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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2024/11/24 (Sun)05:01
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2014/06/25 (Wed)09:31



「私は、いったい何を…」
 レーヤウィンからシェイディンハルへと戻る道中。
 小高い丘の上で、日が落ちるのを眺めながら、ブラック17は自らの精神の動揺をどうにかして抑えようとしていた。
 …ここに来てからの私は、どうもおかしい。
 いままでは一時の気の迷いと思い込むことで無視してきたが、ここに至ってはもうそれでは済まされなかった。
「なんてこと…私は…私は…!」
 私は、聖域の連中に親愛の情を感じている。
 ティリンドリルの裏切りを知ったとき、ブラック17はたしかに深い悲しみと、憤りを感じたのだ。そう、裏切り…裏切りと感じたのだ。それは単に組織を裏切ったとかいう話ではなく、ブラック17は自身の心が裏切られたと、あのとき確かに認識したのだ。
 それは、他の聖域のメンバーと同様、彼女に対しても気を許していたからに他ならない。彼女と行動を共にしていたとき、確かに心に安らぎを感じていたからに他ならない。
「私は…あの連中を、まるで本物の家族のように」
 仲間でも気を許すな、それがたとえ同郷の士であっても。
 黒の里の教えをいままで忠実に守り、そしてそれが正しいことだと信じて疑わなかったブラック17は、ただ混乱していた。
 里の教えを守らぬこと、それは里の掟に反すること、それ即ち裏切りと同義である。
 深い絶望の念に捉われていたとき、ブラック17は腰のベルトに下がっていたポーチの中で水晶が輝き出したことに気がついた。
 それは、外界…異世界と交信するための希少な魔道具。
 ブラック17はその通信水晶を手に取ると、右目の義眼とリンクさせて水晶越しに転送されてくる映像を視野に映しだした。



『やぁ、連絡が遅れて済まなかった。そちらは万事滞りなく進んでいるかね?』
「16…随分遅かったじゃない!どれだけ待たせるつもりだったのよ」
『…どうした?』
 いつになく声を荒げるブラック17に、彼女の相棒であるブラック16は眉をひそめる。
 自分が「らしくない」態度を取っていることに気づいたブラック17は、慌てて咳払いをし、気を取り直して話を進めた。
「…ハァ。ところで、調査の方は終わったの?」
『本当に大丈夫かね?』
「うるさいわよ」
『…まぁ、君の心象はさて置くとしようか。我々がこの世界に干渉した、そもそもの目的…皇帝暗殺を邪魔し、標的を横取りした連中の正体が判明した』
 そうブラック16が言った直後、ブラック17の視界に一枚の映像が転送されてくる。



『連中の名は<深遠の暁>、メエルーンズ・デイゴンという邪神を崇拝するカルト集団らしい。奴らの目的はまさに信仰対象である邪神の復活、それもかなり計画が進んでいるようだな』
「邪神、ね…」
 正確に言えば、メエルーンズ・デイゴンは邪神とはすこしカテゴリが異なる。
 この世界における別次元<オブリビオン界>において、<デイドラ>と呼ばれる者たちが存在する。彼らには生死の概念がないため、通常、それらを「生命」と呼ぶことはない。
 その中でも特に強力な力を持つ者は<デイドラ・ロード>と呼ばれ、彼(あるいは、彼女)らは多数の配下を従え自らが支配する領域に君臨している。
 そして十六体存在すると言われているデイドラ・ロードの中でも死と破壊といった災厄を象徴するのがメエルーンズ・デイゴンだ。簡潔に定義するならば、異界に住む異質な知性体の王位階級的存在といったところだろう。
 その性格からブラック16はデイゴンを「邪神」と呼んだが、たしかにそのように認識しているシロディールの人間も多いものの、デイゴン(そして度々人間に不幸をもたらす他のデイドラ・ロード)自身は自らを邪悪な存在だとは認識していない。そもそも、価値観が人間とは根本から異なるためだ。
『これまでの歴史の中でも、デイゴンは度々人間が住む領域<ニルン>に、タムリエル大陸に侵攻したことがあるらしい。もっとも、そのたびに退けられオブリビオン界の自らの領域<デッドランド>に押し込められてきたらしいがね』
「それで…連中が邪神復活を画策しているとして、私はどうすればいいのかしら?」
 いかなる目的を持つどんな存在であろうと、黒の里の任務を阻害した者は許さない。
 当初より「暗殺の標的を横取りするような命知らずは徹底殲滅すべし」と教えられてきたブラック17は、てっきり自分が深遠の暁を壊滅させるよう命じられるものだとばかり考えてきた。
 しかしブラック16の口から出てきた言葉は、その真逆のものであった。
『いいか17、連中に手を貸してやれとは言わん。だが、手を出すな』
「…なんですって?」
『連中の好きにさせてやれ、と言ったのだ。邪神なぞ幾ら呼び出してもらっても構わん、そもそも異界に住まう我々には縁のない話だし、むしろ好都合だ』
「要点が見えないわ」
『邪神復活を利用して、我々は当初の目的を果たすことに決めた。君には話していなかったが、今回の任務は、皇帝の死そのものが目的ではない。為政者の死によって人間界に混乱をもたらし、<ある存在>を呼び出すことが目的だったのだ』
「いい加減に遠回しな言い方はやめてほしいものね」
『わかった、簡潔に言おう。我々は邪神を餌に、そちらの世界に<彼女>を呼び込むつもりだ』
「彼女?いったい誰なの?」
『彼女、さ』
「だから、それはいったい…」
 そこまで言って、ブラック17は「ハッ」となった。



「まさか…<彼女(The She)>?」
『そうだ。彼女は人間世界の危機、人類存亡の事態に必ず訪れる。たとえ、それが異世界であろうと…彼女は、人間を見境なく救う。そして、我々は彼女の死を願っている。次元跳躍、邪神との戦い…それにより消耗した彼女にとどめを刺すため、君がその世界にいるのだ』
「無謀すぎるわ」
 ブラック17は、<彼女>を実際にその目で見たことはない。
 かつて…ブラック17が住んでいた世界は、死にかけていた。世界、惑星が。それはすべて、傍若無人に振る舞う人間の身勝手さが原因だった。やがて世界を司る神、世界そのものといっていい存在が現れ、人類を根絶やしにしようとした。
 そこに、<彼女>が現れた。<彼女>は人間を救うために神を殺し、神の力を取り込むことでより強大な存在となった。より多くの人間の命を外敵から守るために。しかし彼女に惑星の環境を変える力はなく、また彼女は人間が住む環境そのものには関心がなかった。
 そしていま…ブラック17が元いた世界は、堕落した人間の増殖によって滅びかけている。
 かつて、神が死ぬ前の世界において「世界のバランスの調停」を担ってきた暗殺者集団である<黒の里>は、現在その活動方針を変え、「<彼女>という存在そのものの抹消」を目的に動いている。
 しかし…数多の神を殺し、人でありながら人の限界を超越した存在に、自分が太刀打ちできるだろうか?
 そんな疑問を抱いたブラック17に、ブラック16が語りかけた。
『その点はもちろん考えてある。というよりむしろ、こちらの調査のほうに時間を取られてしまったのが実情だ。当初の予定より大幅に連絡が遅れたのはそのためだ』
「何の調査をしていたの?」
『どうやら、シロディールには十六のデイドラ・ロードが造りし遺物…アーティファクトと呼ばれる魔道具が存在するらしい。君にはそれを収集してもらう』
「異界の神が造り出した道具の力を借りて、<彼女>を殺せ…と?」
『そういうことだ。ああ、それから』
 最後に、「忘れていたが」というふうに、ブラック16が言葉を付け足した。
『情報収集が完了したことで、ダーク・ブラザーフッドは利用価値を失った。もう連中に従う必要はないぞ…煮るなり焼くなり、好きなようにするがいい』
 そう言って、ブラック16は一方的に交信を打ち切った。
 ブラック17が握っていた通信水晶がパキリと音を立てて割れ、義眼越しの視界にノイズが走る。
 もともとブラック17がダーク・ブラザーフッドのために働いていたのは、この世界における情報収集を委託した際の交換条件だった。
 こちらの目的さえ達成されれば、こんな連中皆殺しにしてやる…ブラック17も、最初はそのように考えていた。それを理解していたからこそ、ブラック16もあのような物言いをしたのだろうが、しかし、今となっては自分がどうしたいのか、ブラック17にはわからなくなっていた。
「…とりあえず聖域に戻って、連中の出方を待つとしましょうか」
 そう言って立ち上がると、ブラック17はふたたびシェイディンハルに向かって駆け出した。

  **  **  **  **



「随分とまた…面倒なところに呼び出されたものね」
 シェイディンハルの聖域へと帰還したブラック17は、オチーヴァから一通の指令書を手渡された。
 それは、ルシエン・ラチャンス…はじめてブラック17がシロディールを訪れたときに彼女をシェイディンハルの聖域へと導いた男であり、ダーク・ブラザーフッドの幹部ブラックハンドの一人…彼の直筆によるものだった。
『あらかじめ注意しておく…この手紙の内容は君以外の者に知られてはならない!昨今の聖域内での裏切り行為と、それに伴う人員の損耗については既知のことと思う。そのことについて、特に部外者である君に相談したいことがある。ついては、シェイディンハル北東部のファラガット砦内部にある私の隠れ家に立ち寄ってほしい』
 本来なら、もう関わらなくても良いはずのもの。
 しかしブラック17には未だに迷いがあった。なによりブラック16は「もう連中に関わらなくてもいい」とは言ったが、「連中に関わるな」とは言わなかった。
 せめて、事の顛末を見届けるまで…あの聖域に安息が訪れるまでは、自分にできることであれば、力になりたい。
 そう思い、彼女はいまファラガット砦の入り口に立っていた。
『追伸…砦の内部には、かつてダーク・ブラザーフッドの一員としてシシスに仕えた同胞の亡骸を護衛代わりに徘徊させている。避けてくれればそれに越したことはないが、もし接近遭遇してしまった場合、躊躇なく破壊してもらって構わない』
「まったく…面倒よね」
 手紙の文面から視線を上げ、漆黒の鎧を身に纏ったスケルトンが周囲を巡回している姿を見たブラック17はため息をつく。
 できれば避けてほしい、だと?
 ブラック17は短刀を抜くと、近くにいたスケルトンに向かって真正面から立ち向かっていった。
「血が出ないのは不満だけど…気晴らしの相手になってもらうわよ」

  **  **  **  **

「彼女は無事到達できるだろうか…」
 一方、砦の最深部にて待ち構える男…ルシエン・ラチャンスは、ブラック17の身を案じていた。
 立て続けのトラブルで情緒不安定になりつつある、という報告は、オチーヴァから受けていた。ブラック17の実力を疑うわけではないが、人間というのは、僅かな隙が命取りになる。
 それに、黒の里との間で情報交換が済んだ以上、そもそもここへはやって来ないのでは…
 そう思っていた矢先、亡者の巣窟と居住スペースを隔てる鉄格子に髑髏の頭部が投げ込まれた。カシャン、乾いた音を立てて砕け散る頭骨を視界に捉え、その先にマントを羽織ったブラック17の姿があった。



「あなた、いつもこんな湿っぽい場所にいるの?」
「影に敬意を払うのだ、さすれば…案外と居心地が良いものだよ、こんな場所でも。意外と元気そうでなによりだ」
「…誰かから余計なことを聞いた?」
「いや、失礼。忘れてくれ」
 傍らに設置されているレバーを使って鉄格子を跳ね上げ、ルシエンはブラック17を招き入れる。
 マントを折り畳みながら、ブラック17は単刀直入にルシエンに尋ねた。
「それで、何の用?」
「じつは折り入って君に頼みたいことがある。これは、本来部外者である君にしか相談できないことだ…ところで、シロディールの住み心地はどうかね?」
「どういう意味?」
 核心を避け、世間話の水を向けるルシエンにブラック17は眉をしかめる。
 手紙の文面はいかにも事態が逼迫している様子を表していたが、それだというのに、ここに来てむざむざ時間の浪費をするとは、どういうわけだ?
 この質問には、なにか裏がある…そう直感したブラック17は、慎重に口を開いた。
「まあ、悪くはないわね」
「そうか、それは良かった。いや、遠まわしな質問はやめて正直に話そう…我々ダーク・ブラザーフッドと君たち黒の里の間にはもはや契約関係はない、それはわかっているね?」
「ええ。先日私の相棒から、もうあなたたちとは関わらなくていい…と言われたわ」
「そうか。まあ、そうだろうな。だが、我々は…できるなら、君を我が組織に迎え入れたい。もちろん、それなりの待遇は約束する。それに、もし君の故郷から追求があるようなら、それを退ける用意も」
「できると思うの?」
「我々も君の組織を観察していたのだ…君たちはまだ、この世界に積極的に干渉することはできない。違うかね?君がいまこの場に立っていること…立てていることも、相当に無理な術式の行使があってこそのはず」
「否定はしないけれどね…でも、あなた、本気で言ってるの?」
「ああ」
 短く返答するルシエンの表情は真面目そのものだった。
 おそらく、黒の里に戻れば…戻れれば、の話だが…また、殺すためだけに生かされる日々を送ることになるだろう。生きる喜びのないまま、言われるがままに他者の生命を奪い続けるだけの日々に戻るのだ。
 だが、シロディールにいれば…暗殺稼業を続けることに変わりはないにしろ、私生活はもっと潤ったものになるに違いない。
 ブラック17はしばらく押し黙り、この懸案事項について考え続けた。
 駄目だ、黒の里は裏切れない…それにルシエンが、たとえばティリンドリルのように自分を嵌めようとしていないとも限らないのだ。
 けっきょく、ブラック17の答えはひどく煮え切らないものになった。
「…今は結論を出せないわ」
「そうか。まあ、君たちにも本来の目的があるだろうしな。それ自体は我々とは関わりのないものだし、すべてを片づけてから改めて考えてくれても構わない」
 ルシエンの反応はさっぱりしたものだったが、その表情を見る限り、明らかに落胆していた。
 こいつは本当に私を「あて」にしているのだろうか?ブラック17は訝った。
 しかし、今はそんなことはどうでもいい。本来、これは本題のついで…オプションにあたる項目だ。
「それで、何のために私を呼んだの?まさか今のが話の核心ではないでしょう」
「ああ、そうだな。話を戻そう…レーヤウィンでの件は聞いたよ。標的の暗殺には失敗したが、君は裏切り者の抹殺に成功し、そして見事にあの場から逃げ延びた。これは賞賛されて然るべきことだ」
「光栄だわ」
「だが残念なことに、裏切り者はティリンドリルだけではなかった。組織内での裏切り行為はなおも続いており、未だに犠牲者が増え続けている」
「難儀な話ね。それで、その裏切りの端緒は?まさかシェイディンハルの聖域ではないでしょう?」
 まさか、この期に及んでまだあの場に裏切り者が潜んでいるはずがない。
 それは半ばブラック17の願望のようなものだったが、しかし、ルシエンの言葉はその期待を裏切るものだった。
「残念ながら…裏切りはシェイディンハルからはじまっている。巧妙に隠されてはいるが、我々の目は誤魔化されない」
「じゃあ、私に頼みたいことっていうのは…裏切り者狩り?」
「ある意味ではそうだ」
 ルシエンがなにやら含みのある言い方をした。嫌な予感がする。
「もはや、シェイディンハルの聖域は機能していない…と言わざるを得ない。裏切りの横行と、裏切りに向けられる猜疑心。裏切り者は、そうでない者にも毒のように悪影響を伝播させてしまった」
「何が言いたいの」
「君に依頼したいのは、<浄化の儀式>…聖域のメンバー全員の抹殺だ」



 浄化の儀式。
 ルシエンの言葉を聞いたとき、ブラック17は頭の中が真っ白になった。
 彼らを…聖域の皆を、殺す?
「…冗談よね?」
「疑う気持ちはわかる。我々も、有能な暗殺者たちをみすみす死なせることに抵抗がないわけではないのだ。長いダーク・ブラザーフッドの歴史の中でも、この浄化の儀式は過去に二回しか行使されたことがない。だが、もう裏切り者を探し出し、そいつだけを殺せば済む問題ではなくなっているのだ」
「もし、断ったら?」
「別の者が儀式を代行する、それだけだ。君を追及するつもりはないし、君は…あの聖域に、彼らに愛着を持っているようだ。だからこそ君自身の手で、と思ったのだが、目を背けたいならば…無理は言うまい」
 そう言って、ルシエンは口をつぐんだ。考える時間を与えよう、というわけだ。
 イエスだろうと、ノーだろうと、ルシエンが欲しがっていたのは明確な返事だった。これはさっきのようにはいかないだろう。急すぎるとか、そもそも任務の正当性に疑いがあるとか、また日を改めてとか、そういうくだらない戯言は通用しないはずだ。
 聖域のメンバーを死なせない方法はないか…ブラック17はその可能性について模索してみたが、少し考えただけで無駄なことだと悟った。
 これがルシエンの独断専行でなければ、組織はシェイディンハルの聖域の壊滅を確認するまで追求の手を緩めることはないだろう。戦争になる。聖域の皆を守るために、ダーク・ブラザーフッド全体を敵に回す…荒唐無稽な話だ。できる、できないの話ではない。わずかな命を救うために、より多くの命を奪えるか。これはそういう決断だ。あまりにも馬鹿げていた。
 なにより、聖域のメンバーがダーク・ブラザーフッドの手を離れて活動できるとは思わなかった。あれはあれで、頭から足先まで組織の流儀にどっぷりと浸かっている。暗殺者として有能であることに変わりはないだろうが、所詮は狂人の集まりだ。
 そういうわけで…ブラック17はまだ口には出さなかったが、返事はすでに決めていた。
 理屈は片付いた。問題は感情面での折り合いだ。ブラック17には未だ、自分が彼らを…オチーヴァ、ヴィセンテ、ゴグロン、アントワネッタ、ム=ラージ=ダーを殺すビジョンを思い描くことができないでいた。
 逡巡する彼女を後押しするかのように、ルシエンが言葉を付け加える。
「もし、依頼を受けてもらえるなら…アドバイスがある。彼らも練達の暗殺者だ、まともにやりあえば無事では済むまい。私なら、毒殺を図る。彼らは任務の外、プライベートでは気を緩める傾向がある。それに毒ならば、余計な苦しみを与えることなく彼らの魂をシシスの許へ送ることができるだろう」
 それは、おそらく親切からであったのだろう。それと、プロとしての助言。
 しかしその一言が、ブラック17の癇に障った。
 いままでずっと黙っていたブラック17が、突然、笑い声を上げる。
「…ふっ、ふふふ…あはっ、あはは」
「どうしたのだね?」
「あは、あはは。ふふっ、うふふ、あははははは」
 最初は押し殺した笑いだったのが、だんだん声が大きくなり、しまいには甲高い笑い声になる。
 狂ったように笑い続けながら、ブラック17は言った。
「いいわ、やるわよ。連中を全員殺せばいいんでしょう?」
「…大丈夫かね?」
「大丈夫か、ですって?私を愚弄する気?私を誰だと思ってるの…毒殺?笑わせないで」



 ブラック17は手に抱えていたマントをふたたび羽織ると、ルシエンに背を向けた。
 彼女が踵を返す直前、その瞳を覗いたルシエンは、思わず頬を引きつらせた。その目に、たしかな狂気が宿っていることを認識して。
 さっきまでの動揺や逡巡がまるで嘘のように、ブラック17は気狂いじみた壮絶な笑みを浮かべると、ルシエンの一言がきっかけで心の迷いに決着をつけられたことを心の中で彼に感謝した。
 …いままで、なにを下らないことに頭を悩ませていたのだろう?
 毒殺、余計な苦しみを与えず…そう聞いたとき、一瞬、それもいいかもしれない、と思ったのだ。だがそう思った瞬間、ブラック17の心の奥底に眠っていたプライドが怒りの炎を吹き出し、彼女の脳を焼き尽くした。
 こそこそと毒を盛る?標的を気遣う?冗談じゃない!
 私はブラックナンバー、黒の里最強の殺し屋なのだ。いかなる障害をも力で捻じ伏せ、叩き潰す。人間など、生命など、ゴミクズ以下の価値しかない。何も迷う必要などない。
 聖域の連中を皆殺しにしてやる、下らない感傷ごと!すべてを消し去ってやる!
「見せてあげるわ…黒の里のやりかたを。私たちの流儀を」
 そう言って姿を消すブラック17の背中を見守りながら…ルシエンは、彼女に浄化の儀式を任せたことを後悔しはじめていた。
 なにか、とんでもないことが起こりそうな予感がする…





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