主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
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2013/07/25 (Thu)14:49
「すごいな…これを、本当にあの少女がやったのか?」
帝都、魔術大学の門前にて。
ウェザーレアから持ち込まれた巨大なオーガの死骸を運びながら、青いフードを目深に被ったバトルメイジ達が口々にそう言い交わす。
一方でリアは、魔術大学の窓口として知られている<マスター・メイジ>、ラミナス・ポラスと話をしていた。
「どうじゃね、あれは?」
「いやはや、まったく見事なものですな。我が大学では、授業でじつに多くの錬金材料を消費します。ゆえに、錬金材料の安定供給は常に我々の課題となっているのですよ…あれだけ巨大なオーガ3体分ともなれば、当分は材料困ることもありますまい。それと、<霊峰の指>の件でコロール支部から連絡が入っています。重ねて礼を申し上げますよ、ミス」
『…ゼロシー、なにをなさったのです?』
どうやらラミナスの口から語られた<霊峰の指>のくだりに引っかかるものがあったらしく、思考支援チップ<TES-4>…通称フォースがリアに訊ねる。
ラミナスに笑顔を向けながら、リアは口や表情を一切動かすことなく脳内でフォースに応答した。
「なに、魔導書の所在を魔術師ギルドにチクッただけじゃ。ワシとしては小娘1人敵に回すことに痛痒はないし、勝手のわからぬ世界では長いものに巻かれておくのは道理であろう?現に、そういう下地があったおかげで今回のオーガの死体を移送する件もつつがなく終了したわけであるしな」
『容赦ないですね』
「もとよりあのエルフの娘は好かんかったからな。気に入ってもない相手に義理立てするほどワシはお人好しではないぞ」
わっはっはっはっ。
殊勝に語るリアに、フォースは短いノイズを送ってきた(おそらく、ため息を表現したものと思われる)。
もちろん、そんなやり取りが行なわれていることなど知りようもないラミナスは、少しの間考えるような仕草をしてから、リアに向かって慎重に話を切り出してきた。
「…じつは、いままでの貴女の活躍を評価したうえで、新たに頼みたいことがあるのですが」
「そいつは仕事の依頼と受け取って良いのかな?つまり、金銭のやり取りがあるものと期待して宜しいのかね?」
「ええ。といっても、あまり多くを期待されても困りますが」
「そいつは仕事の内容次第じゃな」
「なるほど?」
ラミナスは少しおどけたような顔つきをしてから、微笑を浮かべた。
その態度には若干皮肉めいたものが感じられ、それはやはり、リアの性格と外観の剥離に対する違和感が拭いきれないせいだろうということがわかる。
がしかし、ラミナスはその点については言及しなかった。
そんな彼の様子を観察しながら、なるほどなかなか世慣れた男だ、とリアは評価する。
「では、仕事の内容についてお話しましょう。といっても、それほど複雑なものではありませんが。貴女にはスキングラッドの領主ヤヌス・ハシルドゥア伯爵に会っていただきたい」
「ほう、領主とな。ワシのような小娘が謁見を許される相手なのか、それは」
「その点については、こちらの方で先に話を通しておきます。それで、彼に会ったら…本の返却を催促していただきたいのです」
「…本の催促?」
「魔術大学は彼に、非常に学術的価値の高い貴重な本を貸し出しているのですが、先日になって急にその本が必要になりましてね。<魔術大学から借りている本を返却してほしい>、それだけ言えば、彼にはそれが何を指しているのかわかるはずです」
「なんだか素直に受け取れんなー。暗号符丁か?」
「そう解釈していただいても結構です」
「フム」
「依頼そのものに危険はありませんが、スキングラッドは現在、治安が不安定だと聞きます。出立の際はそれなりの用心が必要でしょう」
「まだ引き受けるとは言っておらぬがの。そうじゃな」
リアは少しだけ勿体をつけてから、おもむろに人差し指をラミナスに突きつけて言った。
「金貨500枚でどうじゃね?」
「……それは、依頼の内容に比べると少しばかり多いのでは?」
「イヤなら構わぬよ?この程度の子供の遣いであれば、他に頼める相手は幾らでもいよう」
「ウーム…」
「ま、ワシもあまり聞き分けのないことを言う気はない。全額後払いで金貨500、それで折り合いがつかぬようであればこの話はナシじゃ。ぬしらが目をかけている生徒にでも頼むがいい」
「…わかりました。全額後払いで金貨500枚、その条件で手を打ちましょう」
さっきまでの和やかな態度とはうって変わった固い表情で、ラミナスはそう返答した。
その口吻にはいささかの不快感を示すサインが現れていたが、なによりリアの気を引いたのは、「全額後払い」の条件が決定的な後押しになった点だった。それは、まるで…
** ** ** **
『なぜあのように無茶を言ったのです、ゼロシー?』
「うん?」
スキングラッドへと向かう道中。
先ほどのラミナスとのやり取りについて、フォースがリアに苦言を呈する。
『この世界の貨幣価値については、あなたも既に学んでいるはずです。最初から断るつもりならともかく、あのような物言いはあまり関心できませんね』
「そうは言うがの。ワシは嘘吐きは好かぬ」
『…嘘吐き、とは?』
「あやつ、さりげなく依頼の危険性に言及しよったじゃろ。治安が不安定だと、おそらくあれが本音の一端よ。真実かどうかはともかく、この仕事には危険がつきまとう。でなければ、わざわざ無頼を雇うものかね」
『斜視に過ぎるのでは?』
「それじゃあ、なにゆえ報酬の後払いが判断材料になったのか?1つ、前払いでは持ち逃げされる可能性がある。2つ、ワシに途中で死なれては払い損になる。3つ、依頼を完遂すれば金貨500枚を払う価値はある。以上、この依頼は死のリスクを伴う困難なものだ、という推測が成り立つわけじゃ」
『なるほど』
「そう考えれば、身内に仕事を任せない理由もわかろうというものよ。というより、既に何人か死んでおるかもしれんしの。そのことを正直に言えば、もっと格安で請け負ってやろうという気も起きたのだがな」
『それは、彼の立場上できないでしょう。仕方のないことだったのではないですか』
「慎重なのは結構だが、乙女心を理解できんやつには灸を据えてやらんとな」
『乙女心、ですか』
「応よ」
そう言って、リアは微笑んだ。もっとも、彼女の言う「乙女心」とやらはフォースには理解できない感覚だったが。
** ** ** **
スキングラッドに到着したリアは、いの一番にハシルドゥア伯爵が待っているであろう城へと向かった。
領主会館へと足を運ぶ間、いささか釈然としない面持ちでリアがつぶやく。
「どうにもパッとせんなぁ。道中で殺し屋に出くわすでもなし、街の様子もそれほど不穏なものではないしの」
『先日、グラルシルという考古学者が殺人未遂と犯罪謀議で逮捕されていますね。しかし、他にこれといった事件も起きていないようです』
リアの聴覚センサーが捉えた音声(街の住民が交わす雑談など)を解析しながら、フォースも頷いた。
これで万事順調に事が進んだら笑い話もいいところだな…などとリアは思ったが、もちろん、そこまで順調に展開が運ぶことはなかった。
領主会館でリアを迎えたのは、マケイター・ホシドゥスという男だった。ハシルドゥア伯爵の執事を名乗る彼は、開口一番、横柄な態度を隠そうともせずに言った。
「…失礼ですが、迷子探しは衛兵の仕事だと思っていましたがね」
「ワシが探しておるのは親ではない。スキングラッド領主ヤヌス・ハシルドゥア伯爵に用がある、ワシは魔術大学の遣いじゃ」
「どうやら魔術大学にもようやくユーモアのセンスが備わってきたようだ。いささか発達途上で、そのうえ不快ではありますがね。伯爵はこのところ体調が優れない、よって君のような不審人物に会わせるわけにはいかない。おわかりかな?」
「魔術大学から通達は来ていないのか?」
「さあ、そのようなものは。なにより、そんなものがあったとして、君が魔術大学の遣いであると、どうやってそれを証明するのかね?」
「あいたた」
マケイターの言葉に、リアは思わず自身のこめかみを叩いた。
なぜこんな単純なことを失念していたのかわからないが、リアは自らの身分を証明できるようなものを何も所持していなかった。なるほどマケイターの台詞がただの意地悪であったとしても、リアには言い返すことができない。
「仕様がないのー。今日のところはこれでお暇するとしようかの」
「それはどうも。次に来たら衛兵につまみ出させるからそのつもりで。領主会館は子供の遊び場ではない」
ほとんど罵声に近いマケイターの声を背に浴びながら、リアは領主会館を後にした。
** ** ** **
『どうするつもりです、ゼロシー?』
「そうじゃな、一両日中は様子見じゃな。それでも反応がない場合は、まぁ、強硬手段を取ることもあろうが。いきなりソレをやるには判断材料が不足しておるのう、これ」
『強硬手段、ですか』
「もとよりワシは戦闘用に造られた存在じゃからな。衛兵どもをはっ倒して伯爵とツラを突き合わすくらい、わけないわい」
城塞に架けられた石橋を渡る道すがら、スキングラッドの街を一望しつつリアはフォースに言った。
それに対し、フォースは承服しかねるといった態度で反論する。
『あまり薦められませんね。物理戦闘のみならまだしも、この世界は魔法が非常に発達しています。普及も…我々の世界における、ヘルゲート騒乱以前の規模で普及している点も危惧すべきですね。なにより、この世界の魔術体系が判明していない以上、迂闊な行動は避けるべきかと』
「たしかに、ワシは魔法が苦手じゃからな。だからこそ判断に時間をかけようと言っておる」
そのためには情報収集が不可欠だが、まずは行動の拠点を確保する必要がある。
しばらく街をうろついたあと、リアは宿を見つけた。
「…ふたな……」
『ふたり姉妹の旅館、とありますね』
「お、おう」
ボケようとしたところをフォースに牽制され、リアは少々たじろぐ。
とりあえず部屋を借り、階上の寝室に入ったところで、リアは荷物を置いた。ドレスを脱ぎ、動きやすい格好に着替える。
この服はスキングラッドに来る前、帝都の洋服店ディバイン・エレガンスで購入したものだ。店主のパロリーニャとは面識があったため、格安で体格に合う服装を仕立ててもらえたのは幸運だった。
「フム…やはり、こういう格好のほうがしっくりくるな」
『でも、ドレス姿のほうが相手の油断を誘うのに便利ですよね。交渉の際にも、ああいった服装のほうが相手に好印象を与えますし。なにより、あのドレスは武器の隠匿性に優れます」
「かのー」
合理的な物言いをするフォースにリアは多少の不満を覚えながらも、それはそれで仕方のないことだと思い直し、ベッドの上で横になった。
人工知能に感情はない。あるのは合理的な判断と、見せかけの善意(あるいは、悪意)だけだ。
「情報収集の前に、少し休む」
『了解しました。メンテナンス・プログラムを開始します…良い夢を、ゼロシー』
夢、か。
思考をシャットダウンさせる直前、リアは自分がいままで夢を見たことがない点に気がついた。
おそらく、フォースの言葉に他意はあるまい。人間がプログラムした人間的な言葉をそのまま再生しただけ、に過ぎない。
それでも…と、リアは考えざるを得なかった。
自分と人間とは、自分が持つ感情と人間が持つ感情に、いったいどれほどの差があるのか?そして、そのことにどんな意味が…いや…そのことに意味があるのかどうか、を。
** ** ** **
『バッテリーの充電完了、身体機能に大きな障害は認められません。おはようございます、ゼロシー』
「おう。快眠にして良い目覚め、といったところかの」
フォースがメンテナンス・プログラムを実行してからちょうど2時間59分後に、リアは思考を復帰させた。
ラフな格好からドレスに着替え、スキングラッドの街を散策する。間もなく陽が傾こうとしていた。
道行く人々やあちこちの店で聞き込みをし、「ハシルドゥア伯爵は普段から人付き合いが良くないため、滅多に人前に出ることはない」、「しかし優れた政治的手腕から民衆の支持は高い」、「かなり高位の魔術師であり肉体を衰えさせることなく長生きしている」といった情報を記憶していく。
ただしハシルドゥア伯爵は、高位の魔術師であるといっても魔術師ギルドや魔術大学とはほとんど接点がないようだった。
ハシルドゥア伯爵に関して得られた情報はこの程度のもので、街の治安や情勢不安に関しては皆が「?」と鳩鉄砲な顔をして「そんな噂は聞かない」と答える始末だ。
『街の人たちは嘘を言ってませんね。有益な情報は何一つ持ち合わせていないようです』
「1人くらいマグレ当たりがあっても良さそうなもんじゃったがなー。これはどうも、ワシの心配は杞憂、か…あるいは、水面下で物事が動いているか、じゃな」
ひとまず調査に区切りをつけ、石造の前で情報を整理しようとしたとき、リアに話しかけてくる影があった。
「失礼、ミス・リア?魔術大学から来たという」
「そうだが、おぬしは?」
「マケイター氏から伝言を預かっています」
「マケイター?ああ、あの鼻持ちならん小男か」
伝言を賜ってきたという男…スキングラッドの若い衛兵は、リアの言葉に目を丸めると、微笑を浮かべた。
「彼の失礼な態度を許してやってください。ずっと城の中に籠っていると、どうしても性格が陰湿になりがちなんです。あ、今の言葉、他言無用でお願いしますよ」
「安心せい、愉快な若者の首を飛ばすような趣味は持っておらぬゆえ」
「お気遣いどうも」
「で、伝言とは?」
「ああ、そうでした。ハシルドゥア伯爵は今夜、スキングラッドを出て街道を西に進んだ場所にある鉱山のふもとで、あなたにお会いになるそうです」
「随分とややっこしいことをするのう。野外?領主館ではなく?」
「なんでも、特別な事情があるとかで…それと、魔術大学からの通達をマケイター氏が発見したそうです。先刻の非礼を許してほしいと、言づてを頼まれました」
「結構なことじゃ。ところで…マケイターからの伝言と言うたな?ハシルドゥア伯爵本人からではなく?」
「ええ。なにか問題でも?」
「…いや。特に?」
「はぁ……」
リアが含みのある言い方をしたからか、どこか釈然としない思いを抱えたまま衛兵は城へと戻っていった。
その後姿を見届けながら、リアはつぶやく。
「あやつは何も知らんな。本当にただ伝言を頼まれただけじゃ」
『しかし、いきなりの手の平返しですよね。領主がわざわざ夜中に屋外で会いたがる、というのも妙な話です。罠なのでは?』
「罠であろうな。しかしここは一つ、事態を把握するためにも乗ってやろうではないか、のう?」
『危険ですよ』
「目先の危機回避だけがリスクコントロールではあるまい」
フォースの忠告を遮り、リアは言った。
最終的な意思決定権はリアにある。フォースのそれを承知しているのか、ため息に似たノイズ音を漏らすと、渋々ながら賛同の意を示す。
『わかりました。それでは、私はあなたに危害が加わらないよう全力でサポートいたします』
「頼りにしておるぞ」
『期待に沿えるよう頑張ります』
** ** ** **
その日の夜はいたって穏やかだった。
これから罠の渦中に飛び込むところかもしれないのだから、神様が(もしそんなものが存在するのなら、という言葉は必要なかった。シロディールでは神は身近な存在だからだ)少しばかりドラマの演出をするように雨を降らせる程度の機転をきかせても良さそうなものだったが、しかし実際は野犬の遠吠え一つない静かで平和だった。
そのせいで、リアはひょっとしたら自分の推測がたんなる思い過ごしではないかと考えそうになってしまった。
馬鹿馬鹿しい、天候が事象を左右することなど有り得ない。
『来ましたね』
「おう」
リアの思考を中断するかのように、彼女の視界に3人の人影が映った。
暗視装置の出力を強化し、ARにズーム映像をウィンドウ表示する。視界の端で拡大された映像は、たしかに昼間出会ったマケイターの姿を捉えていた。そして、その傍らに控える2人の人物は…
「なあ、これが領主の姿に見えるかね?」
『…いえ。私には計りかねます』
マケイターの両脇には、漆黒のローブを着た男達が佇んでいた。フードを目深にかぶっているせいで表情を窺うことはできず、ローブに刺繍された髑髏の紋章が気味の悪さを引き立たせている。
やがてリアの目の前まで来たマケイターは、昼間の渋面とはうって変わった愛想笑いを浮かべて言った。
「いやはや、先刻はとんだご無礼を。あれからすぐに、魔術師ギルドのほうから連絡がありましてな。大変に申し訳ない」
「そうかね」
おそらく無理をしているのだろう、引きつった笑みを浮かべながら話しかけてくるマケイターを、リアはすげなくあしらった。
表情筋の動き、視線の挙動、心拍数、音声の測定。センサーで捉えたマケイターの動きは、あらゆる面から彼が「嘘つき野郎」であることを証明しており、なんという茶番だ、などとリアは思いながら、早速本題を切り出した。
「ところで、ハシルドゥア伯爵は何処に?後ろに控えておる2人のどちらかがそうなのか?」
「…伯爵は来ませんよ」
ニヤリ、マケイターが不適な笑みを浮かべる。
「魔術大学の狗が、こうも易々と罠に引っかかるとは。お笑い種ですな」
「あー、やはりか」
「…… …… ……?」
「や、罠だということはわかっておったのだがな。なにせ理由がわからぬし、逃げたところで依頼を達成したことにはならんからのー」
「君は、魔術大学の人間ではないのですか?」
「違うわい。あえて言うなら、ま、傭兵といったところかの」
「…まあ、いいでしょう」
腰にぶら下げていたショートソードを抜き放ち、マケイターが言葉を続ける。
「かつて魔術大学に滅ぼされた同胞の仇を取るつもりでいましたが、仕方がありませんね。取るに足らぬ小娘の命などに価値はありませんが、今日のところはそれで我慢するとしましょうか」
「ほう。言いよるわ」
『いますぐ最速のスピードで攻撃すれば、確実に彼を殺害できますが』
「いや、奴は生け捕って尋問したい。事態を正確に把握したいからな」
リアが武器を構えたのとほぼ同時に、マケイターが従えていた男…死霊術師達が、同時に呪文を唱えた。赤黒い閃光とともに、肉体が激しく腐敗・損傷したゾンビが次々と出現する。
あっという間に大軍に囲まれたリアは、ひとまずその場から離れた。
街道に出てから、後を追ってくるマケイター達の姿を確認する。
見た目よりもかなり動きの素早いゾンビを斬りつけながら、リアは3人の動向を窺う。
死霊術師達が間断なくゾンビの召喚を続けるなかで、マケイターが氷系の破壊呪文で逐次リアの動きを牽制してくる。
ゾンビを盾に使いながら素早く立ち回るリアが、一言漏らした。
「なぁ。これ、際限ないのではないか?」
『そうですね。このままではゾンビが増える一方です、術者を無力化すべきでは』
「生かしておくのはマケイター1人で充分か。残る2人には地獄を見てもらうとするかの」
とはいえ、マケイターの操る呪文が脅威であるからこそ、迂闊には近づけないのだが…
とりあえずゾンビは無視し、スピードを活かして一気にケリをつけるしかない。
そう思い、リアが足を一歩踏み出した、そのとき。
『待ってくださいゼロシー、敵後方より高速で接近中の物体を確認』
「なに?」
ザシュッ、ゴッ、バタッ。
凄まじい炸裂音とともに死霊術師達が倒れ、マケイターの顔に動揺の色が浮かぶ。
そして……
キ…ン、ズバシャアッ!
閃光とともにマケイターの胴体が両断され、おびただしい量の血が迸った。
「ガハッ、なっ、ば、馬鹿な…!?は、伯爵……!」
断末魔の声を上げながら、マケイターの上半身が石畳の上をゴロゴロと転がっていく。
突然の出来事に、構えを崩さぬまま警戒するリア。
不意の闖入者は手にべっとりとついた血を払い落とすと、努めて平静を装った表情に僅かな怒りを覗かせ、口を開いた。
「まったく…わざわざ敵の罠に飛び込んでいくとは、市井の人間には基本的な生存本能すら備わってないと見えるな。まったく度し難い」
そう言って眉間に皺を寄せる初老の紳士に敵意がないことがわかると、リアも武器を納める。
彼が着ている、金糸と銀糸がふんだんに織り込まれた絹のローブは紫色に染められており、これだけ華美な服装がまったく嫌味に写らない人物というのも珍しいな、とリアは思った。
『リア。さきほど、マケイターが死に際に彼を<伯爵>と呼称しました。これは、つまり…』
「で、あろうな」
「おい小娘」
フォースと短いやり取りをしたのち、初老の紳士…スキングラッド領主ヤヌス・ハシルドゥア伯爵は、不機嫌を隠そうともしない態度で横柄に言い放った。
「貴様だな、魔術大学が寄越した連絡役というのは。それにしても、こんな無謀な…ん?」
途中まで言いかけたところで、ハシルドゥア伯爵は改めてリアを凝視する。
彼はしばらくリアを見つめたまま、深く呼吸をしたのち、急に警戒を強めだした。普通に接しているぶんには気づかない程度の態度の変化だったが、リアの目には、ハシルドゥア伯爵がゆっくりと姿勢を落とし、即座に攻撃モーションに移れるよう体重のバランスを変化させたことがはっきりと観察できた。
先刻よりもさらに不機嫌な態度で、ハシルドゥア伯爵は口を開く。
「…娘。貴様、何者だ?」
「魔術大学からの遣いだと、さっきおぬしが言った通りだがな?」
「とぼけるな。貴様、人間ではない…というより、生物ですらあるまい?」
「そういうおぬしも、普通の人間とはちと性質が異なるようじゃな」
そう言って、リアは口の中から一本の髪の毛を取り出した。
「おぬしがマケイターを始末したとき、宙を舞った毛髪を採取させてもらったぞ。興味深い鑑定結果が出おってな、DNAの構造が人間のものと多少異なっておるようじゃ。ま、そんな回りくどいことをせずとも、おぬしの外見的特徴からだけでもハッキリわかる程度には人間離れしておるがの」
「わけのわからぬことを」
「おぬしによく似た連中を以前見たことがあるぞ。あれは…500年ほど前の話じゃったかな。鉤十字をつけた軍人連中に混じっておってな、連中は自らを<吸血鬼>と呼んでおったが」
「もういい、わかった。それで、貴様は敵か、味方か?それだけはハッキリさせておこうじゃないか」
「さっきも言ったように、立場の話であればワシは魔術大学の遣い、それ以外の何者でもないぞ」
「…クソ、表情が読めんな」
そう呟くと、ハシルドゥア伯爵は深く嘆息した。
「血の匂いがしない。感情の動きも読み取れない。生物ですらない…貴様はなんだ?魔術大学の連中が生み出した、悪趣味な機械人形か?」
「ワシはこの世界の住民ではないぞ。といっても、誰もワシの言葉を信じようとはせぬがな」
「だろうな。もっとも、少しでも鼻の良いヤツがいれば…貴様から、この世界の土の匂いがしないことくらい、すぐに気づいただろうにな…それで、異界からの客人よ、なぜ魔術大学に加担する?」
「ん~、成り行きじゃなぁ。他にすることもなかったしのー、たいした理由はあらぬよ?」
そう言って、リアは頭を掻いた。
一方でハシルドゥア伯爵はいちおうリアの言葉に納得したのか、警戒を解いて拳に込めていた力を抜いた。かぶりを振り、所在無さげに空を見つめたあと、ふたたびリアに向き直る。
「いまさらだが、別の場所で話さないか。私が、そう、世間で言う吸血鬼というやつであったにせよ、死体の傍で話をするのは気分の良いものじゃあない」
「それを断る理由はないの。ところでこの死体、どうするつもりじゃ?」
「あとで衛兵に片付けさせておくさ。衛生上の問題があるからな」
リアの質問に、ハシルドゥア伯爵はあっさりとそう言い切った。
そこには死者に対する憐憫や、気遣いなどといったものは欠片も感じられなかった。
** ** ** **
「このところ、死霊術師…死者の魂や肉体を操る魔術師が暗躍している、という話を知っているか?」
「いや。何も知らんな」
「異界からの客人よ、貴様は本当に何も知らされていないのだな。死霊術はかつて合法だったが、現アークメイジのハンニバル・トラーヴェンが魔術大学の長に就いてから、異端にして非道な魔術として禁じられ、死霊術を学んでいた魔術師たちは徹底排撃された経緯がある」
「それは政治的な理由からかね?それとも、感情的な理由かね?」
「多分に感情的なものだろう、死霊術を合法と定める国は今でも珍しくない。そして一方的に異端排撃の的となった死霊術師達はシロディール各地に散らばり、地下に潜って活動を続けたようだ」
「魔術大学への恨みを募らせながら、か」
「そうだな。しかし、いままで死霊術師達は単独か、あるいは小規模のグループで活動することがほとんどで、何かしらの問題を起こしたにせよ、その対処はそれほど難しいものではなかった」
「話が見えてきたな。今になって、死霊術師達は徒党を組み始めたわけじゃ…魔術大学に復讐するためにか?」
「そんなところだ」
そこで、しばらく間が空いた。
リアはハシルドゥア伯爵の次の言葉を待ったが、一方でハシルドゥア伯爵も自分の次の言葉を待っているのではないかと思い、結局、自分のほうから口を開いた。
「ところで、ワシは何故おぬしの元に遣わされたのかね?」
「私の城内に死霊術師の内通者がいる、という話は以前から聞いていた。どうやって魔術大学の人間の耳にその噂が届いたのかは知らんが、私が対処するよりも早く自分達で調査をしたかったのだろう。せっかちなことだ」
「その口ぶりからすると、おぬしはわざとマケイターを泳がせておいたのじゃな?」
「ああ。ひょっとすると、あの馬鹿は重要な連絡のために、死霊術師どもの拠点に帰ることもあるかもしれんと思ったからな。監視されていることも知らずに…そのためわざと貴重な情報を流してやったりもしたのだが、結局、その目論見は失敗したわけだが」
「打率は高いがホームランは出ないタイプのようじゃな、トラーヴェンとやらは。おぬしは逆のようじゃが」
「まったくだ、おかげで死霊術師どもを一網打尽にする計画が水泡に帰したよ。トラーヴェンはあろうことか、私が死霊術師と手を組んでいるのではないかとすら疑っているようだ。ヤツは私の正体を知っているからな…馬鹿馬鹿しい」
そう言って、ハシルドゥア伯爵は忌々しげに鼻を鳴らした。
「いいか、魔術大学に戻ったらこう伝えろ。私が死霊術師どもと手を組むようなことは金輪際有り得んと。それと、無知なる者を死地に赴かせるような恥知らずな真似は慎め、とな」
「…おぬし」
冷静を装っていはいるが、内心では相当に憤慨しているのであろうハシルドゥア伯爵の顔を覗きこみ、リアがいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「なんだかんだ言って、世話焼きじゃのう?」
「やかましい」
話はそこで終わった。
ハシルドゥア伯爵が話好きか、あるいはそうでないかはともかく、彼はこれ以上リアと話をする気はないようだった。あるいは、自らの素性を詮索されることを恐れたのかもしれない。
別れ際、リアが一言だけハシルドゥア伯爵に質問する。
「ところで…<魔術大学から借りている本を返却してほしい>、とはどういう意味じゃ?」
「忘れろ。身内向けのジョークのようなものだ」
リアに背を向けて歩いていたハシルドゥア伯爵は一瞬立ち止まったが、振り向きもせずにそう言うと、ふたたびその場から立ち去った。
吸血鬼の領主の背中を見つめながら、リアは笑みを浮かべる。
「どうも、面白いことになってきたようじゃな」
帝都、魔術大学の門前にて。
ウェザーレアから持ち込まれた巨大なオーガの死骸を運びながら、青いフードを目深に被ったバトルメイジ達が口々にそう言い交わす。
一方でリアは、魔術大学の窓口として知られている<マスター・メイジ>、ラミナス・ポラスと話をしていた。
「どうじゃね、あれは?」
「いやはや、まったく見事なものですな。我が大学では、授業でじつに多くの錬金材料を消費します。ゆえに、錬金材料の安定供給は常に我々の課題となっているのですよ…あれだけ巨大なオーガ3体分ともなれば、当分は材料困ることもありますまい。それと、<霊峰の指>の件でコロール支部から連絡が入っています。重ねて礼を申し上げますよ、ミス」
『…ゼロシー、なにをなさったのです?』
どうやらラミナスの口から語られた<霊峰の指>のくだりに引っかかるものがあったらしく、思考支援チップ<TES-4>…通称フォースがリアに訊ねる。
ラミナスに笑顔を向けながら、リアは口や表情を一切動かすことなく脳内でフォースに応答した。
「なに、魔導書の所在を魔術師ギルドにチクッただけじゃ。ワシとしては小娘1人敵に回すことに痛痒はないし、勝手のわからぬ世界では長いものに巻かれておくのは道理であろう?現に、そういう下地があったおかげで今回のオーガの死体を移送する件もつつがなく終了したわけであるしな」
『容赦ないですね』
「もとよりあのエルフの娘は好かんかったからな。気に入ってもない相手に義理立てするほどワシはお人好しではないぞ」
わっはっはっはっ。
殊勝に語るリアに、フォースは短いノイズを送ってきた(おそらく、ため息を表現したものと思われる)。
もちろん、そんなやり取りが行なわれていることなど知りようもないラミナスは、少しの間考えるような仕草をしてから、リアに向かって慎重に話を切り出してきた。
「…じつは、いままでの貴女の活躍を評価したうえで、新たに頼みたいことがあるのですが」
「そいつは仕事の依頼と受け取って良いのかな?つまり、金銭のやり取りがあるものと期待して宜しいのかね?」
「ええ。といっても、あまり多くを期待されても困りますが」
「そいつは仕事の内容次第じゃな」
「なるほど?」
ラミナスは少しおどけたような顔つきをしてから、微笑を浮かべた。
その態度には若干皮肉めいたものが感じられ、それはやはり、リアの性格と外観の剥離に対する違和感が拭いきれないせいだろうということがわかる。
がしかし、ラミナスはその点については言及しなかった。
そんな彼の様子を観察しながら、なるほどなかなか世慣れた男だ、とリアは評価する。
「では、仕事の内容についてお話しましょう。といっても、それほど複雑なものではありませんが。貴女にはスキングラッドの領主ヤヌス・ハシルドゥア伯爵に会っていただきたい」
「ほう、領主とな。ワシのような小娘が謁見を許される相手なのか、それは」
「その点については、こちらの方で先に話を通しておきます。それで、彼に会ったら…本の返却を催促していただきたいのです」
「…本の催促?」
「魔術大学は彼に、非常に学術的価値の高い貴重な本を貸し出しているのですが、先日になって急にその本が必要になりましてね。<魔術大学から借りている本を返却してほしい>、それだけ言えば、彼にはそれが何を指しているのかわかるはずです」
「なんだか素直に受け取れんなー。暗号符丁か?」
「そう解釈していただいても結構です」
「フム」
「依頼そのものに危険はありませんが、スキングラッドは現在、治安が不安定だと聞きます。出立の際はそれなりの用心が必要でしょう」
「まだ引き受けるとは言っておらぬがの。そうじゃな」
リアは少しだけ勿体をつけてから、おもむろに人差し指をラミナスに突きつけて言った。
「金貨500枚でどうじゃね?」
「……それは、依頼の内容に比べると少しばかり多いのでは?」
「イヤなら構わぬよ?この程度の子供の遣いであれば、他に頼める相手は幾らでもいよう」
「ウーム…」
「ま、ワシもあまり聞き分けのないことを言う気はない。全額後払いで金貨500、それで折り合いがつかぬようであればこの話はナシじゃ。ぬしらが目をかけている生徒にでも頼むがいい」
「…わかりました。全額後払いで金貨500枚、その条件で手を打ちましょう」
さっきまでの和やかな態度とはうって変わった固い表情で、ラミナスはそう返答した。
その口吻にはいささかの不快感を示すサインが現れていたが、なによりリアの気を引いたのは、「全額後払い」の条件が決定的な後押しになった点だった。それは、まるで…
** ** ** **
『なぜあのように無茶を言ったのです、ゼロシー?』
「うん?」
スキングラッドへと向かう道中。
先ほどのラミナスとのやり取りについて、フォースがリアに苦言を呈する。
『この世界の貨幣価値については、あなたも既に学んでいるはずです。最初から断るつもりならともかく、あのような物言いはあまり関心できませんね』
「そうは言うがの。ワシは嘘吐きは好かぬ」
『…嘘吐き、とは?』
「あやつ、さりげなく依頼の危険性に言及しよったじゃろ。治安が不安定だと、おそらくあれが本音の一端よ。真実かどうかはともかく、この仕事には危険がつきまとう。でなければ、わざわざ無頼を雇うものかね」
『斜視に過ぎるのでは?』
「それじゃあ、なにゆえ報酬の後払いが判断材料になったのか?1つ、前払いでは持ち逃げされる可能性がある。2つ、ワシに途中で死なれては払い損になる。3つ、依頼を完遂すれば金貨500枚を払う価値はある。以上、この依頼は死のリスクを伴う困難なものだ、という推測が成り立つわけじゃ」
『なるほど』
「そう考えれば、身内に仕事を任せない理由もわかろうというものよ。というより、既に何人か死んでおるかもしれんしの。そのことを正直に言えば、もっと格安で請け負ってやろうという気も起きたのだがな」
『それは、彼の立場上できないでしょう。仕方のないことだったのではないですか』
「慎重なのは結構だが、乙女心を理解できんやつには灸を据えてやらんとな」
『乙女心、ですか』
「応よ」
そう言って、リアは微笑んだ。もっとも、彼女の言う「乙女心」とやらはフォースには理解できない感覚だったが。
** ** ** **
スキングラッドに到着したリアは、いの一番にハシルドゥア伯爵が待っているであろう城へと向かった。
領主会館へと足を運ぶ間、いささか釈然としない面持ちでリアがつぶやく。
「どうにもパッとせんなぁ。道中で殺し屋に出くわすでもなし、街の様子もそれほど不穏なものではないしの」
『先日、グラルシルという考古学者が殺人未遂と犯罪謀議で逮捕されていますね。しかし、他にこれといった事件も起きていないようです』
リアの聴覚センサーが捉えた音声(街の住民が交わす雑談など)を解析しながら、フォースも頷いた。
これで万事順調に事が進んだら笑い話もいいところだな…などとリアは思ったが、もちろん、そこまで順調に展開が運ぶことはなかった。
領主会館でリアを迎えたのは、マケイター・ホシドゥスという男だった。ハシルドゥア伯爵の執事を名乗る彼は、開口一番、横柄な態度を隠そうともせずに言った。
「…失礼ですが、迷子探しは衛兵の仕事だと思っていましたがね」
「ワシが探しておるのは親ではない。スキングラッド領主ヤヌス・ハシルドゥア伯爵に用がある、ワシは魔術大学の遣いじゃ」
「どうやら魔術大学にもようやくユーモアのセンスが備わってきたようだ。いささか発達途上で、そのうえ不快ではありますがね。伯爵はこのところ体調が優れない、よって君のような不審人物に会わせるわけにはいかない。おわかりかな?」
「魔術大学から通達は来ていないのか?」
「さあ、そのようなものは。なにより、そんなものがあったとして、君が魔術大学の遣いであると、どうやってそれを証明するのかね?」
「あいたた」
マケイターの言葉に、リアは思わず自身のこめかみを叩いた。
なぜこんな単純なことを失念していたのかわからないが、リアは自らの身分を証明できるようなものを何も所持していなかった。なるほどマケイターの台詞がただの意地悪であったとしても、リアには言い返すことができない。
「仕様がないのー。今日のところはこれでお暇するとしようかの」
「それはどうも。次に来たら衛兵につまみ出させるからそのつもりで。領主会館は子供の遊び場ではない」
ほとんど罵声に近いマケイターの声を背に浴びながら、リアは領主会館を後にした。
** ** ** **
『どうするつもりです、ゼロシー?』
「そうじゃな、一両日中は様子見じゃな。それでも反応がない場合は、まぁ、強硬手段を取ることもあろうが。いきなりソレをやるには判断材料が不足しておるのう、これ」
『強硬手段、ですか』
「もとよりワシは戦闘用に造られた存在じゃからな。衛兵どもをはっ倒して伯爵とツラを突き合わすくらい、わけないわい」
城塞に架けられた石橋を渡る道すがら、スキングラッドの街を一望しつつリアはフォースに言った。
それに対し、フォースは承服しかねるといった態度で反論する。
『あまり薦められませんね。物理戦闘のみならまだしも、この世界は魔法が非常に発達しています。普及も…我々の世界における、ヘルゲート騒乱以前の規模で普及している点も危惧すべきですね。なにより、この世界の魔術体系が判明していない以上、迂闊な行動は避けるべきかと』
「たしかに、ワシは魔法が苦手じゃからな。だからこそ判断に時間をかけようと言っておる」
そのためには情報収集が不可欠だが、まずは行動の拠点を確保する必要がある。
しばらく街をうろついたあと、リアは宿を見つけた。
「…ふたな……」
『ふたり姉妹の旅館、とありますね』
「お、おう」
ボケようとしたところをフォースに牽制され、リアは少々たじろぐ。
とりあえず部屋を借り、階上の寝室に入ったところで、リアは荷物を置いた。ドレスを脱ぎ、動きやすい格好に着替える。
この服はスキングラッドに来る前、帝都の洋服店ディバイン・エレガンスで購入したものだ。店主のパロリーニャとは面識があったため、格安で体格に合う服装を仕立ててもらえたのは幸運だった。
「フム…やはり、こういう格好のほうがしっくりくるな」
『でも、ドレス姿のほうが相手の油断を誘うのに便利ですよね。交渉の際にも、ああいった服装のほうが相手に好印象を与えますし。なにより、あのドレスは武器の隠匿性に優れます」
「かのー」
合理的な物言いをするフォースにリアは多少の不満を覚えながらも、それはそれで仕方のないことだと思い直し、ベッドの上で横になった。
人工知能に感情はない。あるのは合理的な判断と、見せかけの善意(あるいは、悪意)だけだ。
「情報収集の前に、少し休む」
『了解しました。メンテナンス・プログラムを開始します…良い夢を、ゼロシー』
夢、か。
思考をシャットダウンさせる直前、リアは自分がいままで夢を見たことがない点に気がついた。
おそらく、フォースの言葉に他意はあるまい。人間がプログラムした人間的な言葉をそのまま再生しただけ、に過ぎない。
それでも…と、リアは考えざるを得なかった。
自分と人間とは、自分が持つ感情と人間が持つ感情に、いったいどれほどの差があるのか?そして、そのことにどんな意味が…いや…そのことに意味があるのかどうか、を。
** ** ** **
『バッテリーの充電完了、身体機能に大きな障害は認められません。おはようございます、ゼロシー』
「おう。快眠にして良い目覚め、といったところかの」
フォースがメンテナンス・プログラムを実行してからちょうど2時間59分後に、リアは思考を復帰させた。
ラフな格好からドレスに着替え、スキングラッドの街を散策する。間もなく陽が傾こうとしていた。
道行く人々やあちこちの店で聞き込みをし、「ハシルドゥア伯爵は普段から人付き合いが良くないため、滅多に人前に出ることはない」、「しかし優れた政治的手腕から民衆の支持は高い」、「かなり高位の魔術師であり肉体を衰えさせることなく長生きしている」といった情報を記憶していく。
ただしハシルドゥア伯爵は、高位の魔術師であるといっても魔術師ギルドや魔術大学とはほとんど接点がないようだった。
ハシルドゥア伯爵に関して得られた情報はこの程度のもので、街の治安や情勢不安に関しては皆が「?」と鳩鉄砲な顔をして「そんな噂は聞かない」と答える始末だ。
『街の人たちは嘘を言ってませんね。有益な情報は何一つ持ち合わせていないようです』
「1人くらいマグレ当たりがあっても良さそうなもんじゃったがなー。これはどうも、ワシの心配は杞憂、か…あるいは、水面下で物事が動いているか、じゃな」
ひとまず調査に区切りをつけ、石造の前で情報を整理しようとしたとき、リアに話しかけてくる影があった。
「失礼、ミス・リア?魔術大学から来たという」
「そうだが、おぬしは?」
「マケイター氏から伝言を預かっています」
「マケイター?ああ、あの鼻持ちならん小男か」
伝言を賜ってきたという男…スキングラッドの若い衛兵は、リアの言葉に目を丸めると、微笑を浮かべた。
「彼の失礼な態度を許してやってください。ずっと城の中に籠っていると、どうしても性格が陰湿になりがちなんです。あ、今の言葉、他言無用でお願いしますよ」
「安心せい、愉快な若者の首を飛ばすような趣味は持っておらぬゆえ」
「お気遣いどうも」
「で、伝言とは?」
「ああ、そうでした。ハシルドゥア伯爵は今夜、スキングラッドを出て街道を西に進んだ場所にある鉱山のふもとで、あなたにお会いになるそうです」
「随分とややっこしいことをするのう。野外?領主館ではなく?」
「なんでも、特別な事情があるとかで…それと、魔術大学からの通達をマケイター氏が発見したそうです。先刻の非礼を許してほしいと、言づてを頼まれました」
「結構なことじゃ。ところで…マケイターからの伝言と言うたな?ハシルドゥア伯爵本人からではなく?」
「ええ。なにか問題でも?」
「…いや。特に?」
「はぁ……」
リアが含みのある言い方をしたからか、どこか釈然としない思いを抱えたまま衛兵は城へと戻っていった。
その後姿を見届けながら、リアはつぶやく。
「あやつは何も知らんな。本当にただ伝言を頼まれただけじゃ」
『しかし、いきなりの手の平返しですよね。領主がわざわざ夜中に屋外で会いたがる、というのも妙な話です。罠なのでは?』
「罠であろうな。しかしここは一つ、事態を把握するためにも乗ってやろうではないか、のう?」
『危険ですよ』
「目先の危機回避だけがリスクコントロールではあるまい」
フォースの忠告を遮り、リアは言った。
最終的な意思決定権はリアにある。フォースのそれを承知しているのか、ため息に似たノイズ音を漏らすと、渋々ながら賛同の意を示す。
『わかりました。それでは、私はあなたに危害が加わらないよう全力でサポートいたします』
「頼りにしておるぞ」
『期待に沿えるよう頑張ります』
** ** ** **
その日の夜はいたって穏やかだった。
これから罠の渦中に飛び込むところかもしれないのだから、神様が(もしそんなものが存在するのなら、という言葉は必要なかった。シロディールでは神は身近な存在だからだ)少しばかりドラマの演出をするように雨を降らせる程度の機転をきかせても良さそうなものだったが、しかし実際は野犬の遠吠え一つない静かで平和だった。
そのせいで、リアはひょっとしたら自分の推測がたんなる思い過ごしではないかと考えそうになってしまった。
馬鹿馬鹿しい、天候が事象を左右することなど有り得ない。
『来ましたね』
「おう」
リアの思考を中断するかのように、彼女の視界に3人の人影が映った。
暗視装置の出力を強化し、ARにズーム映像をウィンドウ表示する。視界の端で拡大された映像は、たしかに昼間出会ったマケイターの姿を捉えていた。そして、その傍らに控える2人の人物は…
「なあ、これが領主の姿に見えるかね?」
『…いえ。私には計りかねます』
マケイターの両脇には、漆黒のローブを着た男達が佇んでいた。フードを目深にかぶっているせいで表情を窺うことはできず、ローブに刺繍された髑髏の紋章が気味の悪さを引き立たせている。
やがてリアの目の前まで来たマケイターは、昼間の渋面とはうって変わった愛想笑いを浮かべて言った。
「いやはや、先刻はとんだご無礼を。あれからすぐに、魔術師ギルドのほうから連絡がありましてな。大変に申し訳ない」
「そうかね」
おそらく無理をしているのだろう、引きつった笑みを浮かべながら話しかけてくるマケイターを、リアはすげなくあしらった。
表情筋の動き、視線の挙動、心拍数、音声の測定。センサーで捉えたマケイターの動きは、あらゆる面から彼が「嘘つき野郎」であることを証明しており、なんという茶番だ、などとリアは思いながら、早速本題を切り出した。
「ところで、ハシルドゥア伯爵は何処に?後ろに控えておる2人のどちらかがそうなのか?」
「…伯爵は来ませんよ」
ニヤリ、マケイターが不適な笑みを浮かべる。
「魔術大学の狗が、こうも易々と罠に引っかかるとは。お笑い種ですな」
「あー、やはりか」
「…… …… ……?」
「や、罠だということはわかっておったのだがな。なにせ理由がわからぬし、逃げたところで依頼を達成したことにはならんからのー」
「君は、魔術大学の人間ではないのですか?」
「違うわい。あえて言うなら、ま、傭兵といったところかの」
「…まあ、いいでしょう」
腰にぶら下げていたショートソードを抜き放ち、マケイターが言葉を続ける。
「かつて魔術大学に滅ぼされた同胞の仇を取るつもりでいましたが、仕方がありませんね。取るに足らぬ小娘の命などに価値はありませんが、今日のところはそれで我慢するとしましょうか」
「ほう。言いよるわ」
『いますぐ最速のスピードで攻撃すれば、確実に彼を殺害できますが』
「いや、奴は生け捕って尋問したい。事態を正確に把握したいからな」
リアが武器を構えたのとほぼ同時に、マケイターが従えていた男…死霊術師達が、同時に呪文を唱えた。赤黒い閃光とともに、肉体が激しく腐敗・損傷したゾンビが次々と出現する。
あっという間に大軍に囲まれたリアは、ひとまずその場から離れた。
街道に出てから、後を追ってくるマケイター達の姿を確認する。
見た目よりもかなり動きの素早いゾンビを斬りつけながら、リアは3人の動向を窺う。
死霊術師達が間断なくゾンビの召喚を続けるなかで、マケイターが氷系の破壊呪文で逐次リアの動きを牽制してくる。
ゾンビを盾に使いながら素早く立ち回るリアが、一言漏らした。
「なぁ。これ、際限ないのではないか?」
『そうですね。このままではゾンビが増える一方です、術者を無力化すべきでは』
「生かしておくのはマケイター1人で充分か。残る2人には地獄を見てもらうとするかの」
とはいえ、マケイターの操る呪文が脅威であるからこそ、迂闊には近づけないのだが…
とりあえずゾンビは無視し、スピードを活かして一気にケリをつけるしかない。
そう思い、リアが足を一歩踏み出した、そのとき。
『待ってくださいゼロシー、敵後方より高速で接近中の物体を確認』
「なに?」
ザシュッ、ゴッ、バタッ。
凄まじい炸裂音とともに死霊術師達が倒れ、マケイターの顔に動揺の色が浮かぶ。
そして……
キ…ン、ズバシャアッ!
閃光とともにマケイターの胴体が両断され、おびただしい量の血が迸った。
「ガハッ、なっ、ば、馬鹿な…!?は、伯爵……!」
断末魔の声を上げながら、マケイターの上半身が石畳の上をゴロゴロと転がっていく。
突然の出来事に、構えを崩さぬまま警戒するリア。
不意の闖入者は手にべっとりとついた血を払い落とすと、努めて平静を装った表情に僅かな怒りを覗かせ、口を開いた。
「まったく…わざわざ敵の罠に飛び込んでいくとは、市井の人間には基本的な生存本能すら備わってないと見えるな。まったく度し難い」
そう言って眉間に皺を寄せる初老の紳士に敵意がないことがわかると、リアも武器を納める。
彼が着ている、金糸と銀糸がふんだんに織り込まれた絹のローブは紫色に染められており、これだけ華美な服装がまったく嫌味に写らない人物というのも珍しいな、とリアは思った。
『リア。さきほど、マケイターが死に際に彼を<伯爵>と呼称しました。これは、つまり…』
「で、あろうな」
「おい小娘」
フォースと短いやり取りをしたのち、初老の紳士…スキングラッド領主ヤヌス・ハシルドゥア伯爵は、不機嫌を隠そうともしない態度で横柄に言い放った。
「貴様だな、魔術大学が寄越した連絡役というのは。それにしても、こんな無謀な…ん?」
途中まで言いかけたところで、ハシルドゥア伯爵は改めてリアを凝視する。
彼はしばらくリアを見つめたまま、深く呼吸をしたのち、急に警戒を強めだした。普通に接しているぶんには気づかない程度の態度の変化だったが、リアの目には、ハシルドゥア伯爵がゆっくりと姿勢を落とし、即座に攻撃モーションに移れるよう体重のバランスを変化させたことがはっきりと観察できた。
先刻よりもさらに不機嫌な態度で、ハシルドゥア伯爵は口を開く。
「…娘。貴様、何者だ?」
「魔術大学からの遣いだと、さっきおぬしが言った通りだがな?」
「とぼけるな。貴様、人間ではない…というより、生物ですらあるまい?」
「そういうおぬしも、普通の人間とはちと性質が異なるようじゃな」
そう言って、リアは口の中から一本の髪の毛を取り出した。
「おぬしがマケイターを始末したとき、宙を舞った毛髪を採取させてもらったぞ。興味深い鑑定結果が出おってな、DNAの構造が人間のものと多少異なっておるようじゃ。ま、そんな回りくどいことをせずとも、おぬしの外見的特徴からだけでもハッキリわかる程度には人間離れしておるがの」
「わけのわからぬことを」
「おぬしによく似た連中を以前見たことがあるぞ。あれは…500年ほど前の話じゃったかな。鉤十字をつけた軍人連中に混じっておってな、連中は自らを<吸血鬼>と呼んでおったが」
「もういい、わかった。それで、貴様は敵か、味方か?それだけはハッキリさせておこうじゃないか」
「さっきも言ったように、立場の話であればワシは魔術大学の遣い、それ以外の何者でもないぞ」
「…クソ、表情が読めんな」
そう呟くと、ハシルドゥア伯爵は深く嘆息した。
「血の匂いがしない。感情の動きも読み取れない。生物ですらない…貴様はなんだ?魔術大学の連中が生み出した、悪趣味な機械人形か?」
「ワシはこの世界の住民ではないぞ。といっても、誰もワシの言葉を信じようとはせぬがな」
「だろうな。もっとも、少しでも鼻の良いヤツがいれば…貴様から、この世界の土の匂いがしないことくらい、すぐに気づいただろうにな…それで、異界からの客人よ、なぜ魔術大学に加担する?」
「ん~、成り行きじゃなぁ。他にすることもなかったしのー、たいした理由はあらぬよ?」
そう言って、リアは頭を掻いた。
一方でハシルドゥア伯爵はいちおうリアの言葉に納得したのか、警戒を解いて拳に込めていた力を抜いた。かぶりを振り、所在無さげに空を見つめたあと、ふたたびリアに向き直る。
「いまさらだが、別の場所で話さないか。私が、そう、世間で言う吸血鬼というやつであったにせよ、死体の傍で話をするのは気分の良いものじゃあない」
「それを断る理由はないの。ところでこの死体、どうするつもりじゃ?」
「あとで衛兵に片付けさせておくさ。衛生上の問題があるからな」
リアの質問に、ハシルドゥア伯爵はあっさりとそう言い切った。
そこには死者に対する憐憫や、気遣いなどといったものは欠片も感じられなかった。
** ** ** **
「このところ、死霊術師…死者の魂や肉体を操る魔術師が暗躍している、という話を知っているか?」
「いや。何も知らんな」
「異界からの客人よ、貴様は本当に何も知らされていないのだな。死霊術はかつて合法だったが、現アークメイジのハンニバル・トラーヴェンが魔術大学の長に就いてから、異端にして非道な魔術として禁じられ、死霊術を学んでいた魔術師たちは徹底排撃された経緯がある」
「それは政治的な理由からかね?それとも、感情的な理由かね?」
「多分に感情的なものだろう、死霊術を合法と定める国は今でも珍しくない。そして一方的に異端排撃の的となった死霊術師達はシロディール各地に散らばり、地下に潜って活動を続けたようだ」
「魔術大学への恨みを募らせながら、か」
「そうだな。しかし、いままで死霊術師達は単独か、あるいは小規模のグループで活動することがほとんどで、何かしらの問題を起こしたにせよ、その対処はそれほど難しいものではなかった」
「話が見えてきたな。今になって、死霊術師達は徒党を組み始めたわけじゃ…魔術大学に復讐するためにか?」
「そんなところだ」
そこで、しばらく間が空いた。
リアはハシルドゥア伯爵の次の言葉を待ったが、一方でハシルドゥア伯爵も自分の次の言葉を待っているのではないかと思い、結局、自分のほうから口を開いた。
「ところで、ワシは何故おぬしの元に遣わされたのかね?」
「私の城内に死霊術師の内通者がいる、という話は以前から聞いていた。どうやって魔術大学の人間の耳にその噂が届いたのかは知らんが、私が対処するよりも早く自分達で調査をしたかったのだろう。せっかちなことだ」
「その口ぶりからすると、おぬしはわざとマケイターを泳がせておいたのじゃな?」
「ああ。ひょっとすると、あの馬鹿は重要な連絡のために、死霊術師どもの拠点に帰ることもあるかもしれんと思ったからな。監視されていることも知らずに…そのためわざと貴重な情報を流してやったりもしたのだが、結局、その目論見は失敗したわけだが」
「打率は高いがホームランは出ないタイプのようじゃな、トラーヴェンとやらは。おぬしは逆のようじゃが」
「まったくだ、おかげで死霊術師どもを一網打尽にする計画が水泡に帰したよ。トラーヴェンはあろうことか、私が死霊術師と手を組んでいるのではないかとすら疑っているようだ。ヤツは私の正体を知っているからな…馬鹿馬鹿しい」
そう言って、ハシルドゥア伯爵は忌々しげに鼻を鳴らした。
「いいか、魔術大学に戻ったらこう伝えろ。私が死霊術師どもと手を組むようなことは金輪際有り得んと。それと、無知なる者を死地に赴かせるような恥知らずな真似は慎め、とな」
「…おぬし」
冷静を装っていはいるが、内心では相当に憤慨しているのであろうハシルドゥア伯爵の顔を覗きこみ、リアがいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「なんだかんだ言って、世話焼きじゃのう?」
「やかましい」
話はそこで終わった。
ハシルドゥア伯爵が話好きか、あるいはそうでないかはともかく、彼はこれ以上リアと話をする気はないようだった。あるいは、自らの素性を詮索されることを恐れたのかもしれない。
別れ際、リアが一言だけハシルドゥア伯爵に質問する。
「ところで…<魔術大学から借りている本を返却してほしい>、とはどういう意味じゃ?」
「忘れろ。身内向けのジョークのようなものだ」
リアに背を向けて歩いていたハシルドゥア伯爵は一瞬立ち止まったが、振り向きもせずにそう言うと、ふたたびその場から立ち去った。
吸血鬼の領主の背中を見つめながら、リアは笑みを浮かべる。
「どうも、面白いことになってきたようじゃな」
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