主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
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2013/04/21 (Sun)09:27
ヒエロニムス・レックスの執務室から納税記録を奪った次の日、ミレニアは魔術大学からの呼び出しを受けて出頭していた。
とうとう、あたしの処分が決まったのかな…などと考えながら、魔術大学の本部であり権威の象徴でもあるアークメイジ・タワーに足を踏み入れる。
ところが謁見室で魔術書を手に待機していたラミナス・ポラスの表情は、予想していたよりも穏やかだった。
「ミレニアか、よく来てくれた」
「あ、あの~、マスターメイジ・ラミナス…この間の、魔術師の杖に関する事件のことなんですけど…」
「ああ、あの件か。まあ、そう緊張するな。とりあえず、椅子にかけたらどうだ」
「あ、は、はい」
促されるままに、ミレニアはベンチに腰を下ろす。
「え~っと?」
「あの件に関してだが、君の責任は不問になった。一切だ」
「は?」
ラミナスの口から漏れた意外な言葉に、ミレニアは耳を疑う。
当初、事件の概要を聞いたラミナスの態度からして、最低でも除名処分くらいは覚悟していたのだ。悪くすれば、刑務所に投獄される可能性もあるとすら考えていたのに。
それが、なんのお咎めもなし?
ミレニアの疑念を晴らそうとするかのように、ラミナスが言葉を続ける。
「あの後、君が提出した報告書を読んだ。こちらとしては、まさか死霊術師が徒党を組んで襲撃を仕掛けてきたとは思いも寄らなかったのでね…最初に君から報告を受けたときは、単独での犯行だとばかり決めつけていたのだよ。あれは恥ずべき行為だった、許してくれるかね?」
「あ、は、はい」
「固定概念とは恐ろしいものだな…感覚を鈍らせる。我々は今回の事件を重く見て、急ぎアークメイジを含む幹部を収集し、対策本部を設置した。そのうち、君にも協力してもらうことになるだろう」
「アークメイジ…ハンニバル・トラーヴェン氏ですか?」
ミレニアは驚きの声を上げる。
アークメイジといえば、魔術大学を、そして全メイジギルドを統括する最高権力者だ。それが、事件からそれほど時間が経っていないというのに自ら行動を起こし、事件解決に尽力しているという。
これは異例の動きの早さだ。
そういえば現アークメイジのハンニバルは、これまで比較的容認されてきた死霊術及び死霊術師の全面排撃を断行した人物だという。そんな彼にとって、死霊術師がふたたび台頭するような自体はなんとしても避けたいのかもしれなかった。
「ところで、ミレニア」
「はい?」
突然声をかけられたミレニアが、素っ頓狂な声を上げる。
「あ、はは、あの、えーと…なんですか?」
「じつは今日は、その件とは別に、君に頼みたいことがあってね」
そう言って、ラミナスはニヤリと笑った。
** ** **
「うわ、マジで誰もいねーーー」
荒涼とした空気に、風が吹きすさぶ。
ミレニアは魔術大学の依頼で、帝都の北に位置する小さな村<アレスウェル>を訪ねていた。
頭の中で、魔術大学で交わしたラミナスとのやり取りを反芻する。
『最近、アレスウェルの村の住民が全員、一夜にして失踪するという事件が起きた。しかも村人の失踪直後から、村の周囲で怪奇現象に遭遇したという報告が後を絶たない』
『怪奇現象?』
『誰もいないのに話し声がするとか、鍬がひとりでに動いて畑を耕してる、とかな』
『なんですか、そりゃあ。ていうか、なんでそんなのの調査を魔術大学が』
『原因が魔術師によるものだった場合、責任を追及されるのは魔術師を世に輩出している我々だ。わかるだろう?世の中には、我々のことを良く思っていない連中も大勢居る』
『つまり、魔術師の起こした不始末は、魔術師がつける、と?』
『そういうことだ』
そしてミレニアは、住民失踪の調査のためにアレスウェルを訪れたのだが。
「誰もいないと、調査のしようもないような…」
そんなことを呟きつつ、周囲を見回す。
しかし、誰もいないわりに手入れは行き届いているような…ここには村人が引き払った跡地にありがちな荒廃は見られないし、野生動物が放置された農作物を食い荒らした形跡もない。
そういえば、ラミナスが「ひとりでに畑を耕す鍬」の幽霊の話をしてたっけ。
ミレニアがそう考えた瞬間、畑の方から「サクッ、サクッ」という音が聞こえてきた。
「ひえっ!?」
驚きのあまり、ついその場から飛び退いてしまうミレニア。
おそるおそる、音がした方…畑に近寄ると、そこには確かに、鍬がひとりでに宙を浮いて畑を耕している姿があった。
「わわっ、で、で、で、出たーーーっっっ!!」
『ニューイオンコート!』
悲鳴を上げるミレニアに続き、謎の合いの手が入る。
まさかの返しにミレニアは呆気に取られ、未だ規則的な動きを続けている鍬に話しかける。
「あ、あの~…喋れるんですか?」
『鍬じゃない、もうちょっと上』
「…へ?」
『こっち、こっち。もうちょっとよく見て』
声に促されるまま、ミレニアは視線を上に向けていく。
一見何も存在しないように見えるが、よくよく目を凝らすと、確かに透明な、影のようなものが見えるような…
そこまで認識したとき、ミレニアにはこの村を襲った怪奇現象のすべてに合点がいった。
「あーっ!こ、これ、透明化の呪文!」
『ようやくわかってくれたか。お嬢ちゃん、あんた、魔術師ギルドの人間かい?他の連中、通りすがりの冒険者やら、巡回中の衛兵に話しかけても、まったく理解されなくて困ってたんだよ』
そう言って、透明の影は力なく笑った。
透明化の呪文。難度は高いものの、その性質ゆえに存在そのものは割とポピュラーな代物だ。
姿を消せる、というのはどんな目的で利用するにしろ、強力な効果を発揮する。それゆえに大抵の魔術師が真っ先に覚えようとし、そしてほぼ確実に悪戯や犯罪に使用されるのである。
非魔術師が魔術師を糾弾する際、まず槍玉に挙がるのがこの透明化の呪文であり、そういった意味から魔術師からも「悪意の象徴」として忌避されがちな傾向にある。
おそらく、村人が消えた…否、透明になってしまったのも、何者かの悪戯によるものだろう。
もちろん錬金術師が調合した薬を用いた可能性もあるから、一概に魔術師の仕業と断定するわけにもいかないが。
「そ、それで、いったい誰にやられたんです!?」
『わからん』
「……へ?」
『皆目、検討がつかんのだ。気がついたら村人全員、透明な姿になっていた』
「全員、同時に?いつの間にか、ですか?」
『そうだ。そりゃあ、最初は全裸になって村中を駆け回ったり、通りがかった娘さんのスカートをめくって遊んだりしてたがね。それにしたって、こうも長い間続いたんじゃあ、さすがに気が滅入るよ』
「や、そこまで聞いてないですから」
とりあえず農家のオッサン(だと思う)の犯罪まがいの自白はさておくとして、村人全員が同時に、それも原因不明というのは気になる現象だ。
通常、透明化の呪文というのは術者自身か、あるいは透明にしたい第三者の身体に直接触れて発動させるものだ。同時に複数人を透明にする呪文など聞いたことがないし、まして呪文の効果そのものが長く持続しないはずなのだ、本来は。
せいぜいが数十秒か、長くて数分程度が限度のはず。
『頼むよ。、もうすぐ透明になって1ヶ月が経とうとしてるんだ。このままじゃあ農作物の出荷もできやしない、助けてくれ』
「い、1ヶ月ぅ!?」
有り得ない。
そんなに長時間持続する呪文など、あるはずがない。
「え、えーと…心当たり、みたいなものは、ないんデスカネー?」
『そういやあ、宿屋のディラムがなんか言ってたなぁ。あいつ客商売だから、これ以上透明な状態が続くと店を畳むしかなくなるってマジ泣きしてるんだよ。ちょっと、会ってやってくれないか』
「あ、は、はぁ…」
ミレニアがその場を離れると、間もなく鍬が土を掻く音と『はっ、ほっ』という、農家のオッサン(らしき人物)の気合の入った声が聞こえてくる。
…なぁ~んか、調子狂うなぁ。大事なんだか、そうじゃないんだか。
いまいち事件の概要や重大さが計れないことに妙な不安を覚えながらも、ミレニアは宿屋<アレスウェル亭>の扉を開いた。
** ** **
「あのーう、ディラムさん、いらっしゃいますかぁ~?村の人たちの透明化の件で、ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」
戸を開けながら、おそるおそる尋ねるミレニア。
間もなく女性のものと思われる、愛想のない声が聞こえてくる。
『ちょっとディラム、あんたにお客よ。ちんちくりんな白いエルフのガキ』
「…は?」
いきなり飛び出してきたトゲのある言葉に、ミレニアは頭が真っ白になる。
…問題を解決に来たんだから、もうちょっと愛想が良くても、バチは当たらないと思うんだけどなー。
帰ろうかな、などと思った矢先、別の声(今度は男だ)がミレニアを呼び止めた。
『いやいやいや、申し訳ない。妹の口の悪さはオブリビオン級でしてね。私がディラムです…村人が透明になってしまった件について、なにかお聞きしたいことがあるとか?えーと、お名前は』
「あーっと、スイマセン、申し遅れました。あたしはミレニア・マクドゥーガル、村人失踪の報を受けた魔術大学に派遣された調査員です」
『ほう、魔術大学の会員さん?』
「ええ。もし今回の事件が魔術師の手によるものだった場合、こちらとしても看過できないので」
『それは有り難い。あのバカ魔法使いも、あなたの言葉になら耳を貸すかもしれませんな。それより、お飲み物は如何です?』
ミルクが注がれたマグを手に、ミレニアが質問する。
「それで、『あのバカ魔法使い』っていうのは?犯人に心当たりがあるんですか?」
『ええ。ここから少し南へ進んだところに<カタクタカス砦>という場所がありましてね。そこを根城にしている、アンコタールという魔術師がいるんですが』
「ウンコターレ?」
『ああ、そっちでも良いかもしれませんね。とにかくそのウンコ垂れは、その場所で日々魔術の研究に没頭しているらしいんですが、この事件が起きる前から、そいつのせいでしばしば村が被害に遭っていたんですよ』
「被害、ですか」
『爆発音で家畜が恐慌状態に陥ったりだとか、ネズミが大量発生して大変な騒ぎになったりですとか。とにかくそういう場合は我々が抗議に出向いて、それで彼も謝罪はしてくれたんですが』
話を聞く限り、当の魔術師は「謝罪」はしても「反省」はしなかったらしい。
「それじゃあ、今回も彼の元に出向いて抗議したりは…」
『いえね、我々も今回の件で、まず真っ先にカタクタカス砦に向かったんですがね。どうやらアンコタールも姿を消しているらしく、我々の声に応じようとしないのです。しかも周囲には、我々と同じく透明化したせいで混乱し、凶暴化した野生動物がうろうろしている有り様で。ちょっと、手の施しようがないのです』
「うっ…それは聞きたくなかったなぁ」
凶暴化した野生動物、しかも透明化している、と聞いてミレニアは顔を青くする。
いずれにせよ、カラクタカス砦に出向いて事の次第を確認する必要はあるが…最悪のケースとして想定されるのは、原因を作ったアンコタールが透明化しているのではなく砦から引き払っていた場合である。あるいは、野生動物に襲われて透明化したまま死んでいるとか。
もっとも、まだ原因がアンコタールにあると断定はできないのだが…まあ、この状況でアンコタールが原因でないとすれば、それはそれで調査が行き詰ることになるのだが。
とりあえず、確かなことが1つだけあった。
「すんげーめんどくさい」
** ** **
ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
道中、ミレニアは「何者か」に尾けられているような気配を感じていた。
ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
鼻息荒く土を踏みにじるその行動から、ミレニアに気付かれないよう注意を払っている、というわけでもないらしいのだが。
ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
しかし、追跡者の姿が現れる気配は一向にない。
ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
そして足音は、ミレニアのすぐ背後にまで迫っていた。
ブホッ、ブホッ…ブ、ブ、ブ、ブギ。
『ピギィィィィィィッッッ』
「どぅえええぇぇぇぇぇぇっっ!!」
いきなり「何者か」に飛び掛かられたミレニアは、咄嗟にその場で伏せる。
ビシュッ、風のようにミレニアの頭上を通り過ぎた「それ」は華麗に着地した(と思う)。ズドドン、地面に蹄の跡がいくつも残り、最後についたやつの形から、「そいつ」がふたたびこちらに向き直ったのがわかった。
「野生の…猪……ッ!」
『プギイイイィィィッッッ』
「うわああぁぁぁぁっ!!」
襲いかかってくる透明化した猪を目に、ミレニアはアレスウェルの宿からくすねた裁ち鋏とマグカップを手に応戦する。
「な、泣けるほどサマにならないよコレぇっ!」
『ブキエエエェェェッッッ』
「あーもーっ、しっつこーい!!」
バキャアッ!
ミレニアが力まかせに振りかぶった金属製のマグカップが、猪のこめかみにクリーンヒットする!
『ぶひいいいぃぃぃぃぃ~~~…!!』
透明化した猪の頭部から鮮血がほとばしり、ゴロンゴロンと転がりながら坂を転げ落ちていく(ような音がした)。
ベコベコにへこんだマグカップを見つめ、ミレニアがぽつりと呟く。
「これって、もう溶かすしか使い途(みち)ないよねぇ…」
** ** **
『そこな道を行く冒険者よ、ここは呪われた土地!いますぐに引き返せ、さもなくばオブリビオンの奈落に堕とされるであろうぞ!!』
ミレニアがカラクタカス砦の門を潜ろうとしたとき、どこからかそんな声が聞こえてきた。
…こんな脅迫で、本当に出て行く人なんているのかな?
そんなことを考えながら、ミレニアは声を張り上げて言った。
「あのー。ウンコターレさん?」
『アンコタールだッッッ!!』
「あ」
『あ』
ミレニアの台詞に、謎の声…いや、アンコタールが反応する。
もちろん、ミレニアはこれを狙ってわざと名前を間違えたわけではない。「ウンコターレ」の語感が強烈だったので、そっちのほうで憶えてしまい、本人の前では間違えないようにしよう…と意識はしていたものの、うっかり口を滑らせてしまったのである。
ともかく、アンコタール当人がいるとなれば話は早い。
「あのー、アンコタールさん?あたし、ミレニア・マクドゥーガルといいます。魔術大学の要請で、近隣の住民方の姿が消えてしまった現象の調査にやって来たんですけどー」
『なに、魔術大学?するとキミは魔術大学の会員かい?なんだ、そうならそうと早く言ってくれればいいのに』
魔術大学、という言葉を耳にした途端にアンコタールの態度が変わる。
『2階に研究所を構えている、どうぞ自由に入ってくれたまえ。そうそう、念のために言っておくが実験器具には触らないでくれたまえよ』
「あ、ハァ…」
アンコタールに促されるまま、ミレニアは階段を上がり研究スペースへ向かった。
蒸留器や焼炉など実験器具が一通り揃った、狭い居住スペースへと足を踏み入れるミレニア。
周囲を見回していると、不意に自分のすぐ横からアンコタールの声が聞こえてきた。
『まさか、こんな場所で同輩と出会えるとはね。独りで実験ばかり繰り返していると、確かに人恋しくなることもあるが…それでも、たまに会いに来るのが無知蒙昧な農民連中だというのは、なんというかこう、気が滅入る。わかるだろう?』
「あ、はぁ…」
声のしたほうに目を向けると、なるほど確かに空間が人型に歪んでいるのがわかる。恐らく、そこにアンコタールがいるのだろう…辛うじて目視はできるが、「そういう存在がいる」とわかっていて、そのうえ声でも聞こえなければまず気付かないであろうカモフラージュぶりである。
確かに居留守でも使われたら、村人には発見できないだろうな…と、ミレニアはひとりごちた。
たとえそれが、同じ透明人間同士であってもだ。透明になったからといって、透明な存在が見えるようになるわけではない。
『まったく連中ときたら、この研究の学術的価値など知ろうともしない!家畜が驚くだの、農作物に被害が出るだの、そんなもの、僕が出世したら幾らでも保障してやれるってのに、ねぇ?』
「はぁ」
『それにネズミの件だよ、ネズミ。連中はバカだから理解できなかったが、僕はネズミを呼び出す呪文を使ったわけじゃない。無からネズミを生み出したんだ、生命の創造だよ!それも、数が多ければ多いほど呪文が強力であることを意味している。こんなに素晴らしい、歴史的に偉大な実験をしているというのに、あの土人ども、ネズミが大量に発生したら困るとか抜かしおってからに、まったく救いようがないよ。そう思わないか?』
「あー、はぁー、まあ」
恐らく自分に否があるなどとは露ほども思っていないアンコタールの態度に、ミレニアは投げやりに頷いた。
この手合いは魔術師にはよくいるタイプで、研究に没頭するあまり周囲が見えなくなってしまうのだ。さらに本人の若干の自意識過剰ぶりがマッチポンプとなり、周囲との軋轢を生み出す原因となっている。
とはいえ害意があっての行為ではないことがわかったので、それだけは救いだったが…いや、だからこそ始末が悪い、とも言えるのだが。
『ともあれ、この透明化実験もちょっとした壁にぶち当たっていてね。ヴァントの第3法則さ…あの忌々しい知覚の保存律、あれさえどうにか誤魔化せる裏技でも見つけることができれば、完全なる透明化も夢ではないんだが。ま、その場合はスマートな方法ではなくなっているだろうがね』
「あんまり邪道な方向に進めるのはオススメできないけどなぁ~。さっきのネズミの、生命創造に関しても、場合によってはホムンクルス実験よりも危険視されかねないし。それに目的があるならともかく、たんなる学術探求でヤバイ研究を進めると、それこそトラーヴェン氏のネクロマンサー弾圧みたいな魔女狩りの対象になりかねないと思うよ」
『ホウ、なるほどそうか…そういう側面から実験を見つめたことはなかったな。研究目的のPRとリスク・マネジメントか。いささか商業主義に毒された考えだとは思うが、文明国に身を置く以上、洗練された文明人としてはそれなりの態度で臨まなければなるまいね』
ミレニアの言葉に、アンコタールが興味を持ったふうに身を乗り出す。
続けて、ミレニアはアンコタールに提言した。
「うん。研究内容そのものは、あたしも面白いと思うけど。生命創造なんかもまだ未開拓の分野だから、可能性は無限にあると思うけど、倫理的側面から考えると、害が少なくて世の中の役に立ちそうな植物方面にシフトしたほうがいいと思うな。完全な透明化は…軍事転用かなぁ。機密保持の観点からも、それが一番安全な気がする」
『あまり、そういう俗な方に持っていきたくはないんだがねぇ…僕としては、もっと崇高な目的のために研究しているつもりだから。とはいえ、たしかに奔放に実験を繰り返すのは危険かもしれないな。ある程度は割り切りが必要なのかもしれない』
「そのほうがいいと思うよ。でも、この実験…どこで資料を手に入れたの?え、これデイドラの言葉で書かれた原書の写し?凄いなー!いっそ翻訳のほうに力入れたらどうかな、それだけで、いままで中止に追い込まれた数々の実験が再開できるかも…」
…基本的には、ミレニアも「研究バカ」のケがある。
それにミレニア自身、魔術大学にあまり気の合う同僚がいないので、つい似たもの同士で雑談に華が咲いたりして。「説得して解決方法を聞きだす」という当初の目的も忘れ、アンコタールと研究に関して喋りながら、着々と時間は過ぎていくのであった。
** ** **
「あぁ~、いけない。すっかり遅くなっちゃった」
カラクタカス砦からアレスウェルへと帰還したミレニア。その手には、アンコタールから渡された「術式反転化」のスクロールと、呪文のバックファイアを無効化する指輪が握られている。
『本当は、このにわか造りの透明化呪文がどれだけ持続するかの観測をしたかったんだけどね。まあ、魔術大学が動いてるとなれば、あまり迂闊なこともできないし。その術式反転化のスクロールを唱えれば、付近一帯にかかったあらゆる魔法効果が消失する。村人も、元に戻るだろう…そうそう、念のため副作用があってはいけないから、ドレイン効果吸収の指輪をつけるのを忘れずに』
アンコタールの助言をもとに、ミレニアは村の中心部でスクロールを広げた。
ちなみに、村の住民にはすでにこのことを伝達してある。「いますぐに呪文を無効化するか」と訊ねたところ、「少しの間だけ待ってくれ。服を着てくるから」という、なにやら不穏当な反応が返ってきたので、結局、夕方に戻ってきたミレニアは呪文の行使を真夜中に行なうことになったのだ。
「さて、と」
スクロールに描かれた文字をざっと流し見る。
理論的に見ればいささか乱暴な講式だったが、呪文そのものが失敗することはないだろう。呪文というのは詰まるところ世界の理(コトワリ)を相手にしたギヴ&テイクであり、こちらから提供する部分をいかに誤魔化して損失を最小に抑えるかが目下魔術師にとっての最大の研究対象だった。
損失部分に目を瞑れば強力な呪文など幾らでも作り出せるが、その場合は術者の健康は保障できない。無謀な自作呪文を使用したばかりに、命を落とす魔術師の例は枚挙にいとまがないのである。
その点で言えばアンコタールの書いたスクロールは少々扱いが難しいものだったが、呪文の及ぼす範囲は広いものの、効果は限定的で、ドレイン対策も用意してある。問題はないだろう。
ミレニアがスクロールを読み上げると同時に、紙片から魔力がほとばしる。
淡い紫色の光が周囲一帯に広がり、村の中心に集まっていた住民の姿が続々と現れた。
「おおっ、身体が見えるようになったぞ!」
村人が歓喜に沸き上がるなか、灰になって崩れたスクロールの破片が風に飛ばされていくのを眺めていたミレニアの、薬指に嵌められた指輪が突如砕け散る。
「わ、わっ」
それはアンコタールから渡された、ドレイン対策用の指輪だった。
もし呪文に何らかの副作用があった場合、術者の代わりにこの指輪がバックファイアを受け止めてくれるというものだ。弱い副作用であれば金属が酸化する程度で済むが、ここまで派手に砕けることはそうそうない。
「あいつめ~…もうちょっと、安全について教えてやらなきゃ」
「やぁやぁやぁ、小さな恩人!助かりましたよ!」
恨めしげに呟くミレニアに向かって、宿屋の店主ディラムが声をかけた。
「どうぞ、うちの店に来てください。今日は無礼講です、なんでも奢りますよ!こんな形でしか恩を返せなくて申し訳ないですが、なにせ一ヶ月収入がなかったものですから、支払える謝礼も持ち併せておりませんので…」
「あ、あ~。いいですよぉ、そんな。気にしないでください」
まあ、なにはともあれ事件は解決したことだし…実際、今回の件みたいなものはそうそう珍しいものでもない。あまり思い煩うこともないだろう。
それじゃあ、せめて魔術大学のラミナスに報告に行く前に、ちょっと息抜きでもしようかな。
ディラムに促されるまま、ミレニアはアレスウェル亭へと向かった。
** ** **
「ささ、どうぞ飲んでください!あなたには、どんなに礼を尽くしても尽くしきれないのですから!」
「あ、は、はぁ」
「あまり良い気にならないでよ、あたし、あんたみたいな英雄気取りの目立ちたがり屋はキライなの」
「あ、は、はぁ」
是非にと誘われて来たはいいものの、やたらと愛想の良いディラムとは対照的に、その妹達は敵意剥き出しでミレニアに苦言を呈してくるというアンバランスな状況に、ミレニアはいささかげんなりしていた。
別にー、こっちは仕事に来ただけだしー。やるべきことをやったまでだしー。
そんな言い訳をしようかとも思ったが、どうせこの妹達はたんに「ケチがつけたいだけ」で理由など必要ないのだろうし、だとすれば、弁明などするだけ無駄だ。
しかし、ディラム一家がまさかダンマー(ダークエルフ)だったとは…
ダンマーの種族的な気難しさ、というか性格の悪さは有名で、貴族的な高慢さが鼻につくアルトマー(ハイエルフ)とはまた違った扱い辛さがある。
「とほほ…早く帰ろう」
「ちょっとあんた、あたしの入れた酒が飲めないっての!?」
「ツンデレかよ」
踵を返して宿を出ようとするミレニアを引き止めた妹勢を前に、つい素の返事が漏れた。
** ** **
アルコールの作用で頬を染めながら、ミレニアは松明を片手に夜道を歩く。
「おとこはオーカミなのよ~、気をつけなさい~♪山賊に追われたら~、逃げ切りなさい~♪」
などと歌いながら、帝都に向かっていると。
「…誰にも見られていないよな?」
「……じーっ」
「…… ……ハッ!?」
あからさまに挙動の怪しい男が、山荘に入ろうとする姿を捉えるミレニア。
そんなミレニアの姿に男のほうも気がつき、互いに目が合う。
一瞬、気まずい空気が流れた。
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