主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
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2016/11/20 (Sun)03:03
『ガイデン・シンジの名に賭けて、たったいまブルーチームに新たなるチャンピオンが誕生しました!皆様、惜しみない拍手をお願いします!』
帝都闘技場、円形のコロシアムの中心で、闘士専用の軽装鎧を身に着けたちびのノルドが血にまみれた拳を高々と天に捧げる。彼女の周囲には、闘技場のなかでも最高ランクの闘士たち三人が血の海に沈んでいた。
レーヤウィンを発ったちびのノルドは帝都へ戻ったあと、興味本位から闘技場の闘士に参加し、瞬く間に上位ランカーへと登りつめていた。
そして、今回の試合…対抗馬であるイエロー・チームに参加していたのは現チャンピオン、そして彼と互角の力量を持つ戦士二人。剣士、射手、魔術師という隙のない三人組を相手にちびのノルドはたった一人、それも徒手空拳で挑み、これを打ち破ったのだった。
「素晴らしい!素晴らしい試合だったぞチャンピオン!最初に見かけたときは、どんな無謀な役立たずかと思っていたが…いやはや、人間っていうのは見かけによらんな!」
試合を終え、闘士の控え室である流血路へ向かったちびのノルドは、闘士たちを束ねる剣豪オーウィンの激励に迎えられた。
いまでこそ多少は愛想が良いものの、ちびのノルドが無名の闘士だった頃は、それこそ罵詈雑言の嵐を浴びせかけてくる恐ろしいオヤジだった。とはいえ、そうした扱いは戦士ギルドで慣れていたので、ちびのノルドにとっては「脳筋はみんな思考が変わらねーな」という感想しか出なかったのだが。
なによりちびのノルドにとって、難しいことを考えずにただ研鑽を積み、正々堂々と全力で対戦相手とぶつかり合える闘技場の闘士という仕事はかなり性に合っていた。
賞金の500Gを受け取ったちびのノルドに、オーウィンが立て続けに言葉を捲くしたてる。
「この次はグランド・チャンピオン、あのグレイ・プリンスとの対決だぞ!試合の準備には一週間か、十日ほどかかる…なんといっても、ヤツへの挑戦者が現れるのはほぼ十年ぶりのことだからな!記念に残るイベントになるだろうよ」
「あのー、それはいいんですけど…この鎧じゃ動きにくいんで、自分の装備を使いたいんですけど、駄目ですか?」
「まだそんなことを言ってるのか?いいか、その鎧はアリーナの闘士のためにデザインされた、ガイデン・シンジがこの闘技場を創設したときから存在する伝統的な装束なんだぞ?それを、おまえのためにルールを曲げるわけにはいかんのだ。…と、言いたいところだがな」
「?」
「じつはグランド・チャンピオン戦には特別ルールが適用される。参加者の装備に関しては、いかなる私物をも持ち込みが可能になるんだ。というのもな…グランド・チャンピオンの鎧には特別なエンチャントが施されているんだ。そういうルールにでもしないと、釣り合いが取れないんだよ」
「えぇー…いや、あの、まあ、なんにせよ、全力で戦えるってわけですよね、お互いに」
若干顔を引きつらせながらも、ちびのノルドはどうにか前向きに考えようと努力した。
自分の身体にフィットする、使い慣れた装備を着用できるのは朗報だが、彼女の装備にはエンチャントといった類の強化は何一つ施されていない。まったく、ただの革と鋼の耐久力しかない代物である。
それで、自分があのグレイ・プリンスに勝てるのか…
「まさかお嬢さんがチャンピオンになるとは!」
「アハハ、じつはまだ手が痺れてるんですよ」
オークには珍しい青白い肌を鎧の隙間から覗かせ、修練に励んでいたグランド・チャンピオンのアグロナック・グロ=マログ、通称グレイ・プリンスがちびのノルドに笑顔を向ける。
「一週間後にはどちらがが強いか決着がつくわけですね!互いに闘士として、名誉ある死を臨みましょう!」
「どっちが死んでも恨みっこなしですよ?」
彼は我が強く攻撃的な者が多い闘士のなかにあって、圧倒的な力を持ちつつも穏やかな人柄であることから、周囲の敬意を一身に集めていた。そんなグレイ・プリンスには、人見知りの激しいちびのノルドもすぐに打ち解けることができたのだ。
戦士同士の戦いは命を継ぐ/繋ぐ行為であり、忌避すべきものでも、また罪の意識を感じるべきものでもない。
相手が親友だろうと、いや、親しい仲だからこそ、相手を打ち破り命を奪うことはお互いにとって最大級の栄誉なのだ。
「しかし、あと一週間でどちらかがこの世から姿を消すことになるとは…」
物憂い表情でそうつぶやくグレイ・プリンスに、ちびのノルドが問いかける。
「なにか心残りでもあるんですか?」
「ええ。以前から言っているように、私はさる高貴なる血族の生まれです。しかし、それを信じていない者が多いのも知っています。いまの私には、自らの出生を証明するものがありませんから」
「たしか、ずっと帝都で暮らしてたんですよね?」
「そう、母とともにね。しかし、出生は別の場所です…私の母はかつて、クロウヘイヴン砦に住む貴族ロヴィディカス卿に雇われていた使用人だったのです。そして貴族と使用人という、禁断の恋に落ち…誕生したのが私というわけです。ロマンティックな話ではありますが、現実はそう甘くはありません。事実の露見を恐れた母は私を連れて砦から逃げ出し、帝都に落ち着いたのです」
「つまり、追い出されたってことですか?」
「わかりません。母は詳しい話をしたがらなかった…世間体を恐れたロヴィディカス卿が母を捨てたのか、それともロヴィディカス夫人や他の使用人が事実を嗅ぎつけて母を外界へ追いやったのか、それとも母が自発的に出奔したのか…その母は他界する直前に、クロウヘイヴン砦へ向かうための地図と、一つの鍵を私に託しました。もし真実を知りたいなら、それが必要になると…」
グレイ・プリンスは自身の私物棚から地図と鍵を取り出すと、それをちびのノルドに見せた。
「生憎と、帝都闘技場のグランド・チャンピオンという立場にいる私はそこまで遠出ができません。クロウヘイヴン砦はシロディール西部、黄金海岸沿いにあるのです。もし可能であるなら、あなたにそこへ行っていただき、私が本当に貴族の血を引いていたという何かしらの証拠を持ち帰ってほしいのです」
「急に言われても…一週間後には試合が控えているんですよ?それに、そういう事情があるならもっと早く言ってくれても良かったじゃないですか、なにもこんなタイミングで…」
「あなたが信頼に足る人物か、相応の力を持つ者がどうかを見極めるには、このタイミングまで待つしかありませんでした。もし試合で死ぬのが私なら、その前に真実を知りたい。もし試合で死ぬのがあなたなら、もう、私にはこのような重大事を頼める知人はいないのです。今しかないのです」
そこまで言うと、グレイ・プリンスは地図と鍵をちびのノルドに託し、さらに金貨が詰まった皮袋を押しつける。皮袋はずっしり重かった。
「旅費と、報酬を先に支払っておきます。2000枚あります。あなたなら、大金を渡されても持ち逃げはしますまい」
「こ、こんなに…!?」
「グランド・チャンピオンなぞになってしまうと、どれだけ稼いでも使う暇がありません。遠慮せず受け取ってください」
断ることもできたはずだが、ちびのノルドはグレイ・プリンスの頼みを承知してしまった。
あまりに断りづらい雰囲気だったのもあるし、金貨2000枚の重さに大変な説得力があったのもあるが、なにより、彼女にはグレイ・プリンスのために何かをしてやりたいという気持ちが強かった。
名誉を賭けて戦う相手に、心残りがあるまま死んでほしくなかったのである。
「とっ、遠い~!」
シロディール西部、クヴァッチ領内。
すっかり日が傾きかけたころ、ちびのノルドは丘の上で膝に手をつき、荒い呼吸を必死に沈めようとしていた。
帝都闘技場を出発したちびのノルドはクロウヘイヴン砦へ向かうため、帝都からプリナ・クロスまでは馬車で移動したのだが、そこからは歩くしかなかった。おまけに、ずっと荷台で揺られていたせいで若干気分が悪く、山岳部の移動が想像以上にこたえている。
なんといっても、今回の依頼には厳格な時間制限がある。
一週間後までに帝都闘技場へ戻れなければ、ちびのノルドはグランド・チャンピオンへの挑戦権を破棄したと見做され、その不名誉な行為によって二度とアリーナへ出場することができなくなるだろう。
なんで、こんな面倒な頼みを聞いてしまったのだか…
ちびのノルドは自分自身の軽率さを罵りながら、砦の周辺をうろついていたスケルトン・アンデッドともを蹴散らし、クロウヘイヴン内部へ侵入した。
「だいぶん、荒れてますね…」
砦内部に巣食っていた巨大ネズミや狼をしばき倒し、ちびのノルドは松明に明かりを灯す。
グレイ・プリンスの母は最近まで生きていた…ということは、父のロヴィディカス卿も同様に存命だったはずだが、この砦の荒れようは一朝一夕のものではない。まるで何十年も手入れがされていないようで、まったくの廃墟と化していた。
いったい、グレイ・プリンスとその母が砦を出てから、何があったのか…
砦の探索を続け、ロヴィディカス卿の私室へ続くものと思しき扉を発見したちびのノルドは、厳重にかけられていた施錠にグレイ・プリンスから受け取った鍵を使う。
音を立てないよう、ゆっくりと扉を開き、ちびのノルドはあたりを見回した。
部屋の中には本棚や机などの家具が配置してあり、おそらくはロヴィディカス卿の書斎だったのだろうと予測できる。机の上に日記を発見したちびのノルドは、無意識的に手を伸ばし、ページをめくっていた。
その内容は驚くべきものだった。
ロヴィディカス卿はグレイ・プリンスの母グロ=マログとの禁断の恋を自覚していたが、なんと彼は吸血鬼であり、自身の正体を打ち明けるべきかどうか思い悩んでいた。
グロ=マログが妊娠したのを期にロヴィディカス卿は真実を伝えるが、グロ=マログはショックのあまり塞ぎこんでしまい、そしてグレイ・プリンスが産まれた直後、グロ=マログはロヴィディカス卿をこの部屋に閉じ込めて鍵をかけ、砦から脱出した…
日記には使用人への慕情、純粋な愛情の表現、そして愛する者に裏切られた怨嗟の言葉が書き連ねられていた。
身分違いの恋は許せても、乙女グロ=マログは吸血鬼との恋は許せなかったらしい。
そこまで考え、ちびのノルドはあることに気がつく。
…吸血鬼?この部屋に閉じ込めた?
「これって…」
そのとき、ちびのノルドは「施錠された部屋」という本の内容を思い出していた。吸血鬼の眠る部屋に閉じ込められる際の描写が際立っていて、思わず背筋が凍りつく物語だった。
物語に登場したのは数ヶ月もの間ずっと閉じ込められていた老人の吸血鬼で、日暮れとともに目覚め、錠前師をその牙にかけたのだった。
『皮だけになるまで血を吸われるぞ…』
グロ=マログがこの砦を出てから何年経つ?何十年?もしそれほどの間、一滴も血を吸っていない吸血鬼が生きていたとすれば、新鮮な獲物を前に、どれだけ凶暴になるというのか?
もし、生きていたのなら。
『グアガアアァァアアアアアアッッ!!』
「痛っ!?」
ちびのノルドの肩に鋭い痛みが走り、彼女の背に吸血鬼…ロヴィディカス卿が覆いかぶさるようにして牙を突き立てていた。
「くぉのおおぉぉぉぉっ!!」
ドガッ!!
ちびのノルドは渾身の裏拳でロヴィディカス卿を殴り飛ばし、壁に激突した彼の顎を両手で掴むと、首を捻りきった。首が180度回転したロヴィディカス卿は絶命し、ぐったりと横たわる。
荒い息を吐きながら、ちびのノルドは肩に刺さったまま折れていた吸血鬼の牙を抜き、震える手でそれを目の前まで持ち上げる。
…噛まれた!?
いったい、それが何を意味するのか。自分も吸血鬼になってしまうのか!?
シロディールにおける吸血鬼伝説は情報が錯綜しており、その正確な像を掴んでいる者はそう多くない。そしてただの戦士であるちびのノルドに、シロディールの吸血鬼の正しい情報など知り得るはずもなかった。
とりあえず、脱出しなくては…
ロヴィディカス卿の日記を掴み、ちびのノルドは震える足を意思の力で無理矢理に動かし、どうにか外へ脱出した。すでに空は闇に染まっており、木々が星明りで照らされていた。
その日は満月だった。
ショック症状が収まらず、ちびのノルドは混乱したまま足を動かす。すでに自分が正しい方向へ進んでいるのかすらわからなくなっていた。
人目を避けて山中を歩き続けるうちに一日、二日と経ったが、動揺は続いており、徐々に体調を崩しはじめていた。やがて湖畔へ辿りついたちびのノルドは水を飲むために水面に口をつけ、そして水面に写った自分の姿を見て愕然とする。
「そんな…これが、わたし……?」
痩せこけた頬、黒ずみはじめた肌。落ち窪んだ眼窩には、明らかに人のものではないとわかる瞳が光を放ち、ぎょろついている。
怯え、疲れきった吸血鬼が、水面から自分を見返していた。
ちびのノルドは半狂乱になって叫びかけたが、叫べなかった。こんな姿を他人に見られるわけにはいかなかった。そう思って自分を制御するだけの精神力があったことに、ちびのノルドは自分自身で驚いていた。
まだ肉体の変化はそれほど劇的なものではなく、おそらく顔さえ隠していれば正体を勘づかれる恐れはないだろう。
だが太陽光が肌を焼き、日中はまともに身動きが取れなくなるであろうことを予測したちびのノルドは勇気を振り絞って立ち上がり、涙を拭って歩きはじめた。
こんなとき、親の胸を借りて泣けたらどんなに良いものかと思う。だが、それは不可能だ。両親はここにはいないし、自分はもう大人だし、子供だったとしても、両親は自分がそんな真似をすることを許さなかっただろう。
ちびのノルドには兄弟がいた。両親が兄弟以外に、ことに自分に、優しい表情を向けたり、甘い言葉を囁いてくれた記憶を思い出すことができない。
当たり前だ。そんな瞬間はなかったのだから。ただの一度も。
どうにかスキングラードへ到着したときには、ちびのノルドはかなり衰弱していた。数日間ほとんど食べ物を口にせず、口にしても飲み込めずに吐き出してしまい、また、このところずっと悪夢に悩まされていた。
そんな酷い有様だったので、ウェストウィルドの宿へ立ち寄ったとき、客のボズマーがこちらを見てあからさまに警戒しだしたときも、すぐにそれと気づくことができなかった。
「チッ、さすがに戦士ギルドに嗅ぎつけられたか…」
鉄の鎧装備に身を包んだボズマーの戦士の台詞が自分に向けられたものだとは知らず、ちびのノルドは蜂蜜酒の注がれたマグを手にしたまま、がっくりうなだれる。
自分と同じくらいの背丈の男に肩を揺すられたとき、ようやくちびのノルドは彼が自分に話しかけているのだと気がついた。
「あんた、戦士ギルドのアリシアだろ。レーヤウィンではご活躍だったそうじゃないか」
「え?あのー…あなたは?戦士ギルドの人ですか?」
「マグリールだ。なんだ、てっきり俺が仕事を放置してるんで、ギルドがレーヤウィンの連中に対してやったみたいにあんたを送り込んできたんだと思ってたけどな」
「…わたしの同僚って、なんでこんな連中ばっかりなんだろう」
悪びれもせず自身の不真面目さを表出させるマグリールに、ちびのノルドは思わず頭を抱えかける。
がしかし、とちびのノルドは思いなおした。この状況は利用できるかもしれない。
「あの。仕事を放置してるって言いましたよね?」
「なんだよ、なんか文句あるのか?だいたいあんな、危険のわりに報酬に見合わない…」
「あたしが代わりにやってもいいですよ。いますぐは無理ですけど…手柄も、あなたのものにして結構です」
「なんだって?」
「そのかわり、人を紹介して欲しいんです。腕の良い治癒師か、錬金術師でもいいんですけど…」
それは賭けだった。
もし吸血鬼から人間に戻れるのなら、その方法を知っている者がいるとすれば、それは魔術師のほかにない。しかしちびのノルドの知人に吸血病を治せるような人間はいなかったし、見ず知らずの相手に自分の正体を明かして協力を迫るわけにもいかない。
組織や知人の紹介を通せば、少なくとも門前払いを喰らうことはないだろう。そう思っての提案だった。
マグリールは渋い表情を見せながらも、納得したように頷く。
「まあなんだ、あんたにも色々と事情はあるんだろうし、俺の仕事を代わりにこなしてくれるんなら、その程度のことはしてやってもいいか」
「本当ですか!?」
「この宿屋の地下にな、シンデリオンっていう錬金術師がいる。腕は良いが、なにせ変わり者でね。俺はヤツのために何度か錬金術の材料を調達してやったことがあるから、俺の名前を出せば多少の融通は利かせてくれるだろう」
「あ、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」
ちびのノルドは感謝のあまり、額を床にこすりつけんばかりの勢いで頭を下げる。
尋常ではない熱心な礼にマグリールは多少訝りながら、最後に一言つけ足した。
「ああそれと、シンデリオンの部屋に入るなら、すぐに扉を閉めろよ」
「?えーと、あ、はい」
わけがわからず、ちびのノルドは扉の取っ手を掴み、部屋に入ると同時にすぐさま扉を閉める。
「くさっ!」
室内は錬金術の実験で生じたと思われる奇妙な異臭で満たされていた。
なるほど、このことか…
まるでニルンルートを大量に煮詰めたような激臭に眉をしかめつつ、ちびのノルドは階段を下りていく。
やがて長身のアルトマーの姿を見つけたちびのノルドは、丁寧な物腰で話しかけた。
「あの~…シンデリオンさんですか?」
「うん、なにかね?こんな場所に一見の客とは珍しい」
「あのっ、じつはわたし、マグリールさんの紹介で来たんですけど。腕の良い錬金術師だと聞いて」
「ほう、マグリール…ということはレディ、あなたは戦士ギルドのかたですか?」
「そうです。といっても、今日ここへ来たのはギルドとは関係がないんですが…じつはわたし、ちょっとした病気、に、かかってしまって…薬を作ってほしいんです」
「なるほど?」
「できるだけ、急がなきゃならなくて…でも、ひとに相談しにくいことで…っ!お願いします、お金なら幾らでも出します!もうあなたしか頼れる人が…お願いします……!!」
そう言って、ドサッ、大量の金貨を惜しげもなくテーブルに広げるちびのノルドを見て、シンデリオンは仰天してしまった。
まして目前の少女は肩を震わせ、泣き出している。
「あの、きみ、いいかね。落ち着きなさい、いきなりこんな…」
「も、もおっ、わたし、どうしたらいいか、こんな…っ!う、うう、うぁぁああああああっっっ!!」
「落ち着いて」
ずっと抑えつけていた我慢が限界を超えたのだろう、頭を抱えて泣き叫びはじめたちびのノルドに、シンデリオンは掌をかざし青白い光を迸らせる。
沈静の魔法だ。
「落ち着いて。ゆっくり…深呼吸だ。そうだ、なにも恐がることはない。わかるね?」
「うっ…ううっ、は、はい……」
「よし。それじゃあ、事情を説明してくれるね?」
ちびのノルドは廃墟と化した砦で吸血鬼に襲われ、それ以後体調が激変したことを告白した。
もっとも自分がアリーナの闘士であることや、グレイ・プリンスの依頼があったことは言わなかったが、それは秘密主義云々より、いまそれを話しても意味がないと判断したためである。
やがてちびのノルドは兜を脱ぎ、変わり果てた素顔をシンデリオンの前に晒す。
ロヴィディカス卿とグロ=マログ嬢の関係を思い出し、自分が吸血鬼だとわかったらシンデリオンは自分を部屋に閉じ込めて逃げるのではないかと思ったが、彼は幾らか驚いた表情を見せはしたものの、冷静に彼女の顔を観察し、症状を告げた。
「吸血鬼に襲われたと言ったね?フム…これはポルフィリン血友病の進行状態、吸血病の典型的な症状だね。可哀想に…ここまで酷く進んだということは、吸血病を患ってからも血を飲んでいないね?その精神力には敬服するよ」
「吸血病、ですか…?」
「シロディールの吸血鬼というのは、絵本や何かに出てくるような伝説のモンスターではない。言ってしまえば、たんなる病人だ。危険な病気ではあるが。しかも君の場合、強力な吸血鬼に襲われたせいか、あるいは病気と相性が良い体質なのかはわからないが、常人よりかなり進行が早い。これはぐずぐずしていられないな。おーい、ミレニア!」
シンデリオンが名前を呼ぶと、部屋の片隅からエルフの少女が飛び出してきた。
少女は片手に玉杓子を持ったまま、朗らかに声をあげる。
「なんですかシンデリオン先生、もうすぐ晩メシができるッスよ?」
「キミねぇ…さっきの様子を見てなにも思わなかったのかい?」
「先生のお客さんって、変わった人が多いですから」
まるで場違いに見える明るい少女、シンデリオンを先生と呼んでいるあたり、師弟関係か何かだろうか?
「あのねえミレニアいいかい、この女性が吸血病に罹ってしまったので、すぐにでも治療薬を用意する必要がある。至急、手配を頼む」
「吸血病?そいつは大変だ!アイアイサー!」
ミレニアと呼ばれた少女は玉杓子を放り出すと、そのまま部屋の外へ駆け出していった。
さっき晩飯の用意ができると行っていたが、作りかけの料理はどうするつもりなのだろうか?
呆然と部屋の扉のほうを見つめるちびのノルドに、シンデリオンがやれやれと首を振ってみせる。
「ミレニアは私の弟子だよ。そそっかしくて、やかましい、手のかかる弟子だが、錬金術の腕はそれほど悪くはない。さて、治療薬を作るにあたって、君にもやってもらいたいことがある」
「わたしにも?」
「本来なら安静にしていたほうがいいのだが、急を要するため、止む無くだ。さもないと手遅れになる…吸血病の治療薬にはニンニク、ベラドンナ、ブラッドグラス、そして空の極大魂石が必要になる。それらは私とミレニアが魔術師ギルドや錬金術店をあたって揃えておこう。だが、他に…強力な吸血鬼の灰、アルゴニアンの血は、このあたりでは手に入らない。その二つは君自身の手で揃えてほしい」
「強力な吸血鬼の灰、アルゴニアンの血…」
「できれば今晩のうちにだ。どんな手段を使うかは君次第だ、これは君の問題なのだからね。それに…吸血病を患っているのなら、夜の間はいままで以上に機敏に動けるはずだ、本来なら。そう認識できるのなら、可能なはずだ」
「…わかりました」
ちびのノルドはゆっくりと兜をかぶり、おぼつかない足取りで部屋を出る。
なんとしても薬の材料を入手し、人間に戻らなければ。戻りたい…!
扉を開けっ放しにしたせいで部屋の悪臭が宿に漏れ、苦情を言われながらも、ちびのノルドはいまいちど気力を振り絞ってスキングラードを出た。
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