主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。
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2013/06/01 (Sat)13:20
傭兵が好む歌の1つに、「If I Die In A Combat Zone(もしも私が戦場で死んだら)」というのがある。
もしも私が戦場で死んだら、故郷の皆に、友人に、恋人に、伝えてほしい。どうか悲しまないでほしい、自分は名誉ある死を遂げ、そして悔いはなかったと。自分の墓に名前はいらない、ただ1人の人間が生き、戦い、そして死んでいったと書いてほしい。そういう歌詞だった。
わたしは、その歌がキライだった。大キライだった。
なぜならその歌は、「自分が死ぬと悲しむ人がいる」ことを前提にしているからだ。帰るべき故郷がある人間のための歌だからだ。
わたしには、そんなものはない。帰りたい故郷も、親しい友人も、恋人も、愛する家族さえも。
望まなかったわけじゃない。求めなかったわけでもない。
でも、わたしがどれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、誰もわたしを愛してはくれなかった。
わたしはただ、みんなのように、普通にしていたかっただけなのに。それだけなのに。
** ** **
「ところであの新人、使い物になるんですか?」
「さてな…帝都じゃあそれなりに活躍してたらしいから、まったくのグズってわけじゃあねーんだろうが。なにせああいう性格だしよ」
ちびのノルドが戦士ギルド長バーズ・グロ=カシュの執務室の戸を叩こうとしたとき、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
あの新人、っていうのは、たぶん、自分のことだ。
質問しているのは、島人のケルドと呼ばれている剣士だろうか。ここシロディールでは戦士や傭兵も源氏名ではなく本名を名乗ることが多いため、かえって印象に残ったせいかすぐに名前を憶えたのを思い出した。
それよりも、バーズが自分のことをハナから否定しなかったことに、ちびのノルドは驚いていた。前回たいした失敗をしていた自分のことを、手酷く批判するものと思っていたからだ。
これを喜んでいいものか、どうか。
多少なりと期待されているとわかると、それはそれでプレッシャーがかかるのも確かなわけで。
そんなことを考えていると、ガチャリ、島人のケルドが執務室から出てきた。
「よお、ちびちゃん。どうした?」
「え、あ、あの…バーズさんに呼ばれたので、ここに」
「あー、そう。入りなよ」
彼の態度からは、さっきまでバーズと何を話し合っていたのかはもとより、いま面と向かっている人物について話していたことさえ窺い知れなかった。
まるでトイレの順番待ちみたいな気のないやり取りをしたあと、ちびのノルドは島人のケルドと入れ替わりにバーズの執務室へと入っていった。
「ああ、お前か」
バーズは、そのでかい図体を事務机に押し込めるようにして座っていた。たぶん、先代はオークではなかったのだろう。ただ、バーズがそのことを気にしているようにも見えなかった。
とりあえず機嫌が悪いわけではなさそうなバーズを見て内心ホッとしつつ、ちびのノルドはたどたどしい口調で話しかけた。
「あ、あのっ。えーっと、わたしに仕事があるって、聞いたんですけど」
「ああ。どうやらブラヴィル城の地下牢に収監されていた犯罪者どもが脱獄したらしくてな、旅費は出してやるからお前、始末してこい」
「えっ、ブラヴィルに?え、でもあの、そういうときって衛兵とか、現地の戦士ギルドが動くはずじゃあ」
「それで事足りるならオメーには頼まねぇ。なにか問題でもあんのか?」
だんだん眉間にシワの寄ってきたバーズを警戒しつつ、ちびのノルドは慎重に質問した。
「えーっと…それで、その脱獄犯たちっていうのはどこに……」
「…… …… ……」
「あの?」
うつむいたまま質問に答えないバーズを、ちびのノルドは怪訝な表情で見つめる。
首を傾げつつ、もう1度質問しようと思ったそのとき、バーズが勢いよく立ち上がり、両手を振り上げた。さっきまで腰かけていた椅子が宙を舞う。
「テメエ、なにもかも俺様に訊くつもりか!?いいから早々(さっさ)と行って来いってんだよ、この脳無しウスノロ短小ボケがああぁぁぁーーーっ!!」
「はーいっ!行ってきまーすっ!」
バーズの怒鳴り声が戦士ギルドの建物中に響き渡り、ちびのノルドは殴られるよりも先に執務室を飛び出していく。
結局「旅費」とやらを貰わずに出てきてしまったが、現在手持ちに困っているわけでもないし、後で仕事の成功報酬と一緒に請求すればいいだろう。
そう思い、ちびのノルドはブルーマ行きの馬車へと乗り込んだ。
** ** **
ブルーマまでの道半ば、というところで、ちびのノルドは奇妙なものを目にした。
『もうちょっとスピード、スピード落としてぁぁああああああっっっ!』
『如何した小童、おい小童ーーーっ!?』
なにやら青年と、少女が言い争うような声が聞こえてくる。
だが御者とちびのノルドが目にしたのは、帯電しながら凄まじいスピードで走行する黒い塊と、それに振り落とされて路傍へと転がっていく青年の姿だった。
「なんなんだぁ、ありゃあ」
「さあ……」
あまりの異様な光景に御者は馬車を止め、事の成り行きを見届けようとする。
ほどなくして黒い塊はふたたび青年を乗せると、何処かへと走り去っていってしまった。
「…魔術師と使い魔?か何かかね?あれは」
「さあ…わたし、魔法のことはあんまりよく知らないんで…」
「そうか、お嬢ちゃんは戦士ギルドの所属だったっけか。今度誰かに訊いてみるかな」
そんなことを呟きながら、御者はふたたび馬車を走らせた。
** ** **
ブルーマへと到着したちびのノルドは、ひとまず戦士ギルドに立ち寄ることにした。
「お腹も空きましたし」
ギルド員であれば施設は無料で利用できるし、寝る場所や食事も無償で提供してもらえる。もちろん環境に甘んじて仕事をしなければ除名されてしまうが、逆に言えば、除名されない程度にきちんと仕事をこなしていれば、戦士ギルドのメンバーでいる限り寝食に困ることはないのだ。
フリーランスの傭兵だと、そうもいかない。そういう点では、「戦士ギルドに入って良かったかもなぁ」などと現金なことを考えてしまうちびのノルドであった。
戦士ギルドでの食事は、ちびのノルドが考えていたよりも質素なものだった。
「<ブラックウッド商会>が台頭してきてから、こちとらも台所事情が厳しくてねぇ」
そんなことを言いながら、ダンマー(ダークエルフ)のタッドローズがパンに手を伸ばす。
ちびのノルドはハチミツ酒を嗜みつつ、いまの言葉について訊ねた。
「ブラックウッド商会?って、なんですか?」
「あんた知らないのかい?」
「えぇーっと…わたし、最近スカイリムからシロディールに来たばっかりで。あんまり、そのへんの事情については詳しくないんですよ」
「そうかい。アンタ、良くないタイミングでギルドに入ったねぇ」
「おい、よさないか。そんな話」
タッドローズの言葉に、重装鎧姿のヴィンセントが口を濁す。
…良くないタイミング?
どうもシロディールの戦士ギルドは順風満帆というわけではないらしい、どこか活気に欠ける雰囲気にちびのノルドは困惑した。それに、自分だけ事情を知らないらしいのも気色の悪い話だ。
しん…と場が静まりかえったところで、カジートのナーシィが助け舟を出した。
「あのねぇ。いくら新人だからといっても、何も知らせないで良いわけはないだろう?いちおう、いまギルドが置かれている状況くらいは把握しておいて貰わないと」
「しかし…」
「それで新人が考えを変えるようなら、それも仕方のないことさ」
「え~と?」
どうやら状況はかなりシリアスらしい、浮かない顔つきをしているギルド員をぐるりと見回し、ちびのノルドは言葉に詰まる。
ちびのノルドが口を開くより先に、ナーシィが話の続きをはじめた。
「最近、戦士ギルドにライバル組織ができてね。レーヤウィンを拠点にしている、ブラックウッド商会っていう傭兵集団さ。このところ、あたし達は連中に仕事を奪われっぱなしでね、懐事情が苦しいのも、そういうわけさ」
「え…でも、戦士ギルドって昔からある組織ですよね?信頼もありますし、それがどうして新興の組織なんかに、そう安々と」
「連中はウチより安い賃金で、どんな仕事でも請け負う。それが理由さ、単純な話だろう?でもって最近、連中は規模を拡大しつつある。既に戦士ギルドからも、何人かブラックウッド商会に転身したやつがいるらしいね」
「ああ…」
さっきヴィンセントが口を濁したのはそういうわけか、とちびのノルドは納得した。
ナーシィが話を続ける。
「それでも、うちらに分がないわけじゃないさ。これは連中の規模が拡大してる、ってのにも関係してるけど。あいつらは人員を雇うのに基準を設けない。前科者だろうがなんだろうが、使えるなら誰でもいいって気風なのさ。だから仕事のやり方が荒っぽいって苦情が入ることもあるらしいよ。その点、うちらは真人間しか雇わないし、仕事も丁寧さ。だから昔気質の人達は、未だにうちを頼ってくれるんだけどね」
そこまで言って、ナーシィは笑った。葬式のときに親族に見せるような笑みを。
ブラックウッド商会が信用を落とすのが先か、戦士ギルドがジリ貧の末に店を畳むのが先か。あまり分の良い賭けではないな、とちびのノルドは思った。
組織にとって金は力だ。金があれば優れた人員を雇えるし、優れていない人員であれば、より沢山雇える。装備だって良いものが揃えられるし、宣伝に金をかければ客も増えるだろう。それが資本主義というやつだ。時代の先を行く思想だ。
戦士ギルドの現在の方針を見る限り、ブラックウッド商会の活動に何らかの対策を立てているようには見えない。結局は、依頼人の良心に任せるしかないということか。
ギルドに加入するには良くないタイミング、とはよく言ったものだが、それでもちびのノルドは今すぐブラックウッド商会に転身しようという気にはなれなかった。仕事が荒っぽい、ならず者でも平気で雇う、というその性質は、個人的にもやや気がかりだ。
それに、もし転身するのであれば、それこそ戦士ギルドが潰れてからでも遅くはないだろう…そんなことを考えながら、ちびのノルドは鹿肉のステーキに手を伸ばした。
** ** **
「でー…肝心の、犯罪者たちの情報については何もわからないままなんですけどー…」
後日。
戦士ギルドを出たちびのノルドは、たいしたあてもなくブラヴィルの街をふらついていた。
『連中はブラヴィルでもかなり悪名高いワルどもでね。脱獄後、どこに行ったか目撃している住民もいるはずだが、仕返しを恐れて誰も話そうとはしないんだ…特に、我々戦士ギルドの人間にはね。衛兵も無関心を決めこむようだし、連中の居所を探るのはかなり難しいな』
先日、食事のついでにヴィンセントが言ったことをちびのノルドは思い出す。
ただし幸いと言おうか、標的の素性と人数については把握ができた。
標的は4人。ノルドの戦士ホロフガル、レッドガードの戦士アシャンタ、アルゴニアンの弓兵ドリート=ライ、そしてアルトマー(ハイエルフ)の魔術師エンリオン。
この4人は同じグループに属する武装強盗で、これまでシロディール各地で暴れ回り、何人も殺してきたという。目撃情報を衛兵に提供した人間は執拗に追いかけて殺すという話もあり、現在ブラヴィルはかなりの緊張状態にあるようだ。
戦士ギルドが信頼されていないのは、ブラックウッド商会の台頭に伴う凋落が根底にあるのだろう(もちろん、戦士ギルドのメンバーはそんなこと言わないが)。そして、ブラックウッド商会を雇ってまで犯罪者達を討伐しようと考える人間も、ここブラヴィルにはいないようだ。
財政が苦しいのか、治安維持に対する意識が低いのか。
で、何故わざわざ余所の戦士ギルド会員であるちびのノルドが派遣されてきたのかというと。
『たぶん、戦士ギルドの人間だと信頼されないから、外部の人間だと思わせたかったんじゃないか?たんなる傭兵であれば、まだしも口を滑らせる住民がいるかもしれない』
ヴィンセントからそう聞いたとき、ちびのノルドは思わず頭を抱えた。
「…つまり、最初に戦士ギルドに入っちゃダメだったってことじゃないですか!やだー!」
ブラヴィルに到着して早々、ちびのノルドが戦士ギルドに入っていったのは、この街の住民が皆目撃している。つまり、既にちびのノルドの面は割れてしまっているということで。
戦士ギルドの人間だと判明してしまった以上、街の住民がちびのノルドに協力的な態度を取ってくれるとは思えない。
「あー。どうしよう…手ぶらじゃ帰れないし…かといって、手掛かりもないんじゃあなぁ~…」
こうしている間にも、もう標的は遠くまで逃げているかもしれない。バラバラに逃走していたとしたら、それこそお手上げである。
どんよりとした気分のまま彷徨うちびのノルドの目前で、突然、何者かが叫び声を上げた。
「ソイヤァーーーッ!」
「えっ!?」
ドッパァーーーン。
謎の声を上げながら、街の中心を流れる川にアルゴニアンの女性が飛び込んでいった。
「セイヤァーーーッ!」
ザッパァーーーン。
今度は凄まじい跳躍力で川から飛び出すと、スタッ、ちびのノルドの目前に見事着地した。両足はまったくふらつくことなく、ピタリと揃っている。
わけがわからずまごついているちびのノルドに向かって、アルゴニアンの女性は声を張り上げた。
「おぉ、君は知っているかッ!美しく輝く水面を跳躍し、建物の屋根から屋根へと飛び移り、街の影から影へと疾駆するその姿をッ!」
「え?あ、あのぅ…」
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、我こそは正義の使者トビウオ師匠ッ!この世にはびこる悪という悪は、この私が月にかわって仕置きするッ!ヘアッ!」
「あ、あのっ!」
ちびのノルドが呼び止めようとしたとき、トビウオ師匠を名乗る女性はふたたび川に飛び込んでいってしまった。
ドップゥーーーンッ!
ゴッパァーーーンッ!
驚くべき跳躍力で繰り返し川から岸へと移動を繰り返すトビウオ師匠。
その様子を観察していたちびのノルドはついに彼女の動きを見極めると、着地の瞬間を狙ってトビウオ師匠を捕まえ、関節技をキメた。
「ちょっと、お話を、聞いてください、ねっ!」
「ノーッ!オー、ノーーーッ!!ギブッ、ギブギブッ!ギブアップ!」
メキメキメキメキ。
降参するトビウオ師匠を放し、ちびのノルドはフーッと息をつく。
「ところで、あの。あなた、さっき『正義の使者』って言ってましたよね?」
「いっ…いかにもっ…!このトビウオ師匠、この世の悪を正すためにアカトシュから遣わされた正義の使者ナリよ……!」
ぶっ倒れて肩で息をしながら大言を吐いても、あまり説得力はないのだが。
ちょっとやり過ぎたかな、などと思いながら、ちびのノルドは質問を続けた。
「それじゃあ、最近ブラヴィル城の地下牢から脱獄した凶悪犯たちがどこに逃げたか、知りませんか?」
「もちろん知っているとも!しかし、それを言っては私の命が危ない…もとい、無辜の民を巻き込むわけにはいかないのだ」
ギリギリギリギリ。
口を濁すトビウオ師匠を、ちびのノルドはふたたび締め上げた。
「ノーッ!オー、ノーーーッ!!ギブアップ!ギブアップナリよッ!」
「で、彼らはどこにいるんですか?」
「連中は、ここから西にある<ブラッドマイン洞窟>に潜伏しているッ!しかし、私の口から聞いたとは誰にも言わないでほしい。私もまだ命が惜しいッ!もとい、正義の使者には秘密がつきものであるからして」
「言い訳になってないと思います、それ」
トビウオ師匠の言い訳はともかく、これで必要な情報は揃った。
あとは凶悪犯達が逃げる前に始末をつければ良いということだ。ブラヴィルの戦士ギルド員に協力を要請しようかとも考えたが、連中が歩哨を立てていた場合、大人数で向かうと事前に察知されて逃げられる恐れがある。
…単独で決着をつけるか。
そう決心し、立ち去ろうとしたとき。
ブラヴィル城の衛兵達が、凄い形相でちびのノルドに向かって来るのが見えた。
「あー…ひょっとして、往来で一般人をシメたのはまずかったでしょうか」
面倒なことになったなー…と思った矢先、衛兵達はちびのノルドを素通りして一目散にトビウオ師匠の元へと向かっていった。
やがて、衛兵達が叫ぶ。
「コラーッ、シティ=スイマー!川に飛び込んではいかんと、何度言ったらわかるんだ!?」
「今日こそは逮捕してやるッ!」
逮捕、という言葉を聞き、トビウオ師匠(どうやら本名はシティ=スイマーというらしい)はガバッと起き上がると、やはり人間離れしたジャンプを披露しその場から脱出した。その動きは、さながらセクシーコマンドー使いのようである。
「フハハハハーーーッ!我が名はトビウオ師匠、正義の使者は決して権力の横暴には屈しないのだァーッ!」
「なァにが正義だ、このオタンコナス(死語)!」
トビウオ師匠と衛兵と掛け合いを眺めながら、ちびのノルドは一言、呟いた。
「…楽しそうだなぁ……」
ちなみに、ブラヴィルの川(ラーシウス川)には各家庭の下水が流れ込んでいる。
** ** **
ゴトッ。
「うん?…いま、何か物音がしたような」
そんな死亡フラグ丸出しの台詞を口にしたのは、ブラヴィル城の地下牢から脱獄した武装強盗の1人ホロフガル。
ここブラッドマイン洞窟で、脱獄囚4人はふたたび活動を始めるための態勢を整えるために潜伏していた。はじめは協力者を見つけて国外へ脱出するつもりだったのだが、かつての仲間達がみな非協力的だったため、4人は独立せざるを得なくなったのである。
もともとこの4人の横暴さは武装強盗団の中でも抜きん出ていて、仲間内からもあまり快く思われてはいなかった。それが今回の脱獄劇で完全に表に出た形になる。
「チクショウ、あいつらめ。いままで、いったい誰のおかげで稼げてたと思ってんだ…」
そんなことを愚痴っていたとき、ホロフガルの背後に、ひらりと舞い降りる影があった。
「こ、こ、だ、よん」
「…え?な、ハッ!?」
ドキャアッ!
ちびのノルドの強烈な飛び後ろ回し蹴りが顔面に炸裂し、ホロフガルが涎を飛ばしながら吹っ飛んだ。
どう考えても無事には見えないホロフガルに近づき、ちびのノルドは脈を取る。
「…よし。死んでない」
最近どうも殺人技が板についてきたようで、本人にとってはそれがイヤで仕方なかったので、とりあえず1人目を殺さずに済んだのは良い兆候だった。
…そもそも徒手格闘は、剣なんかの刃物より生殺与奪に関する調整がききやすいはずなんだけどなー。
そんなことを考えながら、しかし実戦では力の加減が難しいことを、改めてちびのノルドは痛感していたのだ。
とりあえず、だらしなく倒れているホロフガルを縄で縛り上げるちびのノルド。
「あと…3人、ですか」
おそらく、他の連中にはまだこちらの存在を知られていないはずだ。
ちびのノルドはふたたび息を殺すと、ブラッドマイン洞窟の最奥へと進んでいった。
しばらく暗い道を歩くと、いったいどこから運んできたのか、木材が山積みにされているのが見えた。続けて、木材の向こうから物音がしたため、ちびのノルドは咄嗟に木材の陰に隠れる。
ちらりと顔を覗かせて物音がしたほうを見ると、周囲を警戒するように、斜面を動き回る人間の姿が見えた。
全身を皮製の装備で包み、手には鉄製のロングソードが握られている。
女性のようだ…おそらく、レッドガードのアシャンタだろう。
さて、どうやって無力化したものか。少しばかり思案してから、ちびのノルドはたったいま目の前にあるものを利用しようと考えた。
「ふ、ん…のぉおりゃあぁぁぁっ!」
腰を落とし、山積みにされた木材を持ち上げてひっくり返す。
大量の木材が斜面を転がり落ち、アシャンタが異音に気がついたときには既に逃げられない状況になっていた。
「え?あ、ああぁぁぁっ!?」
ドガッ、ガラガラガラ、ゴシャァーン!
自分よりも大きいサイズの、それも大量の木材にプレスされ、アシャンタが圧死する。
「あ、あやー…やりすぎちゃったかな……」
気絶さえさせれれば、と考えていたちびのノルドは、自分で思っていたよりも凶悪な攻撃をしてしまったことに後悔する。脈を確認するまでもなく、アシャンタがまだ生きているとは思えなかった。
残るは2人。
またしばらく進み、「この洞窟はどこまで続くんだろう…」と思いかけたところで、ちびのノルドの視線の先に明かりが見えた。
「焚き火…ですかね」
人の気配を感じ、ちびのノルドはおそるおそる歩を進める。
姿勢を低くして音を立てないように、そして立ち位置にも気をつけて(姿を見られていないつもりでも、光源がある場合は自分の影にも気をつけなければならない)移動していたはずだが、気がついたのは相手のほうが先だった。
「ほう…知らない気配だ。どうやらホロフガルとアシャンタは貴方に気付かなかった…いえ、違いますね。もう始末されてしまったとか?」
いかにも思慮深くて聡明な男が取るような態度でそう言ったのは、アルトマーの男だった。身軽な服装で、腰には青白く発光する(おそらく、何らかのエンチャントが付与されているのだろう)銀製のダガーがぶら下がっていた。
恐らく、彼が魔術師のエンリオンだろう。
なぜこちらが先に見つかってしまったのか、ちびのノルドには心当たりがあった。ついさっき、移動している最中に微かな違和感を覚えたのだ。薄い膜を突き破ったような感触、あるいは、結界か何かに触れたような感触を。
「魔法って厄介ですね。こっちがどんなに慎重に移動してても意味ないんですから」
「貴方も魔法が使えたなら、対策は立てれたでしょうけどね」
そう言って、エンリオンは腰のダガーを抜いた。
まさか、接近戦を挑むつもりか?ちびのノルドは拳をかまえながら、相手の真意を測れないでいた。
「フンッ!」
素早い動きで斬りかかってくるエンリオンを、ちびのノルドは拳で弾くように押しのける。
魔剣士…とでもいうのか、どうやらエンリオンは剣術も多少嗜んでいるらしく、動きに隙がなかった。もっとも、ちびのノルドのような近接格闘に特化した戦士を相手にするには少々役不足だったが。
いくら高価な武器を使っているとはいえ、あまりに考えが甘すぎやしないか。
そう思ったとき、ちびのノルドはハッとした。
…こいつは、わざとこちらの油断を誘おうとしている!
「悪いが、いただきだ。おちびちゃん」
そのとき、ちびのノルドの死角になっている影から声が聞こえてきた。
エンリオンの素早い動きにも対処しなければならないため、ちびのノルドは振り向くことはせず、少しだけ視線を動かして声の主の姿を追った。そこにいたのは、弓を引くアルゴニアン…ドリート=ライ。
タイミングを見計らったかのようにエンリオンが飛び退き、ドリート=ライが矢を放とうとする!
「やばいっ!」
ちびのノルドは咄嗟にドリート=ライのつがえる矢の角度と引きの強さを観察し、軌道を読もうと試みる。
飛来する矢を拳で叩き落とすのは、スカイリムで過ごした傭兵時代に何回かやったことがある。しかし、それらはいずれも見通しが良く距離の離れた平野での話で、今回は閉鎖空間、しかも互いの距離が近い。
果たして、やれるのかどうか。失敗すればただでは済まないだろう。
ドリート=ライが矢から指を離した、その瞬間。
ドガッ!
何処からか飛んできた謎の「影」が、ドリート=ライに飛び蹴りをかました!
突然の衝撃によって矢は大きく狙いを外し、天井に突き刺さる。
「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ、この世にはびこる悪は許しちゃおけねぇ、いつでも出番だ正義のヒーロー!ちょっと遅れて来るのはご愛嬌、終わり良ければすべて良しッ!」
「と、トビウオ師匠!?」
なんと、登場と同時にドリート=ライに蹴りを炸裂させたのは、ブラヴィルで出会ったトビウオ師匠ことシティ=スイマーだった!
あまりに突然の出来事に、ドリート=ライとエンリオンは呆気に取られている。
しかし、その隙を見逃す2人ではなかった。
「今だ、スキありっ!」
「ぐぼべらっ!」
ゴキャッ!
ちびのノルドがエンリオンの首筋に踵落としをキメ、昏倒させる。
そして……
「邪悪なる魔性の眷属よ、今こそ正義の鉄槌を受けるがよいっ!」
「ちょ、て、鉄槌っていうかそれ、木箱…うぉあああぁぁぁぁぁっっっ!?」
シティ=スイマーは脱獄囚達が逃走中にかき集めた武器の詰まっている重い木箱を軽々と持ち上げると、それをドリート=ライに向けて投げつけた!
ゴッシャァーーーン。
どうにか逃げようとしたものの、腰を抜かしてしまっていたドリート=ライは顔面からもろに木箱の直撃を受け、バタンと倒れる。大量の鼻血を出しているが、どうやら死んではいないようだ。
とりあえずエンリオンも死んではいないらしい、今回は割と平和的に問題を解決できたようだと満足しつつ、ちびのノルドはシティ=スイマーに向き直った。
「あ、あのっ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいやら…」
「よいのだ、勇敢なる市民よ。本来悪を滅ぼすのはこの正義の味方であるトビウオ師匠の役目、むしろ、こちらこそ礼を言いたいくらいだ」
「あ、はぁ…」
なにやらやたらとカッコ良いことを言うスティ=スイマー、ちゃんと行動が伴っているあたりは厨二病患者の鑑と言って差し支えないだろう。
まるでストレッチのような変なポーズを取っているのは、まあこの際無視するとして。
「しかし、この世にはまだまだ滅(メツ)さねばならない悪が存在している。トビウオ師匠に、安らぎの時はないのだ…!では、サラダバーッッ!」
「あ、あのっ!?」
ちびのノルドが止めるよりも早く、シティ=スイマーは忽然と姿を消してしまった。
泡を吹いてぶっ倒れている脱獄囚達を見つめながら、ちびのノルドはぽつんと、呟いた。
「…これ、手柄は全部わたしのものにしちゃっていいんですかねー……」
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2013/05/28 (Tue)11:05
考察というかまあ、設定というか。
HPに、TES4SSのドレイクが使う剣術「醒走奇梓薙陀一刀流」に関する記事を作りました。
*醒走奇梓薙陀流剣術について*
このところドレイクの登場回で頻繁に使われるようになったので、いちおう解説があったほうがいいのかなと思いつつ。といってもまだ設定自体そんなに固まってないので、参考程度に。
これは言うまでもなく架空の剣術でして、もともとグレさんの創作(オリジナル)で用いられる世界観「プロトタイプ・ユニヴァース」での運用を想定して作ったものです。上の記事も、醒走奇梓薙陀流そのものについての解説というよりは、オブリビオン小説における醒走奇梓薙陀流の立ち位置のようなものの説明になってますね。
今はまだ形になっていないんですが、プロトタイプの後期にエルス・ワールド(平行世界)間の交流や侵略といったものをテーマとして扱う話があって、それがオブリビオン小説のほうにも関わってくる予定なので、ネタバレにならない程度に、その辺にも少し触れています。
イラストはドレイクを筆頭に、黒髪の男が「剣聖」ギリアム、シスター服の女性がバインド・クロス教会のエストリアで、それぞれ醒走奇梓薙陀一刀流の使い手です。
本当はラフ(モノクロ)のまま済ませるつもりだったんですが、なんとなく色を塗ってしまいました。
よく考えたら、醒走奇梓薙陀流の継承者ってもれなく不幸な目に遭ってる気がする(ギリアムは恋人を助けようとして死んだ「だけ」で、人生そのものが不幸なわけじゃないけど)。というか、グレさんの書く話の登場人物で幸福なキャラなんてほとんどいないってことに「今」気づいた。遅いよ。
ドレイクに関して言えば、もともと今回のような画面写真ありきの小説を書く前に構想していた「オブリビオンでハードボイルドな話が書きたい」というコンセプトで生まれたキャラなので、明るくなりようがないんだけど。
…まぁでも、ちょっと酷い目に遭わせ過ぎたかな、という気はする。
いやローランド・ジェンセリックを過失で殺すところまでは当初の構想通りだったんだけど、本当はもっとドライに流すはずだったのに何故か酒に溺れるほど気に病むんですものコイツ。予定外だよ。
ただまぁとりあえず過去回想も済んだところで、次回以降はちゃんと立ち直って平常運転になる…はず。
2013/05/26 (Sun)12:24
先日いつものようにオブリビオンSS用の画面写真を撮影しようとセーブデータをロードしたところ、強制終了するという事態に見舞われましたとです。正確には「データをロード→ロード画面に移行→少しデータを読み込んだところで強制終了」という流れ。ログを参照しても強制終了に関する情報は見つからず、参ってしまった。
どうも「House In Riverside」で追加された家の中にいるデータを読み込むと強制終了する模様。違う場所でセーブを取ってあるデータの場合はロードが可能だが、その後House In Riversideの家に入ると、やはりロード画面で強制終了する。しかもこれが、最新のセーブデータはもとよりバックアップ用の古いセーブデータに至るまで、全てのセーブデータで発生した。いままでこんな問題が発生したことはなかったので、正直かなり驚いている。
これの何が問題かというと、グレさんはオブリビオンSSで使用する装備品やアイテムその他をすべて House In Riversideの家の中に保管していたということだ。
…念のため最初に断っておくが、グレさんはこれを House In Riverside自体に問題があるとは考えていない。恐らくは他に原因があり、それがたまたま House In Riverside内に持ち込まれたことで発生したバグであると考えている。
それにしても解せないのは、これほど致命的なデータ破損事故がまったく突発的に発生したということである。最後にセーブを取ったときまでは全てのデータは正常に動作していたし、それに、最後にセーブを取ってから今回データをロードするまでに、グレさんは新しくMODを入れたり、MODの順番を入れ換えたりはしていない。
全てのセーブデータ(計13のマニュアルセーブでプレイヤーの設定やクエストの進行状況に至るまで全て異なるデータ、しかも最新から最古までは1年の開きがある)に影響があったということは、当然新規に追加したMODやMOD順序の入れ換えを疑って然るべきだが、はっきり言って心当たりはまるでない。OBMMやWrye Bashで調べても特に問題は見当たらなかったし、なによりグレさんはMODの追加でコンフリクトやバグが発生しないよう導入前に細心の注意を払っている。
なにせMODによる改変部分の把握やデータの修正を容易にすべく、極力OMOD化せずDataフォルダで管理しているくらいだ。事前にDataフォルダの内容の確認くらいはするし、改変部分が他のMODとコンフリクトを起こさないか(あるいは、一部のデータが上書きされても進行に問題がないか)はよくよく吟味している。
ともかく一部のエリアに侵入しただけで強制終了するということは、まだ把握していないだけで他の部分にも不具合が発生している可能性が高い。そんな状況でゲームの進行を続けるのはあまりにリスキーだし、精神衛生上も宜しくない。
そんなわけなので、グレさんは今回の件を機にややごちゃごちゃしていたMOD環境を整備(MOD順序の整列、不要なMODの排除)し、新しくデータを作ることにした。再度必要な装備を揃えたりクエストを進行させなければならないのは正直かなり手間だが、まぁ仕方ないだろう。
ゲーム進行中、下水道のチュートリアルで暗殺者が死んだ瞬間に1度だけ強制終了したときはビビッたが(何らかの原因でシステムそのものが不安定になっているのか?)、それ以後は特に問題はなし。あっても困るが…ちなみに House In Riversideの家にも無事に入ることができた。相変わらず以前のデータでは強制終了するが…何が原因なんだろうなぁ。
** ** **
副産物と言ってはナンだが、MODの新規追加種族でなるべく違和感がないようデフォルト種族に近い顔立ちを作る方法を発見したので、備忘録ついでに書いておく。
Human等のMOD種族はより見た目麗しい外見を作りやすいため重宝されるが、それでもデフォルト種族で作られたNPCと比較したときに違和感が強くなりがちだし、デフォルト・プリセットから整った顔立ちを作るのがやや難しい(そう思うのは自分だけ?)という問題も抱えている。これは特に男性キャラにおいて顕著であり、現実的なイケメンを作る場合はデフォルト種族のほうがまだやりやすいという本末転倒な結果となっている。
そこで登場するのがWrye Bashだ。
ここではとりあえず、デフォルト種族に近い顔立ちのイケメンHuman男を作成する方法を紹介しよう。
まず顔は適当でいいので、Humanでキャラを作成しデータを保存しよう(これを「データA」とする)。次にデフォルト種族で顔を作り直し、できるだけイケメン顔にする。頑張ればキアヌ・リーブスやトム・クルーズくらいの顔は作れるようになるぞ。上手くできたらこれを別データで保存しよう(これを「データB」とする)。
さていよいよWrye Bashの出番だ。データAのプレイヤーに、データBのプレイヤーの顔データを移植しよう。Import Faceで、「顔データのみ」を移植するのだ。つまり、Name以下のチェックボックスをすべて外した状態でImportするということ。
できたらデータAをロードしよう。そこにはさっきデータBで作ったデフォルトイケメン顔に近いHumanがいるはずだ。あとは必要に応じて細部を調整し直すなりして完成。
↑Humanをそのままいじって作ったクレイド。
これはこれで悪くないが、やはりオブリには合わないか…?
↑Humanに、Imperialで作ったFaceデータを移植したクレイド。
オッサンぽくなったが、ここではミレニアの父親という設定なので、これくらいでいいのだ。
まぁ…人によっては「すごい今更すぎる記事」と思われるかもしれないので、一応言い訳しておく。
グレさんはいままでImport Faceを「キャラデータの移植」として使っていたので、種族を変更せず顔データだけを移植するという作業が目からウロコだったのですね。これはキャラ作成のときに試行錯誤してたときに偶然発見した方法なんですが、Import Faceを本来の用法で使ってた人からすればむしろ当たり前すぎることかもしれん。
ともかくMOD追加種族でデフォルト種族に近い顔を作るのはけっこう難しいので、この記事がそういう作業をしている人の助けになればいいかなぁ、とか考えている。
もちろん、あまりに顔の造りが異なる種族同士でこの作業をした場合、どういう結果になるかは保障できない。まあ、超絶美人顔のHuman女の顔データをアルゴニアンに移植して、「人間ならこれくらいモエモエだったはずのトカゲ少女」という脳内補間で楽しむのはアリだと思う。
以下、データ復旧(クエスト進行)中に撮影した写真。
↑皇帝ユリエル・セプティムと護衛のボーラス。
そんな、後ろからめっちゃ睨まれても困るんですけど…
↑襲いかかってきた強盗を3人がかりでボコしてくれた巡察隊の方々。
おまえら馬はどうした。
↑ブラック17の2話目に登場した、イル・オーメン亭の主人マンハイム氏。
前から見ると普通だが、後ろから見ると魅惑的もとい犯罪的なプリケツが。
下半身装備は所持しているのだが、なぜか装備していないという謎な現象である。
↑セリドゥア邸地下にて、何かに祈るグレイ=スロート氏。
ムカついてるときのAVGNみたいな顔で睨んでるローランド・ジェンセリックとともに。
2013/05/21 (Tue)14:18
ドガァンッ!!
「な、なんだテメェはっ!?」
扉を蹴り開けて侵入してきたドレイクに、ダンマー(ダークエルフ)の男が驚きの声を上げた。その傍らで、オークの戦士が銀製のクレイモアに手をかける。
問答無用で戦闘態勢に入る男達を前に、ドレイクは躊躇なくアカヴィリ刀を一閃させた。
ガヂッ、バチ、バチンッ!
アカヴィリ刀の刃先が光の軌跡を描き、2人の男の首が瞬時に飛ぶ。
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、凱燕(ガイエン)」
パチリ、アカヴィリ刀を鞘に収めるのと同時に、男達の首が地面に転がる。続いて、銀製のロングソードが「ゴト、ゴトッ」とやかましい音を立てて落下した。
オークの傭兵の身体は、しばらく自分の首がなくなったのに気付いていないかのように棒立ちだったが、やがて膝を折ると、ゴトン、横着な姿勢のまま床に伏せた。首の断面から血が溢れ出し、鉄の匂いが周囲に充満する。
「肌の色が何色でも…血の色は変わらんな」
そう言って、ドレイクは<グレイランド>と呼ばれるこの小屋を後にした。
** ** **
「まさか、もう終わったのか?」
ドレイクがグレイランドから出てきたとき、レーヤウィンの衛兵長リレクス・カリドゥスは彼のあまりの手際の速さに驚きを隠せないでいた。
グレイランドに潜伏していたダンマーの男の名は、カイリウス・ロナヴォ。
現在シロディールに蔓延している麻薬スクゥーマの売人で、グレイランドは彼の私有地だった。公権力の追求を逃れるため衛兵のほぼすべてを買収し、「グレイランド内で行なわれる、いかなる行為も法の追及を受けない(グレイゾーンとして扱われる=グレイランドの名称の由来)」という確約を取り付けたやり手でもある。
そんな状況を憂慮したリレクスは、超法規的措置を取る決断をした。すなわち、「腕利きの傭兵を雇ってグレイランドを襲撃する」という決断を。
「うちの衛兵がグレイランドに手を出せなかったのは、もちろん賄賂を受け取っていたこともあるが、カイリウスが腕の立つ用心棒を雇っていたせいもあった。それを、こうもあっさりと倒してくるとは」
「たしかに、ドラッグ・マネーで装備は良い物を身につけてたな。あとは頭数が揃ってたら、多少は苦戦したかもしれん」
軽口を叩くドレイクに、リレクスは苦笑しながらも報酬の金貨を渡した。
小さな袋に入った僅かばかりの金貨の重みを確かめ、ドレイクはそれを懐にしまう。
「もし、俺を最初に見つけたのがあんたじゃなくてカイリウスの方だったら…どうなってたろうな?」
「君の懐にはもっと大金が入り、私が雇ったかもしれない別の傭兵が細切れになっていたかもしれない。そういう意味で言ったのか?勘弁してくれ、いま君に渡した報酬はたしかに仕事の内容に見合わない額だったかもしれんが、それでも私が支払えるぎりぎりの額なんだ」
「わかってるよ」
申し訳なさと図々しさとが半々に混じった態度で言い添えるリレクスに、ドレイクは「冗談だ」というふうに返す。
おそらくリレクスがドレイクを雇ったのは、彼の独断だろう。衛兵が傭兵を雇うのに(それも、ドラッグのディーラーを始末するために)公的な予算など下りるはずがないし、第一、カイリウスを見逃すだけで小遣い銭を得ることができた他の衛兵達が了承するはずがない。
今回ドレイクに支払われた報酬は、リレクスのポケット・マネーから出たものだろう。カイリウスからの賄賂を断っていたリレクスにとって、かなりシリアスな出費であるに違いない。
貧乏な衛兵は良い衛兵、とはよく言ったものだが……
別れる直前、リレクスはドレイクに言った。
「グレイランドの後処理は私がやっておくよ。ご苦労だった」
「ああ。それよりもあんた、背中に気をつけたほうがいいぞ」
「なぜだね?」
「今回の件で、あんた、お仲間からかなり恨まれるんじゃないのか」
「そういうことか」
リレクスは笑みを浮かべた。それは穏やかな笑みだったが、どこか空虚だった。
「私はね、正義があると信じたいんだよ。こんな世の中でも、善良な人間が幸せに暮らせる世界をね…罪人は、たとえどんな地位や権力や、あるいは金を持っていても、犯した罪を償わなければならない世界を信じたいんだ」
「よせよ。死亡フラグだぜ、そういう台詞は」
「そうだな。それじゃあ、またな。もう会うこともないだろうが」
陽気さを装って手を振りながら立ち去るリレクスの背を、ドレイクは黙って見守っていた。
他人に人殺しを金で代行させる正義も随分と血生臭い話だと思ったが、それは口には出さなかった。その二律背半に、もっとも悩んでいるのは本人だろうとわかっていたからだ。坊主に説教を聞かせるほど野暮な行為はない。それも、生臭(ナマグサ)でないなら。
** ** **
もうドレイクがリレクスにしてやれることは何もない。今度は自分のことについて考える番だった。
「手際、か」
早くも馴染みと化しつつある<ファイブ・クロウ旅館>のカウンターで、ウィスキーに満たされたシロメのタンカードをちびり、ちびりと傾けながら、ドレイクは昔自分自身が抱いていたセルフ・イメージと大分かけ離れた今の自分の姿について、考えを巡らせた。
実のところ、ドレイクはグレイランドでの自分の手際の良さについて、自分自身でも驚いていた。
もともとドレイクは殺し屋や、まして<シャドウ・スケイル>でもなく、兵隊ですらなかった。つい最近まで、人を殺したことすらなかったのだ。まして、自分の剣の腕を殺人に使うことすら考えたことがなかった。
それが、どうしてこうなってしまったのか。こうなってしまうのか。
ドレイクは波打つウィスキーの表面に映る、自分自身の鏡像に問いかけた。
おまえ、一体どうしちまったんだ。なにやってんだよ?
もちろん、影は何も答えない。ドレイクがタンカードの中身を一気に干すと、影はいなくなってしまった。そのとき、ドレイクはふと寂しさを覚えた。今欲しいのは対話相手だった。
ドレイクは店主に頼んで2杯目を注いでもらい、ふたたびタンカードに目を落とした。影はまたそこにいた。よし、いいだろう、ドレイクは自身の影に向かって問いかけた。
おまえは、何を憶えている?
** ** **
ドレイクは故郷ブラックマーシュで、醒走奇梓薙陀流剣術の師範として道場を持っていた。
清廉潔白にして気高く、優しくて誠実な男。彼は門下生から慕われるだけでなく、一族にとっての誇りでもあった。
そう、弟のファングがシャドウスケイルから脱走するまでは。
「国のために組織に忠を尽くすことがいかに誉れ高きことか、知らぬではあるまい。シャドウスケイルは長年アルゴニア王国を支えてきた名誉ある組織なのだ、それを貴様の弟は裏切ったのだぞ!?」
ファング失踪の報を聞いて、怒り狂ったのは族長だった。
ドレイクの一族は代々「義と名誉」を重んじており、国のために尽くすことこそ至上の幸福であり名誉であると信じられてきた。そのため、ファングの行為は一族そのものへの裏切りと取られ、その紛糾の矛先は唯一の肉親であるドレイクへと向けられたのである。
それまで「一族きっての誇り」と言われてきたドレイクは、一昼夜ののちに「背信者の血族」として軽蔑される存在へと貶められた。
族長の、一族の怒りを一身に受ける破目になったドレイクは、ただ一言、問いかけた。
「それで…俺に、一体なにをしろと?」
「ファングを殺すのだ、貴様自身の手で!そうすることによってのみ貴様の不名誉は取り除かれ、穢れは祓われる」
その族長の言葉は、ドレイクを動揺させた。
およそドレイクとは正反対の性格で、問題を起こしてはドレイクの手を煩わせたファングだったが、それでも唯一の肉親で、愛する弟であったことに変わりはない。
なにより、いままでの人生を剣術の鍛錬一筋に打ち込んできたドレイクにとって「自分の剣術を殺人のために使う」ことなど想定外であり、まして最初に殺す相手が実の弟だなどというのは、それこそ理不尽な命令以外の何物にも思えなかった。
しかし…ドレイクは族長に一言「了解しました」と伝えると、うっすらと埃をかぶったアカヴィリ刀を手に、ファングが潜伏しているという川のほとりへと向かったのである。
ドレイクが半日歩き通したのち、ファングが潜伏している場所に辿り着いたときには、もう陽が傾きはじめていた。
果たして、ファングはそこにいた…傍らに、美しい女性を連れて。
これこそが、族長を怒り狂わせた最大の原因でもあった。
女の色香に惑わされた、もちろん、そういう見方もある。だが何よりまずかったのは、ファングが連れている女性は、他の部族出身の娘であったことだ。
ドレイクの一族は原則として他部族との血の交わりを禁じている。厳密に言えば交際そのものを禁じているわけではなかったが、婚姻を伴わない異性との付き合いこそ不名誉であるとも信じられており、事実上、他部族との異性との親密な付き合いはタブー視されていた。
とはいえ、ドレイクとしてはファングに対し「怒り」よりも「同情」の念のほうが強かったため、もしファングと戦うことになった場合、自分に弟が斬れるのか、自信が持てないでいた。
一方で、処刑人が背後に迫っていることなど知る由もないファングは、天使のように穏やかな、優しい表情で女性と言葉を交わしていた。
「シロディールはいいところだぜ、<ダーク・ブラザーフッド>との交流会のために1度行ったことがあるんだけどな。そこじゃあ、一族の誇りだのなんだの、くだらないことに思想を束縛されることなんかない。金さえあれば、好きなように生きれる。殺しの仕事なんか幾らでもあるってさ、だから俺が生きかたを変える必要なんかないんだ。いままで通りに人を殺してればいい、それで手に入るのは名誉なんて何の役にも立たないクソじゃあなく、大金が懐に飛び込んでくる。いい生活ができるんだぜ、俺も、お前も」
「でも、そのために一族を裏切るなんて…」
「いいんだよ、一族が俺のために何かをしてくれたことなんか1度だってありゃあしないんだし。それに、シロディールは綺麗な場所だよ。ニクバエもハックウィングもいない、植物が腐ってもいない。緑色の草木、花…美しいところだ。君にはぴったりの」
ドレイクは、弟の言葉に微かに疑問を抱いた。
彼が語る「美しい」という言葉、その美的感覚は、標準的なアルゴニアンとは異なるものだ。それに女性のほうが疑問を挟むことなく頷いているところを見ると、どうやら彼女も同じ感覚を共有しているらしい。
シロディール的な美的感覚でものを話すファングの姿は、肉親であるドレイクですら知らない彼の素顔だった。
ひょっとしたら、彼がシャドウスケイルを脱走したのは、たんに「愛のため」などという単純な理由だけではなく、もっと根が深いものがあるのかもしれない…ドレイクはふと、そんなことを思った、
だがしかし、だからといって、ドレイクがやるべきことは何も変わらない。
「どうやら、シャドウスケイルの訓示に『亡命はスピードが肝心』という項目はなかったらしいな」
「……兄貴か」
ドレイクの言葉に、ファングが反応する。
怯える女性を庇うように抱きしめながら、ファングはゆっくり振り返った。
「その様子だと、シャドウスケイルに俺の始末でも命じられたか。あるいは、あの頭でっかちの族長か?どっちでもいいけどな」
「脱走の理由は訊かない。ただ…こうなることは、わかっていたはずだ」
「ならなんで声なんか掛けた?なぜ早々(さっさ)と背中を刺さねェ?まったく、兄貴のそういうバカなところは変わらねェな…シャドウスケイルに正面から戦いを挑むなんてよ」
そう言って、ファングは背にかけていた2刀をかまえる。
ドレイクも使い慣れない真剣を抜きながら、ファングに向かって言った。
「お前、試合で俺に勝てたことないだろう」
「試合じゃあ、な。だが、アンタじゃ俺には勝てねェ。アンタじゃあ、俺は殺せねェ」
「なぜそう思う」
「アンタの剣は、殺すためのモンじゃないからさ。アンタの剣は、所詮見世物のための剣に過ぎねェ。木刀を持った相手とはしゃぐだけしか能がない、そういう剣だと言ってるんだよ」
そう言って、ファングは目を細めた。
ファングの言葉に、ドレイクはショックを受けた。実の弟に、自分がこれまでの一生をかけて打ち込んできた剣術を否定されたことのみならず、同時に、弟が自分を軽蔑していたことに気付いてしまったからである。
怒りや羞恥、そして悲しみなどの感情がないまぜになり、それが剣を握る手の震えとなってドレイクを襲う。
一方で、ファングは一片の迷いもないぎらついた瞳で兄を直視し、自信たっぷりに言い放った。
「俺はシャドウスケイルだぜ?いままで、何人も殺してきた。汚ェ仕事も沢山押しつけられてきたよ、国の名誉とやらのためにな。だから、いまさら身内を殺すのに躊躇なんかないぜ」
そしてファングは、ドレイクが気持ちに整理をつけるのを待たず、両手に握った剣を振るった。
両者の戦いは、火花散る壮絶なものになった。
ドレイクは、自らの剣術がファングの実戦的な殺人術に対応できていることに驚きを隠せなかった。最初は長年の訓練による無意識の反応でファングの剣を返していたが、やがて自分の目で、意思でファングの攻撃を見極め、反撃をはじめる。
最初ファングは意外そうな表情でドレイクの戦いぶりを観察していたが、やがて調子に乗っている場合ではないとわかると、一転して獰猛な顔つきになった。
それはもう、兄弟同士での相手の腹を探り合いながらの戦いではなくなっていた。
醒走奇梓薙陀流の師範代ドレイクと、シャドウスケイルの暗殺者ファングとの、互いのプライドを賭けた殺し合いになっていた。そこには肉親への手加減や容赦といったものは存在しなかった。
「醒走奇梓薙陀富嶽二刀流奥義、不雨牙腐(ブレインガロット)!!」
さながら舞いのような軌道を描いていたファングの双剣が、衝撃波を伴ってドレイクの眉間に振り下ろされる!
ガキイィンッ!
激しい金属音が周囲一体に響き、双剣を振り抜いたファングの動きが「ぴたり」と止まった。
一見してファングの技を一身に受けたように見えるドレイクが、静かにアカヴィリ刀を持つ手を動かし、低く呟く。
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、來閃・零式(ライセン・ゼロシキ)」
ドレイクが技の名を言い終わらないうちに、ごふっ、ファングが口から血を吐く。ドレイクの一撃はファングの技をはじき返し、且つ、ファングの心臓を正確に射抜いていたのだ。
そして、勝敗は決した。
「さすがだな、やるじゃねェか…正直、見くびってたよ」
ドレイクに抱えられたファングは、だらしなく両腕を垂らしながら、力なくそう言った。
「手なんか抜かなかったってのにな。俺は本気で兄貴を殺すつもりで技を放った、でも、勝てなかった…ああ、畜生」
ごほ、ごほと咳き込み、ファングはおびただしい量の血を吐き出す。
しかしファング自身はそんなことを気にもしていないようで、無言のまま真っ直ぐに自分を見つめるドレイクに向かって笑いかけると、最後に呟いた。
「なぁんだ、アンタ、ちゃんと殺せるんじゃねェか…あんたは、俺の…自慢の…兄貴だ…ぜ……」
そして、ファングはこと切れた。
物言わぬ亡骸となったファングの身体を地面に横たえると、ドレイクは泣きながら2人の様子を見守っていた女性に向き直り、ふたたびアカヴィリ刀を抜く。
族長の言葉を思い出しながら、ドレイクは感情をなくしてしまったかのような無表情のまま、怯えて身体を抱きすくめる女性に向かって、アカヴィリ刀を振り下ろした。
『いいかドレイク。ファングと、そして女を殺せ。一族の汚名はそそがねばならん、それが唯一の方法だ』
2人の死体を見下ろしながら、ドレイクは自分が一体何をしたのか、何をしてしまったのか、わからなくなっていた。
実の弟を殺し、無抵抗な女を斬り捨てた。事実だけを述べれば、そうなる。
もちろん、そうすべき理由はあった。目的が、大義名分が。だからそうした、他でもなく周囲に求められてやったのだ。本来ならば胸を張れるはず、誇れることをしたはずだった。
だが、ドレイクの胸中を満たすのは喪失感、ただそれだけだった。
なにか大切なものを失ってしまったかのような、自分がいままで大事にしてきた「何か」を置いてきてしまったかのような、そんな感覚。しかし、それが具体的に「何」であるか、それがドレイクにはわからなかった。
「俺は、いったい何をしてしまったんだろう」
そのとき、ドレイクは初めて自分の生き方に疑問を抱いた。
一族のため、国のため、誇りのため。
それを尊重し、周囲に求められるまま生きる自分の人生に、いままでは何の疑念も、一点の曇りもなかった、そのはずなのに。
しかし救いはあった。希望の光が。ドレイクはまだ、孤独ではなかった。
「あなたはやるべきことをやっただけ。あなたは何も悪くない」
そう言って、ドレイクの傍らに佇む存在があった。
「私は、あなたを信じる。あなた自身がそうでなくても、私はあなたのしたことが過ちではないと信じている。私は、あなたを愛しているから」
皮製の鎧に身を包んだ、美しき狩人。ドレイクの恋人。
シレーヌ。
「俺はもう、昔の俺には戻れない。俺の手は血で汚れてしまった、それも、罪のない人間の血で」
闇の中で、ドレイクは叫ぶ。ウィスキーの表面に映った自分の影、人殺しの影が自分の精神を苛む。
「俺達が恋人同士になったのは、俺がまだ人殺しでなかったときだ。ちっぽけな金のために、俺が人を殺すことなんてなかった頃の話だ。お前が愛した俺は、多くの人間の血で汚れた卑しい殺人者なんかじゃない、それでも、お前は……!」
「それでも」
遠い過去の幻影の中で、シレーヌは言った。
「それでも私は、あなたを愛している」
そう。
そうだ。
おそらく、シレーヌならそう言うはずだ。
だ が 、 も う 彼 女 は
** ** **
「お客さん、もうこれで最後にしなさいよ」
店主のウィッセイドゥトセイの言葉で、ドレイクは意識を取り戻した。
虚ろな目つきのまま、自分の傍らに5~6本ほど転がっているウィスキーのボトルに目をやり、漠然と思考を巡らせる。
…もうちょっと、早く止めてくれても良かったんじゃないのか。
もともと酒に強いほうではないドレイクは、自分がこれだけの量を飲んでいたことに驚き、そしてまだ胃の内容物をカウンターに戻していないことに、いっそう驚いていた。
何も言ってないのにタンカードに注がれたウィスキーのおかわりを見つめながら、ドレイクはふたたび考える。
ファングを殺してから、人を殺すのにまったく抵抗がなくなった。それまでは、自分にとって殺人という行為はむしろ忌避すべきものだったはずだが、あの日を境に何もかもが変わってしまった。
そしてシレーヌは忽然と姿を消してしまった。自分の目の前で、助けを求めながら。
もう彼女はいない、そう考えるたびに、自分は、自分自身でそれを否定してきた。
まだ生きているはずだ。どこかで。
シロディールに手掛かりがあるかもしれない、そのセンセイの助言をもとに、ドレイクは醒走奇梓薙陀流師範代としての地位も、周囲からの敬意もなにもかもかなぐり捨てて、この場所にやって来たのだ。
だが、そうやって自分が得たもの、自分がしたことといえば、なんだ?
ドレイクはふたたび、タンカードの中で波打つウィスキーに目を凝らす。
そこには、自分の顔が反射して映っていた。くたびれ疲れきってはいるが、それはたしかに自分の顔だった。邪悪な幻影でも過去の亡霊でもなんでもない、ただの顔だった。
ふと、ドレイクは自嘲の笑みを漏らす。
…シレーヌ。俺はどうやら、お前がいないと、間違った判断しかできないようだ。
「シレーヌ……」
「あたしゃシレーヌじゃないよ」
遠い記憶の向こう側にいる女の名を呼ぶドレイクに、ウィッセイドゥトセイが無粋なボケをかます。
…突っ込まないぞ。
ドレイクは妙に固い意志でそう決心すると、最後のウィスキーを一気に飲み干した。
2013/05/17 (Fri)09:31
トラブルというのは、いつも向こうからやって来る。
ドレイクが自己嫌悪の酒に溺れているときでさえ、運命は彼を放ってはおかなかった。
「まさか、こんなところで会えるとはな…ファング」
<ファイブ・クロウ旅館>のカウンターで、本日何杯目かのウィスキーをストレートで呷っていたとき、ドレイクに話しかけたのは全身に黒装束を纏ったアルゴニアンの男だった。
アルコール濃度の高いげっぷを漏らしながら、ドレイクは男を素っ気無くあしらおうとする。
「そんなやつは知らん」
「ほう、そうかね?ブラックマーシュから脱出しさえすれば、我々は貴様のことを忘れるとでも思ったか?貴様はファングだ、匂いでわかる…アルコールで隠していてもな。血の匂いは、決して消せない」
「おまえ、酔ってるのか」
「なんとでも言うがいい。<シャドウスケイル>は、決して背教者を許さない…が、貴様にはチャンスをやろう」
そう言うと、男…<ダーク・ブラザーフッド>の暗殺者ティナーヴァは、フードの奥で凄みのある笑みを浮かべた。
「最近になって、シャドウスケイルの命に背きシルディールに逃亡した男がいる。スカー=テイル…そう、貴様の相棒だった男だ。貴様に見捨てられた男が、貴様と同じ道を辿るとは…たいした偶然だな、えぇ?」
「知らない名前だ」
「まだシラを切るつもりか。まあいい、スカー=テイルは現在ボグウォーター野営地にいる、ここから西へ向かった場所だ。ヤツを始末すれば、シロディールに居る限り貴様の追及は控えるとしよう」
「場所までわかっているなら、お前がやればいい」
「シャドウスケイルは、シャドウスケイルを殺さない。私は今でこそダーク・ブラザーフッドに身を置いているが、心はいつでも故郷ブラックマーシュにある。貴様なら…シャドウスケイルに背いた貴様なら、たとえ相手がシャドウスケイルでも…かつての相棒でも、殺すのに躊躇はなかろうよ。そうだろう、バックスタブ(背後から刺す者)=ファング」
「考えておく」
「なるべく早く結論を出すことだ。スカー=テイルは、いつまでも同じ場所にはいまい。もし奴が逃げたようなら、貴様は面倒なことになるぞ」
そういい残し、ティナーヴァは店から出ていった。
これらの会話を店主は聞いていたはずだが、特に動揺もしなければ、ドレイクを追求する気もないようだった。アルゴニアンは基本的に同族同士の問題には干渉しないものだ。法の尊守という概念も希薄だから、自分に不利益がない限りは無闇に衛兵に通報することもない。
そういう点では、カジートと似ているかもしれないな…おそらく同族に知れたら激怒されそうなことをチラリと考えながら、ドレイクは未開封のウィスキーのボトルを買い取ると、自らも店から出た。
すこし、酔いを醒ます必要があった。
** ** **
ローランド・ジェンセリックの一件のあと、ドレイクは自責の念から逃げるように帝都を飛び出し、シロディールの最南端にあるレーヤウィンまで来た。
もともと帝都には目的があって行ったのだが、それすら放り出しての衝動的な行動だった。
せめて、故郷に近い場所で頭を冷やしたい…そう思ってレーヤウィンまで来た結果、ドレイクは旅費を酒のために費やし、自堕落な日々を送っていたのだった。
しかし、そうした生活はティナーヴァの来訪により打ち切られることになった。
「…なんで、誰も俺のことを放っておいてくれないんだよ」
ファイブ・クロウ旅館の目の前にある教会の尖塔を見上げ、ドレイクは恨めしげに呟いた。
こんなときこそ神に祈りたかったが、神は決して俺を許さないだろう。
なら、堕ちるところまで堕ちるだけだ…ドレイクはウィスキーを一気に喇叭飲みすると、空になった瓶をその場に放り投げ、レーヤウィンの街を後にした。
** ** **
雨が多く、湿度の高い気候は外部の人間にしばしばレーヤウィンを「陰鬱な土地」と形容させる。
ぬかるんだ土を踏みつけ、雨の中を歩きながら、ドレイクはティナーヴァの言葉を反芻していた。
「シャドウスケイル…か」
永らく聞いていなかった名を、ドレイクは復唱する。
シャドウスケイルとは、アルゴニアンの住む土地ブラックマーシュに存在する、王国お抱えの暗殺組織だ。影座生まれのアルゴニアンは生まれた瞬間からシャドウスケイルの管理下に置かれ、暗殺者としての教育を受ける。
そして成人したときに、タムリエル全土に拠点を持つダーク・ブラザーフッドに派遣されるか、あるいはブラックマーシュに残り、シャドウスケイルとして国に尽くすかを選択するのだ。
どのみち、ブラックマーシュに影座として生まれた時点で、暗殺者になるという運命からは逃れられない。背教者には死を、それがシャドウスケイルの教義だからだ。
もとよりシャドウスケイルは暗殺だけではなく、戦闘のエキスパートでもある。そのためブラックマーシュには背教者を狩るための専門の部隊も存在する。通常は外部の人間に任せることはないが、ここはブラックマーシュではなくシロディールだから、まあ例外もあるんだろう。
** ** **
「よお旦那、あんたも殺し屋かい?」
ボグウォーター野営地に到着したとき、焚き火にあたっていたアルゴニアンの男が最初に吐いた台詞がそれだった。
「あんたも俺を殺しにきたのかい?まあ、そう急ぐこともあるまい…俺はどこへも逃げはしないよ。少なくとも、当面はな」
「死ぬのは怖くないか」
そのドレイクの台詞に思うところがあったのか、アルゴニアンの男…スカー=テイルが振り向く。
そして、その表情に驚きの色が浮かんだ。
「お、お前…ファングか!まさかこんなところで会えるとはなぁ、ハハッ!」
愉快そうに笑うと、スカー=テイルは腰を上げ、ドレイクの肩を親しげに叩いた。
「今じゃ、俺もすっかり背教者だよ。ついさっき王国から刺客が来たんだが、返り討ちにしてやったよ、そのへんに死体が転がってるはずさ。それとも、もう腐っちまったかな」
そう言って、スカー=テイルはさらに笑い声を上げた。
「ところでお前、恋人はどうした?あの美人さん、さ」
スカー=テイルの態度は、まさしく久方ぶりに会った親友に対してのものだった。
しかしドレイクは神妙な面持ちを崩さず、冷めた態度のままスカー=テイルの動向を見つめている。
やがて互いの態度のすれ違いに違和感を覚えたのか、スカー=テイルは笑うのをやめると、ドレイクに訊ねた。
「…ところでファング、お前、どうしてこんなところにいる?」
「武器を抜け」
スカー=テイルの手を振り払い、ドレイクが腰に携えていたアカヴィリ刀を抜き放つ。
ドレイクの威圧的な態度に気圧されたのか、スカー=テイルはおどけたような仕草をすると、両手を振った。
「おいおい。お前、俺が武器を持ってるように見えるってのか?」
本人が示唆する通り、スカー=テイルの服装は貧相で、腰に護身用のナイフすら下げていない。
ドレイクは貧乏な農民のような姿のスカー=テイルの格好を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「いや」
「だろうな」
そう言った次の瞬間、スカー=テイルの両手に長大な刃物が出現した。
彼の表情が一変し、冷たく鋭い目つきでドレイクを睨みつける。
「ファング…まさかお前が刺客に選ばれるとはな。俺を殺せば、過去の行為は水に流すとでも言われたか?」
「…ここから少し北へ移動したところに、ここよりは地面が平らな場所がある。そこで決着をつけたい」
「決着だと?お前らしくもない、背中を刺すのが十八番だったお前が、正々堂々と勝負を挑んでくるとはな。狂ってるぜ…世の中すっかりおかしくなっちまったようだな、俺とお前が殺し合うなんてな」
「返答は?」
「イエスさ。勿論な」
** ** **
ボグウォーター野営地から移動し、2人は決闘に最適と思える場所までやって来た。
互いに一定の距離を保ちながら、言葉を交わす。
「一度、お前とは本気でやり合いたかったぜ。で、開始の合図はどうする?」
「そんなものは必要ない。今この瞬間から、もう決闘は始まっている」
「そうかい」
武器を握りなおし、スカー=テイルが口元を歪めた。
どちらが、いつ手を出しても構わない…ドレイクはそう言ったのだが、しばらくは2人とも、その場から動こうとはしなかった。
やがて、痺れを切らしたスカー=テイルが地面を蹴る。
それと同時に、ドレイクもアカヴィリ刀を握りなおした。
光が一閃し、互いの武器が交錯する!
キイイィィィ…ィィィィンン……
硬質な金属音が、ドップラー効果をともなって森の中の虚空へと吸い込まれていく。
ドレイクはアカヴィリ刀を鞘に収めると、誰に言うでもなく呟いた。
「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、來閃・弐式(ライセン・ニシキ)」
それは技が完成されたとき、決闘相手への手向けとして送られるもの…門外不出の秘伝の技の名を、冥土への土産として相手に持たせるための言葉だった。
スカー=テイルの胸元がばっくりと開き、鮮血が噴き出す。
「グッ…ア、ガアアアアッ!!」
ごぼっ、派手に吐血し、スカー=テイルはその場に倒れた。
ドレイクはスカー=テイルに近づき、その身体を抱き起こす。苦しそうに息を吐きながら、スカー=テイルは言った。
「醒走…一刀流…そうか、お前…ファングじゃないな?」
「あのバカが世話になったそうだな」
「ああ…あの野郎、ホンットに手間のかかるヤツでなぁ…あいつ、どうなった?」
「死んだよ」
「…そっか……」
そう言うと、スカー=テイルはそのまま瞳を閉じ、ドレイクの腕の中で息を引き取った。その表情は穏やかで、どこか満足そうでもあった。
ドレイクは近くに落ちていたスカー=テイルの武器を拾い、彼に持たせると、その場を後にした。