉だからこそ。
 しかしそれなら、だからこそ、あのグランド・チャンピオンをアリーナの中心で血の海に沈めなければならない。どのみち、ここで逃げるなどという選択肢は有り得ないのだ。







 帝都へ向かう荷馬車の御者に多額のチップを渡し、かなり無茶な高速移動を強いて帝都に到着したちびのノルドは、間もなく日が暮れるというタイミングで闘技場へ戻り、その結果、剣豪オーウィンの激しい叱責を受けることになった。
「おまえ、一週間もどこへ行方をくらましてた!?この大事な試合が中止になったら、アリーナ始まって以来の歴史的汚点になるところだったぞ!」
「すいません、本当にすいません!」
「悪いが休んでる暇はないぞ、もう観客席は満員でおまえたちの登場を待ち望んでるんだ!」
「あの、それはいいんですけど…ちょっとの間だけ、グランド・チャンピオンに挨拶していきたいんですけど」
 そう言って、ちびのノルドはオーウィンが止めるよりも早くその場を離れた。





 すっかりコンセントレーションが整った様子で木椅子に腰かけているアグロナック・グロ=マログに、ちびのノルドはクロウヘイヴンで発見したロヴィディカス卿の日記を押しつける。
「ひょっとして、戻ってこれないのではないかと思っていた。これは父の日記か?」
「そうですけど…どうして、あなたの父が吸血鬼だと教えてくれなかったんです!?」
「なんだって?吸血鬼…ちょっと待ってくれ!」
 激昂した様子で叫ぶちびのノルドに、グレイ・プリンスは虚を衝かれたような表情でおののいた。
 必死で日記のページを読み進めるグレイ・プリンスの態度に、ちびのノルドは疑問を覚えた。ひょっとして彼は本当に何も知らず、単純に自分のルーツを辿る目的で依頼をしてきたのか?
 せいぜい試合前に、彼の依頼のせいでどれだけ酷い目に遭い、多額の散財をする破目になったかを言ってやるつもりだったが、もうそんな気は失せていた。ひょっとすると、グレイ・プリンスは演技の達人で、動揺しているフリをしているだけかもしれないという考えは捨てていなかったが。
「なんということだ、本当に…私の父は、ヴァンパイアだったというのか!?私は灰色の王子などではなく、悪魔の落とし子だったのか!ナインよ、シンジよ!こんなことが、あって良いものなのでしょうか!?」
 互いに動揺を隠せないなかで、オーウィンが二人の出場を急かす。
 釈然としないまま、ちびのノルドは重い足取りでブルーチームの出場エリアへと向かった。










『本日は十年振りのグランド・チャンピオン決定戦、あなたはこの瞬間を一生忘れないでしょう!ブルー・チーム対抗者は短期間で瞬く間にハイ・ランカーへのぼりつめた徒手格闘の達人、鋼鉄の肉体を持つ乙女アリシア・ストーンウェル!対するは無敗の王者、灰色の貴族アグロナック・グロ=マログ!』
 会場はすでに熱しきっており、試合が始まるまえにぶっ倒れる人間が出てくるのではないかというほどの熱狂ぶりだ。ちびのノルドとグレイ・プリンスが登場した瞬間にドッと歓声が沸き、まるで騒音の海に包まれたような気分になった。
 確執を残したまま戦いに挑むのは気が進まなかったが、予定をずらすことはできなかった。そんなことをすれば暴動が起きるだろう。
『いまここに、今紀最大の戦いがはじまります!刮目せよ、それでは…試合開始ッ!!』
 大音量のアナウンサーの声とともにゲートが開き、ちびのノルドとグレイ・プリンスは同時に駆け出す。
 接近と同時にグレイ・プリンスが剣を振りかぶるが、先刻のショックが大きいためが動きがのろく、まるで隙だらけだった。ちびのノルドはそれを難なくかわし、懐へ入り込むと同時に肘鉄を相手の脇腹へ食い込ませようとする。
 命中すればアバラの骨折は確実、内蔵へダメージを与えることができればその時点で勝利は確定したも同然だ。
 攻撃を繰り出す間際、ちびのノルドとグレイ・プリンスの目が合う。
「…… …… …ッ!!」
 彼の纏う異様な雰囲気を察したちびのノルドは身を捻って反転し、勢いを殺さぬまま横転して大きく距離を離した。
 一見すると、門外漢には理解できない高度な攻防があったかのような光景だったが、これはそんなものではなかった。
 あいつ、攻撃を受けるのがわかっていて、防ごうとも避けようともしなかった……!?
「どういうつもりです」
 一定の間合いを保ちながら問いかけるちびのノルドに、グレイ・プリンスがこたえる。
「わかっているだろう、汚らわしい吸血鬼の血を引く私はこれ以上生きていけない。生きていては、いけないんだ!だから、頼む…私を殺してくれ。君にも随分、迷惑をかけた。これはその罪滅ぼしだ、さあ!」
 死を受け入れた表情で、グレイ・プリンスは自らの盾を剣でガンガン叩きつける。おそらく観客からは、自らを鼓舞しちびのノルドを挑発する動きにしか見えていないだろう。
 この期に及んで彼がブラフをかけているとは思えなかった。本気で殺されたがっているのだ。
 ちびのノルドはふたたび駆け出し、グレイ・プリンスの膝を蹴って体勢を崩させると、隙だらけになった顔面に向かって跳躍し…






 平手で叩いた。
 パアン、という乾いた音が会場全体に広がり、攻撃がクリーンヒットしたことで一瞬会場は沸くものの、必殺の一撃を打てたはずの状況で平手を使ったことに早くも観客たちは疑問を抱きはじめていた。
 もちろん、それはグレイ・プリンスとて同じことだった。
「なぜだ、君ならいまのタイミングで殺せたはず!これ以上、私に生き恥を晒させるつもりか!?」
「…ふざけないでくださいよ」
「なに?」
「こんなくそっくだらない茶番であなたの自殺を手伝って、そんなの、けっきょく、あなたの一人勝ちじゃないですか。それで名誉もなにもあったもんじゃないグランド・チャンピオンなんていう称号をもらって、わたしが喜ぶと本気で思ってんですか」
「私にはもう戦えない。戦う理由がない。生きる理由がない…たのむ、これ以上私を苦しませないでくれ。ひと思いに殺してくれ」
「わがままばっかり言ってんじゃねぇよ、負け犬!薄汚いバケモノの血のせいで脳味噌まで腐っちまったのか、えぇ!?てめぇがブザマな死にざまを晒す最期の最期くらい、ちょっとは根性見せてみろよ、このクズ野郎!!」
「なんだと!?」
 あまりに口汚く罵られたせいで、先刻まで覇気を失っていたグレイ・プリンスが激昂しかける。
 だが、ちびのノルドが嗚咽を漏らしているのに気づいたとき…考えを改めた。
 あんなこと、言いたくはないのだ。戦士としての名誉と誇りを守るため、互いに全力を尽くして戦うことを望み…心を鬼にして、あのような暴言を吐いたのだ。それでも心が耐えきれず、涙を流しているのだ。
 膝をついていたグレイ・プリンスはゆっくりと立ち上がり、武器を持ち直す。
 そしてちびのノルドをまっすぐ見つめ、口を開く。その表情に迷いはなかった。
「失礼した。我が名はアグロナック・グロ=マログ、またの名をグレイ・プリンス…アリーナのグランド・チャンピオンとして、全力でお相手する」

 ちびのノルドは微笑み、兜の下の涙を拭えぬまま、拳をかまえる。










 この戦いは、のちにアリーナの伝説として語り継がれることになる。










「ワオ、グランド・チャンピオンだ!以前からずっとファンだったんですよ、さっきのグレイ・プリンスとの闘いも見てました!もしよかったら、僕を従者に連れ…」







ゴガツ!!







 グレイ・プリンスに勝利したちびのノルドは、グランド・チャンピオン戦の伝統を破り、敗者の装具を奪うことなくアリーナから立ち去った。
 そのことに対し剣豪オーウィンと闘士長イサベルは最大級の叱責を与えるべく彼女の姿を探したが、すでにちびのノルドの姿は闘技場にはなく、未だ興奮冷めやらぬ歓声に満ちたアリーナで、二人はただ呆然と立ち尽くしたという。
 グランド・チャンピオン不在となった帝都闘技場はその後長きにわたって暗黒の時代が続くが、それはまた別の話として後世に語り継がれることになるだろう。

 夜になって、闘技場の前で気を失っている少年の姿が衛兵によって発見された。目撃者の証言によると、試合直後に新生グランド・チャンピオンが闘技場を出たところ、猛スピードで駆け寄った少年が一方的に殴り倒されたという。
 おそらく少年が新生グランド・チャンピオンに対して不愉快な態度を取ったか、あるいは、たまたまグランド・チャンピオンの機嫌が悪かったせいかは定かではないが、いずれにせよ看過できない暴力行為であることに変わりはなく、そういった点も含め、帝都闘技場は新生グランド・チャンピオンの不敬な態度を厳しく追求すると発表した。
 しかし彼女がアリーナへ姿を見せることは二度となかった。
















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