主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。
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2012/11/15 (Thu)06:59
「そろそろ、この街から離れる頃合かもなぁ…」
そんなことをつぶやきながら、ドレイクはいまやすっかり馴染みとなったノーザングッズ商店へと足を運んだ。日用品を買い足すついでに、酒場で出会った女店主の娘ダー=マをからかうのが日課のようになって久しい。
もともと、この街へはオブリビオン関連の書籍を集めるために来たのである。シロディールでも有数の書店と言われるレノワー書店へ足を運ぶのが目的だったのだが、実際はいささかアテが外れたと言わざるを得ない。
「オブリビオンの歴史や性質、その上澄みの資料なんぞはどうでもいい。もっと具体的な資料はないのか?…やはり魔術師ギルドや、帝国の秘匿文書庫あたりを探すしかないのか」
そんなことを言いつつ、ノーザングッズ商店の戸を開けたドレイクを出迎えたのは、いつになく落ち着かない様子の女店主シード=ニーウスだった。
「どうかなさったんですか?そういえば、娘さんの姿が見えませんが」
「そう、そのことについて、じつは貴方にお願いしたいことがあるのですが…」
普段はおっとりした気立ての良い女店主のただならぬ様子に、ドレイクは面喰らいながらも表情を引き締める。
「実は私、ハックダート…コロールの南に位置する、小さな村です…そこに定期的に商品を卸しに行っているのですが、今月に入ってから少しばかり体調を崩してしまい、今回だけ娘のダー=マに商品の配送をお願いしたのです」
「それで?」
「ところが、もうとっくに帰ってきていいはずなのに、音沙汰がないのです。私が心配性なだけかもしれませんが…もしかしたらトラブルでも起こしたんじゃないか、道中で何者かに襲われたんじゃないか、そう思うといてもたってもいられなくなって」
「娘さんは一人でハックダートに?」
「ええ。愛馬のブラッサムに乗って…まだら模様の馬です。あまり外見的な特徴はありませんが、鞍に名前が彫ってあるので、それを見たら判別がつくかと。その…書体が特徴的なので」
体調を崩しているからか、精神的に不安定だからなのか、あるいはこの喋り方が素なのか、シード=ニーウスはところどころ独特な間をあけて話を続ける。
それと、「書体が特徴的」という部分でちょっとだけ言葉に詰まったのはなぜだろう?
「なにぶんお転婆な娘なので、心配は無用ではないか、とも思うのですが。本来なら、彼女のお友達にまず知らせようかとも思ったのですが。すでにこの街を発っているようで…エルフの女の子です」
「エルフ?ああ…」
錬金術師シンデリオンの弟子とかいう、あのそそっかしい娘か…と、ドレイクはひとりごちる。
なぜかグレイ・メア亭で偶然居合わせたが、あのときはロクな目に遭わなかった。換金目的でアイレイドの遺跡から拝借したウェルキンド石を、ゴスロリ服の少女に相場の半額で売る破目になったのだ。
まあ、その後ダー=マと親密になれたので(もちろん、節度ある範囲で)、あまり気にはしていないが。
「いいでしょう、娘さんのことはわたしも気がかりです。ちょっとばかりハックダートまで行って、様子を見て来ますよ」
「本当ですか?ありがとうございます!…なんとお礼を言っていいやら……」
「まあまあ。ここは同郷の士、ということで」
そのドレイクの言葉に、シード=ニーウスは微妙な表情を浮かべた。
ああ、選択肢を間違えたっぽいな…ドレイクは内心で舌打ちをする。おそらく、シロディールの文化的な生活に慣れたアルゴニアンにしてみれば、ブラックマーシュのことなど思い出したくもないのだろう。
「ここがハックダートか…」
小さな村とは聞いていたがな、とドレイクは漏らす。予想以上に孤立した、というか、寂れた村だ。
ノースカントリー厩舎でまだら馬を借り、山道を越えた先にあったのは、半ばほど廃墟と化した寒村だった。
道中で一度だけ魔物に襲われたものの、それ以外のトラブルは一切なし。ダー=マがトラブルに見舞われた形跡も発見できなかった。とはいえ道中で山賊に襲われ、どこぞのアジトにでも連れ去られていたら、その時点でお手上げなのだが…
「まあ、どうせ村人の歓待でも受けて長居しているだけなんだろうさ」
そんなことを言いながら、ドレイクは馬を停めることができる場所を探しはじめた。
それに、なんだかんだ言って年頃の娘だ。もし村に若くて良い男でもいれば、間違いが起きることだってあるだろう。もっとも、そんな理由で村に居着くようになっていたら、シード=ニーウスにどう説明したものやら検討もつかないが。
あれこれ考えつつ、ドレイクは焼け落ちたまま放置されて久しい邸宅跡に馬を停める。
ふと脇に目をやると、そこには自分が乗ってきたのと似たようなまだら馬が暇そうに蹄を鳴らしていた。
『フ”ζ:」⧺ム』…鞍には、そう書かれているように見えた。
「ナニコレ」
思わずドレイクは眉間に皺を寄せ、まじまじと鞍に刻まれた謎の記号の集合体を見つめる。
「ブラッサム…と読めなくもない…のか?」
まるで宇宙人かなにかが書いたような文字をどうにか判読し、ドレイクは微妙な唸り声を上げた。
あまりにも下手糞な字だが…どちらかというと、わざと限界まで字体を崩して書いてあるようにも見える。いわゆるギャル文字というやつか?お転婆だとは聞いていたが、なるほど、母親が言葉を詰まらせるのもわからないではない。
「特徴的な書体、か」
「おい貴様、こんなところで何をしている」
ドレイクの背後に、何者かが立ち尽くす。腰にメイスをぶら下げているが、こういう孤立した環境にあって自衛や狩りのために武器を携帯するのは別段珍しいことではない。
一つ咳払いをし、ドレイクは努めて平静を装って言った。
「スマン、厩舎が見当たらなかったのでな。勝手に馬を停めさせてもらった…最近このあたりに、アルゴニアンの娘が来なかったか?この村の雑貨店に、商品を卸しに来たはずだが」
「知らんね」
村人はそっけない態度で答える。
「それより、この村では余所者は歓迎されない。特に用がないなら、とっとと出て行くんだな」
「そうするさ」
ドレイクはそう言って、威嚇するようにわざとアカヴィリ刀の鞘をカチリと鳴らすと、ダー=マが商品を卸す先であるというモスリン衣料雑貨店へと向かった。
「そんな娘のことなんかぁ、あたしゃ知らないよォ!」
店主のエティーラ・モスリンは、開口一番、そう言い放った。
「むしろこっちが居場所を知りたいくらいだよォ!この村の住民たちはぁ、月に一度届く品物を頼りにぃ生活してるんだからさぁ!品物が届かないとぉ、困るんだよォ!」
「…そのわりに、品揃えはやけに充実してるじゃないか」
女店主の妙な口調には触れずに、ドレイクは冷静にぐるりと店内を見回し、指摘する。
「まるで今月分はもう届いてるみたいな分量だな?」
「こんな小さな村じゃさぁ、いつ今回みたいなトラブルがあるかわからないからさぁ!いざってときのために在庫を多目に取ってあるのさぁ!余計なことばっかり考えるんじゃないよさぁ!」
「…タグの日付が先日付けなんだが?」
「そいつは去年届いた品物なんだよさぁ!」
「今年付けだが」
「相手が書き間違えたんだよさぁ!」
「…そうかい」
これ以上突っ込んでもマトモな反応が得られそうにないと判断し、ドレイクは質問を中断する。
どうやらダー=マは、この村に到着する前にトラブルに巻き込まれたわけでも、この村を発ったあとに消息を絶ったわけでもないらしい、ということだけはわかった。
どう考えても、この村でなんらかの事件に巻き込まれた可能性が高い。
「しかし、文明的な土地柄だったら、もっとましな誤魔化し方を考えそうなもんだがね…」
「余所者が余計な詮索ばっかりするんじゃないよさぁ!冷やかしなら出て行きなよさぁ!」
女店主モスリンの罵声を背に浴びながら、ドレイクは店を後にした。
「しかしまあ、どいつもこいつも、似たような反応しか返しやがらんな」
午後一杯を聞き込み調査に費やしたドレイクは、井戸がある村中央の広場で腕を組み、嘆息した。
農婦、神父、宿屋の主人など、この村の住民ほぼすべてに話しかけてみたものの、成果はなし。誰も彼もが「そんな娘は知らん、余所者は出て行け」の一点張りである。
「村での統率は取れているみたいだが、如何せん、やり方がなってないな」
孤立した村でずっと暮らしていれば、世間と感覚がズレるのも無理はないが、とドレイクはつぶやく。
たとえばこれがもっと文化的な土地柄であったなら、もしダー=マの消息について知られたくないことがあったとしても、もっと警戒されずに済む、上手い誤魔化し方をするだろう。
然るにダー=マの愛馬が放置され、ダー=マが運んできたであろう品物を店頭に並べたまま、「知らぬ、存ぜぬ」を押し通すというのは、やり方が稚拙というほかない。
「田舎者の大根役者め」
ドレイクは、この村に着いたときからずっと後を尾けてきている村人…ナッチ・ピンダーといったか…に聞こえるよう、わざと声を高くして言った。
その日の夜、村に唯一存在する民宿<モスリン亭>の客室で睡眠を取っていたドレイクは、何者かが階段を上がってくる「ギシ、ギシ」という音で目を醒ました。
「…古い建物ってのは、ホントに、泥棒泣かせだよなァ?」
手元に置いてあったアカヴィリ刀に手を伸ばし、ドレイクは寝たフリをしつつ周囲を警戒する。
やがて足音の間隔が短くなってくると、不意に何者かがドレイクに襲いかかってきた!
「随分ストレートな出迎えだな、えぇ!?」
トゲつき棍棒の一撃を回避し、ドレイクは襲撃者の姿をまじまじと見つめる。
腰を麻紐で縛ったぼろぼろのズボン一枚という、異様な出で立ちはまるで蛮族のようだ。角ばった顔面に飛び出し気味の眼球はヒキガエルか、魚介類のそれを思わせる。
「…なんだ、コイツは!?」
てっきり村人の誰かが襲ってきたものとばかり思っていたドレイクは、相手の容姿に驚きを隠せない。
醜くはあるが、奇形とか人間離れとかいうほどの醜悪さではない。が、その絶妙なバランスが余計に心理的不安を掻き立てた。
『いあ!いあ!くとぅるふ・ふたぐん!』
謎の叫び声を上げながら襲いかかってくる蛮族の棍棒の一撃を、ドレイクはアカヴィリ刀の柄で受け止める。が、しかし。
「くおっ!?くっ、な、なんて馬鹿力なんだ、こいつ…っ!?」
『ああああああぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!』
ぎりぎりぎり、貧相な見た目からは想像もつかない怪力に押され、ドレイクは動揺する。
「クッ、この野郎…ッ!!」
だが、力に力で対抗するほどドレイクは単細胞ではない。
相手の馬鹿力を利用し、ドレイクは柔術の要領で蛮族を投げ飛ばした。
つづけざまに蛮族の首筋を刀で突き刺し、絶命させる。刃先を抜いた瞬間に返り血を浴びないよう、ドレイクは角度に気をつけながらゆっくりと刀身を引き抜く。
「フーッ、…いったい、なんだってんだ、こいつは」
あまり清潔とはいえないベッドのシーツで血を拭い、刀身を鞘に収めながら、ドレイクはつぶやいた。
「いままでは、品物をタダでぶん獲るために村人がグルでやらかしてたもんだと思ってたが…どうも違うな、そっちは主眼じゃない。村の風習か…カルトの臭いがするな」
首筋から鮮血をしたたらせている蛮族の死体を見つめながら、ドレイクは状況を分析する。
「いずれにせよ、もう一眠り…てな気分じゃなくなったことは確かだ。夜のうちに、もう一度探りを入れておくとするかな」
そう言って、ドレイクは死体を残したまま部屋を後にした。
「おーい親父、いないのか?」
下階に下りたドレイクは、誰もいない受付に向かって声をかけた。
「参ったな、ルームサービスでも頼もうかと思ってたんだが。あと、部屋の清掃も」
一晩経ったらとっとと出て行け、と喚き散らした店主の顔を思い出し、ドレイクは苦笑する。
ふと視線を落としたドレイクは、薄い埃が積もった床に、やけに脂っぽい足跡が二階の客間まで続いているのを発見した。あの蛮族のものだろう。
「…どのみち、掃除は必要かもな」
足跡を逆に辿ると、どうやら蛮族は外から来たのではなく、最初からこの建物に潜んでいたらしいということが窺える。
やがて地下室への入り口を発見し、ドレイクは何とはなしにつぶやいた。
「横溝正史か、これ」
とすると、さっきのは忌み子かなにかか。
そんなことを考えながら梯子を下りていくと、目の前に広がっていたのは地下室などではなく、天然の洞窟郡だった。
「驚いたね、どうも」
感嘆の声を漏らし、ドレイクは周囲を見渡す。
やがて、鉄格子の向こうに捕らえられたアルゴニアンの少女の姿を発見し、ドレイクは急いで駆けつける。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、あなたは…!」
にわか造りの独房に捕らえられていたのは、見間違うはずもない、シード=ニーウスの愛娘ダー=マだった。
「どうやら無事のようだな。またキミの可愛いダミ声が聞けて嬉しいよ」
「助けに来てくれたの!?」
「麗しき、心配性の母上に感謝するんだな。とはいえ、まさかこんな事態になってるとは思いもよらなかったが。これはいったい、どういうわけだ?」
「わたしにもよくわからないわ。ただ、この村の人々は異教の神を崇拝していて、その神様の助けを借りるために、わたしを生贄に捧げるって言ってた」
「トンデモねーな。まあいい、いま鍵を開けて…」
ドレイクがそう言いかけたところで、ダー=マの視線に気がつく。
「う、う、後ろ!」
ドレイクの背後には、いまにも棍棒を振りかぶらんとしている蛮族の姿が見えた。
『イシャアアアァァァァァァアアッッッ!!』
蛮族が奇声を上げながら、頭をかち割らんと棍棒を振り下ろす瞬間、ドレイクの手が素早く動いた!
バシ、バシィッ!
振り返ることすらせず、ドレイクは鞘で蛮族のみぞおち、次いで首筋を殴打する!
ぐるり、眼球が裏側を剥き、だらしなく口泡を飛ばしながら吹っ飛ぶ蛮族を尻目に、ドレイクは呼吸一つ乱すことなく、言った。
「醒走奇梓薙陀一刀流鞘術…二首背打」
「し、死んだの…?」
「殺してはいない。本来この技は倒れた相手の心臓を突き刺すのとワンセットなんだが、まぁ女の子の前で無益な殺生もいかんだろうと思ってな」
そう言いながらドレイクは刀を抜き、鉄格子にかけられた錠前にピタリと刀身をあてた。その姿は、ビリヤードのキューの構えにも似ている。深呼吸。
「コォ…鉄閃!」
ガキャン!
金属音とともに錠前が落とされ、鉄格子が耳障りなきしみ音を立てながら開く。
油断なく周囲に視線を配りながら、ダー=マはドレイクに警告した。
「気をつけて。この洞窟にはまだ、さっきみたいなやつが何人もいるわ」
「オーケイ。帰るまでが遠足なら、それまで大人しく良い子にしていようじゃないか」
地下洞窟を脱出し、外に出た頃にはすでに夜が明けようとしていた。
「わたし、馬を取ってくるわ!」
そう言って、ダー=マが焼け落ちた邸宅跡まで駆け出す。
フウ、一安心のため息をつきながら、ドレイクはなにやら教会が騒がしいことに気がついた。
戸が開いたままの教会に近づき、そっと顔を近づける。
「これでようやく、我が村にも繁栄を取り戻すことが…」
「かつて村を焼き払った帝国に復讐を…」
「それよりも、<彼の者>の飢えを満たすために血を流す生贄の確保が最優先では…」
口々にそんなことを漏らす村人の会話を聞いて、ドレイクは薄気味の悪さをおぼえる。
やがて村人たちは、いっせいに怪しげな呪文を唱えはじめた。
「…もう関わらないほうがいいな」
そう言って、ドレイクはそっと教会の戸を閉じた。
「本当にありがとう。なんとお礼を言って良いやら」
「じゃあ感謝の気持ちはカラダで示してもらおうかな」
「見損ないました。じろじろ見ないでください不快です死にます」
「冗談だよ…」
馬を駆り、2人は晴れてハックダートの脱出に成功したのだった。
「それにしてもあの村、なんだったのかしら」
「あまり深く考えないほうがいいぞ。あと、あんたの母親には金輪際あの村に近寄らないよう警告しておいたほうがいいな」
「そうね…」
そんな会話を交わしながら、ゆっくりと馬を歩かせていたところへ。
「おい、生贄が逃げるぞーッ!!??」
教会から出てきた村人たちが2人を発見し、武器を手に追ってきた!
「おおう、こいつはヤバイな。山道を全力で逃げるしかないが、お嬢ちゃん、馬の扱いは?」
「任せて、わたし乗馬は得意なの。それにブラッサムなら、どんな悪路でも走破してみせるわ!」
「そいつは頼もしい、お転婆娘の鏡だな!よぉし、行くぞッ!!」
かくして、鬼のような形相で追いかけてくるハックダートの村人と、逃げる2人の壮絶なチェイス・レースがはじまったのであった……
[ to be continued... ]
そんなことをつぶやきながら、ドレイクはいまやすっかり馴染みとなったノーザングッズ商店へと足を運んだ。日用品を買い足すついでに、酒場で出会った女店主の娘ダー=マをからかうのが日課のようになって久しい。
もともと、この街へはオブリビオン関連の書籍を集めるために来たのである。シロディールでも有数の書店と言われるレノワー書店へ足を運ぶのが目的だったのだが、実際はいささかアテが外れたと言わざるを得ない。
「オブリビオンの歴史や性質、その上澄みの資料なんぞはどうでもいい。もっと具体的な資料はないのか?…やはり魔術師ギルドや、帝国の秘匿文書庫あたりを探すしかないのか」
そんなことを言いつつ、ノーザングッズ商店の戸を開けたドレイクを出迎えたのは、いつになく落ち着かない様子の女店主シード=ニーウスだった。
「どうかなさったんですか?そういえば、娘さんの姿が見えませんが」
「そう、そのことについて、じつは貴方にお願いしたいことがあるのですが…」
普段はおっとりした気立ての良い女店主のただならぬ様子に、ドレイクは面喰らいながらも表情を引き締める。
「実は私、ハックダート…コロールの南に位置する、小さな村です…そこに定期的に商品を卸しに行っているのですが、今月に入ってから少しばかり体調を崩してしまい、今回だけ娘のダー=マに商品の配送をお願いしたのです」
「それで?」
「ところが、もうとっくに帰ってきていいはずなのに、音沙汰がないのです。私が心配性なだけかもしれませんが…もしかしたらトラブルでも起こしたんじゃないか、道中で何者かに襲われたんじゃないか、そう思うといてもたってもいられなくなって」
「娘さんは一人でハックダートに?」
「ええ。愛馬のブラッサムに乗って…まだら模様の馬です。あまり外見的な特徴はありませんが、鞍に名前が彫ってあるので、それを見たら判別がつくかと。その…書体が特徴的なので」
体調を崩しているからか、精神的に不安定だからなのか、あるいはこの喋り方が素なのか、シード=ニーウスはところどころ独特な間をあけて話を続ける。
それと、「書体が特徴的」という部分でちょっとだけ言葉に詰まったのはなぜだろう?
「なにぶんお転婆な娘なので、心配は無用ではないか、とも思うのですが。本来なら、彼女のお友達にまず知らせようかとも思ったのですが。すでにこの街を発っているようで…エルフの女の子です」
「エルフ?ああ…」
錬金術師シンデリオンの弟子とかいう、あのそそっかしい娘か…と、ドレイクはひとりごちる。
なぜかグレイ・メア亭で偶然居合わせたが、あのときはロクな目に遭わなかった。換金目的でアイレイドの遺跡から拝借したウェルキンド石を、ゴスロリ服の少女に相場の半額で売る破目になったのだ。
まあ、その後ダー=マと親密になれたので(もちろん、節度ある範囲で)、あまり気にはしていないが。
「いいでしょう、娘さんのことはわたしも気がかりです。ちょっとばかりハックダートまで行って、様子を見て来ますよ」
「本当ですか?ありがとうございます!…なんとお礼を言っていいやら……」
「まあまあ。ここは同郷の士、ということで」
そのドレイクの言葉に、シード=ニーウスは微妙な表情を浮かべた。
ああ、選択肢を間違えたっぽいな…ドレイクは内心で舌打ちをする。おそらく、シロディールの文化的な生活に慣れたアルゴニアンにしてみれば、ブラックマーシュのことなど思い出したくもないのだろう。
「ここがハックダートか…」
小さな村とは聞いていたがな、とドレイクは漏らす。予想以上に孤立した、というか、寂れた村だ。
ノースカントリー厩舎でまだら馬を借り、山道を越えた先にあったのは、半ばほど廃墟と化した寒村だった。
道中で一度だけ魔物に襲われたものの、それ以外のトラブルは一切なし。ダー=マがトラブルに見舞われた形跡も発見できなかった。とはいえ道中で山賊に襲われ、どこぞのアジトにでも連れ去られていたら、その時点でお手上げなのだが…
「まあ、どうせ村人の歓待でも受けて長居しているだけなんだろうさ」
そんなことを言いながら、ドレイクは馬を停めることができる場所を探しはじめた。
それに、なんだかんだ言って年頃の娘だ。もし村に若くて良い男でもいれば、間違いが起きることだってあるだろう。もっとも、そんな理由で村に居着くようになっていたら、シード=ニーウスにどう説明したものやら検討もつかないが。
あれこれ考えつつ、ドレイクは焼け落ちたまま放置されて久しい邸宅跡に馬を停める。
ふと脇に目をやると、そこには自分が乗ってきたのと似たようなまだら馬が暇そうに蹄を鳴らしていた。
『フ”ζ:」⧺ム』…鞍には、そう書かれているように見えた。
「ナニコレ」
思わずドレイクは眉間に皺を寄せ、まじまじと鞍に刻まれた謎の記号の集合体を見つめる。
「ブラッサム…と読めなくもない…のか?」
まるで宇宙人かなにかが書いたような文字をどうにか判読し、ドレイクは微妙な唸り声を上げた。
あまりにも下手糞な字だが…どちらかというと、わざと限界まで字体を崩して書いてあるようにも見える。いわゆるギャル文字というやつか?お転婆だとは聞いていたが、なるほど、母親が言葉を詰まらせるのもわからないではない。
「特徴的な書体、か」
「おい貴様、こんなところで何をしている」
ドレイクの背後に、何者かが立ち尽くす。腰にメイスをぶら下げているが、こういう孤立した環境にあって自衛や狩りのために武器を携帯するのは別段珍しいことではない。
一つ咳払いをし、ドレイクは努めて平静を装って言った。
「スマン、厩舎が見当たらなかったのでな。勝手に馬を停めさせてもらった…最近このあたりに、アルゴニアンの娘が来なかったか?この村の雑貨店に、商品を卸しに来たはずだが」
「知らんね」
村人はそっけない態度で答える。
「それより、この村では余所者は歓迎されない。特に用がないなら、とっとと出て行くんだな」
「そうするさ」
ドレイクはそう言って、威嚇するようにわざとアカヴィリ刀の鞘をカチリと鳴らすと、ダー=マが商品を卸す先であるというモスリン衣料雑貨店へと向かった。
「そんな娘のことなんかぁ、あたしゃ知らないよォ!」
店主のエティーラ・モスリンは、開口一番、そう言い放った。
「むしろこっちが居場所を知りたいくらいだよォ!この村の住民たちはぁ、月に一度届く品物を頼りにぃ生活してるんだからさぁ!品物が届かないとぉ、困るんだよォ!」
「…そのわりに、品揃えはやけに充実してるじゃないか」
女店主の妙な口調には触れずに、ドレイクは冷静にぐるりと店内を見回し、指摘する。
「まるで今月分はもう届いてるみたいな分量だな?」
「こんな小さな村じゃさぁ、いつ今回みたいなトラブルがあるかわからないからさぁ!いざってときのために在庫を多目に取ってあるのさぁ!余計なことばっかり考えるんじゃないよさぁ!」
「…タグの日付が先日付けなんだが?」
「そいつは去年届いた品物なんだよさぁ!」
「今年付けだが」
「相手が書き間違えたんだよさぁ!」
「…そうかい」
これ以上突っ込んでもマトモな反応が得られそうにないと判断し、ドレイクは質問を中断する。
どうやらダー=マは、この村に到着する前にトラブルに巻き込まれたわけでも、この村を発ったあとに消息を絶ったわけでもないらしい、ということだけはわかった。
どう考えても、この村でなんらかの事件に巻き込まれた可能性が高い。
「しかし、文明的な土地柄だったら、もっとましな誤魔化し方を考えそうなもんだがね…」
「余所者が余計な詮索ばっかりするんじゃないよさぁ!冷やかしなら出て行きなよさぁ!」
女店主モスリンの罵声を背に浴びながら、ドレイクは店を後にした。
「しかしまあ、どいつもこいつも、似たような反応しか返しやがらんな」
午後一杯を聞き込み調査に費やしたドレイクは、井戸がある村中央の広場で腕を組み、嘆息した。
農婦、神父、宿屋の主人など、この村の住民ほぼすべてに話しかけてみたものの、成果はなし。誰も彼もが「そんな娘は知らん、余所者は出て行け」の一点張りである。
「村での統率は取れているみたいだが、如何せん、やり方がなってないな」
孤立した村でずっと暮らしていれば、世間と感覚がズレるのも無理はないが、とドレイクはつぶやく。
たとえばこれがもっと文化的な土地柄であったなら、もしダー=マの消息について知られたくないことがあったとしても、もっと警戒されずに済む、上手い誤魔化し方をするだろう。
然るにダー=マの愛馬が放置され、ダー=マが運んできたであろう品物を店頭に並べたまま、「知らぬ、存ぜぬ」を押し通すというのは、やり方が稚拙というほかない。
「田舎者の大根役者め」
ドレイクは、この村に着いたときからずっと後を尾けてきている村人…ナッチ・ピンダーといったか…に聞こえるよう、わざと声を高くして言った。
その日の夜、村に唯一存在する民宿<モスリン亭>の客室で睡眠を取っていたドレイクは、何者かが階段を上がってくる「ギシ、ギシ」という音で目を醒ました。
「…古い建物ってのは、ホントに、泥棒泣かせだよなァ?」
手元に置いてあったアカヴィリ刀に手を伸ばし、ドレイクは寝たフリをしつつ周囲を警戒する。
やがて足音の間隔が短くなってくると、不意に何者かがドレイクに襲いかかってきた!
「随分ストレートな出迎えだな、えぇ!?」
トゲつき棍棒の一撃を回避し、ドレイクは襲撃者の姿をまじまじと見つめる。
腰を麻紐で縛ったぼろぼろのズボン一枚という、異様な出で立ちはまるで蛮族のようだ。角ばった顔面に飛び出し気味の眼球はヒキガエルか、魚介類のそれを思わせる。
「…なんだ、コイツは!?」
てっきり村人の誰かが襲ってきたものとばかり思っていたドレイクは、相手の容姿に驚きを隠せない。
醜くはあるが、奇形とか人間離れとかいうほどの醜悪さではない。が、その絶妙なバランスが余計に心理的不安を掻き立てた。
『いあ!いあ!くとぅるふ・ふたぐん!』
謎の叫び声を上げながら襲いかかってくる蛮族の棍棒の一撃を、ドレイクはアカヴィリ刀の柄で受け止める。が、しかし。
「くおっ!?くっ、な、なんて馬鹿力なんだ、こいつ…っ!?」
『ああああああぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!!』
ぎりぎりぎり、貧相な見た目からは想像もつかない怪力に押され、ドレイクは動揺する。
「クッ、この野郎…ッ!!」
だが、力に力で対抗するほどドレイクは単細胞ではない。
相手の馬鹿力を利用し、ドレイクは柔術の要領で蛮族を投げ飛ばした。
つづけざまに蛮族の首筋を刀で突き刺し、絶命させる。刃先を抜いた瞬間に返り血を浴びないよう、ドレイクは角度に気をつけながらゆっくりと刀身を引き抜く。
「フーッ、…いったい、なんだってんだ、こいつは」
あまり清潔とはいえないベッドのシーツで血を拭い、刀身を鞘に収めながら、ドレイクはつぶやいた。
「いままでは、品物をタダでぶん獲るために村人がグルでやらかしてたもんだと思ってたが…どうも違うな、そっちは主眼じゃない。村の風習か…カルトの臭いがするな」
首筋から鮮血をしたたらせている蛮族の死体を見つめながら、ドレイクは状況を分析する。
「いずれにせよ、もう一眠り…てな気分じゃなくなったことは確かだ。夜のうちに、もう一度探りを入れておくとするかな」
そう言って、ドレイクは死体を残したまま部屋を後にした。
「おーい親父、いないのか?」
下階に下りたドレイクは、誰もいない受付に向かって声をかけた。
「参ったな、ルームサービスでも頼もうかと思ってたんだが。あと、部屋の清掃も」
一晩経ったらとっとと出て行け、と喚き散らした店主の顔を思い出し、ドレイクは苦笑する。
ふと視線を落としたドレイクは、薄い埃が積もった床に、やけに脂っぽい足跡が二階の客間まで続いているのを発見した。あの蛮族のものだろう。
「…どのみち、掃除は必要かもな」
足跡を逆に辿ると、どうやら蛮族は外から来たのではなく、最初からこの建物に潜んでいたらしいということが窺える。
やがて地下室への入り口を発見し、ドレイクは何とはなしにつぶやいた。
「横溝正史か、これ」
とすると、さっきのは忌み子かなにかか。
そんなことを考えながら梯子を下りていくと、目の前に広がっていたのは地下室などではなく、天然の洞窟郡だった。
「驚いたね、どうも」
感嘆の声を漏らし、ドレイクは周囲を見渡す。
やがて、鉄格子の向こうに捕らえられたアルゴニアンの少女の姿を発見し、ドレイクは急いで駆けつける。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、あなたは…!」
にわか造りの独房に捕らえられていたのは、見間違うはずもない、シード=ニーウスの愛娘ダー=マだった。
「どうやら無事のようだな。またキミの可愛いダミ声が聞けて嬉しいよ」
「助けに来てくれたの!?」
「麗しき、心配性の母上に感謝するんだな。とはいえ、まさかこんな事態になってるとは思いもよらなかったが。これはいったい、どういうわけだ?」
「わたしにもよくわからないわ。ただ、この村の人々は異教の神を崇拝していて、その神様の助けを借りるために、わたしを生贄に捧げるって言ってた」
「トンデモねーな。まあいい、いま鍵を開けて…」
ドレイクがそう言いかけたところで、ダー=マの視線に気がつく。
「う、う、後ろ!」
ドレイクの背後には、いまにも棍棒を振りかぶらんとしている蛮族の姿が見えた。
『イシャアアアァァァァァァアアッッッ!!』
蛮族が奇声を上げながら、頭をかち割らんと棍棒を振り下ろす瞬間、ドレイクの手が素早く動いた!
バシ、バシィッ!
振り返ることすらせず、ドレイクは鞘で蛮族のみぞおち、次いで首筋を殴打する!
ぐるり、眼球が裏側を剥き、だらしなく口泡を飛ばしながら吹っ飛ぶ蛮族を尻目に、ドレイクは呼吸一つ乱すことなく、言った。
「醒走奇梓薙陀一刀流鞘術…二首背打」
「し、死んだの…?」
「殺してはいない。本来この技は倒れた相手の心臓を突き刺すのとワンセットなんだが、まぁ女の子の前で無益な殺生もいかんだろうと思ってな」
そう言いながらドレイクは刀を抜き、鉄格子にかけられた錠前にピタリと刀身をあてた。その姿は、ビリヤードのキューの構えにも似ている。深呼吸。
「コォ…鉄閃!」
ガキャン!
金属音とともに錠前が落とされ、鉄格子が耳障りなきしみ音を立てながら開く。
油断なく周囲に視線を配りながら、ダー=マはドレイクに警告した。
「気をつけて。この洞窟にはまだ、さっきみたいなやつが何人もいるわ」
「オーケイ。帰るまでが遠足なら、それまで大人しく良い子にしていようじゃないか」
地下洞窟を脱出し、外に出た頃にはすでに夜が明けようとしていた。
「わたし、馬を取ってくるわ!」
そう言って、ダー=マが焼け落ちた邸宅跡まで駆け出す。
フウ、一安心のため息をつきながら、ドレイクはなにやら教会が騒がしいことに気がついた。
戸が開いたままの教会に近づき、そっと顔を近づける。
「これでようやく、我が村にも繁栄を取り戻すことが…」
「かつて村を焼き払った帝国に復讐を…」
「それよりも、<彼の者>の飢えを満たすために血を流す生贄の確保が最優先では…」
口々にそんなことを漏らす村人の会話を聞いて、ドレイクは薄気味の悪さをおぼえる。
やがて村人たちは、いっせいに怪しげな呪文を唱えはじめた。
「…もう関わらないほうがいいな」
そう言って、ドレイクはそっと教会の戸を閉じた。
「本当にありがとう。なんとお礼を言って良いやら」
「じゃあ感謝の気持ちはカラダで示してもらおうかな」
「見損ないました。じろじろ見ないでください不快です死にます」
「冗談だよ…」
馬を駆り、2人は晴れてハックダートの脱出に成功したのだった。
「それにしてもあの村、なんだったのかしら」
「あまり深く考えないほうがいいぞ。あと、あんたの母親には金輪際あの村に近寄らないよう警告しておいたほうがいいな」
「そうね…」
そんな会話を交わしながら、ゆっくりと馬を歩かせていたところへ。
「おい、生贄が逃げるぞーッ!!??」
教会から出てきた村人たちが2人を発見し、武器を手に追ってきた!
「おおう、こいつはヤバイな。山道を全力で逃げるしかないが、お嬢ちゃん、馬の扱いは?」
「任せて、わたし乗馬は得意なの。それにブラッサムなら、どんな悪路でも走破してみせるわ!」
「そいつは頼もしい、お転婆娘の鏡だな!よぉし、行くぞッ!!」
かくして、鬼のような形相で追いかけてくるハックダートの村人と、逃げる2人の壮絶なチェイス・レースがはじまったのであった……
[ to be continued... ]
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