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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2013/07/21 (Sun)16:50

 ガチャリ、ガチャリ。
 聞き慣れない金属音を背中でかき鳴らしながら、ちびのノルドはブラヴィルを出た先…ニーベン湾沿いを南下していた。
「貧乏暇なし…かなぁ~」
 いや、別に貧乏なわけではないのだが。
 大金持ちではないにしろ、当面の生活に困らない程度に貯金はできている。それに戦闘職は基本的に「明日をも知れぬ我が命」が宿命であり、他に生きる目的があるのでもない限り、老後の貯蓄なんて言葉とは無縁だ。
 いますぐ金を必要としているわけではない、貯蓄する目的もない。
 それだっていうのに、どうしてこう毎日西へ東へと駆けずり回っているのか。
「無能扱いされるのはのは癪ですけど、有能だと思われるのも、それはそれで気苦労が多いのであります」
 ちびのノルドはため息をついた矢先、破棄されたと思しきキャンプ跡地を発見し、少し軽くなった足取りでちょこちょこと近づいた。



 炭化した薪を拾い上げ、一言。
「どうも、このキャンプは破棄されてから随分経ってるみたいですね…まだ形があるのが不思議ですけど」
 水平線の監視でもしてたのかな?などと考えながら、ちびのノルドは労せずに今日の寝場所が確保できたことを素直に喜んだ。もし就寝中にキャンプの設営者が帰ってきたとしたら、それが善人であれ悪人であれ、多少は面倒なことになるだろうから。
 すっかり湿気てしまっている薪をどかし、ちびのノルドは手近な場所から乾いた枝を拾い集めると、携帯していた亜麻の粉末を振りかけてマッチで火を起こした。
 ブラヴィルで購入した乾燥鹿肉をかじりながら、ちびのノルドはしみじみとつぶやく。
「シロディールはいいなぁ…野営に苦労することがなくて」
 植物、動物、水源なにもかもが豊富で、困るような要素がまるでない。
 スカイリムでは寒さもさることながら、身体を温めるための火を確保するにも大変に苦労した記憶がある。なにせ薪に使えるような木や枝が見つからないことが多く、食肉用に仕留めた動物の脂肪を燃やして暖を取ることも珍しくはなかったのだから。
 そんなことを思い出しながら…ちびのノルドは、シェイディンハルの戦士ギルドでのやり取りを反芻する。
 ログバト嬢の件は、支部長バーズ・グロ=カシュに対してかなり好印象を与えたようだ。ただ、そうやって得た評価の先にあるものは、休息とは程遠いものであったわけで。
『レーヤウィンでウチのモンがトラブルを起こしてるらしい。ただでさえ大変な時期だってのに、これ以上ギルドの評判が落ちるようなことがあっちゃならねぇからな…ちょっくらレーヤウィンまで行って、ガキどもの面倒を見てやっちゃあくれねえか?』
 なぁに、飛んだり跳ねたりが必要なわけじゃねえから、羽を伸ばすつもりで行ってくりゃあいいさ…バーズはそう言ったが、要するに僻地(失礼)まで雑用に飛べということだ。
 トラブルを起こしているらしいギルド員について、バーズは事も無げに「ガキども」と括ったが、実際はちびのノルドよりキャリアが長く実績も積んでいるはずだ。それを、成長株の新人に説教に行かせると言うのだから、ちびのノルドにとっては心臓に悪いことこのうえない。
 それというのも、ちびのノルドが「ドジでマヌケな新人」のままであれば任されるはずのない仕事ではあったが、実質的な待遇としてどちらがマシであったかを考えると、なんとも言えない心境に陥る。
「……寝よう」
 考えても仕様のないことは、考えずに済ませるに限る。
 けっきょく処分し損なったラグダンフ卿の剣を傍らに置き、ちびのノルドは破棄されたテントに無造作に敷かれた布団に身を横たえた。見張りのいない単独での野宿なので、アーマーは脱がないまま目蓋を閉じる。
 気の進まない雑用も、手に余る剣の存在も、すべて自分が状況に流されるまま自主的に行動しようとしなかったせいだ、という点については考えないことにした。

  **  **  **  **

 床についてから2~3時間、といったところだろうか。
 ちびのノルドは何者かが近づいてきた気配を感じ取り、緊張に筋肉をこわばらせる。
「…まさか、本当にこのキャンプの主が帰ってきたとか?」
 しかし、それにしては妙な気配だ。
 存在感がない…とでも言おうか。足音がしないのはともかく、敵意も警戒心も感じ取れないのはどういうことだろう?
 気配を殺して行動するのが得意な相手、というのはわかる。だが、そういった技術は誰しもが持っているわけではない。そして、そういう技術を身につけている者には、「それなり」の理由というものがあるはずなのだ。
 だが、いまちびのノルドに接近している「何者か」は…そういった、行動に伴うものが「何もない」。
 野生動物かとも思ったが、そもそも人間とその他の動物は行動における思考パターンがまるで異なるから、それはないと思い直した。
「…考えてても、仕方ないですよね」
 闖入者の姿を拝むべく、ちびのノルドは警戒を強めながら、のそのそと布団から這い出た。



 果たして、目の前にいたのは人間ではなかった。もちろん、野生動物でもなかった。
「……~~~~~~っっっ……!!」
 微かに発光する半透明の男の姿を視界に捉え、ちびのノルドは絶句する。
 幽霊だった。相手はどこからどう見ても幽霊だった。巨大アヒルと戦車を見間違えることがないのと同じくらい、それは確実に幽霊だった。
「ギエーッ!」
 幽霊が苦手なちびのノルドは、思わず異様な悲鳴を上げてしまった。女の子が出していい声じゃない。
 その声につられて…かどうかはわからないが、幽霊がちびのノルドに向かって振り返る。
 半べそをかきながら腰を抜かしているちびのノルドをしばらく見つめたのち、幽霊は口を開く。
『ついてきてください…』
「ひぃっ!?」
 穏やかな男性の声に、ちびのノルドはびびりまくりの反応しか返すことができない。
 しかし幽霊はそういった反応には興味を示さず(慣れているだけかもしれないが)、踵を返してちびのノルドに背を向けると、淡々とした足取りで何処かへと歩きはじめた。
 しばらく呆然としていたちびのノルドだったが、すぐにマスクを装着し、ラグダンフ卿の剣を背負って幽霊の後についていく。



 こそこそと隠れながら。
「うぅ…近づきたくないなぁ…関わりたくないなぁ…」
 泣き言をつぶやきながら、しかし言うことを聞かなかったせいで祟られたりするのもそれはそれで怖いし、大抵の幽霊は頼みごとを聞いてやれば成仏する、という話を小耳に挟んだことがあったため、ちびのノルドは仕方なく幽霊の背を追うのであった。

  **  **  **  **

 そもそも幽霊というのがどういったものか、いわゆるモンスターに類される「ゴースト」と呼ばれる存在と目の前の霊魂にどのような違いがあるのか、などといった諸々の疑問もあるにはあったが、それよりも幽霊の移動距離が予想より随分と長いことに、ちびのノルドはいささか辟易していた。
 肉体的な疲労を前に恐怖心は薄れ、野山を登ったりしているうち(そういえばこの幽霊には足があるな、などと考えつつ…思念の強さから人としての原型を強く残しているのだろうか)、ようやく足を止めた幽霊の横にぴったりくっつくような形でちびのノルドも立ち止まった。



『あそこに…私の魂が捕らわれています。もう何年も…何十年も…ずっと…ずっと』
「魂?でも、それじゃああなたは」
『ここにいる私は、微弱ながら飛ばした思念を人に見えるよう形成したものに過ぎません。あまり長くは存在できないのです』
 丘の上から河の向こう岸を見つめる幽霊と会話を交わすちびのノルド。
『この河を越えた先…豹の口と呼ばれる場所に、大破した貨物船が…私の、エ…メイ号…魂…そこに……』
「え、あ、あのっ!?」
 だんだん口調がおぼつかなくなってきた幽霊を見て、ちびのノルドが「あっ」と声を上げる。
 すでに幽霊…もとい魂の一部を切り離した思念体は消えかかっており、やがてそれは足元からスーッと姿を消してしまった。
 最後に、一言だけ残して。
『お願いします…私を、救ってください……』

  **  **  **  **

「なぁんか、すっごくイヤで面倒なことに巻き込まれた気がします…」
 がくりと肩を落とし、あまり捗らない足取りで、それでもちびのノルドは思念体の指し示した「豹の口」と呼ばれる場所へと向かっていく。
 なにより、あそこまで話を聞いておいてなお無視しようものなら、逆恨みでどんな報復を受けるかわからない…というのは、半分は冗談にしても、基本的にはお人好しのするちびのノルドにとっては捨て置けない問題だった。
「…あんなふうに頼まれたんじゃなー……」
『お願いします…私を、救ってください……』
 思念体の声を反芻し、ちびのノルドはため息をつく。
 哀願、というものがこの世に存在するというのなら、あれこそがまさにそうだろう。それは言外に「私には、あなたしか頼れる相手がいない」とも言われているようで、ちびのノルドにとっては気が重くなる話だった。



 やがて、ちびのノルドは「豹の口」と呼ばれる場所へと辿り着く。
「豹河がニーベン湾と合流する三角州、そこにある鋭く尖った2枚の大岩…なるほど、豹の口、ですねぇ」
 おそらく地元住民であれば来歴を知っていたであろう地名に頷きながら、ちびのノルドは座礁した船を発見すると、周囲を警戒しながら近づいた。
 こういったロケーションは、賊の拠点やモンスターの棲家として利用されていることがままある。もっとも、そういった「地元住民」の存在を察知するのはそう難しいことではないから、ちびのノルドも念入りに捜索するようなことはしない。
 船体に刷り込まれている、消えかかったステンシルの文字に気がついたちびのノルドは、目を細めながらもどうにかしてそれを判読した。
「貨物船、エマ・メイ号…」
 おそらく、あの思念体が言い残した船はこれのことだろう。
 しかし。
「で、わたしは何をすればいーんでしょうかね」
 私を救ってください。
 おおざっぱな願いにもほどがある。
 どうやらこの船が座礁してからかなりの年月が経っているらしく、船体のあちこちが老朽化し、ガタがきている。
 できれば、こんな場所に潜入するのは願い下げなのだが。ただ、外周を調べただけで件の霊が開放されるとも思えず。



「ここから入れるかな?」
 ちびのノルドは船体の横腹に空いた大穴を調べながら、誰ともなくつぶやいた。
 トレジャーハントにしても、いままで誰の侵入も許してこなかった可能性は低いし、なにより幽霊と関係のある場所から獲った物品を持ち歩くのもぞっとしない。実質的な実入りは期待できなかった。
「ハァ…とことん気が進まない…」
 よいしょ、小さく声を出しながら、ちびのノルドは身を乗り出して船内に浸入した。



 シューッ、シューッ、シューッ。
 まるで蒸気が漏れているかのような音が前後から聞こえ、ちびのノルドは本能的に身構える。
 そこにいたのは、2体のゴースト。
 あの思念体のような温和なものではなく、怨念によってこの世に留まったか、あるいは魔法で無理矢理にこの世に繋ぎ留められている類の、それはまさしくモンスターと呼んで差し支えない存在だった。
「ギョエーーーッ!?」
 基本的に心霊現象が苦手なちびのノルドは、攻撃的な意思(というより、指向性…と言ったほうが正しいか)を持つ悪霊の挟み撃ちを受けて、あからさまに動揺する。
 しかしゴーストの細長い指先から冷気が迸るに至って、ちびのノルドは正気を取り戻してそれを回避した。
 肉体を瞬時に凍結させる冷撃魔法がちびのノルドの頭上をかすめ、古ぼけた木箱に命中してそれを破砕する。どうやら、自らの攻撃行動で船が大破しかねない点については考慮していないようだ。
「どうしよう…」
 ちびのノルドは霊体への攻撃手段を持たない。武具とも魔法とも縁のない彼女の徒手格闘では、実体を持たない存在に対抗することができず…と、そこまで考えたところで、ちびのノルドはふと背中の荷物の存在を思い出した。
 ラグダンフ卿の剣。この剣はたしか、魔法によるエンチャントが付与されていたはず。
 だとすれば、霊体への攻撃も可能…ちびのノルドは剣を抜き、慣れぬ手つきでそれを構えた。
「剣は、あまり得意じゃないんですけどね」
 ちびのノルドはマスクの奥で表情を引き締めると、次なる呪文を放とうとしているゴーストに向かって斬りかかった。



 ドッ、ザシュッ!
 相手は肉体を持っていないにも関わらず、斬りつけたときに確かな手応えを感じることにちびのノルドは驚きを隠せなかった。
 そして、なにより。
『キ、キシュッ、シュァェェェエエエエエ!!!』
「…こ、これ……!」
 この剣、強い!
 剣術に関してはまるでど素人のちびのノルドがでたらめに振り抜いただけで、ゴーストは両断され地面に吸い込まれていく。
 返す剣で背後にいたゴーストも薙ぎ払い、勢いをつけすぎたせいで少しよろめきながらも、ちびのノルドはゴーストの気配が失せたのを確認して一息ついた。
「さて…えーと、まずは状況判断のための材料が必要ですよね」
 この船はなんなのか。あの幽霊は誰なのか。そして、過去にここで何が起きたのか。
 それを調べるためには手掛かりが必要だ。ちびのノルドは松明に火を灯すと、周囲の捜索をはじめた。



 やがて、船室の一つで本らしきものを見つける。
 テーブルの上に乗っていたそれは、どうやらこの船の乗組員が書き残した航海日誌のようだった。
 ちびのノルドは松明の火が周囲に燃え移らないよう注意しながら、航海日誌のページを捲っていく。
『…レーヤウィンから北上する途中で、暗雲が立ち込めてきた。嵐の予感がする。俺たち船員は気候が安定するまで最寄の港に停泊することを提案したが、船長は予定を優先させて航行を続けることを決定した…』
「日付は3E421年、12年前の出来事ですね」
『…最悪の事態になった。台風だ。船は揺れ、まともな航海など望むべくもない。俺たち船員の不満が爆発し、ついに反乱が起きた。ゲイブルを筆頭に俺たちは船長と彼を支持する勢力を幽閉し、船のコントロールを掌握した。奴らはいずれ始末しなければならないが、何よりもまず俺たちの安全の確保が最優先だ。ゲイブルの的確な指示のもと、俺たちはどうにか台風をやり過ごせる場所まで船を動かすために奮闘した。穴が空くほど地図を凝視し、近くに入り江があることを発見した俺たちは、ひとまずその場所に避難すべく…』
 日誌の記述は、ここで途切れている。
 おそらく、地図には豹の牙…あの鋭く尖った大岩の情報はなかったのだろう。エマ・メイ号は豹の口に飲み込まれ、船員はすべて命を落としたのだ。
 船長が横車を通さず、天候の回復を待っていれば、という船員の言い分もわからなくはない。しかし運送業において顧客の信頼を損ねるような事態は避けねばならず、まして時間のいたずらな経過は荷物を駄目にしてしまう可能性がある。商売はボランティアではない。
 結局、誰かが悪かったわけではないのだろう。ただ、不幸な事故だった。それだけだ。船員は成仏できなかったようだが。
 おそらく、思念体の送り主はこの船内にいる。彼と対面しなければならないだろう。

  **  **  **  **

 上部甲板から下層甲板へと降り、ちびのノルドは油断なく松明の明かりを揺らしながら周囲を捜索する。
 やがて彼女の目の前に、巨大な漆黒の影が姿を現した。
『こんなはずじゃなかった…こんなはずじゃ…みんな、すまない…すまない……!』
 聞こえてきたのは、青年がすすり泣く声だった。
 生き残りでは有り得なかった。ちびのノルドは警戒しながら、声の主に松明の明かりを向ける。
 そこにいたのは漆黒のローブを纏った、老人のような風体の「何か」。
 ちびのノルドの気配を察したのか、「それ」はからからに干からびた無貌を彼女に向けると、かすれた声で話しかける。
『キミは…ダレ?どウしてこコニ?コこハ…ドこ?僕ハ…どうシテここニ?』
「あなたは…」
『コこ…どこ…ナニ…だレ…哀しい…辛い…くルしイ…何何何何何何何何』
 漆黒の影は突如痙攣をはじめ、自身を抱えながら苦しそうに呻く。
『ナゼ…なぜ…苦しい…苦しいよ…痛い…いタい…やめてくれ、やめて…やメてよ…やめ、やめろ…やめろ、やめろ!!ぁぁあああアアアアああおおおあアァァァアアアアアッッッ!!』
 やがて漆黒の影が絶叫し、船内が炎に包まれる。
 突然の出来事にちびのノルドは狼狽し、やがて四方が炎に囲まれたこと…退路を絶たれたことに気がついた。



「え、ちょ…ちょっと!」
『憎い。苦しい。腹立たシイ、イらダつ、ムかツクんダよ!くそ、くそっ、畜生!みんな、みんnア、みhだすhbんjfhんkjdhんどあfjdklfjoooooooooooぁあああアアアア!!!!』
「くっ…!」
 駄目だ、話が通じそうな相手じゃない。
 ちびのノルドは松明を相手に投げつけ、怯んだ隙にラグダンフ卿の剣を叩き込もうとする。しかし亡霊はエンチャントが付与された刃を掴んで止めると、もう一方の掌でちびのノルドの頭を掴み、強烈な思念を流し込んできた。
「う、わ、わぁっ!?」
 あまりに強烈な怒り、哀しみ、苦痛といった感情を脳に直接流され、ちびのノルドは電流が走ったように肉体を痙攣させる。同時に襲いかかってきた不快感で嘔吐しそうになるのをこらえながら、どうにかして剣を引き抜き、距離を取る。
 そして、わかったことがある…目の前の亡霊、彼こそ、船員を率いて反乱を起こしたゲイブルという青年なのだと。
 彼は生真面目な性格で、他の船員からの人望は厚かった。そして思いやりがあるゆえに、船員の安全よりも組織の運営を第一に考える船長とたびたび衝突していた。そして……
 ゲイブルの亡霊が流し込んできた邪悪な感情の裏に秘められた想いから、読み取れたのはそんな情報だった。
『許せない、ゆ、ゆルッ、ユるセナい……ッ!!』
 誰を?
 船員を死なせる原因を作った船長を、そして、船員を救えなかった自分自身を。
 絶叫し続けるゲイブルの姿を見つめながら、ちびのノルドは剣を構えなおし、泣き出しそうになるのをこらえながら再び斬りかかる。
「あなたは…もう、ここに居ちゃだめだよ…!」
『あああァァッァァァァォォアアアああおおああえあえあえああ!!』
 ちびのノルドが振り下ろした刃を、ゲイブルは両掌でがっちりと掴み取る。
『おマエに、僕の、絶望がわカルかッ!?ぼクの苦しミが、ワカるッていウのカ!?』
 ゲイブルが刃を通して流し込んでくる、どす黒い感情に耐えながら、ちびのノルドはありったけの力を込めて押し返そうとする。
『お前なンカニ、わかルハズがナイ、オまエなんかに、理解…理解、でキルはずガなイんだ!』
『デモ……』
「?」
 目の前に迫る無貌に、わずかだが動きが見えたのを、ちびのノルドははっきり捉えることができた。
『理解してほしい』
『わかってほしい』
『苦しい』
『辛い』
『苦しいよ』
『助けて』
『助けて』
『助けて……』
 泣いていた。彼は、泣いていた。子供のように。
 そしてちびのノルドもまた、彼の感情にあてられて涙を流しながら、剣に込める力をいっそう強めた。
 そして。



 ふっとゲイブルの力が抜けたのを機に、ちびのノルドは全身の体重を乗せてラグダンフの剣を彼の胸に突き立てる。さらに大きなダメージを与えるべく、ちびのノルドは柄を握ったままゲイブルの頭上に躍り出た。
 深く突き刺し、傷口を抉り、大きく剣を振り抜く、一連の動作はまるで曲芸のように優美で力強く。
 ちびのノルドの力と、ゲイブルの怨嗟を一身に受けたラグダンフの剣は、バキンと音を立ててばらばらに砕け散った。
『おぉ…おあぁぁああああ……』
 致命的なダメージを追ったゲイブルの亡霊は深緑色のガスのようなものを吐き出し、序々にその姿を小さくしていく。
『これで、ようやく、救われ……』
 いまや完全に姿が霧散したゲイブルは、か細い声でそう言い残す。
 肩を上下させ、マスクの内側で涙が乾いていくのを感じながら、これで良かったのだとちびのノルドは思い……
 しかし、それだけでは終わらなかった。
『……ない…』
「え?」
『…できない。納得できない。できるはずがない』
 すでに勢いが弱まっていた船内の炎がまた爆発的に燃えだし、まるでゲイブルの怒りを体現するかのように激しく周囲を焼いていく。
『みんな…奴のせいだ…あいつのせいで、こんな…こんな、こんな……!』
 もう霊体すら消滅したはずなのに、声だけがどこからともなく聞こえてくる状況に、ちびのノルドはただうろたえるしかできなかった。それにもう、ゲイブルはちびのノルドの存在を気にかけてはいないようだった。
 彼はただ、探していた。
『船長!いるんだろ、そこに!?出てこい、出てこいよ畜生!お前のせいだぞ、みんな!みんな死んだ、あんたのせいだ!!過ちを認めろ、あんたは間違ったんだよ!認めろよ、自分が悪かったって、みんなが死んだのは自分のせいだったって、認めろよ!みんなに!謝れよ!!死んだみんなに謝れよ!謝れよぉ!!』
 ゲイブルの絶叫が、船内にこだまする。
『謝れよ…謝れよ、畜生…みんな死んで…死んじゃって…死んじゃったよぉ……』
 やがて怒声がすすり泣きに変わると、船内を覆っていた炎がみるみるうちに収縮し、いままで炎で巻かれていたのが嘘だったかのように、周囲は静けさを取り戻していく。
 もはやこれまでか、と半ば諦めかけていたちびのノルドは顔を上げると、まるで何事もなかったかのように静かになった船内で、ゲイブルの最期の声を聞いた。
『ごめん、みんな、ごめん…僕には…誰も…助けることが……ただの…一人も……』
 そして。
 そして……
 ちびのノルドの周囲に、一切の気配が失せた。

  **  **  **  **

 船室の最奥で、ちびのノルドは幽閉されていた船長の亡骸と対面した。



 老朽化した拘束具を難なく破壊し、そっと身体を横たえる。
 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『ありがとう。これで、私もようやくこの場所から解放される…そして、ゲイブルと、他の船員たちも。君には思い責を負わせてしまった。申し訳なく思う』
 それは、ちびのノルドをこの場所まで導いた思念体とおなじ声…エマ・メイ号の船長、グランサム・ブレイクレイのものだった。
『私には私の立場があり、彼には彼の信念があった。それが、こんな形で行き違ってしまうとは…思いもよらなかった。思いたくはなかった。彼のあまりに強い怨念に、私は近づくことすらできなかった。恥ずべきことだろうな』
 自嘲を込めてつぶやくグランサムの声に、ちびのノルドは静かに首を横に振る。
「みんなが努力して最善を尽くしても、それが最良の結果に繋がらないことだってあります」
 それが、この件ではたまたま最悪の結果を招いたというだけだ。それも、取り返しのつかない形で。
 しばらくグランサムの霊は黙っていたが(そのせいで、ちびのノルドはもう彼が天に召されたものだと勘違いしてしまった)、何を思ったのか急に声のトーンを変え、ちびのノルドに話しかけてきた。
『ところで…君には、礼をしなければならないな』
「え?」
 意想外の提案にちびのノルドは驚き、その言葉の持つ意味を吟味しようとする。
 幽霊が「お礼」とくれば、これはやはり、「現実は辛いことばかりだから、君も一緒に天国へ連れていってあげるよー」とか、そんなのだろうか。
 昔聞いたことがあるような、そんな類の怪談話を思い出し、ちびのノルドは身震いした。
「え、いや、そのー、お礼なんてそんな…いいですよ!めっちゃ間に合ってるっていうか、そもそもお礼とか期待して行動してたわけじゃないっていうか!だからその、迷わず天国に行ってくださいね!アデュー!」
『…えっと……?』
 困惑するグランサムの霊を余所に、ちびのノルドはわけのわからない口上をまくし立てると、すぐさま船から飛び出していってしまった。
 なにより、もうこんな場所には一秒だって居たくないという本心もあり、たとえ相手に下心がなくとも、10年以上も前に死んだ幽霊に一体どんな報酬が期待できるのかという考えもあり。
 とりあえず相手の望みは叶えたのだから、この期に及んで逃げても祟られることはないだろう…そう思っての行動である。
 一方でグランサムの霊は髑髏と化した自分の右手に握られている紙片を見つめ、ため息をついた。



 それは、船長室に安置されている金庫の暗証番号が書かれた紙だった。船員の給料とグランサムの個人資産、貨物船を運用するための資金など諸々が保管されている金庫の中身は現在でもちょっとした財産になるはずで、グランサムはそれをちびのノルドに譲るつもりだったのだが……
 やがてグランサムの霊が姿を消し、受け取り手のいない財産の鍵を手にしたまま横たわった髑髏は、寂しそうにカタカタと顎を動かしたのち、微動だにしなくなった。





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