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主にゲームと二次創作を扱う自称アングラ系ブログ。 生温い目で見て頂けると幸いです、ホームページもあるよ。 http://reverend.sessya.net/
2024/05/18 (Sat)20:52
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2013/04/25 (Thu)05:50
「誰だキサマはーッ!セリドゥアの手先かーッ!!」
「わ、わ、わーっ!いきなり変な動きで飛びかかってこないでよぉーっ!!」



 しばらくの沈黙ののち、男は腰に携えていた剣を抜いてミレニアに襲いかかってきた。
 いちなりの展開にミレニアは慌てふためき、近くに放置してあった農具を手に応戦しようとする。
「こんなところで死んでたまるかーッ!俺は愛する者の無念を晴らすまで、絶対に死んだりはせんぞーッ!」
「だ、だ、だからちょっと待ってってばぁっ!あたしはたんに通りすがっただけだってばよ!」

  **  **  **

「すまなかった」
「まったくねェ」
 数分の争いののち、ミレニアが本当にただの通りすがりだと気付いた男…ローランド・ジェンセリックは、山荘の中で自らの軽率な行動を反省していた。
 ベッドの傍らで落ち込むローランドの前に、ミレニアが屈みこむ。



「あのさー。いったい、なにがあったの?」
「じつは俺、吸血鬼として指名手配されてるんだ」
「きゅ、吸血鬼!?あんたが!?」
「ちげーよ!」
 ミレニアのすっとぼけた態度に、ローランドが思わず怒鳴り声を上げる。
 そのとき開けた大口から覗く犬歯は、なるほどたしかに吸血鬼のような格別鋭いものではない。不健康に頬がこけているわけでもなし、血色も良い。いたって普通の人間に見えた。
 とりあえず、彼は吸血鬼には見えない。外見上は。もちろん本物の吸血鬼であれば、そんなものを誤魔化す手段は幾らでも持っているだろう。
「そ、それで…なんで、吸血鬼だなんて、疑われてるわけ?」
「それがな…俺には、レルフィーナって名前の婚約者がいてさ。俺、最近までブルーマまで出張に行ってて、最近帰ってきたんだよ。でも、レルフィーナの様子がおかしくてさ。そんで、夜中にコソコソと出かけていくから、俺、後を尾けたんだよ。そしたら、あの男と密会してて…」
「それが、さっき言ってたセリドゥアってやつ?」
「ああ。セリドゥアが、レルフィーナの首筋に牙を突き立てて…その瞬間を、俺は目撃したんだ。そして、レルフィーナの血を吸っているセリドゥアと目が合った。セリドゥアは笑うと、カラカラに干からびたレルフィーナの身体を放り出して、俺のほうに近づいてきた。あまりにも素早い動作で、俺には避けることができなかった。そして俺は手痛い一撃をもらい、気絶しちまった」
 そこまで言って、ローランドは首筋をさする。そこには確かに、一見して目立つほど大きな痣ができていた。
 自嘲の笑みを漏らしながら、ローランドが言葉を続ける。
「そんで目が醒めると、俺は衛兵に剣を突きつけられていた。どうやらセリドゥアが、俺を吸血鬼だと通報したらしい。ヤツは帝都神殿地区の中じゃあ信望の厚い名士だし、衛兵が俺の言うことを聞いてくれそうな雰囲気でもなかったんで、俺は逃げた」
「よく逃げられたね。帝都衛兵のしつこさは折り紙つきなのに」
「俺も奇跡だと思ってるよ。で、昔休暇でレルフィーナと訪れていたこの山荘に逃げ込んだんだが、この後いったいどうすりゃいいんだか…セリドゥアに復讐してやりたいが、俺はそれほど剣の腕が立つわけじゃない。一対一じゃ勝てないし、なにより今や帝都中の衛兵が俺の敵だ。しかし、逃げるわけにもいかない。そんなつもりはない」
 思い詰めた様子で語るローランドに、ミレニアは同情の眼差しを向けた。
 もちろんローランドの言葉が嘘で、彼が本当に吸血鬼だという可能性もなくはない。しかしミレニアには、どうしても彼が嘘をついているようには見えなかった。
 すっくと立ち上がり、ミレニアがローランドに言う。
「とりあえず、腹ごしらえしようか」
「……へ?」
 突然の言葉に、ローランドはきょとんとする。
 呆けた表情で見つめてくるローランドに「ビシッ」と人差し指を突きつけ、ミレニアは陽気さを繕って言った。
「こんな環境じゃ、食べ物を手に入れるのも難しいでしょ?あたしが帝都まで買い出しに行って来るから、まずはマトモな食事を取ろうよ。お腹が空いてると、思考も鈍るよ?」
「しかしなぁ…」
「とりあえずお腹一杯にして、それから対策を考えよーよ。ね?」
 そう言うミレニアの表情は太陽のように明るく。
 なにより、見返りも何もなく、ローランド自身が助力を求めたわけでもないのに、既に手助けするつもりでいるミレニアの優しさに胸を打たれ、ローランドは涙ぐみながら「こくり」と頷いた。
 証拠も何もないっていうのに、俺を信じてくれるのか……

  **  **  **

「オジサン、はちみつ酒2つね!それから鹿肉を500gとー、リンゴを6つとー、それからー…」
「注文はいいから、とりあえず椅子から下りてくれないか。帰るときにちゃんと拭いてくれよ」



 帝都商業地区、フィードバッグ亭。
 夕方には営業を終えた商店会のメンバーで賑わうものの、昼間は冒険者がまばらに立ち寄るのみで、基本的に閑古鳥が鳴いているこの店に、ミレニアは食料の買い出しに来ていた。
 しばらくはあの山荘に篭城する必要があるだろうから、日持ちする物も含めてできるだけ買い込む必要がある。
「本当はアレスウェル事件の報告のために、魔術大学にも寄らなきゃならないんだけどねー」
 しかし魔術大学に行けば、またぞろ何か用事を言いつけられて、自由に身動きが取れなくなる可能性がある。
 そんなわけなので、当面は魔術大学には寄らず、すべてが終わったあとに「思ってたよりアレスウェルの件で手こずっちゃいましたー、遅れてスイマセンうへへー」とシラを切り通すつもりだった。
「…まぁ、でもラミナスは誤魔化されないだろうな~」
 しかし、だからといって、いまさら方針を変える気もない。
 ただそれとは別に、ミレニアには1件、どうしても寄らなければならない場所があった。
 帝都神殿地区にある、ローランド・ジェンセリックの自宅。
 さすがに、なにもかも頭から信じるほどミレニアは愚かではない。いちおう情報の裏を取るくらいの周到さは持ち合わせている。
 目的地までやって来たミレニアは人目を忍んで施錠されたドアの鍵を外し、そっとローランドの家に侵入した。もちろん、こんな行為に及んだなどとは、ローランド本人には言えるはずもないが……
「わ、思ってたより広いなぁ」
 吸血鬼事件の首謀者の家ということで、衛兵があらかた荒らし回った後ではあったが、それでも残された調度品などから、ローランドがそれなりの収入を得ていたことが伺い知れる。
「そういえば、あの山荘も別荘みたいなもんだって言ってたなぁ。ひょっとして、けっこうお金持ち?」
 あちこちに残された金目の物に手を伸ばしそうになる衝動を抑え、ミレニアはローランドの私室へと向かう。
 つい盗賊としての癖が出そうになるが、今日はそういう目的でここに来たわけではないのだ。なにより、良心が咎める。
 事件の資料になりそうなものはあらかた衛兵が持ち去ってしまったのか、ほとんど参考になるようなものは見つからなかったが、それでもローランドの机をあさっていたとき、一通の手紙を見つけたミレニアはその内容に胸を締めつけられた。
『愛するローランドへ。あなたが帝都を発ってからというもの、ベッドにあなたのぬくもりを感じないことがこれほど辛いものかと驚いています。急かせるつもりではありませんが、あなたが帰ってくる時のことをどれほど心待ちにしているか。もし帰ってきたら、そのときは久しぶりにあの山荘へ行きましょう。あの、思い出の山荘へ…レルフィーナより』



 後ろめたい気持ちになりながらも、ミレニアは手紙をそっと机に戻す。
 結局、ローランドが吸血鬼でない証拠も、吸血鬼である証拠も見つからなかった。それでも。
「やっぱり彼、悪い人じゃないよ。こんなの可哀想だよ。なんとかしてあげないと…」
 愛する者を失い、あまつさえ愛する者を殺した犯人として追われるローランドの心情を想うと、ミレニアはどうしても「他人事」では済ませられないのだった。

  **  **  **

 山荘の扉を開けた途端に、血の匂いが鼻を突いた。
「うそ……」
 目の前の光景に愕然としたミレニアが、食料の詰まった袋をその場に落とす。リンゴが外に転がっていくが、そんなことは気にもならなかった。



 鮮血。
 壁にはねた返り血はグロテスクで、見ているだけで温度を感じることができそうなほどに生々しい。
 カーペットにどす黒い血の染みを作るローランドの亡骸の前に、黒いコートの男が真紅に染まったアカヴィリ刀を手に佇んでいた。
 ミレニアの存在に気がつき、男が返す刀を突きつける。だが、すぐにその表情が驚きに見開かれた。
「お前は…」
「なに、してんですか」
 震える声で、ミレニアは辛うじてそう呟く。
 ミレニアはその男に見覚えがあった。アルゴニアンのドレイク。1回目はシンデリオンの研究室で、2回目はコロールの宿で姿を見かけたことがある。
 腕の立つ剣客だとは聞いていた。シロディールで傭兵まがいの活動をしている、とも。
 でも、こんなのってあるか。なんで、こんなことに。
「お前、危ないところだったぞ。こいつは吸血鬼だ…しかし、なんだってこんなのと関わってたんだ、いったい」
「…違います」
「なに?」
「バカ。バカ。バァーーーカッ!」
「あぁ!?」
 的外れなドレイクの台詞を耳にした途端、ミレニアの理性が飛んだ。
 許せなかった。ドレイクの所業そのものについてではない、おそらく、彼は何も知らなかった。
 この世の理不尽が許せなかった。善良な人間が不幸なまま、想いを遂げずに命を落とす理不尽が許せなかった。そういう理不尽の裏で、のうのうと笑っていられるやつがいるのかと思うと、そいつが許せなかった。
 そして、ミレニアは確信していた。ローランドは吸血鬼ではないと。ドレイクは嵌められたのだと。
 もし、ローランドが「ただの」吸血鬼なら、わざわざ殺し屋を雇ったりなんかしない。それはきっと、不都合な事実が明るみに出る前にローランドを始末したい「何者か」がいたからなのだ。
「セリドゥアに頼まれたんでしょう」
「…なんで、お前がその名前を知ってる?」
 その質問には答えず、ミレニアはローランドの亡骸に近づいた。
 おそらくは、即死。一目でそうわかるほどにドレイクの残した太刀筋は見事で、ローランドが苦しまずに死ねた、そのことだけは救いだった。



「ごめん、ごめんね?あたし、なんにもできなかったよ…」
 大粒の涙をこぼしながら、ミレニアはローランドに囁きかける。
 一方で、事の重大さに薄々感づきはじめたドレイクが、ミレニアに訊ねた。
「なあ、頼む。事情を説明してくれ。お前、何を知ってる…?」
 うつむいたまま、ミレニアはぽつり、ぽつりと真相を話しはじめる。

  **  **  **

「俺がセリドゥアと決着をつける。お前はついて来るな」
 ミレニアからすべてを聞いたドレイクは、山荘から出てすぐに、そう呟いた。



 もちろん、そんな台詞でミレニアを納得させることができるはずもない。
「イヤです。そもそもあたし、約束したんです。彼に協力して、レルフィーナさんの仇を取るって。だから、彼の仇を取るのも、あたしじゃなきゃダメなんです」
「危険すぎる。ヤツは公権力も味方につけてるんだぞ」
「公僕なんか怖くないよ」
「それじゃあ、言い替えよう」
 ドレイクは振り返ると、いままでまともに見れなかったミレニアの顔に正面から向かい合い、口を開いた。
「俺にやらせてくれ。もちろん、こんなことで罪滅ぼしができるなんて思っちゃいない。だが、俺は不器用な男でな…こんな形でしか、死者に報いてやれんのだ。頼む」
 そう言って、ドレイクはミレニアに背を向けた。
 ミレニアにはそれ以上、彼を止めることができなかった。もちろん、無理矢理ついて行くこともできただろう。しかし、なぜかそうすることは憚られた。
 それに、ドレイクはセリドゥアに関する情報を必要以上にミレニアに伝えていなかった。それはミレニアが単独でセリドゥアを追求することを阻止するためであり、それだけ彼の決意が固いことも意味していた。
「わかった、あなたに全部任せる。絶対に仇を取ってね」
「応(おう)」
「必ず殺して。容赦なく」
 ミレニアの口から漏れた直接的な言葉に、ドレイクは僅かに驚いたような表情を見せながらも、やがて頷くと、帝都へ向かって歩きはじめた。
 さて…ミレニアは気持ちを整理しようと気分を落ち着かせる。
 ローランドの件にこれ以上関わることができない以上は、今一度帝都に戻り、アレスウェルの件についてラミナスに報告しに行かなければならない。

  **  **  **



「なるほど、アンコタールがな。御苦労だった」
 アークメイジ・タワーの謁見室にて。
 ミレニアからの調査報告書を見つめながら、マスターメイジのラミナス・ポラスは頭を抱えた。
「どうするべきかな。もしこれ以上近隣に被害が出るような振る舞いをするのであれば、然るべき処罰を与えなければならないが」
「魔術大学付属の研究機関に招聘するっていうのは?彼、才能に関してはかなり光るものがあると思うし」
「それはキミ個人の所見だろう?それに、実際の研究データを見てみないことにはね…」
 ラミナスが口を濁すのとほぼ同時に、ミレニアが1冊の本と、1枚の紙片を差し出す。
「これ、アンコタールの研究日誌と、今回の事件で使用した術式反転化のスクロールの予備です。彼の処遇を検討するうえで、役に立つと思うんだけど」
「こんなもの、いったいどうやって?」
 まさか本人から譲り受けたわけではあるまい…そう言いかけて、ラミナスはハッとする。
 肩をすくめてみせるミレニアに、ラミナスは複雑な笑みを浮かべ、言った。
「そうか。そういえば、キミは…こういうのが得意だったな」
 実のところ、ラミナスはミレニアが「盗賊ギルドの人間だ」と知っている数少ない魔術大学の会員の1人だった。普通なら糾弾して然るべきだが、「組織の役に立つのなら」とその特異性を容認し、しばしば今回のような雑務を依頼している。
 そしてそれは、ミレニアがラミナスに頭が上がらない理由の1つでもあった。
 ちなみにミレニアの正体を知っているもう1人の人物は、ミレニアの錬金術の師匠であるシンデリオンである。
 ラミナスは苦笑しながら、アンコタールの研究日誌をパラパラとめくった。
「こうすることが、彼のためになると思うのかね?」
「うん。研究の有用性が実証されれば、あとは方向性を変えてやれば済むだけの話だから」
「まったく、とんでもない賭けに出たものだ。だが、まあ、こちらとしても、同志をむざむざ犯罪者に仕立てるつもりはない。ひとまずは最善を尽くしてやるさ」
 そう言って、ラミナスは研究日誌のページを閉じた。




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2013/04/21 (Sun)09:27
 ヒエロニムス・レックスの執務室から納税記録を奪った次の日、ミレニアは魔術大学からの呼び出しを受けて出頭していた。
 とうとう、あたしの処分が決まったのかな…などと考えながら、魔術大学の本部であり権威の象徴でもあるアークメイジ・タワーに足を踏み入れる。
 ところが謁見室で魔術書を手に待機していたラミナス・ポラスの表情は、予想していたよりも穏やかだった。



「ミレニアか、よく来てくれた」
「あ、あの~、マスターメイジ・ラミナス…この間の、魔術師の杖に関する事件のことなんですけど…」
「ああ、あの件か。まあ、そう緊張するな。とりあえず、椅子にかけたらどうだ」
「あ、は、はい」
 促されるままに、ミレニアはベンチに腰を下ろす。
「え~っと?」
「あの件に関してだが、君の責任は不問になった。一切だ」
「は?」
 ラミナスの口から漏れた意外な言葉に、ミレニアは耳を疑う。
 当初、事件の概要を聞いたラミナスの態度からして、最低でも除名処分くらいは覚悟していたのだ。悪くすれば、刑務所に投獄される可能性もあるとすら考えていたのに。
 それが、なんのお咎めもなし?
 ミレニアの疑念を晴らそうとするかのように、ラミナスが言葉を続ける。
「あの後、君が提出した報告書を読んだ。こちらとしては、まさか死霊術師が徒党を組んで襲撃を仕掛けてきたとは思いも寄らなかったのでね…最初に君から報告を受けたときは、単独での犯行だとばかり決めつけていたのだよ。あれは恥ずべき行為だった、許してくれるかね?」
「あ、は、はい」
「固定概念とは恐ろしいものだな…感覚を鈍らせる。我々は今回の事件を重く見て、急ぎアークメイジを含む幹部を収集し、対策本部を設置した。そのうち、君にも協力してもらうことになるだろう」
「アークメイジ…ハンニバル・トラーヴェン氏ですか?」
 ミレニアは驚きの声を上げる。
 アークメイジといえば、魔術大学を、そして全メイジギルドを統括する最高権力者だ。それが、事件からそれほど時間が経っていないというのに自ら行動を起こし、事件解決に尽力しているという。
 これは異例の動きの早さだ。
 そういえば現アークメイジのハンニバルは、これまで比較的容認されてきた死霊術及び死霊術師の全面排撃を断行した人物だという。そんな彼にとって、死霊術師がふたたび台頭するような自体はなんとしても避けたいのかもしれなかった。
「ところで、ミレニア」
「はい?」
 突然声をかけられたミレニアが、素っ頓狂な声を上げる。
「あ、はは、あの、えーと…なんですか?」
「じつは今日は、その件とは別に、君に頼みたいことがあってね」
 そう言って、ラミナスはニヤリと笑った。

  **  **  **

「うわ、マジで誰もいねーーー」



 荒涼とした空気に、風が吹きすさぶ。
 ミレニアは魔術大学の依頼で、帝都の北に位置する小さな村<アレスウェル>を訪ねていた。
 頭の中で、魔術大学で交わしたラミナスとのやり取りを反芻する。
『最近、アレスウェルの村の住民が全員、一夜にして失踪するという事件が起きた。しかも村人の失踪直後から、村の周囲で怪奇現象に遭遇したという報告が後を絶たない』
『怪奇現象?』
『誰もいないのに話し声がするとか、鍬がひとりでに動いて畑を耕してる、とかな』
『なんですか、そりゃあ。ていうか、なんでそんなのの調査を魔術大学が』
『原因が魔術師によるものだった場合、責任を追及されるのは魔術師を世に輩出している我々だ。わかるだろう?世の中には、我々のことを良く思っていない連中も大勢居る』
『つまり、魔術師の起こした不始末は、魔術師がつける、と?』
『そういうことだ』
 そしてミレニアは、住民失踪の調査のためにアレスウェルを訪れたのだが。
「誰もいないと、調査のしようもないような…」
 そんなことを呟きつつ、周囲を見回す。
 しかし、誰もいないわりに手入れは行き届いているような…ここには村人が引き払った跡地にありがちな荒廃は見られないし、野生動物が放置された農作物を食い荒らした形跡もない。
 そういえば、ラミナスが「ひとりでに畑を耕す鍬」の幽霊の話をしてたっけ。
 ミレニアがそう考えた瞬間、畑の方から「サクッ、サクッ」という音が聞こえてきた。
「ひえっ!?」
 驚きのあまり、ついその場から飛び退いてしまうミレニア。
 おそるおそる、音がした方…畑に近寄ると、そこには確かに、鍬がひとりでに宙を浮いて畑を耕している姿があった。



「わわっ、で、で、で、出たーーーっっっ!!」
『ニューイオンコート!』
 悲鳴を上げるミレニアに続き、謎の合いの手が入る。
 まさかの返しにミレニアは呆気に取られ、未だ規則的な動きを続けている鍬に話しかける。
「あ、あの~…喋れるんですか?」
『鍬じゃない、もうちょっと上』
「…へ?」
『こっち、こっち。もうちょっとよく見て』
 声に促されるまま、ミレニアは視線を上に向けていく。
 一見何も存在しないように見えるが、よくよく目を凝らすと、確かに透明な、影のようなものが見えるような…
 そこまで認識したとき、ミレニアにはこの村を襲った怪奇現象のすべてに合点がいった。
「あーっ!こ、これ、透明化の呪文!」
『ようやくわかってくれたか。お嬢ちゃん、あんた、魔術師ギルドの人間かい?他の連中、通りすがりの冒険者やら、巡回中の衛兵に話しかけても、まったく理解されなくて困ってたんだよ』
 そう言って、透明の影は力なく笑った。
 透明化の呪文。難度は高いものの、その性質ゆえに存在そのものは割とポピュラーな代物だ。
 姿を消せる、というのはどんな目的で利用するにしろ、強力な効果を発揮する。それゆえに大抵の魔術師が真っ先に覚えようとし、そしてほぼ確実に悪戯や犯罪に使用されるのである。
 非魔術師が魔術師を糾弾する際、まず槍玉に挙がるのがこの透明化の呪文であり、そういった意味から魔術師からも「悪意の象徴」として忌避されがちな傾向にある。
 おそらく、村人が消えた…否、透明になってしまったのも、何者かの悪戯によるものだろう。
 もちろん錬金術師が調合した薬を用いた可能性もあるから、一概に魔術師の仕業と断定するわけにもいかないが。
「そ、それで、いったい誰にやられたんです!?」
『わからん』
「……へ?」
『皆目、検討がつかんのだ。気がついたら村人全員、透明な姿になっていた』
「全員、同時に?いつの間にか、ですか?」
『そうだ。そりゃあ、最初は全裸になって村中を駆け回ったり、通りがかった娘さんのスカートをめくって遊んだりしてたがね。それにしたって、こうも長い間続いたんじゃあ、さすがに気が滅入るよ』
「や、そこまで聞いてないですから」
 とりあえず農家のオッサン(だと思う)の犯罪まがいの自白はさておくとして、村人全員が同時に、それも原因不明というのは気になる現象だ。
 通常、透明化の呪文というのは術者自身か、あるいは透明にしたい第三者の身体に直接触れて発動させるものだ。同時に複数人を透明にする呪文など聞いたことがないし、まして呪文の効果そのものが長く持続しないはずなのだ、本来は。
 せいぜいが数十秒か、長くて数分程度が限度のはず。
『頼むよ。、もうすぐ透明になって1ヶ月が経とうとしてるんだ。このままじゃあ農作物の出荷もできやしない、助けてくれ』
「い、1ヶ月ぅ!?」
 有り得ない。
 そんなに長時間持続する呪文など、あるはずがない。
「え、えーと…心当たり、みたいなものは、ないんデスカネー?」
『そういやあ、宿屋のディラムがなんか言ってたなぁ。あいつ客商売だから、これ以上透明な状態が続くと店を畳むしかなくなるってマジ泣きしてるんだよ。ちょっと、会ってやってくれないか』
「あ、は、はぁ…」
 ミレニアがその場を離れると、間もなく鍬が土を掻く音と『はっ、ほっ』という、農家のオッサン(らしき人物)の気合の入った声が聞こえてくる。
 …なぁ~んか、調子狂うなぁ。大事なんだか、そうじゃないんだか。
 いまいち事件の概要や重大さが計れないことに妙な不安を覚えながらも、ミレニアは宿屋<アレスウェル亭>の扉を開いた。

  **  **  **

「あのーう、ディラムさん、いらっしゃいますかぁ~?村の人たちの透明化の件で、ちょっと聞きたいことがあるんですけどー」
 戸を開けながら、おそるおそる尋ねるミレニア。
 間もなく女性のものと思われる、愛想のない声が聞こえてくる。
『ちょっとディラム、あんたにお客よ。ちんちくりんな白いエルフのガキ』
「…は?」
 いきなり飛び出してきたトゲのある言葉に、ミレニアは頭が真っ白になる。
 …問題を解決に来たんだから、もうちょっと愛想が良くても、バチは当たらないと思うんだけどなー。
 帰ろうかな、などと思った矢先、別の声(今度は男だ)がミレニアを呼び止めた。
『いやいやいや、申し訳ない。妹の口の悪さはオブリビオン級でしてね。私がディラムです…村人が透明になってしまった件について、なにかお聞きしたいことがあるとか?えーと、お名前は』
「あーっと、スイマセン、申し遅れました。あたしはミレニア・マクドゥーガル、村人失踪の報を受けた魔術大学に派遣された調査員です」
『ほう、魔術大学の会員さん?』
「ええ。もし今回の事件が魔術師の手によるものだった場合、こちらとしても看過できないので」
『それは有り難い。あのバカ魔法使いも、あなたの言葉になら耳を貸すかもしれませんな。それより、お飲み物は如何です?』



 ミルクが注がれたマグを手に、ミレニアが質問する。
「それで、『あのバカ魔法使い』っていうのは?犯人に心当たりがあるんですか?」
『ええ。ここから少し南へ進んだところに<カタクタカス砦>という場所がありましてね。そこを根城にしている、アンコタールという魔術師がいるんですが』
「ウンコターレ?」
『ああ、そっちでも良いかもしれませんね。とにかくそのウンコ垂れは、その場所で日々魔術の研究に没頭しているらしいんですが、この事件が起きる前から、そいつのせいでしばしば村が被害に遭っていたんですよ』
「被害、ですか」
『爆発音で家畜が恐慌状態に陥ったりだとか、ネズミが大量発生して大変な騒ぎになったりですとか。とにかくそういう場合は我々が抗議に出向いて、それで彼も謝罪はしてくれたんですが』
 話を聞く限り、当の魔術師は「謝罪」はしても「反省」はしなかったらしい。
「それじゃあ、今回も彼の元に出向いて抗議したりは…」
『いえね、我々も今回の件で、まず真っ先にカタクタカス砦に向かったんですがね。どうやらアンコタールも姿を消しているらしく、我々の声に応じようとしないのです。しかも周囲には、我々と同じく透明化したせいで混乱し、凶暴化した野生動物がうろうろしている有り様で。ちょっと、手の施しようがないのです』
「うっ…それは聞きたくなかったなぁ」
 凶暴化した野生動物、しかも透明化している、と聞いてミレニアは顔を青くする。
 いずれにせよ、カラクタカス砦に出向いて事の次第を確認する必要はあるが…最悪のケースとして想定されるのは、原因を作ったアンコタールが透明化しているのではなく砦から引き払っていた場合である。あるいは、野生動物に襲われて透明化したまま死んでいるとか。
 もっとも、まだ原因がアンコタールにあると断定はできないのだが…まあ、この状況でアンコタールが原因でないとすれば、それはそれで調査が行き詰ることになるのだが。
 とりあえず、確かなことが1つだけあった。
「すんげーめんどくさい」

  **  **  **

 ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
 道中、ミレニアは「何者か」に尾けられているような気配を感じていた。
 ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
 鼻息荒く土を踏みにじるその行動から、ミレニアに気付かれないよう注意を払っている、というわけでもないらしいのだが。
 ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
 しかし、追跡者の姿が現れる気配は一向にない。
 ブホッ、ブホッ、ブホッ、ブホッ。
 そして足音は、ミレニアのすぐ背後にまで迫っていた。
 ブホッ、ブホッ…ブ、ブ、ブ、ブギ。
『ピギィィィィィィッッッ』
「どぅえええぇぇぇぇぇぇっっ!!」
 いきなり「何者か」に飛び掛かられたミレニアは、咄嗟にその場で伏せる。
 ビシュッ、風のようにミレニアの頭上を通り過ぎた「それ」は華麗に着地した(と思う)。ズドドン、地面に蹄の跡がいくつも残り、最後についたやつの形から、「そいつ」がふたたびこちらに向き直ったのがわかった。
「野生の…猪……ッ!」
『プギイイイィィィッッッ』
「うわああぁぁぁぁっ!!」
 襲いかかってくる透明化した猪を目に、ミレニアはアレスウェルの宿からくすねた裁ち鋏とマグカップを手に応戦する。
「な、泣けるほどサマにならないよコレぇっ!」
『ブキエエエェェェッッッ』
「あーもーっ、しっつこーい!!」
 バキャアッ!



 ミレニアが力まかせに振りかぶった金属製のマグカップが、猪のこめかみにクリーンヒットする!
『ぶひいいいぃぃぃぃぃ~~~…!!』
 透明化した猪の頭部から鮮血がほとばしり、ゴロンゴロンと転がりながら坂を転げ落ちていく(ような音がした)。
 ベコベコにへこんだマグカップを見つめ、ミレニアがぽつりと呟く。
「これって、もう溶かすしか使い途(みち)ないよねぇ…」

  **  **  **

『そこな道を行く冒険者よ、ここは呪われた土地!いますぐに引き返せ、さもなくばオブリビオンの奈落に堕とされるであろうぞ!!』
 ミレニアがカラクタカス砦の門を潜ろうとしたとき、どこからかそんな声が聞こえてきた。
 …こんな脅迫で、本当に出て行く人なんているのかな?
 そんなことを考えながら、ミレニアは声を張り上げて言った。
「あのー。ウンコターレさん?」
『アンコタールだッッッ!!』
「あ」
『あ』
 ミレニアの台詞に、謎の声…いや、アンコタールが反応する。
 もちろん、ミレニアはこれを狙ってわざと名前を間違えたわけではない。「ウンコターレ」の語感が強烈だったので、そっちのほうで憶えてしまい、本人の前では間違えないようにしよう…と意識はしていたものの、うっかり口を滑らせてしまったのである。
 ともかく、アンコタール当人がいるとなれば話は早い。
「あのー、アンコタールさん?あたし、ミレニア・マクドゥーガルといいます。魔術大学の要請で、近隣の住民方の姿が消えてしまった現象の調査にやって来たんですけどー」
『なに、魔術大学?するとキミは魔術大学の会員かい?なんだ、そうならそうと早く言ってくれればいいのに』
 魔術大学、という言葉を耳にした途端にアンコタールの態度が変わる。
『2階に研究所を構えている、どうぞ自由に入ってくれたまえ。そうそう、念のために言っておくが実験器具には触らないでくれたまえよ』
「あ、ハァ…」
 アンコタールに促されるまま、ミレニアは階段を上がり研究スペースへ向かった。



 蒸留器や焼炉など実験器具が一通り揃った、狭い居住スペースへと足を踏み入れるミレニア。
 周囲を見回していると、不意に自分のすぐ横からアンコタールの声が聞こえてきた。
『まさか、こんな場所で同輩と出会えるとはね。独りで実験ばかり繰り返していると、確かに人恋しくなることもあるが…それでも、たまに会いに来るのが無知蒙昧な農民連中だというのは、なんというかこう、気が滅入る。わかるだろう?』
「あ、はぁ…」
 声のしたほうに目を向けると、なるほど確かに空間が人型に歪んでいるのがわかる。恐らく、そこにアンコタールがいるのだろう…辛うじて目視はできるが、「そういう存在がいる」とわかっていて、そのうえ声でも聞こえなければまず気付かないであろうカモフラージュぶりである。
 確かに居留守でも使われたら、村人には発見できないだろうな…と、ミレニアはひとりごちた。
 たとえそれが、同じ透明人間同士であってもだ。透明になったからといって、透明な存在が見えるようになるわけではない。
『まったく連中ときたら、この研究の学術的価値など知ろうともしない!家畜が驚くだの、農作物に被害が出るだの、そんなもの、僕が出世したら幾らでも保障してやれるってのに、ねぇ?』
「はぁ」
『それにネズミの件だよ、ネズミ。連中はバカだから理解できなかったが、僕はネズミを呼び出す呪文を使ったわけじゃない。無からネズミを生み出したんだ、生命の創造だよ!それも、数が多ければ多いほど呪文が強力であることを意味している。こんなに素晴らしい、歴史的に偉大な実験をしているというのに、あの土人ども、ネズミが大量に発生したら困るとか抜かしおってからに、まったく救いようがないよ。そう思わないか?』
「あー、はぁー、まあ」
 恐らく自分に否があるなどとは露ほども思っていないアンコタールの態度に、ミレニアは投げやりに頷いた。
 この手合いは魔術師にはよくいるタイプで、研究に没頭するあまり周囲が見えなくなってしまうのだ。さらに本人の若干の自意識過剰ぶりがマッチポンプとなり、周囲との軋轢を生み出す原因となっている。
 とはいえ害意があっての行為ではないことがわかったので、それだけは救いだったが…いや、だからこそ始末が悪い、とも言えるのだが。
『ともあれ、この透明化実験もちょっとした壁にぶち当たっていてね。ヴァントの第3法則さ…あの忌々しい知覚の保存律、あれさえどうにか誤魔化せる裏技でも見つけることができれば、完全なる透明化も夢ではないんだが。ま、その場合はスマートな方法ではなくなっているだろうがね』
「あんまり邪道な方向に進めるのはオススメできないけどなぁ~。さっきのネズミの、生命創造に関しても、場合によってはホムンクルス実験よりも危険視されかねないし。それに目的があるならともかく、たんなる学術探求でヤバイ研究を進めると、それこそトラーヴェン氏のネクロマンサー弾圧みたいな魔女狩りの対象になりかねないと思うよ」
『ホウ、なるほどそうか…そういう側面から実験を見つめたことはなかったな。研究目的のPRとリスク・マネジメントか。いささか商業主義に毒された考えだとは思うが、文明国に身を置く以上、洗練された文明人としてはそれなりの態度で臨まなければなるまいね』
 ミレニアの言葉に、アンコタールが興味を持ったふうに身を乗り出す。
 続けて、ミレニアはアンコタールに提言した。
「うん。研究内容そのものは、あたしも面白いと思うけど。生命創造なんかもまだ未開拓の分野だから、可能性は無限にあると思うけど、倫理的側面から考えると、害が少なくて世の中の役に立ちそうな植物方面にシフトしたほうがいいと思うな。完全な透明化は…軍事転用かなぁ。機密保持の観点からも、それが一番安全な気がする」
『あまり、そういう俗な方に持っていきたくはないんだがねぇ…僕としては、もっと崇高な目的のために研究しているつもりだから。とはいえ、たしかに奔放に実験を繰り返すのは危険かもしれないな。ある程度は割り切りが必要なのかもしれない』
「そのほうがいいと思うよ。でも、この実験…どこで資料を手に入れたの?え、これデイドラの言葉で書かれた原書の写し?凄いなー!いっそ翻訳のほうに力入れたらどうかな、それだけで、いままで中止に追い込まれた数々の実験が再開できるかも…」
 …基本的には、ミレニアも「研究バカ」のケがある。
 それにミレニア自身、魔術大学にあまり気の合う同僚がいないので、つい似たもの同士で雑談に華が咲いたりして。「説得して解決方法を聞きだす」という当初の目的も忘れ、アンコタールと研究に関して喋りながら、着々と時間は過ぎていくのであった。

  **  **  **

「あぁ~、いけない。すっかり遅くなっちゃった」
 カラクタカス砦からアレスウェルへと帰還したミレニア。その手には、アンコタールから渡された「術式反転化」のスクロールと、呪文のバックファイアを無効化する指輪が握られている。
『本当は、このにわか造りの透明化呪文がどれだけ持続するかの観測をしたかったんだけどね。まあ、魔術大学が動いてるとなれば、あまり迂闊なこともできないし。その術式反転化のスクロールを唱えれば、付近一帯にかかったあらゆる魔法効果が消失する。村人も、元に戻るだろう…そうそう、念のため副作用があってはいけないから、ドレイン効果吸収の指輪をつけるのを忘れずに』
 アンコタールの助言をもとに、ミレニアは村の中心部でスクロールを広げた。
 ちなみに、村の住民にはすでにこのことを伝達してある。「いますぐに呪文を無効化するか」と訊ねたところ、「少しの間だけ待ってくれ。服を着てくるから」という、なにやら不穏当な反応が返ってきたので、結局、夕方に戻ってきたミレニアは呪文の行使を真夜中に行なうことになったのだ。
「さて、と」
 スクロールに描かれた文字をざっと流し見る。
 理論的に見ればいささか乱暴な講式だったが、呪文そのものが失敗することはないだろう。呪文というのは詰まるところ世界の理(コトワリ)を相手にしたギヴ&テイクであり、こちらから提供する部分をいかに誤魔化して損失を最小に抑えるかが目下魔術師にとっての最大の研究対象だった。
 損失部分に目を瞑れば強力な呪文など幾らでも作り出せるが、その場合は術者の健康は保障できない。無謀な自作呪文を使用したばかりに、命を落とす魔術師の例は枚挙にいとまがないのである。
 その点で言えばアンコタールの書いたスクロールは少々扱いが難しいものだったが、呪文の及ぼす範囲は広いものの、効果は限定的で、ドレイン対策も用意してある。問題はないだろう。
 ミレニアがスクロールを読み上げると同時に、紙片から魔力がほとばしる。



 淡い紫色の光が周囲一帯に広がり、村の中心に集まっていた住民の姿が続々と現れた。
「おおっ、身体が見えるようになったぞ!」
 村人が歓喜に沸き上がるなか、灰になって崩れたスクロールの破片が風に飛ばされていくのを眺めていたミレニアの、薬指に嵌められた指輪が突如砕け散る。
「わ、わっ」
 それはアンコタールから渡された、ドレイン対策用の指輪だった。
 もし呪文に何らかの副作用があった場合、術者の代わりにこの指輪がバックファイアを受け止めてくれるというものだ。弱い副作用であれば金属が酸化する程度で済むが、ここまで派手に砕けることはそうそうない。
「あいつめ~…もうちょっと、安全について教えてやらなきゃ」
「やぁやぁやぁ、小さな恩人!助かりましたよ!」
 恨めしげに呟くミレニアに向かって、宿屋の店主ディラムが声をかけた。
「どうぞ、うちの店に来てください。今日は無礼講です、なんでも奢りますよ!こんな形でしか恩を返せなくて申し訳ないですが、なにせ一ヶ月収入がなかったものですから、支払える謝礼も持ち併せておりませんので…」
「あ、あ~。いいですよぉ、そんな。気にしないでください」
 まあ、なにはともあれ事件は解決したことだし…実際、今回の件みたいなものはそうそう珍しいものでもない。あまり思い煩うこともないだろう。
 それじゃあ、せめて魔術大学のラミナスに報告に行く前に、ちょっと息抜きでもしようかな。
 ディラムに促されるまま、ミレニアはアレスウェル亭へと向かった。

  **  **  **

「ささ、どうぞ飲んでください!あなたには、どんなに礼を尽くしても尽くしきれないのですから!」
「あ、は、はぁ」
「あまり良い気にならないでよ、あたし、あんたみたいな英雄気取りの目立ちたがり屋はキライなの」
「あ、は、はぁ」



 是非にと誘われて来たはいいものの、やたらと愛想の良いディラムとは対照的に、その妹達は敵意剥き出しでミレニアに苦言を呈してくるというアンバランスな状況に、ミレニアはいささかげんなりしていた。
 別にー、こっちは仕事に来ただけだしー。やるべきことをやったまでだしー。
 そんな言い訳をしようかとも思ったが、どうせこの妹達はたんに「ケチがつけたいだけ」で理由など必要ないのだろうし、だとすれば、弁明などするだけ無駄だ。
 しかし、ディラム一家がまさかダンマー(ダークエルフ)だったとは…
 ダンマーの種族的な気難しさ、というか性格の悪さは有名で、貴族的な高慢さが鼻につくアルトマー(ハイエルフ)とはまた違った扱い辛さがある。
「とほほ…早く帰ろう」
「ちょっとあんた、あたしの入れた酒が飲めないっての!?」
「ツンデレかよ」
 踵を返して宿を出ようとするミレニアを引き止めた妹勢を前に、つい素の返事が漏れた。

  **  **  **

 アルコールの作用で頬を染めながら、ミレニアは松明を片手に夜道を歩く。
「おとこはオーカミなのよ~、気をつけなさい~♪山賊に追われたら~、逃げ切りなさい~♪」
 などと歌いながら、帝都に向かっていると。



「…誰にも見られていないよな?」
「……じーっ」
「…… ……ハッ!?」
 あからさまに挙動の怪しい男が、山荘に入ろうとする姿を捉えるミレニア。
 そんなミレニアの姿に男のほうも気がつき、互いに目が合う。
 一瞬、気まずい空気が流れた。




2013/04/16 (Tue)05:48
 なんだろう。
「いつ見ても小食だなァ。そんなだから筋肉つかないんじゃないのか」
「冗談。女性はカロリーを気にするものよ…それに私、マッチョ主義でもないし」
「そうかい。レッドガードの女戦士なんか凄いぞ、食事量なんかオーク顔負けだからな!」
 なんなんだろう。
「ところでティナーヴァのやつ、どこ行きやがった?」
「さあ。なにか別件があるとかで、レーヤウィン方面に向かったらしいけど」
「あの野郎、賭けのツケが溜まってるからって逃げやがったな。こっちだってピーピーなのによ」
 なんなんだろう、これ。
「ところで17、お茶のおかわりはいかが?」
「ええ、頂こうかしら」
 シェイディンハルに存在する、秘匿された区画。
 暗殺者集団<ダーク・ブラザーフッド>の聖域で、ブラック17はあれほどまでに忌避していた組織内のアットホームな雰囲気に馴染みはじめていた。それは本人にとっても意外なことで、なんとなく居心地の良さを感じていることに当人自身が驚きを隠せないでいる。
「ところで、ブラックナンバーっていうのは特権階級みたいなものなの?」
「特別な存在ではあるけれど…待遇が良い、とかいうのではないわね。普段の生活は下級のアンダー・コードと変わらないし」
 現在<黒の里>は、幹部のブラック・ナンバーを含め200人前後で活動している。狭くて殺風景な共同宿舎、味のしない食事、過酷な訓練。「個」や「欲」、果ては「倫理観」さえも徹底的に排除し、ただ「効率の良い殺人機械」としてのみ存在することを許される場所。
 そしてアンダー・コードと呼ばれる構成員の中でも、特に素質のある者だけがブラック・ナンバーとして抜擢され、戦闘能力を飛躍的に上昇させる特別な改造を施されるのだ。
 こんな境遇を経て…今の自分は「任務」としてこの場所に留まっているはずなのだが、そのことにとてつもなく違和感を覚えるのはなぜだろう?

  **  **  **



「ちょっといいかな」
「仕事の話?」
「まあ、そうだ」
 聖域内の訓練所にて。
 いささか暇を持て余していたブラック17は、このシェイディンハルの聖域で扱う仕事の管理を担当しているヴィセンテ・ヴァルティエリに声をかけられていた。
「今回の仕事はちょっとした変わり種でね。よく内容を憶えてから出立してほしい」
「変り種?暗殺方法に指定があるとか、そういうのかしら?」
「まあ、そういうようなものかな。今回の仕事にはこの2種類の道具を使う」
 そう言って、ヴィセンテはブラック17に一振りのナイフと、瓶入りポーション2つを手渡した。
「これは?」
「はじめに言っておくが、そのナイフの刃には触れないほうがいい…特殊な毒が塗布されているのでね。ランガー・ワインという名に聞き覚えは?」
「いいえ。霊酒かなにか?」
「いや、ワインという名ではあるが、そもそも葡萄酒とはまるで無関係な代物でね。ランガー・グラスという植物の根を加工して作る強力な毒物だよ。摘出毒素の見た目がワインに似ているため、ランガー・ワインと呼ばれる。研究者によってはランガー・ブラッドと呼ぶこともあるようだな。わずか少量の摂取でも人間を死に至らしめることができる」
「高価な代物?」
「それなりにね。原料となるランガー・グラスが希少種なのだ。昔から暗殺に用いられてきた、いわゆる暗殺者にとって伝統的な武器なのだが…この毒には、奇妙な言い伝えがあってね。なんでも、この毒によって死んだはずの人間が、数日後なにごともなかったかのように生き返ったというものだ」
「たんなるオカルト話…なら、いまここで話題にする必要はないわよね」
「ああ。たんなるオカルト話として無視するには、あまりに報告頻度が多かったからね。それで…この毒は、本来人間を仮死状態にするものだった、ということが最近の研究で判明したのだ。ただ規定より多く摂取すると、仮死状態でいる期間が長すぎて本当に死んでしまう、というのが真相だった」
「扱いが難しい毒ね、どちらの目的で使用するにしても」
「そうなんだ。それに、効能には個人差もある。そこで我々は、ランガー・ワインの毒素を中和して仮死状態にある人間を蘇生させるための薬を開発した。今回の任務は、そのテストを兼ねている」
「つまり」
 ブラック17は手元にあるナイフと薬瓶を見つめ、面白くなさそうに呟いた。
「今回の任務は、対象の死を偽装する…ということね」

  **  **  **



「で、屋根から侵入するのかね?」
「まさか正面から堂々と侵入するつもりだったの?」
「…… …… ……」
「…… …… ……」
 真夜中。
 コロール市街北部の巨大な樫の木の向かいにあるフランソワ・モティエレ宅の屋根の上で、ブラック17とヴィセンテは互いに沈黙した。
 今回の任務でブラック17の目付け役に就くのは、他ならぬヴィセンテ。それというのも、今回の任務には細心の注意を払う必要があるから、なのだそうだが。
 コホン、ヴィセンテが咳払いし、口を開く。
「解毒剤は、2種類の薬品を調合したものを使用する。調合は直前でなければ駄目だ、時間とともに効能が失われてしまうからね。本来はダーク・ブラザーフッドの構成員が逃走に失敗したとき、あるいは敵地への侵入手段の一つとして死を偽装するのに用いるため開発したものだが、今回は依頼人と利益が一致したため、テストも兼ねてこれを使用することになった」
「それにしても、暗殺組織が死を偽装、ね…しかも今回の依頼人、犯罪組織から借金していて、首が回らなくなった挙句に命を狙われる破目になったらしいじゃないの。そんな人間の依頼を、どうしてあなたの組織が受けることになったのかしら」
「そこは企業秘密というやつだよ。さて、それじゃあ参上といこうか」



「うわぁああぁぁぁぁあああっっっ!!??な、なになになになに!?」
「やぁ、夜分遅くに済まないね。私個人としては、素直に正面からお邪魔するつもりだったんだが」
「あなた、それ、嫌味のつもり?」
 煙突から音もなく侵入してきたブラック17とヴィセンテに、家主のフランソワ・モティエレは腰を抜かしていた。
「あ、お、お、お前、お前ら、いったい何者だ!?」
「殺し屋よ」
「どっちの!」
「貴方を助ける方です、ミスタ・フランソワ」
「あ、ああ…ダーク・ブラザーフッドの方か。いや、取り乱して済まなかった」
 フゥ、なんとか落ち着きを取り戻そうとし、フランソワは呼吸を整える。
 見たところ、あまり悪い連中と付き合いがありそうな風体には見えない。中流貴族の放蕩息子、といったところか。それなりに歳は取っていたが独立しているようには見えなかったし、物腰に落ち着きがない。
 ますます、どうしてこんなヤツを助けるのか理解不能だ…と、ブラック17は思った。
 そんなブラック17の内心の疑問を余所に、ヴィセンテがフランソワに話しかける。
「それで、時間的余裕は?あまり猶予はなさそうですか?」
「ああ。あの連中、今夜にでも殺し屋を送り込んでくると脅迫してきたよ。もう、今すぐ来てもおかしくはない…もう金などどうでもいい、面子を潰した責任を取ってもらう、と言っていたから、たんなる脅しではないだろう」
「あの手合いはそういうところに必要以上にこだわりますからな。それじゃあ、すぐにでも取り掛かりましょう」
 ヴィセンテがそう言ったとき、玄関戸が乱暴に叩かれる音が家中に響いた。
 ビクリ、フランソワが身体を震わせ、ブラック17とヴィセンテはたいして動揺もせず扉のほうを見つめる。
『おいフランソワ、もう逃げられんぞ!ちょいとばかりやんちゃが過ぎたな、えぇ!?命乞いの準備はできてるか…ちゃんと命乞いができたら、俺様が笑いながら殺してやるよ!』
 ドガン、台詞とほぼ同時に扉が蹴り開けられた。



 侵入してきたのは、鉄製の装備に身を固めたアルゴニアンの男。手にしたクレイモアは傷だらけでくたびれており、それなりにこの稼業で慣らしていることを示していた。
「おい、フラン…なんだ、この連中は」
「同業者よ」
「ホウ…どうやらフランソワは、こちらが予想していた以上にやんちゃだったってわけだな。だが、そいつは俺様の獲物だ。大人しく渡してもらおうか」
「17、頼みましたよ」
 口上を述べる殺し屋を無視するように、ヴィセンテがブラック17に合図を送る。
 怯えるフランソワの脇腹に、ランガー・ワインが塗布された銀製のナイフを突き刺す。一瞬「うっ」と呻いたのち、フランソワはがくりと首を垂らして倒れた。
 ぐにゃりとなった身体を抱きかかえ、ブラック17が呟く。
「事切れたわ」
「あっ、て、テメッ!毒入りナイフか!?」
「それじゃあ、死体を本部まで運んでもらいましょうか。この殺し屋は、私が相手をします」
 そう言って、ヴィセンテはウィンクを寄越した。ブラック17もウィンクを返し、フランソワを抱えて外に飛び出す。
 妨害しようとしたものの、寸でのところでかわされた殺し屋は、苛立った表情を隠そうともせずにヴィセンテを睨みつけた。
「やってくれるじゃねえか…こりゃあ、ちっとは手柄がなくちゃ帰れねぇな。テメエの首を削ぎ落として、せめても俺様を敵に回したことを後悔してもらわなきゃならん」
「ハイド・ヒズ・ハート(命の隠匿者)…まるで小人が悪戯で玩具を隠すように、易々と標的の命を奪い去る男。フリーの殺し屋の中ではかなりの辣腕と聞いています。手合わせ願いましょうか」
「ホウ、俺様の事を知ってるってか。単なる無知じゃあねえらしいな。だが、俺様の正体を知ってて喧嘩売るたあ、無知じゃあねえが、バカだな、テメエは。いったい何者だ?」
「ダーク・ブラザーフッドのヴィセンテ・ヴァルティエリと申します。お見知りおきを」
「なに、ダーク・ブラザーフッド…実在したのか。あるいは、騙りか?まあいい、どっちでも関係ねぇや。剣の錆になってもらうぜ、オッサンよぉ」
 その台詞の直後に、両者の剣が火花を散らした。

  **  **  **



「殺し屋め、もう逃げられんぞ!」
 既に「フランソワ・モティエレが暗殺者に命を奪われた」というニュースはコロール中に広まっており、衛兵達がフランソワの亡骸を抱えたブラック17を捕らえようと追跡していた。
 既にかなりの数の衛兵が集まっており、飛来する矢を避けながらも、ブラック17は包囲の輪が序々に狭まっていることに気がつく。
 …こんなところかしらね。
 ブラック17は急にフランソワの身体を放り出すと、その場から跳躍して家の屋根から屋根へと飛び移り、コロールを脱出した。その姿を見て、衛兵たちが口々に驚きの声を漏らす。
「あッ、に、逃げたぞ!?なんて跳躍力だ」
「あれでは追えんな…まず、被害者の遺体を確保せねばならん」
 こうして、コロールの夜を騒がせた暗殺劇は幕を閉じ……

  **  **  **



「けっきょく犯人はわからず、フランソワは埋葬されておしまい、と。チャン、チャン」
 後日。
 コロールの西側にあるステンダール大聖堂の地下墓所にて、安置されているフランソワの亡骸の前で薬品を調合するブラック17の姿があった。
 もともと、埋葬されてからフランソワを蘇生させ、夜中のうちに彼を連れ出して逃亡を手伝う…というのが本来の筋書きである。殺し屋ハイド・ヒズ・ハートの前でヴィセンテがブラック17に「本部に運べ」と言ったのは、衛兵の捜査を撹乱するためのウソだ。
 そのため、あのときの会話はわざと外に漏れるよう大きな声で話された。そしてハイド・ヒズ・ハートの声がもともと大きかったのは、こちらにとって好都合だった。
「ホラ、起きる時間よ。ところでこれ、どうやって死人に摂取させるのかしら」
 そういえば、薬品の摂取方法までは教えてもらえなかった…そんなことを考えながら、ブラック17は調合した蘇生薬をフランソワの口、鼻などにでたらめに流し込む。
 しばらくして、「ゲホッ、ゲホッ!」そうやら蘇生に成功したらしいフランソワが咳き込みながら起き上がった。
「う、ゲェッホ、ゲホッ!も、もうちょっとマトモな薬の与え方はなかったのかい!?」
「…このことは本部に報告しなくちゃね。注射器とか、何かやりやすい方法を考えないと」
「いや、その、ホラ、さ。マウストゥマウスとか、配慮あるやり方が他にもあったろうに」
「死にたいの?」
「スイマセンでした」
 寝台から離れ、フランソワがブラック17に話しかける。
「それじゃあ、行こうか。今は夜中かい?誰にも見つからないうちに、この国を脱出する必要がある」
「それはいいんだけど。あなた、借金まみれだったんでしょう?どうやってダーク・ブラザーフッドなんかに依頼できたの?」
「…君は何も聞いてないのかい?」
 ブラック17の質問に、フランソワは「なにをいまさら」といった表情で答える。
「どうも、彼らの信仰する…シシス、と言ったか。その神様が、死者の魂を欲する、とかでね。だから僕は、自分の家族を生贄に捧げて今回の依頼を受理してもらったんだ。もとより、国外に脱出したら家族のことなんか関係なくなるからねぇ」
「…あなた、自分が助かるために家族の命を差し出したの?」
「そんなに責めるような目で見ないでくれよ。君達にとっては、これでギヴ&テイクが成立したんだろう?僕にだって、良心の呵責がないわけじゃあないさ」
 そう言って、フランソワは笑みを浮かべた。
 こいつ、見た目とは裏腹にとんでもない悪党だ…ブラック17の中で、殺意が湧き上がる。途方もなく借金を重ねたうえ、それを踏み倒して逃げるために家族を犠牲にするとは。
 一瞬、短刀にブラック17の手がかかる。しかし、それと同時に得体の知れない気配があたりに満ち溢れ、ブラック17は寸でのところで衝動的にフランソワを殺しかねなかった動きを抑えた。
『許せない』
「な、なんだ?」
 突如聞こえてくる謎の声に、フランソワが動揺の声を上げる。
『許せない』
『自分のために私達を、フランソワ、そこまで堕落していないと信じていたのに』
『絶対に許すわけにはいかない。ここで死んでもらう、そう、私達の隣で』
 ガタ、ガタ、ガタッ!
 あちこちに安置されていた棺の蓋が持ち上がり、肉体のほとんどが朽ちた遺体がよろよろと起き上がってくる。



 そうか…ブラック17は納得した。
 彼らは、フランソワが犠牲にした家族の遺体だ。フランソワがここに埋葬されたのなら、フランソワの家族もここに埋葬されていたと考えるのが妥当だろう。
 そして自分だけがのうのうと生き延びたフランソワの姿を間近で捉えたために、怨念がこうして具現化したに違いない。
「や、やぁマーガレット叔母さん。あまり顔色が優れないけど、元気そうでなによりだよ」
「冗談言ってる場合!?ああもう、まったく、あなた最低だわ!」
 とぼけた表情で、生ける屍…ゾンビに話しかけるフランソワに、ブラック17は珍しく感情を剥き出しにして叫んだ。
 とりあえずフランソワを衝動的に殺しかけたのはさておき、何にせよ仕事は仕事だ。そのことは心得ている。いますぐここから脱出してもいいのだが、この怨霊どもを放置しておくわけにはいかないだろう。
「悪いけど、死者が生者に干渉するのは出過ぎた行為よ。同情の余地はあるけどね」
 そう言って、ブラック17はゾンビの身体に短刀の刃を走らせる。
 ザシュッ、鋭い刃に傷つけられた肉体はしかし、すぐ魔力によって縫合されてしまい、元に戻ってしまった。
「なっ、なんなの、こいつら」
 自分の一撃が効かなかったことに動揺するブラック17。
 そうか、こいつら、怨念の力が強過ぎるんだ…普通のゾンビなら、傷つけられた先から治癒してしまうなどという芸当は持ち合わせていない。しかしここにいる連中は恨みの強さのあまり魔力が極限にまで増幅され、ただのゾンビにあるまじき能力を発揮している。
「ゲェッ、き、傷が塞がった!?」
「あなた、ちょっと下がってて」
 驚きの声を上げるフランソワを、ブラック17は強引に投げ飛ばす。
『邪魔をするな…』
『憎い、なにもかもが憎い。生きるものすべてが憎い。みんな殺してやる』
『すべてを我々の仲間に…』
 いままさにブラック17に掴みかかろうとするゾンビの群れを前にして、ブラック17は右腕を掲げて呟いた。
「コール・ブラッドキャスト」
『アクセプト…レディ』
 ブラック17の言葉に呼応するように、右腕から機械的な音声が漏れる。
 右腕に仕込まれていたキャスト・デバイス・ユニットが作動し、ブラック17の思念に合わせてスペル・カートリッジがチャンバーに組み込まれていった。
『フリーズ(氷結)…ストーム(暴嵐)…複合構術開始。クリスタル・アイス(輝晶風華)、ラン(起動)』
 術の詠唱とともにブラック17の右腕が展開し、核となる魔導球が露出する。
 ブラック17の身体が青白く発光すると同時に、周囲の気温が急激に低下していく。地面に霜がはりつき、壁が凍りつき、そして。



 ドシャアッ!!
 爆発音とともに無数の氷のかけらが舞い散り、ブラック17を攻撃しようとしていたゾンビ達が一瞬で凍りつく。やがてその凍りついた肉体にヒビが入ると、ボロボロと崩れ去り、粉々に砕け散った。
 その様子を見届けていたフランソワが、呆気に取られた表情で呟く。
「な、なんだ、いまのは…見たこともない様式の呪文だったぞ」
「でしょうね。わたし、この大陸の出身じゃないの」
「そうなのか。ところで、まさかとは思うが…家族の死体は、まさかこの状態から蘇生したりしないだろうか?」
「それはないわ。組織同士の魔力の繋がりを絶ったから」
「そ、そうか」
 おそらくは理解していないであろう口ぶりで、フランソワは頷いた。
 見た目には凍ったように見えるが、これは実は、物質の性質を変換する術だ。つまり肉体を氷に変化させるもので、氷が溶けたからといって、肉片が残ることはない。ただの水となり、蒸発するのみだ。
 だからもし教会の人間がこの惨状を発見したとしても、おそらく何が起きたかはわかるまい。
 煙を上げる自らの右腕を愛おしそうに撫でながら、ブラック17は言った。
「さあ、行きましょうか」

  **  **  **



「とても助かったよ。これからの君の人生に幸あれ、だ」
「余計なお世話よ」
 朝焼けとともに、フランソワは国外に脱出するためのボートに乗り合わせていた。
 なぜ、「家族を犠牲にした」と平然とのたまったフランソワに殺意が湧いたのか…そのことに、ブラック17は思いを馳せる。
 義憤では有り得ない。そんなことを感じないほど、ブラック17はいままでに悪業を重ねてきた。
 だが、そう…自分の家族を、自らの欲得のために利用したことだけはない。愛する父と母を傷つけるようなことだけは、したことがない。そしてその、愛した両親はもう、この世にはいないのだ。
 たぶんそのことに関係してるんだろう、とブラック17はひとりごちる。
 しかし仕事に私情を挟むことは許されない。つまらない感情に、振り回されてはならない。それは、黒の里にいた時から常々心に刻みつけてきたことだった。たとえ依頼人がどんなに人間的に屑だとしても、それを違えることは許されない。
 なぜなら自分は、ただの道具なのだから。ただの道具でなければ、ならないのだから。
 そんなことを考えているブラック17の沈んだ表情とは裏腹に、自分の命が助かったことにただ浮かれているフランソワが、嬉しそうにはしゃぎながら口を開く。
「いやあ、生きているってことがこれほど素晴らしいことだとは思わなかったよ。別の国で新しい人生を送る暁には、もう自堕落な自分を捨てて、真面目に生きるよう努力するかなあ」
「それも宜しいでしょう」
 船頭のアルゴニアンが、フランソワに調子を合わせる。
「きっと新しい国では、素晴らしい第2の人生が待っているでしょう」
 アルゴニアンは、そう言った。邪悪な笑みを浮かべて。
 驚くブラック17に、アルゴニアンはウィンクを送って寄越す。もちろん、フランソワはそんなやり取りに気付こうともしない。
 ああ、こいつ…ブラック17も、アルゴニアンの船頭にウィンクをした。
 ダーク・ブラザーフッドの任務は、「フランソワ・モティエレを国外脱出させること」で完結している。だから、たとえば、そう…脱出先の国でなにがあろうと、それは任務の埒外だ。
 やがて船が岸を離れ、手を振るフランソワの姿が序々に見えなくなっていく。
 おそらく「明るく楽しい未来」など待っていないだろうその後ろ姿を見送りながら、ブラック17は背後を振り返り、ぽつりと、呟いた。
「ヴィセンテのほうは、上手くやっているかしらね」

  **  **  **

 シロディールの中心インペリアル・シティよりやや南に位置するブラヴィルは、治安の悪さと不衛生なところから、たびたび「犯罪都市」と揶揄されることがある。
 そんな街の一区、<独身求婚者亭>と呼ばれる宿屋の3階に、ブラヴィルでは有名(もちろん、悪い意味で)な高利貸しのクルダン・グロ=ドラゴルは部屋を取っていた。
 彼はフランソワに多額の金を貸しており、フランソワに返す気がないと知るや、他の負債者への見せしめにするため殺し屋ハート・ヒズ・ハイドを雇ったのである。
 そして、今朝。
「殺し屋のやつ、遅いな…まだ報告に来ないのか」
 あのクソガキのはらわたを引きずり出して、往来にぶち撒けてやったぜ…そんな報告を心待ちにしていたクルダンは、いつまでも帰って来ないハート・ヒズ・ハイドに業を煮やしつつあった。
 ハート・ヒズ・ハイドには、決して安くない報酬を前もって支払っている。そこそこ名の売れている殺し屋だから、万が一失敗したとしても、報告もせずに逃げる、どということは考えられないのだが。
 そんなことを考えながら、ベッドから身を起こしたとき。
「なんだ、このクセェ匂いは」
 部屋のどこかから異臭がすることに、クルダンは気がつく。
 なんの気もなしに、匂いのする方向へ首を回し……
「な…え、は、はあぁぁぁ!?」
 クルダンは、驚愕の声を上げた。



 部屋の机の上に置いてあったもの。それは、ハート・ヒズ・ハイドの生首だった。
 傍らに、「フランソワの命は我々ダーク・ブラザーフッドが頂いた。今後標的が重なった場合は、余計な真似をなさらぬよう」と書かれたメッセージ・カードが添えられている。
「わっ、うわ、うわああぁぁぁぁぁっっ、わああぁぁぁぁあああぁぁっ!!っっ、なんだよこれっ、なんなんだよこれはあぁぁぁっっっ!?」
 滴る血が床一面に広がっているのを見て、クルダンは悲鳴を上げ続けた。




2013/04/12 (Fri)16:55


『拝啓エルスウェールのオフクロ様、お元気ですか。ム=ラージ=ダーはちょっと参ってます。先頃職場にやってきた同僚にピンチを救ってもらったのですが、帰る途中に突然、そいつが「街に着ていく服がない」と言い出して旅人を襲い、身ぐるみを剥ぐという凶行に及んだのです。外の人間の考えることはわけがわかりません。そうそう、仕送りは予定通りに届けることができそうです。なにか困ってることはありませんか。スクゥーマは足りてますか。なにかあったら俺に言ってください、できる限り力になります。それでは』

  **  **  **

「あなた、意外と心臓が弱いのね」
 なんの変哲もない、ありふれた昼下がり。
 ホテルの食堂にて、平然とそう言い放ったブラック17に対し、ム=ラージ=ダーは抗議の声を上げた。
「お、お、お…おまえなー!俺たちは殺し屋なんだぞ、わかるか?こ・ろ・し・や!依頼を受けて標的を抹殺するプロフェッショナルの集団だ、それだってのに、どうしてああも品位を落とすような真似が平然とできるんだ!?」
「あなたの口からプロフェッショナルとか、品位だのという言葉が聞けるとは思わなかったわ」
「黙れ!とにかく、おまえの組織…<黒の里>とか言ったか?いったい、どういう教育してるんだか見てやりたいよ」



「2人とも無事のようですね」
 ム=ラージ=ダーが声を荒げたそのとき、2人の背後にアルゴニアンの女性が現れた。
 声をかけられるまで何の気配も感じなかったことにいささか驚きながら、ブラック17は口を開く。
「あら、オチーヴァ。あなた、そういう格好のほうが似合ってるわよ」
「その言葉は、いちおう称賛と取っておきます」
「なんだオチーヴァ、わざわざ聖域から出迎えに来たのか?」
「違います。仕事の依頼が…彼女宛てに。ム=ラージ=ダーにはそのまま帰還願います」
「了解」
 そう答えると、ム=ラージ=ダーはそのまま席を立ち、ホテルから出て行ってしまった。といっても、いますぐ聖域に向かうわけではあるまい。おおかた、酒場にでも行って飲みなおすつもりなのだろう。
 開いたままの扉を見つめながら、ブラック17はオチーヴァ(ム=ラージ=ダーと同じく<ダーク・ブラザーフッド>の殺し屋)に向かって呟いた。
「なにも、ああもすぐに出ていかなくても良さそうなものだけど」
「いえ、これから貴方と仕事の話をする必要があるので。彼は個々の領分というのをわきまえています、余分な情報が耳に入るのを避けたいのでしょう」
「他人の仕事に干渉はしない、ってことね」
 ブラック17は頷くと、紅茶が入ったカップに口をつけた。
 自分には関係のない仕事の話がはじまるとわかるや、即座に退席したム=ラージ=ダーの対応は、なるほど「知らなくてもいいことを知ってしまったがために」命を失うことも珍しくないアウトサイドの世界において賢い振る舞いではある。
 どんなに些細な情報であっても…否、「当初は些細な情報であったとしても」、なにを端緒に、誰にとっての懸案事項になるかなど、そんなのは誰にもわかるはずがない。
 と同時に、自ら進んで盲目であろうとするその態度は、ム=ラージ=ダーがネズミ(密告屋)ではないことを証明している。これは、彼なら金のために平然と仲間を売りそうだと考えていたブラック17の認識を改めさせることになった。
「それで、仕事っていうと…聖域から出てきたってことは、今度の目付け役はあなたってこと?」
「ええ、単なるメッセンジャーなら誰にでもできますので。これをご覧になってください」
 そう言って、オチーヴァは古ぼけた地図を取り出した。



 しばらく目を走らせてから、ブラック17はその見取り図に覚えがあることに気付く。
「これ、帝都の地下水道じゃないかしら?牢獄へと続く」
「察しが良いですね。いえ、貴方はあの現場にいたのでしたね…皇帝暗殺の場に。そう、これは帝都の犯罪者収監エリアへと続く秘密の通路の見取り図です。帝都の中でも、ごく僅かの人間にしか知らされていないルートなのですよ」
「それで、今度の標的は?その秘密の通路とやらを使って、王族でも始末しに行くのかしら?」
「いえ、標的はヴァレン・ドレスという名の囚人です。ダンマー(ダークエルフ)の男で、モロウィンドから亡命してきたところをタムリエルに保護された政治犯です。本来ならば快適な別荘での保護観察処分となるはずだったのですが、その政治思想とは別に、生来の悪質な性格を抑えられなかったようで。とはいえタムリエルも自ら保護を申し出た立場上、処刑してしまっては対外的なイメージに傷がつきます。そういうわけで、牢獄への収監という適当な処分を受けたようです」
「なるほど。それで、わざわざ収監中に命を狙うわけは?依頼人は、釈放されてからではご不満なのかしら」
「ええ。そもそもヴァレン・ドレス自身が、牢獄から出る気がないようで。外の世界に出たら、早晩始末されかねないことをよく理解しているのでしょう。我々の任務は、『牢屋にいれば身の安全は確保できる』というちっぽけな妄想から彼の目を醒まさせてやることです」
「そうなると、そうね…だいたい予想はできるけど、今回の任務のオプションは?」
「ずばり、『ヴァレン・ドレス以外の人間に一切危害を加えないこと、犯行の際、誰にも姿を見られないこと』です。秘密の通路を通るとはいえ、牢獄には看守がいるでしょうから、容易な任務ではありません」
「つまり一切の証拠を残さず、誰にも気付かれぬよう、ただ『ヴァレン・ドレスの命が失われた』という事実のみを残して来い、ということね」
「そうなります」
 さらりと答えるオチーヴァに、ブラック17は内心すこし動揺していた。
 これがもし、看守含め皆殺しにしてこい、という内容であればいかに楽だったかと思う。不可能ではないにしろ、標的以外に一切の危害を加えてはならない、という条件はブラック17にとっていささか荷が重かった。
 それにしても、とブラック17は思う。
 単なるメッセンジャーならまだしも、自らも任務に同行するというのに、冷静な表情を保っているオチーヴァの態度を見る限り、彼女はこういった隠密任務が得意なのだろうか。
 空になったカップを置き、ブラック17が口を開く。
「それで、決行はいつ?」
「貴方が大丈夫であれば、今夜にでも」
「それじゃあ、今夜で」

  **  **  **

「なるべく痕跡は残すな…とはいえ、これは仕方がないわよねぇ」
「このあたりにはゴブリンも住み着いてますから、動物の死骸程度なら問題になりませんよ」
「たとえ傷口が、ゴブリンが到底使いそうにない鋭利な刃物で斬られたものだとしても?」
「帝都の役人はそこまで調べないでしょう。というより、調べる前にゴブリンか…あるいは、マッドクラブあたりが見つけて捕食するでしょう。心配はいりません」
「だといいけど」



 帝都地下水道内にて。
 襲いかかってきた巨大ネズミの亡骸を見下ろしながら、ブラック17は短刀にこびりついた血を拭いつつ、ため息をついた。
 無視して先を急いでも良かったのだが、万一後を尾けられて、任務に支障が出てはたまらない。
 というか、本当のところ、飛び掛られたとき反射的に刃を走らせてしまった、というのが実情なのだが。
「えっと、ネズミはオプションの範疇には入ってないわよね?」
「もちろん。でも、すぐ得物に手を伸ばす癖は少し改めたほうがいいと思いますね」
「心得ておくわ」
 ブラック17は殊勝な態度で臨みながらも、内心では苛立ちを抑えきれないでいた。
 …直接戦闘なら、こいつに負ける気はしない。
 そういう思いがあるのは確かだったが、しかし同時に、今回の任務はそういった自分の短絡的な部分を見つめ直す良い機会だとも考えていた。
 ム=ラージ=ダーに言われるまでもなく、ブラック17は黒の里がモラルなき殺戮に特化した集団であることを自覚していたし、また、タムリエルで活動するうえで嫌でも認識せざるを得ない点であるのは確かだった。
 いままでは、自分の行動原理が世人に比べて異常だなどとは考えたこともなかったのだが…



「あまり長居したくない場所ね。匂いが移る前に終わらせたいわ」
「まったくね。あなたもアルゴニアンなら、スーッと泳いですぐに移動できたでしょうに」
「…泳ぐ?」
「ええ」
「下水を?」
「…?ええ」
「えーっと…」
 なにか不審な点があるのかと首をかしげるオチーヴァを見て、ブラック17はどう返答していいのかわからなかった。
 ドブ泥の匂いがする下水の中を、泳ぐ?
 ダーク・ブラザーフッドの教育科目の1つかとも思ったが、「アルゴニアンなら」という言葉を聞く限り、どうも種族的なもののようだ。いずれにせよ、ブラック17の理解を超える話だった。
 あまり考えないようにしよう。



 ようやく下水道エリアを抜け、現在は使用されていないインペリアル城の地下施設へと足を踏み入れる。一見、ブラック17が皇帝暗殺のために侵入したときと様子に変化はないように思えたが。
「あれ、松明の明かりね。動いてる」
「看守?まさか、こんなところに?」
 ブラック17の言葉に驚き、オチーヴァが眼を細める。
 しかし2人の視線の先には、たしかに帝国軍正規兵の鉄鎧を身につけた衛兵たちが松明を片手に周囲を警戒していた。とはいえ、それほど熱心な様子ではなかったが。
 男達の話し声が聞こえる。
「なあ、相棒よ…皇帝は暗殺されて、もうここいらには何もないってのに、なんで俺達はこんな場所で警戒任務なんぞやってるんだ?」
「仕方ないだろう、面子のためだよ。なんたって、地下とはいえ皇帝が城の中で暗殺されたんだからな。恥晒した挙句、また何かトラブルがあってみろ。それこそ他国に侵略の口実を与えかねないぞ」
「そりゃあ、そうだけどさ。何も来るはずがないのに」
「あまりぼやくなよ、こっちまでダルくなるだろ。楽して給料稼げると思えよ」
「これって税金ドロボーだよな。俺が衛兵じゃなかったら、絶対そのことで抗議してるぜ」
「いいんだよ。俺達だって税金払ってるんだから」
 ハハハ。
 談笑しながら、衛兵達が遠ざかっていく。
 彼らのあまりの不誠実さに頭を抱えながら、ブラック17はオチーヴァに向かって言った。
「あのぶんなら、発見されても金を握らせれば見逃してもらえそうよね」
「駄目ですよ。そんなことをしたら、我々の組織の威信が失墜します」
「そうかしら」
「我々はマフィアとは違うのですよ?目的のために手段を選び、闇への敬意を示してこそのシシスの子らなのですから」
 シシス。ダーク・ブラザーフッドが信仰する、闇を司る神。
 そう、この国の暗殺組織は宗教と密接な関わりを持っているのだ。ブラック17の感覚で言えば「実体のないものに組織の指針を委ねる」などというのはナンセンスの最たるものだが、ことこの世界において、神と人間との距離は非常に近いのもであるらしいから、一概にその思想を否定はできなかった。
 しかし歴史書に平然と神の所業やその影響力が書かれているのだ、これを狂気を言わず何と言うのか。
 もちろん、ブラック17がいた世界にも宗教や、神を信仰する文化はあった。しかしシロディールほど市民生活に密着しているようなものではなかったのも確かだ。
 文化の違いを受け入れるのは、容易なことではない。
「人数はともかく、警戒レベルは最低と言っていいわね。さっさと抜けちゃいましょう」
「そうですね」
 ブラック17は余計な思考を振り払うと、闇から闇へ、影から影へと移動を開始した。



 衛兵の警備の目をかい潜り、犯罪者の収監エリアへと続く秘密の通路の前に立つ。
「見取り図の通りだと、ここの壁にあるスイッチを押せば、壁が移動して通路が現れる…ということですが」
「もう開いてるわね。というより、破壊されてる?」
「え、ええ…もともと王族が非常事態の際に素早く逃亡できるよう改築されたものだと聞きましたが…それにしても、おかしいですね。たしかにスイッチを使わず破壊した跡があります。まるで、破城槌でも使用したかのような」
 あるいは、素手で破壊したかのような…とは、ブラック17は言わなかった。
 おそらく、自分なら、できる。それは確かだ。だが王族や、ましてや側近のブレイズによって行なわれた破壊の痕跡には見えない。皇帝を暗殺した正体不明の殺し屋だって、まさかこんな真似はすまい。
 とすれば。
「あの少女か…」
 ブラック17は思い出す、皇帝暗殺の場にいた「もう1人の招かれざる者」の姿を。
 振るった剣ごと召喚装甲を破壊したあの豪腕、あれは人間のものではない。おそらくは、ソーマ・コーポレーションが玩具代わりにいじくり回したサイボーグか何かなのだろうが。自分達以外に異世界へのコンタクトを行なうものがあったとは驚きだが、その点については後で考えても遅くはないだろう。
「なにか懸案事項でも?」
「いえ」
 思案に暮れるブラック17を気遣うよう問いかけるオチーヴァに、素っ気無く答えを返す。
「それじゃあ、行きましょうか」
「いえ、ここから先は貴方1人で遂行してください」
「ほう…?」
「これより先は独房エリア、狭い通路で構成されています。人数が多くてはかえって足手まとい…それにこの任務の遂行者は貴方で、私はただの監視役ですから」
「なるほど。それで、私が仕事をしている間、あなたは床の砂粒でも数えているのかしら?」
「貴方の背中を守ります。万が一、私達が来た道から衛兵が紛れ込んでこないように」
「あなたが先に連中に発見されて、トラブルにならないという保障は?」
「心配は無用です」
 そう言うと、オチーヴァはその場にぺたんと座り込んでしまった。



「さあ、私のことはお気になさらず。ごゆるりと、お戯れあそばせな」
「…… …… ……!!」
 オチーヴァの姿が、スゥーッと環境に溶けて消えていく。
 クローク能力!こんな技を隠し持っていたのか…ブラック17は唖然とした。
「随分と、驚いているようですね?」
「ええ。私がいた大陸では…あまり、見られない能力だったから」
「そうですか」
 そう言って、完全に消える前のオチーヴァの表情が、心なしか至上の笑みを浮かべているように見えた。

  **  **  **

「なあ、ヴァレン・ドレスよ。お前、いい加減にこの牢から出る気はないのか」
「ないよ。なんだ、どうした急に?いまさら私の保護のためにかかる経費が…税金の額が気になったとでも言うのかい?」
「まあ、そんなところだ」
 衛兵と標的が交わす言葉に耳を立てながら、ブラック17は気配を殺して接近する。
「君だって、ねえ。私がここに収監されているからこそ、地下牢の番なんていう楽で安全な仕事に就けているのではないかね?」
「それも、そろそろ飽きたんだよ。毎日見るものといえば、天井の低い廊下に、お前の顔だけとくる。休暇が取れるのも半年に一度、それも女房にガミガミ言われるだけで帰ってくる始末さ」
「それはきっと、寂しさの裏返しじゃないかね」
「そりゃ、わかっちゃいるんだがねェ。悪意でやってるんだったら、とっくに離婚してるよ、ホントに」
「そうだな、君だけに辛い思いをさせるわけにはいかんよな。だから釈放されたら、真っ先に君の奥さんに会いに行って、慰めてあげることにしよう。心も、身体もね」
「…やっぱりお前、ずっとその中に入ってろ」
 そう言って、衛兵が離れていく。
 地下牢を見回る衛兵の数は2人、その2人が同時にヴァレン・ドレスから視線を離した、その刹那!



「おはよう、ヴァレン・ドレス。そして、おやすみなさい」
「え…な、なに?」
 ヴァレン・ドレスの目の前に、漆黒の闇が迫った。

  **  **  **

「おーい、ヴァレン・ドレス。ヴァレン・ドレスよお」
 三日後。
 松明を片手に、囚人に話しかけるのが日課になっていた衛兵が、うずくまったまま大した反応を見せないヴァレン・ドレスを見て怪訝な表情を浮かべた。
 しばらくして同僚も独房を覗き込み、いったいどうしたのかと首をかしげる。
「あいつ、どうしたんだ?」
「さあ。このところ、なんか急に大人しくなっちまってさ。悟りでも開いたのかな?」
「いいんじゃないの?好きなようにやらせておけよ」
「そーだな」



 黒馬新聞紙上にて、政治亡命者ヴァレン・ドレス氏の「病死」が伝えられたのは、それから1週間後のことである。




2012/12/05 (Wed)07:40
「ハックダートでは大変だったそうだな」
 コロールからの出立を決意した翌日、ドレイクは戦士ギルドからの出頭要請を受けて事務所へと来ていた。
 未だドレイクはシロディールの慣習に聡いわけではないので、もし無意識に何らかの不都合を犯していた場合、戦士ギルドからの出頭要請を断ることは反逆行為と見做されかねない。
 そう思っての行動だったが、それはどうやら杞憂だったようで。
「まったく、耳が早いな…オーレイン」
「何を言ってる、いまやコロールでおまえを知らんやつはいないぞ?若き姫君が吹聴してるのを知らんか、『私の英雄』の冒険譚を」
「…迂闊だったな。考えたこともなかった」



 コロールの戦士ギルド長ヴィレーナ・ドントンの右腕であるモドリン・オーレインは、ドレイクに親しみのある笑みを向けた。
 常に厳しい態度で仕事に向かうことから、部下に「暴言オヤジ」などと揶揄されることもあるモドリンだが、ドレイクとはブラックマーシュの<センセイ>を通じて知り合った旧知の仲なので、態度が軟化していた。
 もっとも、モドリンの笑顔ほど不気味なものもそうないので、ドレイクは内心居心地の悪さを感じていたが。
「それ、で…シロディールに来たのなら、挨拶の一つくらい、くれても罰は当たらないんじゃないか?」
「今回は野暮用でな、ゆっくりする予定はなかったんだが。すまなかった」
 本当は、あまり顔馴染みと接触したくなかったのだが…ドレイクは自戒した。今後はあまり目立つような行動を取るべきではない。
 そんなドレイクの心中を知ってか知らずか、モドリンはおもむろに言った。
「じつはな…」
「ほらな」
「なんだ?」
「いや、なんでも?」
 最早テンプレと化した会話の切り口にドレイクは閉口しながらも、先を促した。
「なにか俺に頼みでもあるのか」
「ああ。じつは、ちょっとした困り事があってな。ガルトゥス・フレヴィアというギルド員が、活動中に行方不明になってな」
「そいつを探してこいって?戦士ギルドは人手不足かなにかか」
 ちなみに、ドレイク自身は戦士ギルドの会員ではない。モドリンとは個人的な知人というだけで、戦士ギルドのために働く義理などないのだが。
「いや、たんに行方不明者の捜索ならおまえに頼んだりはしない。じつは、この話にはオプションがつくんだ」
「そんなことだろうと思ったよ。…厄介ごとだな?」
「まぁ、な。このところ、ギルドマスターが表に姿を見せないのは知っているか?」
「ヴィレーナ女史?そういえば、ここでも姿を見ないな」
「じつは最近、ヴィレーナの長男が任務中に命を落としてな。そのことを気に病んで、ヴィレーナは近頃自宅から外に出ようとしない」
「キナ臭い展開になってきたな?」
「そう警戒するな。それで、亡くなった息子…ヴィテルスには弟がいて、それもまたギルド会員なんだが、先の不幸があってか、ヴィレーナは彼をまともに任務につけようとしなくなった」
「まあ、そりゃあな。心情は察するに余りあるが」
「しかしヴィラヌス…弟のほうだ…彼にはやる気があって、現状を快く思っていない。俺もそうだ」
「つまり、行方不明者の捜索にギルドマスターの愛息子を同行させろ、と?」
「そういうわけだ」
「断る。ままごとなら余所に頼みな…どんな些細な任務にも命の危険はつきものだと、おまえはよく知っているだろうに」
「だが、このままヴィラヌスが腐っていくのを黙殺するわけにはいかん」
 決して意見を曲げそうにないモドリンを、ドレイクは爬虫類特有の冷たい目つきでじろりと睨みつける。
 しばらく睨み合っていた2人だが、やがてドレイクはため息をつくと、妥協点を探ろうとした。
「で、その頼みごとを受けて、俺が得るものは?」
「おまえ、なにか目的があってシロディールに滞在しているらしいな。もし今回の仕事を滞りなくこなしてくれれば。戦士ギルドは可能な限りおまえをバックアップする。どうだ?」
「…フン」
 ドレイクは不快そうに鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。
「これは友人への義理立てだ」



「貴方が、オーレインの言っていた剣士ですか。…想像していたのとは、ちょっと違いますね」
「どんなのを想像していた?」
「剣を自在に操るというので、大剣を軽々と振るう筋骨隆々の大男、オークでも連れてくるのかと」
「ちょっとどころか、それが」
 ギルドマスターの息子ヴィラヌス・ドントンの物怖じしない台詞に、ドレイクは脱力して言葉を返した。



 ヴィレーナ・ドントン邸の客間にて。いい加減に待ちくたびれた、とでも言うかのように、銀製のマグを傾けるヴィラヌスをドレイクは見咎める。
「それ、アルコールか」
「まさか。ミルクですよ、貴方も如何です?」
「遠慮しておくよ。乳糖不耐症なんでね」
「おや、珍しい」
「そうかね?」
「少なくとも、僕の周りにはいませんね」
 戦士ギルドの会員にしては珍しいことだが、ヴィラヌスの立ち居振る舞いや言動からは、確かな知性と教養が感じられた。
 これが親の教育の賜物なのか、あるいは本人の素質なのかは、ドレイクには判断がつかなかった。
「モドリンから話を聞いている、ということは、これからどうすべきかはわかっているという前提で話を進めてもいいんだな?」
「もちろん。危険を覚悟で承諾してくれた貴方には感謝していますよ」
「危険、ね…洞窟に潜む化け物とか?」
「その他諸々、です」
 たとえば、万が一僕が死んだときにモドリンやヴィレーナにどう言い訳をするのか、など…もちろん口には出さなかったが、ヴィラヌスの言葉にはそういう意味が含まれていることをドレイクは感じ取った。
 つまり、この青年は現状を正確に把握している、ということだ。
「それじゃあ、行くか。任務中は細心の注意を払うことだ」
「安心してください。貴方を困らせるために死ぬつもりはありませんから」
「こいつめ…」
 ヴィラヌスの台詞にドレイクは苦笑し、コロールを出立した。



 間もなく日が完全に沈もうとしている。
 ノンウィル洞窟の前まで来たドレイクたちは、各々装備を確認した。



「準備はいいか?」
「そちらのペースでどうぞ」
「…口の減らんやつだ」
 ドレイクは言い返したが、出会った当初ほどヴィラヌスに嫌悪感は抱いていなかった。
 こいつは頼りになりそうだ、少なくとも足を引っ張ることはない、そう直感が告げていたのだ。
 申し訳程度に取りつけられた、立てつけの悪い戸を開け、2人は洞窟へと侵入する。間もなく、こちらの存在に気がついた巨大ネズミとインプ(いずれもシロディール各地でよく見られる)が襲いかかってきた。



 ドレイクが口を開くよりも早く、ヴィラヌスが剣を抜いて素早く目前の巨大ネズミに斬りかかる。
「イヤーーーッ!!」
 飛びかかってきた巨大ネズミをヴィラヌスは両断、しかし真っ二つに割れたネズミの背後から、インプの放った冷撃スペルが飛来する!
 だがヴィラヌスは慌てることなく盾でそれを防ぐと、足を止めることなくその場で一回転し、横薙ぎにインプを叩き斬った。
「フウ」
 一息ついたヴィラヌスだったが、すぐに警戒を解くには早すぎたと悟る。死角にいた巨大ネズミの残党が牙を剥いて襲いかかってくる、避けられない…!
 鋭利な前歯をヴィラヌスに突き立てようとしたネズミはしかし、目的を果たすことはなかった。
 滞空したまま宙に浮くネズミを、ヴィラヌスは訝しげに見つめる。やがてネズミの背後にドレイクの姿が見え、ネズミの喉元にアカヴィリ刀の刃先がちらりと覗いているのが確認できた。
 巨大ネズミの尻に突き刺したアカヴィリ刀を引っ込めると、ドレイクはヴィラヌスを咎めるように言う。
「功を急くな。俺はバーズやモドリンと違って、気は長いほうなんだ」
「それを聞いて安心しました。いやなに、戦士ギルドの面子っていうのは気が短いやつしかいないもので」
「命の恩人に礼の言葉は?」
「バックアップがあることは期待してましたよ?貴方はモドリンが望んでいた通りの働きをしたということです」
「おまえねー。そのうち背中から斬られるぞ、マジで」
「ご冗談を。誰に対してもこんなに歯に衣を着せず物を言うわけではありません、ご心配なく」
「俺に斬られるとは思わんのか」
「まさか。そんなことはしないでしょう?」
 ヴィラヌスの、若き戦士には不相応ともいえる不適な笑みを見て、ドレイクは肩をすくめる。



 しかし、奥に進んでいくにつれてヴィラヌスの軽口も数が少なくなっていった。
 巨大ネズミやインプ、あるいはゴブリンであれば、この2人にとってさほどの脅威にはならなかったに違いない。階層を下りてしばらく歩を進めたとき、突然魔物の集団に囲まれたドレイクは、思わず舌打ちをした。



「インプの集団に、亜種もいるな、スプリガンとハイイログマ?まったく野生の王国もいいところだよ、こいつは!」
「貴方も服を脱いで混ざればいい、案外仲間だと思われるかも」
「おまえな!インペリアルでも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「アルゴニアンは毒沼で寒中水泳するって聞きましたよ?ところで、ウォーヒン・ジャースの<アルゴニアン・リポート>に書かれているブラック・マーシュの描写はどこまで正しいんですかね」
「くだらんゴシップ本ばかり読むんじゃない!」
 ほとんどヤケクソになりながら、ドレイクは返事をする。
 もちろん、延々と漫談をしていられるほど余裕をかましていられるような状況ではない。さらに悪いことに、モンスターどもは攻撃をヴィラヌスに集中させていた。
『グオオォォォォォォォッッッ!!』
 ドレイクの目前に立ちはだかるハイイログマが咆哮し、巨大な拳を叩きつけようとする。
「チッ、ウドの大木に関わってるヒマはないんだよ…!」
 ドレイクは舌打ちすると、ハイイログマが拳を振り下ろすよりも早く、アカヴィリ刀を剛毛で覆われた首に突き刺した。しかしハイイログマはこたえた様子を見せず、ドレイクを凄まじい形相で見下ろす。
 クマは丈夫な皮膚と体毛、そして銃弾ですらはじく防御性能を誇る脂肪と筋肉の積層体である。
 剣など突き刺そうものなら(突き刺せるだけでも大したものだが)、ちょっとやそっと力を入れたくらいでは抜くことができないだろう。
 刀を引き抜くのに手こずっている隙に、このちびのトカゲを叩き潰す…!
 どす黒い殺気を放ちながらハイイログマが拳を振りかぶった瞬間、ドレイクはアカヴィリ刀から手を離したかと思うと、素早く姿勢を変えて両手でグリップを握りなおし、アカヴィリ刀を振り抜いた!



「醒走奇梓薙陀一刀流奥技、憂鬼把菜(ユキハナ)!」
 ゴシャアッ!!
 西瓜が爆ぜたような破砕音とともに、ハイイログマの頭部がはじけ飛ぶ!
「ウオオオーーーッ!」
 一方では、ヴィラヌスがドレイクに劣らず果敢な奮闘を見せていた。
 あらかたインプの群れを片付けると、魔法による攻撃を試みようとしたスプリガンに向かって盾を投げつけ、よろめくスプリガンを盾ごと刺し貫く。
「見かけによらず荒っぽい剣を使いやがるなぁ。しかし、いいのか?盾に穴を空けちまって」
「ギルドマスターの息子が、多少の小遣い銭を持っていないとでも?」
 ヴィラヌスの自虐交じりのジョークに、ドレイクは苦笑する。
「それ、仲間の前では言わないほうがいいぞ。それに、いつもそんな戦い方をしてたら商売にならん」
「心得ておきますよ」
 どうやら、洞窟内の魔物は一掃されたらしかった。
「しかし、気になるな…あのモンスターども、最近この洞窟に居ついたようだが」
 そんなことをつぶやきながら、ドレイクは先へと進む。



 やがて洞窟の最奥で、2人は男の死体を見つけた。
「こいつは…」
「行方不明になっていたガルトゥス・フレヴィアです、間違いありません」
 ドレイクは火を灯した松明を片手に屈みこむと、死体を検分する。
「どうやら、この洞窟は一度物取りに荒らされているらしいな。戦士ギルドの会員が、こんな洞窟の奥地で普段着のまま死に様を晒すはずがない」
「ええ。ですが、物取りも戦闘中に破壊された盾には興味を示さなかったようですね」
 そう言うと、ヴィラヌスはガルトゥスの傍らに無造作に放置されていた盾を手に取る。
「これは持ち帰るべきでしょう。遺族にとって形見の品となるはずです」
「果敢に戦い、命を落とした戦士の象徴か。こいつを見るたびに涙を流す家族の姿なんぞ想像したくもないが、何もないよりはマシなんだろうな」
「そうですよ」
 2人はボロボロになった盾を手に取り、ノンウィル洞窟を後にする。
 コロールへと帰る道すがら、ヴィラヌスはだしぬけに口を開いた。
「貴方と一緒に戦えて光栄でした」
「どうした、いきなり」
「じつは、ずっと心配だったんです。実戦経験は少なかったので、そのことで足を引っ張るんじゃないか、とね。母は過保護なので、僕に万一のことがあれば容赦なく貴方を追及するでしょう。そんなことには、なってほしくなかった」
「ならなかったじゃないか」
「そうですね」
 ヴィラヌスは笑みをこぼした。
 ドレイクはヴィラヌスの肩を叩くと、元気づけるように言った。
「心配するな、おまえさんは自分で考えてるよりも優秀だ。それに、母上のことも理解はできる。いずれ…時が解決するさ」
「そうですね」
 ヴィラヌスは、今度は笑わなかった。
 煌々と点るコロールの灯を遠目に見つめながら、ヴィラヌスは複雑な表情で、もう一度だけ、つぶやいた。
「そうですね…」



[ to be continued... ]



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