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2018/04/15 (Sun)03:12
The Elder Scrolls IV: Oblivion
Fan Fiction "Crossing Over" #3
Fan Fiction "Crossing Over" #3
- エルダースクロールズ4:オブリビオン -
Side Story【クロッシングオーバー】
第三話 「集結前夜」
皇帝ユリエル・セプティム七世暗殺の報がシロディールに広まってから、間もなく半月が経とうとしている。
帝都の西方、コロールに近いウェイノン修道院に仕える修道僧ジョフリーは、帝国を揺るがす一大事件を伝える黒馬新聞の記事から目を離し、鼻根を揉んだ。目を痛めたのは、たんに老齢による視力の低下だけが原因ではないだろう。
『皇帝、暗殺さる!』
衝撃的な見出しではじまる号外記事には、皇帝と、三人の皇太子が謎の暗殺集団の手によって命を落としたことが記されていた。新皇帝即位までの政権を元老院が代理で担う、帝国軍は事件に関する報道を規制する動きを見せている…といったような具体的な記述が続くにつれて、このニュースがたんなる誤報や悪戯ではないかというジョフリーの希望的観測は早々に失せてしまった。
「なんということだ…」
すでに直系の後継者たる皇帝の血族は存在せず、悉くが暗殺者の手にかかったことは新聞に報じられている通りだ。
それでもジョフリーには一人、その資格に値する者に心当たりはあったが…
沈痛な面持ちで帝国の行く末を案じるジョフリーだったが、一人の若者…同じく修道院に仕える僧、同志のピナールが大声をあげながら階段を駆け上がってきたのを見て、なにごとかと眉をひそめた。
「大変ですジョフリー様、門の近くで人が倒れています!」
「なんだって?」
報告に来る手間でどうして介抱しないのか、という言葉が喉まで出かかったが、たんに気が動転している以上の理由があるようだと察したジョフリーは同志ピナールのあとに続いて外へ出る。
そこで倒れていたのは、黒い装具に身を包んだ小柄な戦士…ちびのノルドであった。
一切の武器を携帯していないが、戦いで武器を失ったようには見えない。外傷や出血は見当たらず、野盗やモンスターの類に襲われたわけではないようだった。
一見してそれらの特徴を捉えたジョフリーはしかし、彼女の傍らに転がっている宝石細工を見て驚きの声をあげた。
「こ、これは…王者のアミュレット!」
「失敗した、で済まされると思っているのか、この大馬鹿者が!」
「スイマセンでしたッ!!」
薄暗い穴蔵の奥深くで、何者かの怒声が反響した。
帝都地下下水道…都市環境を支える重要な生活インフラ施設にして、複雑に張り巡らされたその構造はちょっとしたダンジョンになっている。凶暴な巨大ドブネズミ、マッドクラブが棲息しているほか、武装したゴブリンが潜んでいることもあり、その危険性から内部構造を把握するのは至難である。
それを利用し、しばしば犯罪者や人ならざる者の隠れ家として使われることもある。
帝都転覆を目論む秘密結社“深遠の暁”もまた、人目を避け潜伏するためにこの地下下水道を利用していたのである。
タロス広場地区とエルフガーデン地区の間に跨る通路の中継地点に、彼らのアジトの一つがあった。壁には深遠の暁のシンボルが刺繍されたタペストリーが掛けられ、ベッドや本棚といった調度品が、数は少ないながらも几帳面に並べられている。
組織の幹部であり、教祖マンカー・キャモランの息子でもあるレイヴン・キャモランは、目前の若者…監獄を脱出したちびのノルドに睾丸を蹴られ、ルマーレ湖に投げこまれ、命からがら舞い戻ってきた暗殺者エロール・ヴェスイウスを前に、不愉快極まるといった表情を崩さない。
「寝坊して作戦に参加できず、さらには王者のアミュレットを持った無頼者をみすみす取り逃がした、だと…貴様のような無能者が組織にいたこと、それ自体を私はいま恥じているところだ!」
「ぐっ…!うう……っ!!」
恫喝するレイヴンに、エロールは反論する術も余地もなく、ただひたすらに膝を折り、平身低頭するしかできない。
さらにレイヴンは続ける。
「そんな役立たずの貴様でも、襲撃作戦にさえ加わっていれば、せめて仲間の盾くらいにはなれたものを…ブレイズと渡り合い、見事皇帝を討ち取りながらも、その命を散らした仲間たちに申し訳が立たぬとは思わぬか!そうであろうが、この恥晒しめ!」
「申し訳ありません…本当に…なんとお詫びすればいいか……」
「もう侘びで済まされる段階など、とうに過ぎておるわ!我が偉大なる父上も、貴様の失態には心(しん)の底から失望されておる!よって、たったいまより貴様は破門とする!」
「は、破門っ!?それだけは、どうか、それだけはッ!!」
「聞く耳持たぬわ!どこへなりと失せるがいい、それと…今後はせいぜい、身の安全に気をつけて生きることだな!」
「まっ、待ってください!レイヴン様ぁ!」
エロールはぶざまな醜態を惜しげもなく晒してレイヴンの膝にすがりつくが、すげなくあしらわれ、傍らに控えていた信者に追い返されてしまう。
かつての仲間が向けてくる侮蔑の視線を背中に受けながら、エロールはふらふらと立ち上がり、アジトから出ていった。
「どうしよう。これから…」
取り返しのつかない失態を演じ、組織を追い出されてしまったエロールは、今後の見通しも立たぬままふらふらと帝都を彷徨う。
…とりあえず、家に帰って寝るか。
そう思い、自宅のあばら家がある帝都港湾地区のスラムへ向かおうとした、そのとき…なにやら騒々しく駆け回る人波が見え、なにごとかとエロールは顔を上げた。
時刻は夕方、すっかり空は赤く染まっていたが、そのルビー色の輝きはたんに太陽の明るさ以上のものに見えた。まるで空が燃えているような…そして、濛々と立ち昇る黒煙さえ見える。
「…本当に何か燃えてるぞ」
まさか…?
嫌な予感をおぼえ、エロールは野次馬たちを脇にどけながら、駆け足で自宅へと向かう。
「お、俺の家があアアァァァァァッッ!!」
物凄い勢いで炎に巻かれ、燃えさかる自宅をまえに、エロールは膝をついて叫ぶ。
『今後はせいぜい、身の安全に気をつけて生きることだな』
先刻のレイヴン・キャモランの忠告、いや、警告の言葉が脳内に蘇り、エロールはこの火事が偶発的事故や、放火魔の手による突発的犯行ではなく、つい先日までは同志であった深遠の暁の手によるものだと直感的に悟った。
「このプロテクターはどうやって外すんだ?」
うん……?
意識が朦朧とするなかで、ちびのノルドはぼんやりと自分の“真上”で交わされるやりとりに耳を傾ける。
自分はどうしてここにいるのか?そもそも、ここはどこなのか…自分はどんな状況に置かれているのか?何もかもわからないまま、ちびのノルドはうっすらと瞼を開いた。
仮面のスリット越しに見えたのは、低い天井と、二人の修道僧の姿だった。どこか落ち着かない様子でこちらを見守る若い男と、厳めしい顔つきで装具を検分する老人。
敵ではなさそうだが…
もうしばらく気がついてないふりをして様子を見ていようか、と考えた矢先、若いほうの男、同志のピナールが声をあげた。
「気がついたようですよ」
薄目を開けていたのがバレバレだったか、あるいは筋肉の緊張を見て悟られたか。
どのみち、このまま空惚けていても仕方がないので、ちびのノルドはゆっくり身体を起こすと、老齢の男のほうに声をかけた…かけようとして、腹部に走る痛みに顔を歪めた。
「あの、ここはいったい…あ痛っ」
「無理に動かないほうがいい、我々が発見したとき、きみの腹の傷口が開きかけていた…魔法で治療したのだろうが、少しばかり無茶が過ぎたようだな」
「きみは修道院の近くで行き倒れていたんだよ」同志のピナールが説明を加える。「かなり衰弱していた様子だったので、我々が介抱したのです。よろしければ、名前をお聞かせ願いませんか?」
「え、と」ちびのノルド、という、不名誉な渾名を脳裏から振り払い、「アリシア・ストーンウェルといいます。わたし、ウェイノン修道院っていうところへ行こうとしてて…ジョフリーさんっていう、お坊様に会いに行くところだったんです」
その言葉を聞いて、二人の修道僧は驚いたような表情を見せた。
老人が言う。
「ここがそのウェイノン修道院で、わたしがジョフリーだ。どうやら…きみがこれを持って、この場所を目指していたというのは、たんなる偶然ではないと考えて良いのだね?」
そして、ジャラリ…鎖が音を立て、ジョフリーの手に握られた王者のアミュレットが窓の光を反射してきらめいた。
ちびのノルドは修道院の一階に案内され、茶のもてなしを受ける。
どうやら来客用らしい、棚の奥からわざわざ出してきたと思われる銀製のティーポットで華奢な陶磁器のカップに紅茶を注ぎながら、ジョフリーは丸机の上に置かれていた新聞に視線をやった。
「これを見たかね?黒馬新聞が発行した、皇帝暗殺を報せる新聞記事だ」
「いえ…」
「いま、帝国の民は不安に怯えている。皇帝とその血族がすべて暗殺者の手にかかり、跡継ぎがいない状況で、元老院が国を代理統治している。この状況で平和がいつまで続くのか?これは、たんに、王族が亡くなったというだけの話ではない。暗殺者の正体が不明なのもそうだが、脆弱な基盤のうえに成り立つ帝国に他国がどのような反応を示すか。これをきっかけに、大陸中が戦火に呑まれる可能性さえ有り得る」
そこまで言ってジョフリーは一旦言葉を切った。
ちびのノルドの表情を伺い、彼女が話を正確に理解していることを確認してから、机の上に置かれた王者のアミュレットを手に取り、話を続ける。
「そういう状況で、きみがこの、王家の象徴であるアミュレットを持って私のもとへやってきた。そのことについて、当然、納得のできる説明をして頂けるのだろうね?」
「え、と…」
こころなしか鋭い眼差しで見つめてくるジョフリーに、ちびのノルドは口ごもる。
帝国の一大事に巻き込まれたことをいまさら再認識させられたこともあるが、このジョフリーという老人が帝国の関係者であれ、国の行く末を案じるただの一市民であれ、適当な説明を許しそうな気配はなかった。
城の地下に存在する遺跡と、そこへ続く地下下水道で逃走中の皇帝一派と暗殺者グループが争う場面に出くわし、助太刀に加わった。奮闘も虚しく皇帝は暗殺者の手にかかり、皇帝からアミュレットを託された自分は、ブレイズの生き残りであるボーラスの助言に従ってこの修道院へ向かった…そのように説明した。
たんに素直に話せば良いだけのことだった。ちびのノルドが“話さなかった”点を除けば。
そして当然のことながら、ジョフリーは彼女が口にしなかった点について疑問を抱いたようだった。
「だいたいの事情はわかったが」ちびのノルドを見つめるジョフリーの表情は依然として緩まない。「いったい、どういう理由できみはそういう場面に遭遇したのだね?」
「えっ?」
「偶然、そんな場所に居たはずはないだろう?なにも、理由なく疑っているわけではない…きみはいま、一国の命運を握る立場にある。そういう人間の行動に曇りがあるようでは、こちらとしても無条件に信頼するというわけにはいかない。それだけ、厳しい状況にあるのだということを、いまいちど理解して頂きたい」
「う~ん…あ、あの、はい」
返事にならない声を発しながら、ちびのノルドは必死に頭を回転させようとした。
おそらく…密売人と取引しようとしていたところを衛兵に見つかり、独房に入れられていた、などと正直に話したら、信頼どころの話ではなくなるだろう。
「えーと、えと…あ、うん、そうだ、そのう、ちっ、地下の!下水道の、ネズミと、あと、ゴブリン!ゴブリンの退治を依頼されてましてっ!それで、地下下水道にいたところを、偶然、皇帝陛下御一行と鉢合わせましてっ!そーいう事情で、えーと、なんか、巻き込まれた?みたいな?」
あはははは。
誤魔化し笑いで語尾を濁しつつ、ちびのノルドはたどたどしい口調で一生懸命に説明する。
たしかに辻褄は合っている。“いまこの場で思いついた話です!”と態度で力説してさえいなければ。そして、そんな茶番に騙されるほどジョフリーはお人好しではなかった。むしろ、余計に警戒を強めた感さえある。
だが真っ向から疑問を呈することなく、ジョフリーはやや質問の矛先を変えた。
「ゴブリン退治の依頼、というと、きみは戦士かね?」
「え!?ぁ、うん、あっ、はい」
「ギルドの人間かね?」
「いえ、そのう、傭兵です。フリーの」
「それで、ボーラスに言われてここへ来たのかね?」
「はい。急がなきゃいけないと思って、一睡もせずに歩き通してきたんです」
「なるほど」
そう言って、ジョフリーは目前の傭兵を改めて観察した。
いかにも怪しい人物ではある。素性が知れず、バレバレの嘘を平然と口にし、茶を出しても仮面を外そうとしない…だが、意識をなくして倒れるまで休みなく、王者のアミュレットをここまで運んできたというのも、確かな事実だ。
暗殺者の一派ではあるまい。だが、だからといって帝国に不利益をもたらす者ではないと確信はできない。何らかの狙いがあって協力者のふりをする、他国の諜報員か…
そこまで考えて、ジョフリーはかぶりを振った。諜報員にしては、あまりに“不出来”すぎる。
フゥーッ…大きなため息をつき、ジョフリーは今この場における、ちびのノルドへの評価を“保留”として扱うことに決めた。ここで彼女の正体の詮索ばかりしていても仕方がない。
「それで、ボーラスがわたしの名を出した理由については?」
「えと、うーん…いいえ、聞いてないです」
ひょっとして覚えてないだけじゃないのか。
曖昧な返事ばかりするちびのノルドに対し今一度疑問が首をもたげるが、その点についてジョフリーは努めて無視する努力をしつつ、説明をはじめた。
「わたしはかつてブレイズの隊長として皇帝陛下に仕え、現在はブレイズのグランドマスターの地位にある」
「えと。引退、なされた…?」
「現役だよ。いまはここで、タロス修道会の修道院長として本来の身分を隠しつつ、ときおり皇帝陛下のために働くことがある」
ジョフリーは“帝国のために”ではなく、“皇帝陛下のために”と言い、その点を強調した。
ときおり皇帝陛下のために働くことがある、という言い方をしてはいるが、実際は普段から情報収集をしつつ市井の状況観察や不穏分子の監視を行う、常駐の諜報要員としての正確が強いのではないか、とちびのノルドは考えた。
「ボーラスさんは、皇帝陛下に隠し子がいるのではないか、と言ってましたが…」
「彼がそんなことを?事実を知っての発言ではないだろうが、なるほど、彼は聡明だからな。その可能性には考えが及んでいたか…いかにも。皇帝には一人、妾腹の息子がいるのだ。これはわたしを含め、ごく僅かな側近しか知らない話だから、くれぐれも他言のないように」
「はい…」
「彼はクヴァッチの街の農家の夫婦に引き取られた。彼自身、王家の血を引く者であることを知らされてはいない。名をマーティンという…現在はアカトシュの教会に神父として仕えているはずだ。いまとなっては彼がこの世に残された、セプティム朝を継ぐ唯一の人間ということになる」
「ってことは、その、マーティンさんを王宮にお連れする必要があるんですよね?」
「そうだ。そして、この王者のアミュレットをもって王位継承の儀を行う必要がある…しかし、陛下を亡き者とした暗殺者たちの素性、そして、その狙いを突き止めなければ、また悲劇が繰り返されるやもしれぬ。なんとしても、それは阻止しなければ…我々ブレイズは、そのための活動をすでにはじめている」
「あの、わたしに協力できることって、なにか、ないですか?」
「フム」片眉を吊り上げ、ジョフリーはちびのノルドを一瞥する。「たしかに、我々ブレイズだけでは人手が足りない状況だ。帝国軍も動いてはいるが、全力を投入できるほど国内の状況が安定していない。残念なことに…きみはクヴァッチに向かい、マーティンをここへ連れてきてほしい」
「わかりました!じゃあ、急いだほうがいいですよね!いますぐ…」
「待ちたまえ」
唐突に席を立つちびのノルドを、ジョフリーが呼び止める。
「きみは衰弱して倒れたところを運び込まれたばかりなのだぞ?まして、ここからクヴァッチまでは距離がある。時間がないのは確かだが、悪いことは言わない、暫く休んでから行きなさい。それに、怪我のこともある」
「……すいません…」
「謝る必要はない。むしろ礼を言わねばならないのはこちらのほうだし、それに重要な仕事だからこそ、確実にこなして頂かなければ。何事も、急いては事をし損ずるというもの。それがわかったら、さあ、茶をおあがりなさい。冷めてしまう前に」
そう言ってから、ジョフリーははじめて、ちびのノルドに笑顔を見せた。
数日間の休養を経て、ちびのノルドはウェイノン修道院を発つことになった。そのさい、ちびのノルドは修道院で買っている馬を一頭貸してもらうことに。
ウェイノン修道院からクヴァッチまでは約400km、馬で移動してもだいたい一週間はかかる。時間と労力の観点から徒歩で移動するのは非現実的で、またタイミングの悪いことに、コロールを拠点にしている辻馬車はすべて出払ってしまっていた。
ちびのノルド、ジョフリー、ピナールの三人は厩舎へと向かい、やがてピナールが標準よりも一回り小さな牝馬を引いてくる。
「どういうわけか、一頭だけ成長の遅い馬がいてね。ただ、きみのように小柄な女性の場合はそのほうが扱いがいいだろう」ジョフリーが説明する。
ちびのノルドは馬の扱いが得意ではなかったが、幸いなことに借りた牝馬は大人しい性格で、危なっかしい動きで手綱を握るちびのノルドを乗せても嫌がる素振りを見せることはなかった。
「それじゃあ、行ってきますね」
「その前に一つ、尋ねたいことがある。きみはなぜ、我々に協力するのだね?」
疑問を口にするジョフリーに、ちびのノルドは目をぱちくりさせる。
どう説明したものだろうか、そもそも、そんなことを説明する必要があるのだろうか、といった表情のまま、ちびのノルドは頭に大量の疑問符を浮かべつつ、口を開く。
「えっと…いま、国が大変なことになってて、ブレイズの皆さんもお困りで…それにこれは、皇帝陛下直々のご依頼ですし」
「それで、きみに何の得が、見返りがあるのだね?」
「…見返り?」
まるで大金を前にした原始人のように不可解極まる困惑顔を見せたちびのノルドを前に、ジョフリーは直感的に、このアリシアという娘の本質を理解した気がした。
なんということだ、この娘、ただの善意で行動しているのか?疑いもせずに?
そのとき、急に…ちびのノルドを疑っていた自分が可笑しく思え、ジョフリーは苦笑を漏らす。改めて馬上の人となったちびのノルドの顔を真正面に見つめ、言った。
「道中、気をつけてな。汝にタロスの加護があらんことを」
ジョフリの捧げた祈りの言葉に、今度はちびのノルドが苦笑した。
タロス、初代皇帝タイバー・セプティムが神格化した存在。九大神の一柱にして、かつてタムリエルの地を統一したノルドの英雄。
果たしてこれは偶然か?あるいは、何らかの巡り会わせか…
ちびのノルドがウェイノン修道院を出発してから、しばらく経ったころ。
教団を追われ、家を焼かれたエロールは旅行客用の馬車を利用し、シロディール西端の都市アンヴィルを訪れていた。
「残された財産は、財布に入ってたぶんの現金だけ、か…ハァ。とりあえず、ここなら教団の人間も…すくなくとも、俺のことを知ってるやつは居ないだろうし、暫くは現実を忘れて羽を伸ばそう」
エロールがアンヴィルへやって来た理由、それはただ現実逃避のための傷心旅行であった。
ゴールドコースト以東とは異なり、このあたりはレッドガードの故郷であるハンマーフェルの建築様式が取り入れられている。異国情緒のある港町、というのは、心機一転を図るのに丁度良い土地柄だとエロールは考えていた。
「とりあえず、海で泳ごうかな」
さらに、同じ頃…
「オブリビオンについて、何か知っていることはないか?」
「いいえ…」
「それじゃあ、深遠の暁という集団について聞き覚えは?」
「さあ…」
「…わかった。酒をもらおうか、ウィスキーはあるか?」
「申し訳ありません、うちはワインとビールしか置いてないんです」
「…ボックをたのむ」
背後でウッドエルフの店主と、街道パトロール中に立ち寄ったのであろう帝都衛兵がひそひそ声で自分の正体を誰何する声を聞きながら、アルゴニアンの剣士ドレイクは上面発酵の濃厚なビールが注がれたマグを片手に、食堂の席に腰かけた。
ガットショー、シロディール西部はクヴァッチに近い街道沿いに建つ宿であり、しばしば冒険者や衛兵が利用するらしいこの場所で、ドレイクは早くも自分の旅の行き詰まりを感じはじめていた。
オブリビオンの時空に取り込まれた恋人シレーヌを救うため、手がかりを探してブラックマーシュからシロディールまで来たものの、これといった有力な情報を得られないまま時間と金だけが費やされていく。
だが…無為な日々も間もなく終わり、帝国の行く末に関わる壮大な戦いの渦中に自分が投げ込まれることを、ドレイクはまったく予想していなかった。
クヴァッチへの道程も半分を過ぎたころ。
コロールの南、スキングラードの街で休息を取ったちびのノルドは、夜が明けてから馬屋“感謝の道”に預けていたウェイノン修道院の牝馬を引き取った。
いざ出発しようとした、そのとき。
「えっ!?な…なに……?」
雷鳴とともに空が赤く染まり、不穏な空気があたり一帯を覆う。
スキングラードの門を守っていた衛兵、馬屋の主人や従業員が口々に空を指して騒ぎはじめるなか、ちびのノルドは西の山頂に禍々しい光を放つ門が出現しているのをはっきりと目にしていた。
すなわち、クヴァッチ領…自分がこれから目指そうとしていた場所に。
「なんだァ…?」
その光景は、決して治安が良いとは言えないアンヴィルの港湾地区で飲んだくれていたエロールも目撃していた。
彼は赤く染まった空と、そこから感じる威圧感、異界の瘴気に触れ、それがオブリビオンの次元に由来するものであることを理解した。腐っても元魔術師ギルドの一員としての知識と経験は衰えていなかった。
そしてこれは、かつて自分が所属していた深遠の暁教団の計画の一旦であることも、同時に理解した。
明け方、不穏な気配を察知して宿の外へ飛び出したドレイクは、変わり果てた空模様を見ておもむろに殺気立つ。
「この邪気は……!?」
間違いない、かつてブラックマーシュで目撃したオブリビオンの門が開放されたときと同じだ。束の間、魔界へ通じる門が開き、あっという間に恋人を飲み込んで消え去った、あのときとまったく同じ光景だ。
そして、クヴァッチでは…
突如として開いたオブリビオンの門から、恐ろしい魔物たちが続々とその姿を現しはじめていた。
【 To be continued ... 】
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